第 09 話文化太鼓の台の縄と灯籠と、息子の草履を抱いた老婆
〜送りの晩、灯籠は火へ行ったか、川へ行ったか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
丸太が四本、紙の灯籠が三十ばかり、太鼓がひとつ。ボクが覚えているいちばん古い盆踊りの道具立ては、それだけだ。
縄は、太鼓の台の脚一本につき三巻き。ボクの荷縄だった。
いまの盆踊りなら、櫓(やぐら)の脚を留めるのは鉄の管とボルトで、提灯の列も、屋台も、スピーカーもある。あの夜は、そのどれもなかった。
◇ ◇ ◇
永禄六年(一五六三年)、盆の十六日の夕暮れ。塩や小間物を背負って盆地の村へ入ると、広場の真ん中で、丸太を組んだ粗末な太鼓の台が、傾いでいた。腰の高さに板を渡しただけのもので、脚の中ほどには横木が通り、太鼓打ちは、その上に座る。
男が三人、藁縄で脚を横木に縛り直しては首をひねっている。縄はのびきっていた。前の晩に子らが試しに踊っただけで、脚が揺れたという。
台のまわりには竹が立ち、横に渡した竹に、紙の灯籠が吊るされていく。数えると、三十ばかりあった。骨は割った竹で、紙は村の者が前の日から貼ったものだという。破れたのが三つあり、おれは荷から薄い紙を出して貼り足した。荷を覗きにきた子には、赤い紐を一本やった。子はそれを、灯籠の吊り紐に結んで駆けていった。女たちは握り飯をこしらえ、男たちは濁り酒の樽を運び、子どもらは灯籠のあいだを駆け回って、大人に叱られている。今夜が盆の送りの晩で、日が落ちたら、ここで夜通し踊るのだという。
「旅のお人」年寄りが、寄ってきた。「すまんが、縄を持っておらんかね。藁じゃ、踊りの揺れに持たん」
おれの背負い縄は麻だ。藁より持つ。ただ、これを切れば荷はひどく担ぎにくくなる。少しだけ迷って、小刀を抜き、縄を半分に切った。
脚は四本、それぞれを横木に三巻き。結び端は踊る者の裾にかからぬよう、丸太の内側へ折り込んだ。一本目は体を預けてみると結びがずるりと下がった。解いて巻きの向きを逆にし、上から締め直した。四本とも、体重をかけて揺すっても、もう鳴らなかった。
年寄りは握り飯を二つ、おれの手に置いた。まだ温かかった。手のひらに、米の粒の重みが、そのまま載った。

日が落ちきると、台の上で、太鼓が鳴りはじめた。打つのは村の鍛冶の男で、皮が夜露で沈まぬよう、叩く前に炭火で皮をあぶって温めていた。
どん、どん、と腹の底に響く、ゆっくりした拍子だ。誰かが節をつけて歌いだす。意味のよくわからない古い文句だった。子が「あれはなんの文句」と聞くと、年寄りは「知らん。親も知らなんだ」と答えた。すると、ひとり、またひとりと、人々が台のまわりに集まり、手を上げ、足を運び、ゆるやかな輪をつくりはじめた。輪は二重になり、内側は年寄りと子らが、外側は若い者が受け持った。男衆は戦に取られて数が足りず、外の輪は、ところどころ途切れていた。
おれは、結んだ縄が気にかかった。踊りのさなかに台が倒れては、村の者にも、上の鍛冶の男にも申し訳が立たない。輪の内側へ入って、ひと回りするたびに四本の脚を確かめていく。縄は、もう、のびていなかった。横木と脚の合わせ目は、指で押しても動かない。夜通しで、輪は百周を超えた。数えていたのは、脚を確かめて歩くおれだけだった。夜半、北の脚の縄が一度きしんだ。おれは輪を抜け、結び目に指を入れて締まりを確かめ、拍子の切れ目で戻った。子らは、夜更けには台の脚にもたれて眠っていた。縄に背を預けた寝息が、確かめて回る指のすぐそばにあった。
そうして歩くうちに、おれの足はいつのまにか輪の拍子に乗っていた。拍子の変わり目で、若いのがひとり手を返すのが遅れ、年寄りに肘を取られている。おれの手は、取られるより先に返っていた。年寄りが、横目でその手を見た。
炎と灯籠の頼りない灯りの中で、人の影がゆらゆらと回る。顔は闇に半分溶けて、誰が誰だか、わからなくなってくる。太鼓が、だんだん速くなる。汗が噴き出し、息が上がる。足拍子で土が固まり、舞い上がった砂ぼこりが灯りの中で白く光る。濁り酒の樽は、ひとつ空き、ふたつ目が開いた。おれは握り飯をひとつ食べた。米の甘みと、手の塩の味がした。足の裏に、固まった土の硬さが、はね返ってきた。

その輪の外、広場の端に、老婆がひとり、立っていた。踊りを見つめている。手には、片方だけの男ものの草履。かかとが、ひどくすり減っている。鼻緒を、親指で何度もなぞっていた。
「ばあさま。踊らんのかね」
老婆は踊りから目を離さずに言った。
「わしは、見ておるのがええ。……去年の春、戦から戻った者が、これだけ持ち帰ってくれてな。息子のじゃ」
声は、乾いていた。
「あの子は祭が好きで、いっつも、いちばん先に輪へ飛び込む子じゃった。ほれ、あすこの跳ねとる若いの。足の運びが、よう似とる」
見れば、それは隣の家の倅だという。「似とるだけじゃ」と老婆は言い添えた。それでも、目は、その足から離れなかった。
おれは、かける言葉が見つからなかった。おれは、残っていた握り飯を半分に割って、差し出した。老婆は受け取り、草履を持つ手を持ちかえて、ひと口かじった。炎には、夜半に一度、薪が足された。老婆は、草履を、胸に抱きなおした。
夜明け前、太鼓がやんだ。空は、東の端から白みはじめ、静まった広場に、遠い川の音が届いた。撥を置いた鍛冶の男の手は、皮がむけて、血がにじんでいた。
人々は吊るしていた灯籠を外し、台から離れた広場の端に積みはじめた。積まれた灯籠は、やがて、人の背丈ほどの小山になった。毎年、積んで焼くのが習いなのだという。灯籠の紙は乾いていて、火をつければ一息で燃えるだろう。煙が空へ昇れば、ご先祖はそれで帰れる、と年寄りは言う。
「おれが通ってきた海沿いの村では、川に浮かべて流しておりました」
そう言うと、年寄りが眉を寄せた。
「流してしもうたら、ご先祖が、帰る道を見失うではないか」
若い男が、鼻で笑った。「焼くのも流すのも、どのみち行ってしまうんじゃ」
そのとき、老婆が、積まれた山から灯籠をひとつ取った。
「どう、浮かべるのかね」
「底に手を添えて、そっと、離すんです」
老婆は、うなずいて、村はずれの川へ下りていった。おれも、ついていった。続いて、女たちが、ひとり、またひとりと、灯籠を手に降りてくる。
川の水は浅く、冷たかった。台のそばの炎から移した火を灯籠にともし、底に手を添え、水面へ置く。手を離すと、小さな灯りはゆっくりと川を下りはじめた。ひとつ、またひとつ。灯籠は一度、岩に当たって傾き、持ち直して流れていった。川に浮かんだのは、二十ばかりだった。年寄りは、積まれた灯籠のそばに立ったまま、最後まで、川へは来なかった。
老婆は草履を抱いたまま、灯りが川の曲がり角に消えるまで動かなかった。村へ戻ると、積まれた灯籠から細い煙が昇っていた。年寄りがひとりで、火を移していた。
おれは半分になった縄を荷にくくり直し、日の昇るころ村を出た。広場の台は、四本の脚にまだ縄を巻いたまま、朝の光の中に立っていた。短くなった縄は、肩に食い込んで重かった。
◇ ◇ ◇
先日、ボクは、ある町の盆踊りの、輪の外に立っていた。櫓の脚は鉄の管で、縄は、一本もない。
あの夜、輪は百周を超えた。この町の曲は、十周もすれば変わる。
手には、屋台で買った水ヨーヨーがひとつ。太鼓の拍子に合わせて、指にかけた輪ゴムの先で、ずしりと重い。
参考文献・もっと詳しく
※ 盆踊りの成り立ちは、盂蘭盆会(うらぼんえ)の死者供養と、念仏踊り・踊り念仏(時宗・一遍の系譜が源流のひとつとされる)などが、長い時間をかけて習合したものとされ、起源には諸説がある。本話では特定の起源を断定せず、「死者を迎え送る夏の夜の踊り」という民俗の核に留めた。灯籠流し・精霊送りの作法は地域差が大きいため、村の一例として描いている。
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