第 02 話文化月は、まっすぐ見ないものだった、盃のなかでは
〜姫君はなぜ、盃を干すたびに、もう一度と言いつけたのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
スマホを月へかざす人の背中を、ボクは駅前で見た。
小さな画面のなかの月は、白く、まぶしいくらいだった。
シャッターが鳴って、その人はもう歩き出していた。
◇ ◇ ◇
長保五年(一〇〇三年)の秋、京のさる邸の池に、舟が一艘、浮かべてあった。舟底に片膝をつき、棹の先で水面のさざ波をなだめているのが、われだった。
この邸の池のことは、われがいちばんよく知っている。水がどこで深く、どこで浅いか、風がどちらから抜けて、どこに波が立ちやすいか。舟を出すたび、水面を鎮めておくのが、われの役目だった。
夜が更ける前に、われは何度も舟を出しては、棹だけで水底の深さを測っていた。朝のうちに、池の底に沈んだ落ち葉を掬い、濁りを鎮めておく。宴が始まってから水が濁れば、月どころではなくなる。
棹は、ただ差せばよいというものではない。深く突けば底の砂が舞いあがり、浅く触れれば波紋がいつまでも消え残る。水面をひと撫でするように、そっと差しては、そっと引く。その加減は、長い年月のうちに、われの腕と指が覚えていったものだった。
その夜は月の見ごろとかで、朝から邸じゅうが浮き足立っていた。下人どもは庭を掃き清め、女房たちは灯台の灯心を整え、厨では酒肴の支度に追われていた。庭には高灯台が並べられたが、あまり明るくしすぎては、月が水にうつらなくなる。灯台を池から離すよう言いつけたのも、われだった。
盃も、ひとつではなかった。大きなものは月がゆったりと座り、小さなものは月がひしめくように映る。どの盃を、どの客に配るかを決めるのも、庭方であるわれの仕事のうちだった。風の向きひとつで、水面の落ち着き方も変わる。その夜は幸い、風のない、穏やかな晩だった。
その日、われは幾度、舟を出し入れしたかわからない。日が傾くころには、腕がすでにこわばっていた。だが客人たちの機嫌ひとつで、この邸のあるじの評判も変わる。気は抜けなかった。日暮れまでに、すべてを整えねばならない。
都には、月を空でなく水にうつして愛でる客人があると、聞いたことはあった。だが、それがどれほどのものか、われはまだ知らなかった。それでも、これだけの支度をするからには、よほどのものに違いない。そう思いながら、われは最後にもう一度、水面を棹でなだめた。

日が暮れると、邸のあるじと客人、女房たちが舟に乗りこんできた。客人のなかには、都でも指折りの歌詠みとうたわれる老いた女房もいれば、まだ元服したばかりの若い公達もいた。誰もが、舟に乗りこむなり、まっさきに水面へ目をやった。若い姫君がひとり、舷側にすがるようにして、待ちきれぬ様子で水を覗きこんでいる。われは棹を差し、舟を池の中ほどへ滑らせた。
空には、それは見事な月が出ていた。雲ひとつなく、まるく澄んで、あたりを昼のように照らしている。舟を漕ぎながら、われは思わず空を仰いだ。これほどの月なら、上を向くだけで十分ではないか。だが、舟のうえの誰ひとり、空を見上げてなどいなかった。みな、舷側から水の面ばかりを覗きこんでいる。噂には聞いていたが、これほどとは思っていなかった。
女房が、漆の盃に酒をそそいで姫君にすすめた。姫君はそれを月のさす方へかざし、じっと見つめてから、ふっと笑った。盃の酒のなかに、指の先ほどの月が、ちょこんとおさまっていたのだ。姫君が息をひとつ吐くたびに、あるいは盃を持つ手がかすかに揺れるたびに、その小さな月は震え、崩れかけては、また丸くまとまった。
次の盃も、女房がわれのもとへ運んできた。提子を傾け、酒を満たしていく。ところが加減がわからず、注ぎすぎた。酒が縁からあふれ、月の影がくずれて、あたり一面に散ってしまう。女房がそれを姫君のもとへ運んでいくと、客人は気にする様子もなかったが、姫君だけが、わずかに眉を寄せたのがわかった。
次の盃では、注ぐ手を止める場所を、指先の重みだけで計った。満ちる直前で止める。その手つきは、いつ、どこで覚えたものか、われ自身にも思い出せなかった。だが指先は、迷わずに動いた。月は、縁ぎりぎりで揺れながらも、崩れずにおさまった。女房がそれを運んでいくと、姫君が、小さくうなずくのが見えた。

姫君は盃を干すと、もう一度とだけ女房に言いつけた。盃はまた、われのもとへ戻ってきた。われは黙って、酒を満たした。二度目も、月はやはり縁ぎりぎりで踏みとどまった。
老いた女房のほうは、盃の月にはさして目もくれず、水面全体をゆったりと眺めていた。同じ月見でも、覗きこむ者と、遠く眺める者とがいる。それも面白いものだと、われはひそかに思った。若い公達は、盃の月をわざと指で崩しては、また静まるのを、飽きずに繰りかえしていた。
舟のなかほどでは、笛と琴を携えた者たちが、低く澄んだ音を流していた。水の上だからか、その音は思いのほか遠くまで届いた。
それからは、盃をまわすたびに、われの出番が増えた。注いでは満ち、揺れては崩れ、また集まる。空の月はひとつきりなのに、盃のなかには、いくつもの月が生まれては消えていった。同じ月なのに、二度と同じ影を見せたことはなかった。
夜がふけて、客人たちが歌を詠みはじめた。ひとりが、盃にゆれる月を「くだけても、また円くなる」と詠むと、まわりから低いどよめきが起こった。「水の月」「盃の月」と、くりかえし歌に読みこまれる。空の月そのものを詠む者は、ひとりもいなかった。邸のあるじは、その一首がよほど気に入ったのか、幾度も低く口ずさんでいた。舟のうえは、しんと静まりかえっていた。
舟が岸に戻ると、客人たちは口々にその夜の月を褒めながら邸へ入っていった。片づけの残った盃には、まだいくつも、崩れかけの月が浮いていた。われはそれを、ひとつずつ、水甕へあけていった。
岸にあがる前に、われも試しに、手のひらに池の水をすくってみた。指のあいだから、月ごと水がこぼれ落ちて、消えた。もう一度すくうと、また月がやどる。こぼしては、すくう。それだけの動きを、われは飽きもせず、しばらく繰りかえしていた。
その晩、片づけを終えてから、われは厨でひとり、欠けたかわらけに濁り酒をついだ。月のさすほうへかざすと、安物の器のなかにも、月は、ちゃんとおさまった。指で揺らすと、崩れて、また集まった。貴人の盃のと、まるで同じだった。竈の残り火だけが、厨をぼんやり照らしていた。腕はまだこわばっていたが、その痛みさえも、悪くない気がした。
◇ ◇ ◇
それから幾つの月が満ち欠けしたか、ボクにも数えきれない。邸の名も、池のかたちも、もう思い出せない。
いまでは、月を見るとき、たいてい上を向く。まぶしいくらい白い月を、画面ごしに切りとって、それで見たことにする。
今の月は、画面のなかで止まったまま、手のひらで包んでも動かない。
あの晩の月は、掌にすくった池の水のなかで、こぼれては、また宿った。
参考文献・もっと詳しく
※ 平安貴族が中秋の名月などに観月の宴を催し、池に舟を浮かべて酒を酌み、和歌を詠じたことは各種の記録・物語に伝わる。月を水面や盃の酒に映して愛でる趣向は、漢詩文の影響を受けた風雅とされ、和歌にも「水の月」「盃の月」を詠む例が多いと言われる(山本淳子『平安人の心で「源氏物語」を読む』等)が、本話の邸・人物・会話は創作。長保五年は一〇〇三年(長保は九九九〜一〇〇四年)。中秋の名月(旧暦八月十五夜)を賞でる習わしの起源・伝来経路の詳細には諸説あるため、本文では断定を避けた。
当サイトは Amazon アソシエイト・プログラムの参加者です。上記リンク経由の購入で当サイトに収益が発生する場合があります。
この話が続いてほしいと思ったら、心ばかりの応援をしていただけます。見返りのない、任意の支援です。
このサイトを応援する →