死んだ人に会える、夏の夜
〜なぜ人は、夏の夜に、輪になって踊ったのか〜
ボクが見てきた数えきれない営みのなかで、いちばん胸に残っているのは——夏の夜の踊りだ。
いまの盆踊りは、楽しいお祭りだ。櫓(やぐら)を組んで、提灯を吊るして、屋台が並んで、子どもがはしゃぐ。それでいい。けれど、ずっと昔、夏の夜の踊りは、ただの楽しみじゃなかった。
お盆ってのは、もともと、死んだ者が年に一度だけ家へ帰ってくる夜だ。あの踊りは、その仏(ほとけ)たちを迎え、ともに踊り、そしてまた送り出すためのものだった。生きた者と死んだ者が、ひとつの輪になる。暗がりの中では、どっちがどっちか、わからなくなる。
寿命が短く、暮らしの苦しかった昔の人々にとって、あれは、悲しみであると同時に、一年でいちばんの心のほどけどきだった。
……そして、どこの村よりもたくさんの人を見送ってきたボクにとっても。あの暗い輪は、いつだって、胸の奥を妙にざわつかせる場所だった。
◇ ◇ ◇
永禄六年(一五六三年)の夏。長い戦乱の、つかの間の凪(なぎ)の年だった。
あれは、戦国の御世のこと。手前は、塩や小間物を背負って、ある盆地の村にたどり着いた。ちょうど、盆の入りの夕暮れだった。
村は、どこか浮き立っていた。広場の真ん中に、丸太を組んだ粗末な櫓が立ち、その周りに、竹を立てて縄を張り、紙の灯籠がいくつも吊るされている。女たちは、握り飯をこしらえ、男たちは、濁り酒の樽を運び、子どもらは、灯籠のあいだを駆け回って、大人に叱られている。
手前が、広場の隅で荷を解いていると、世話役らしき年寄りが、寄ってきた。
「旅のお人。今宵は、ゆっくりしていきなされ。盆の晩に、よその者を追い返すような村じゃない」
「それは、ありがたい。……ずいぶん、賑やかですな」
「ああ」と年寄りは、目を細めて、櫓を見上げた。「今宵は、仏さんが帰ってくる晩だでな。みんな、待っとるのよ」
日が落ちきると、櫓の上で、太鼓が鳴りはじめた。
どん、どん、と、腹の底に響くゆっくりした拍子だ。誰かが、節をつけて、歌いだす。意味の、よくわからない古い文句だった。すると、ひとり、またひとりと、人々が櫓のまわりに集まり、手を上げ、足を運び、ゆるやかな輪をつくりはじめた。
手前は、荷の番をしながら、それを眺めていた。
炎と灯籠の頼りない灯りの中で、人の影が、ゆらゆらと回る。顔は、闇に半分溶けて、よく見えない。年寄りも、若い者も、子どもも、みな、同じ拍子で、同じように手を返す。そうしていると、不思議なことに、誰が誰だか、わからなくなってくる。
ふと、手前のそばに、ひとりの老婆が立っているのに、気づいた。輪には加わらず、じっと、踊りを見つめている。手には、小さな男ものの草履が、ひとつ。
「ばあさま。踊らんのかね」
手前が声をかけると、老婆は、踊りから目を離さずに、静かに言った。
「いいや。わしは、ここで見ておるのが、ええ」
しばらく黙ってから、老婆は、ぽつりと続けた。
「……去年の春に、息子を戦で亡くしてな。あの子はな、祭が好きで、いっつも、いっち先に輪に飛び込んでいく子じゃった」
手前は、かける言葉が見つからなかった。戦のない年の村なんて、あの頃は、ひとつもなかった。
ところが、老婆の声は、湿ってはいなかった。それどころか、どこか晴れやかですらあった。
「でもな、お人。今宵は、帰ってきとる。あの輪の、どこかにおる。わしには、見えんけどな。……ほれ、あすこの、跳ねるように踊っとる若いの。あの子の足の運びに、そっくりじゃ。きっと、あの子も、混じって踊っとるのよ」
老婆は、息子の草履を、そっと胸に抱いた。
「だから、泣かんでええ。盆のあいだは、そばにおるんじゃから。泣いて送り出したら、あの子が心配する」
手前は、その時、はじめてわかった気がした。この踊りは、悲しみを忘れるためのものじゃない。悲しみを抱えたまま、それでも、亡き人と一緒にいられる、ただ一夜を、皆でつくっているのだ。だから、輪の中では、誰が生きていて、誰が死んでいるか、わからなくていい。わからないほうが、いい。
いつのまにか、手前も、荷を置いて、輪の中にいた。誰かに手を引かれたのか、自分から入ったのか、覚えていない。
見よう見まねで、手を返し、足を運ぶ。太鼓が、だんだん速くなる。汗が噴き出し、息が上がり、顔のあたりの闇が、いっそう濃くなる。歌声と、足拍子と、はぜる炎の音だけが、世界のすべてになる。
——そして、踊りながら、手前は、ふと思った。
もし、本当に今宵だけ、死んだ者が帰ってくるのなら。
手前が、これまで見送ってきた数えきれない顔——名も忘れた者も、忘れられない者も——その誰かもまた、この暗い輪の、どこかに混じっているのだろうか。手のすぐ先で、同じ拍子で、手を返しているのだろうか。
手前は、確かめようとはしなかった。振り返りもしなかった。ただ、輪の流れに、身をまかせて、ぐるぐると、夜が白むまで踊りつづけた。
夜明け前、太鼓がやんだ。
人々は、吊るしていた灯籠を外し、村はずれの川へ運んでいった。火を灯した、それをそっと、水に浮かべる。仏さんを、また、あの世へ送り出すのだ。いくつもの小さな灯りが、ゆっくりと、川を下っていった。
老婆も、息子の草履を抱いたまま、流れていく灯りを、いつまでも見送っていた。その横顔は、やっぱり、泣いてはいなかった。
◇ ◇ ◇
盆踊りは、いまも、夏の夜に各地で続いている。
もっとも、櫓の上で流れるのは、太鼓だけじゃなく、賑やかな歌だったりする。屋台が並び、若いのが浴衣で写真を撮る。死んだ者を迎える夜だったことなんて、たいていの人は、もう知らない。
それでも、いいんだと思う。意味は、忘れても人が輪になって、同じ拍子で、手を返す——あの形だけは、ちゃんと残った。頭が忘れたことを、体のほうが、覚えているのかもしれない。
ボクは、いまでも、夏の夜、どこかで太鼓の音を聞くと、つい、輪のはしっこに加わってしまう。郷愁さ、と、自分では言っている。
……でも、本当のところは、たぶん違う。あの夜だけは、ボクも、信じてみたいのだ。これまで見送ってきた顔のどれかが、この暗い輪の、すぐ手の届かないあたりで、一緒に踊っているのだと。
手を伸ばして、確かめたりはしない。振り返って、探したりもしない。
ただ、夜が明けるまで踊る。それだけだ。
参考文献・もっと詳しく
※ 盆踊りの成り立ちは、盂蘭盆会(うらぼんえ)の死者供養と、念仏踊り・踊り念仏(時宗・一遍の系譜が源流のひとつとされる)などが、長い時間をかけて習合したものとされ、起源には諸説がある。本話では特定の起源を断定せず、「死者を迎え送る夏の夜の踊り」という民俗の核に留めた。灯籠流し・精霊送りの作法は地域差が大きいため、村の一例として描いている。
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