第 02 話文化月は、まっすぐ見ない——水と酒に映して愛でた、都びとの遠回しな贅沢のこと
〜なぜあの姫君は、空の月を仰がず、盃のなかの小さな月ばかり覗き込んでいたのか〜
月を見ると首が痛くなる、という話を聞いて、ボクは少し笑ってしまった。
今の月見は、たいてい上を向く。空の高いところで冴えている丸いものを、首をそらして仰ぎ、そのまま手のひらの小さな板におさめる。まわりが明るすぎる夜でも、そこだけはくっきりと白い。誰もがそうやって頭の上の月を一枚に撮って、それで見たことにしてしまう。
けれど、ずっと昔の都の人たちは、ちがう見かたをしていたらしい。月を、わざわざ下のほうに探したのだ。
池の水のおもてに、盃にそそいだ酒の面に、ゆれて映りこむ月を、空の本物よりも上等のものとして愛でた——そういう趣向があったと伝わる。揺れて、にじんで、つかもうとすれば崩れてしまう。そんな頼りないほうの月を、わざわざ選んで眺めたのだという。
まっすぐ見ればそこにあるものを、いちど水にうつして、遠回しに味わう。ずいぶん酔狂な遊び心だと思うだろう。けれどボクは、その遠回りの贅沢を、すぐそばで見てきた。
◇ ◇ ◇
長保元年(九九九年)の秋のことだった。われは京のさる邸に雇われて、庭の池に浮かべた舟をあやつる手伝いをしていた。
舟を任されていたのは、弥七という年寄りだった。長いことこの池で櫓を押してきた男で、水の深いところ浅いところを、櫂の先で目をつぶってでも言い当てた。その夜は中秋の名月とかで、邸じゅうが朝から落ち着かない。下人どもは庭を掃き清め、女房たちは縁先に薄や萩を活け、池のほとりには高灯台が並べられた。月を見るためだけに、これだけの人が一日を費やすのかと、田舎育ちのわれは半ば呆れていた。
厨では、月にちなんだ膳がいくつもこしらえられていた。まるい餅、まるい瓜、まるいものばかりが盆に盛られていく。聞けば、満ちた月にあやかって、欠けのないものを供えるのだという。月ひとつのために、人がこれほど手をかける——その念の入れようが、われにはどうにも大げさに思えてならなかった。
日が暮れると、邸のあるじをはじめ、客人や女房がぞろぞろと舟に乗りこんできた。弥七が舳先で棹をさし、われは艫で櫂を握る。水を一突きすると、舟はすべるように池の中ほどへ出ていった。
空には、それは見事な月が出ていた。雲ひとつなく、まんまるに澄んで、池の上を昼かと思うほど明るく照らしている。われは思わず仰いだ。これだけの月だ、舟の貴人たちもさぞ見とれているだろうと。
ところが、舟のうえの誰ひとり、空を見上げてなどいなかった。
みな、舷側から身を乗りだして、水の面ばかりを覗きこんでいるのだ。とりわけ若い姫君のひとりは、流れる水にうつった月のかたちを、食い入るように見つめていた。空の本物が頭の真上にあるというのに、足もとの、揺れて崩れる影のほうに、すっかり心を奪われている。
われには、それがどうにも腑に落ちなかった。なぜ上を見ない。本物のほうが、よほど明るくて立派ではないか。
やがて女房が、漆の盃に酒をそそいで姫君にすすめた。姫君はそれを月のさす方へかざし、酒の面をじっと見つめてから、ふと笑った。盃の小さな円い酒のなかに、月が、ちょこんとおさまっていたのだ。ゆらゆらと揺れる、われの指の先ほどの月が。姫君はそれを愛おしむように、いつまでも覗きこんでいた。
別の客人は、盃の酒をわざと指で揺らして、月をくしゃりと崩しては、また静まるのを待っていた。崩れた月が、ふたたび円くまとまっていくさまを、子どものように飽きずに繰りかえす。立派な大人たちが、揃って盃のなかの小さな月にかかりきりなのだ。これが都の風雅というものか、と、われはますますわけがわからなくなった。
まわりの者が、かわるがわる歌を詠みはじめた。水にうつる月のことを、盃にやどる月のことを、節をつけてうたう。われには言葉のほとんどがわからなかったが、みなが「水の月」「盃の月」とくりかえすのだけは、なんとなく聞きとれた。誰ひとり、空の月そのものを詠もうとはしない。
舟のなかほどでは、笛と琴をたずさえた者たちが、低く澄んだ音を流しはじめた。水の上だからか、その音はやけに遠くまでよく通る。月の光と、笛の音と、ゆれる水と、酒の匂いと。それらがひとつに溶けあって、舟ぜんたいが、ゆるやかにどこかへ運ばれていくようだった。貴人たちはときおり低く笑い、また盃をまわす。われは櫂をとめて、ただその間に身を浸していた。さっきまでの呆れた気持ちは、いつのまにかどこかへ流れていた。
ひとりの女房が、姫君の詠んだ歌を低くくりかえすと、舟のうえに小さなどよめきが起きた。よほど見事な一首だったのだろう。その歌も、やはり水にうつる月を詠んだものらしかった。空の月は、ただそこにある。けれど水の月は、詠む者の心しだいで、寂しくも、はかなくも、いとおしくもなるのだろう。手のとどかぬ本物より、揺れて崩れる影のほうに、人は言葉をのせやすいのかもしれない——そんなことを、ぼんやり考えた。
舟が岸へ戻ると、われは棹をしまう弥七に、こっそり尋ねた。なぜ、あの方々は本物の月を見ないのか、と。
弥七は、ふっと笑った。
「お前さんにはまだわかるまいよ。貴なお方はな、空の月をそのまま拝むのを、どうも無粋とお思いらしい。手に取れぬほど立派なものを、わざわざ水にうつして、揺らして、崩して、それで上等とお感じになる」
なぜ崩れるほうが上等なのかと重ねて聞くと、弥七は櫂の雫を払いながら言った。
「空の月は、いつ見ても同じ顔をしておろう。だが水の月は、風がひと吹きすれば散り、波が立てば千々に割れる。同じ月が、二度と同じには映らん。だからこそ、今この一瞬だけのものとして、ありがたがられるのよ。……まあ、わしらには縁のない遊びさ」
それでも、と弥七はつづけた。「若い時分に一度だけ、棹をさしながら、水の月をぼんやり見たことがある。風のない晩でな、月が、鏡みたいにじっと水に座っておった。あれは忘れられん。貴も賤もない、あんなにきれいなものを、ただで見せてもろうたのだからな」。年寄りは、めずらしく遠い目をしていた。
二度と同じには映らない。その言いかたが、なぜだか胸に残った。われは岸につないだ舟をもう一度のぞきこんでみた。さっきまで貴人たちが見ていた水の面には、たしかにまだ、揺れる月がうつっていた。風が渡るたびに、月は細かく砕けて、また寄りあつまる。砕けては、もどる。なるほど、同じ顔は二つとない。
ためしに、われも自分の手のひらに池の水をすくってみた。すると、その小さな水たまりにも、ちゃんと月がやどっている。指のあいだから水がこぼれると、月もろともこぼれ落ちて、消えた。
もう一度すくうと、また月がやどる。こぼせば消え、すくえばやどる。何度やっても、そのたびに月は手のなかへ帰ってきた。なんだ、月は、こんなにあちこちにいたのか。
仰げばひとつきりだと思っていた月が、池に、盃に、われの手のひらにまで、いくつもいくつもやどっている。空の月をただ拝んでいたら、こんなにたくさんの月には、一生気づかなかっただろう。貴人たちの酔狂を笑っていたわれのほうが、よほど月を見ていなかったわけだ。
その晩、片づけを終えてから、われは厨でこっそり濁り酒を一杯もらい、月のさすほうへかざしてみた。安物の欠けたかわらけのなかにも、月は、ちゃんとおさまった。揺らすと、揺れた。貴人の盃のと、まるで同じだった。
欠けたかわらけの月を揺らしながら、ふと、弥七の言葉を思い返した。二度と同じには映らない、と。たしかに、われの手のなかの月も、息を吹きかければ散り、じっとしていれば澄む。同じ月なのに、覗くたびに、ちがう顔をしていた。空をただ仰いでいたら、こんなことには、まるで気づかずに過ごしていただろう。
かわらけのなかの月を、われは飲みほさずに、しばらく眺めていた。明日になれば、また舟を出し、櫂を握る、いつもの一日が来る。それでも、池にも盃にも手のひらにも月がやどると知ったこの晩のことは、たぶんずっと忘れないだろうと思った。
◇ ◇ ◇
月を映して愛でる遊びは、もとは海の向こうから渡ってきた風雅だったとも言われる。舟をうかべ、酒を酌み、月をうつして歌を詠む——そういう宴のかたちが、都の人々のあいだで長く磨かれていったらしい。
やがて月見は、邸の池をはなれて、もっと多くの人のものになっていった。秋になれば団子と薄をそなえ、縁先から名月を仰ぐ。今ではみな、上を向いて月を拝む。盃の月を覗きこむような、あの遠回しの贅沢は、いつのまにかどこかへ流れていったらしい。
それでも、と思う。手のひらの小さな板に月を撮るとき、ボクはときどき、あの姫君の横顔を思い出す。空に一つきりだと思っていた月が、水にも、酒にも、すくった手のなかにまで、いくつもやどっていた、あの夜のことを。
まっすぐ見れば、たしかに月は一つだ。けれど、いちど水にうつしてやれば、月は、いくつにもふえる。揺れて、崩れて、また寄りあつまる。二度と同じには映らない月を、こぼれぬうちにと覗きこんだ、あの遠回りの贅沢を、ボクはまだ覚えている。
参考文献・もっと詳しく
- 『花鳥風月の日本史』ISBN 978-4-309-41086-9
- 『古代和歌の発生――歌の呪性と様式』ISBN 978-4-13-080055-6
- 『平安人の心で「源氏物語」を読む』ISBN 978-4-02-263019-3
- 『枕草子』ISBN 978-4-09-658018-9
※ 平安貴族が中秋の名月などに観月の宴を催し、池に舟を浮かべて酒を酌み、和歌を詠じたことは各種の記録・物語に伝わる。月を水面や盃の酒に映して愛でる趣向は、漢詩文の影響を受けた風雅とされ、和歌にも「水の月」「盃の月」を詠む例が多いと言われるが、本話の邸・人物・会話は創作。長保元年は九九九年(長保は九九九〜一〇〇四年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。中秋の名月(旧暦八月十五夜)を賞でる習わしの起源・伝来経路の詳細には諸説あるため、本文では断定を避けた。
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