京のある家で、冠を納める箱には傷が五つあった第 01 話文化
文化平安のころ・京(平安京)読了 約7分

京のある家で、冠を納める箱には傷が五つあった

〜六つ目の傷は、まだ、だれの手にも刻まれていない〜

はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。

 京のある家に、冠かんむりを納める黒漆の箱があった。蓋の裏に、小さな刀傷が五つ、行儀よく並んでいる。深さも幅もほとんど同じで、誰かが年月をかけて、そのつど律儀に刻んできたものだとわかる並びだった。

 元服げんぷくという言葉は、ボクも知っていた。だが、それがどんなふうに執り行われるものかを、目の当たりにしたことは、それまで一度もなかった。教科書のなかの、遠い遠い儀式のひとつでしかなかった。それが、ある日いきなり、目の前に立ちあがってきたのだ。

 あの箱の重みと、指先に触れた傷の手ざわりを、ボクは今でも、ふとした拍子に思い出す。掌にじんわり残る木のぬくもりまで、はっきりと蘇る。歴史書の隅に一行で片づけられていたことが、こんなにも重たい木の手ざわりを持っているとは、思ってもみなかった。またとない、めぐり合わせだった。この稼業をしていなければ、あの箱を、あの一日を、手にすることさえなかっただろう。

◇ ◇ ◇

 寛治かんじ五年(一〇九一年)の春、京の三条のあたりに、季正という、かつて遠国の守を勤めた主の屋敷があった。十日ほど前に修繕を頼まれたあの箱を、われはその日、届けに来ていた。蒔絵まきえの剥げを直し、緩んでいた留め金を打ちなおし、割れかけていた縁を漆で継ぎ足す。それだけの、小さな仕事だった。受領ずりょう家に出入りを許された、旅から旅へと渡り歩く塗師ぬしで、この屋敷に足を踏み入れたのは、後にも先にもこの一度きりだった。

 朝のうちに宿を発ち、桜の散りかけた大路を東へ折れた。市女笠をかぶった女たちや、荷を担いだ商人たちの合間を縫って歩き、ようやく屋敷の門に着いたころには、日はもうずいぶん高くなっていた。門をくぐると、屋敷じゅうがそわそわと浮き足立っていた。渡殿を女房が小走りに行き来し、庭先では下男が筵むしろを運び、厨のほうからは湯気とだしの匂いが流れてくる。ふだんは滅多に焚かれない上等な香も、うっすらと漂っていた。今日、この家の男の子が元服をするのだと、取次に出た家司けいしが、中門のわきで待たされているわれに、それだけ告げた。

 「あいにく、皆の手が離せぬのでな。しばし、そこで待たれよ」

 家司はそう言い置いて、また奥へ引っこんでいった。われはそのまま、荷を下ろして待つことになった。中門のわきから見える庭には、幼い女の子がひとり、乳母に手を引かれて通り過ぎていく。渡殿の奥からは、几帳の陰にちらほらと人影が動き、誰かが慌てて反物を運んでいく足音が響いた。あの子にも、いつか同じ日が来るのだろうかと、ふと思ったが、それを確かめるすべは、われにはなかった。

挿絵:家司はそう言い置いて、また奥へ引っこんでいった

 庭の隅を、元服を終えて何年か経つらしい年かさの少年が、大人びた直衣のうし姿でひとり横切っていった。あの箱の五つの傷のうち、一つはあの少年のためのものだったのかもしれない。だが、それを尋ねる間柄でも、暇もなかった。

 手持ち無沙汰に、われは渡す前の箱を、もう一度たしかめることにした。蓋を開け、内側の埃を払い、留め金の動きを確かめる。塗師としてのならいのようなものだった。そのとき、蓋の裏に、あの五つの刀傷が並んでいるのに、あらためて気づいた。指でなぞってみると、いちばん端の傷は底が滑らかに磨り減っていて、いちばん新しい傷は角が立ったままだった。刻まれてから、それぞれ違う年月が経っているのが、指先だけで見て取れた。

 箱そのものも、そう若いものではなさそうだった。四隅の漆は、幾度も塗り重ねられた跡があり、金具の縁は、長年の出し入れで丸くなっている。持ち手のあたりだけ、木肌の色が周りよりわずかに薄い。何人もの手が、幾度となくそこを握ってきた証だった。誰の手を経て、今日までここにあったのか、それは箱自身にしかわからないことだった。

 そばを通りかかった年配の女房が、われの手もとを覗きこんで、独り言のようにつぶやいた。

 「また一つ、増えますねえ」

 それだけ言って、女房は袖を翻して奥へ引っこんでしまった。誰も、われにその意味を説いてはくれなかった。だが、五つの傷の並びと、今日という日を思い合わせれば、察しはついた。この家に男の子が生まれ、大人になるたびに、この箱の裏へ、傷が一つずつ増えていくのだろう。字を書きつける帳面などなくとも、この箱そのものが、この家に何人の男の子を育てあげてきたかを、無言のまま語っていた。

 少しして、この屋敷の主だという季正が、着替えの合間にわざわざ庭先まで出てきて、箱を一目見た。傷にはまるで目もくれず、蒔絵の艶だけを確かめて、「よい仕事だ」と、それだけ言って、慌ただしく奥へ戻っていった。この家の来し方も、あの傷の由来も、主の口からは、ひとことも語られなかった。

 時が経つにつれ、屋敷の物音はいっそう慌ただしくなっていった。誰かが盥を運ぶ音、水を張る音、遠くで誰かをたしなめる声。それらの物音のあいだを縫うようにして、香の匂いだけが、じわじわと濃くなっていく。われはただ、中門のわきにうずくまって、その気配の高まりを、肌で感じているよりほかになかった。空を見上げると、日はいつのまにか西へ傾き、庭の向こうの一間には、早くも灯りがともされていた。

挿絵:時が経つにつれ、屋敷の物音はいっそう慌ただしくなっていった

 やがて、中門の御簾みすの隙間から、庭の向こうの一間が、わずかに見えた。総角あげまきに結った頭の子が、ひとり、こわばった顔で座っている。膝の上で組んだ手が、かすかに震えているのが、遠目にもわかった。冠親かんむりおやと呼ばれる別の大人が、その子のうしろに、しずしずと立った。

 子の手が、震えを抑えるように、膝の上できつく握られる。冠親の手が、その子の髪へと伸び、冠の緒おを結ぶ指先の動きだけが、灯りに映る影となって伝わってきた。焚きしめた香の煙が、灯りに照らされて、うっすらと一間の中に漂っているのが、御簾越しにも見てとれた。灯りに映った二つの影が、御簾のうえに、細く長く伸びていた。

 われの目に見えたのは、そこまでだった。御簾が、するすると引かれ、中の様子は、それきり見えなくなった。あとは、衣ずれの音と、低いつぶやきが、切れぎれに漏れてくるだけだった。時折、誰かの息をのむ気配だけが、御簾の向こうから伝わってきた。

 しばらくして、家司が戻ってきて、われの手から箱を受け取ろうとした。渡す間際、われの指が、五つの傷の隣の、まだなにも刻まれていない、なめらかな余白にふれた。あとほんのひととき待てば、そこに六つ目の傷が刻まれるのだろう。だが、それを見届ける役目は、われにはない。

 「たしかに、これでよい」と、家司は箱を両手で受け取り、蓋を閉じて、それをまた大事そうに小脇に抱えた。奥へ運ばれていくその後ろ姿を、われはただ見送るしかなかった。

 用がすんだわれは、荷をまとめて屋敷を辞した。門をくぐって出るとき、背中で、儀がとどこおりなく終わったらしい、ほっとした声々があがった。

 「季継さま」

 誰かが、そう呼びかわす声が、門の向こうから漏れ聞こえてきた。鶴若つるわかという幼い名は、もう二度と、この屋敷では呼ばれないのだろう。われは、それがどんな子だったのかも、よくは知らないまま、荷を担いで、京の通りへと戻っていった。

 大路にはまだ、散り残った桜の花びらが、点々と落ちていた。行き交う人々は、誰ひとり、あの屋敷の中で何があったかなど知らぬ様子で、いつもどおりの足取りで通り過ぎていく。どこか遠くで、寺の鐘が、間延びした音を一つ、響かせていた。われの指先には、まだ、あの余白の手ざわりだけが、たしかに残っていた。

◇ ◇ ◇

 今も、大切な物を箱にしまう家はある。桐の箱、鍵のかかる引き出し、思い出の品を入れておく缶——形はいろいろあっても、しまうこと自体は変わらない。だが、その裏に刀傷を一つずつ刻んで、迎えた子の数を数えていく家には、もう出会わない。同じ箱という道具を使いながら、数え方だけが、すっかり途絶えてしまったのだ。誰かがいつか、その数え方をやめようと決めたわけでもないのに、いつのまにか、そうなっていた。

 六つ目の傷がいつ、どんな子の元服のために刻まれたのか、名も知らぬあの家の跡取りのその先の人生がどうなったのか——それは、ボクの知るところではない。ただ、あの日、ボクの指がふれた、まだなにも刻まれていない余白の感触だけが、今もボクのなかにある。木の目に沿った、ほんの一寸ばかりのなめらかさ。何百という仕事の記憶が薄れていくなかで、あの余白だけが、今もこの手に、いちばんはっきりと刻まれている。

参考文献・もっと詳しく

※ 元服(げんぷく)は、男子が一定の年齢に達したのを機に童髪・童名を改め、冠親(烏帽子親)のもとで初めて冠(のちの世では烏帽子)を戴き、童名を捨てて成人としての名(諱)を名のる通過儀礼とされる。おおむね十二歳から十六歳ごろに行われたと伝わるが、家や時代により幅があった。本話の人物・会話・家の名、および箱の裏に傷を刻んで子の数を数える風習は、すべて創作。寛治五年は一〇九一年(寛治は一〇八七〜一〇九四年)。冠親が血の親とは別に立てられる慣わし、武家の世に戴くものが冠から烏帽子へ移っていったとされる流れも史実に拠るが、起源・年齢・意味づけの細部には諸説がある。「季継」「鶴若」は時代に実在しうる中立な名として用いた創作名で、特定の歴史上の人物を指さない。

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