第 88 話衣服七たび沈めた白布と、甕の泡
〜なぜ染め師は、いつもの勝ち色の数を越えて、その布を沈めつづけたのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
七たび。
一枚の白い麻の布が、ある日の暮れまでに、藍の甕へ沈められた回数だ。
沈めたあとは、かならず引きあげて風に当てる。重ねるほどに青は深くなり、七たびめには、黒に近くなった。
藍を濃く重ねた色のことを、むかしの人は褐色と呼んだ。「かち」が「勝ち」に通じるので、武士が縁起をかついで好んだ——そう言い伝えられている。
その七たびを、ボクは甕のいちばん近くで見ていた。甕の番をしていたからだ。
◇ ◇ ◇
天文十年(一五四一年)の秋。在郷の染め場で、おれは甕の番をしていた。日傭いで入って、十日になる。
朝いちばんの仕事は、土間にならんだ甕のふたを取ることだ。灰汁をさし、棒で底からゆっくりかきまぜる。底に沈んでいるのは、藍の葉を寝かせて固めた、黒い土のようなものだ。これが灰汁のなかで目を覚ますまで、毎朝、手をかけてやる。灰汁が強すぎても、弱すぎても、甕はそっぽを向いて、華を咲かせてくれない。親方はそれを、指の先のぬるさひとつで見分けていた。
灰汁は、竈の灰を水に溶いて、ひと晩おいた上澄みだ。それを汲んでくるのも、おれの仕事だった。冷たい水に手をつけるたび、指の腹が、つっぱるように荒れた。軒下の竿には、前の日に染めあがった布が何枚もかかっていて、風が吹くたびに、ばさ、ばさと鳴った。
かきまぜた甕の面に、紫がかった泡が、ぷつぷつと立つ。この泡を、染め場では「華」と呼ぶ。華がよく咲いていれば、その日の甕は機嫌がいい。親方の孫の万吉は、八つの子だが、甕のふたを開けるなり、華の色を見て機嫌を言いあてる。大人たちは、そんな見かたをしない。
万吉は朝の手伝いのすきまに、藁しべを甕の縁で濡らしては、ひゅっと振って遊んでいる。濡れた藁しべは、はじめ緑なのに、振るうちに青くなる。それがおもしろいらしい。親方は、孫のすることを叱らず、かといってほめもしなかった。ただ、藁しべが青くなるあいだ、手を止めて、じっと見ていることがあった。
親方は六十に近い。手首から先は、洗っても落ちない青で、爪のあいだまで染まっている。仕事のあいだは、ほとんど口をきかない。甕に手を入れて、液のぬるさを指で測り、うなずくか、うなずかないかで、おれにつぎの仕事を渡す。

昼まえ、母親に付き添われた若者が、染め場へ来た。前髪の取れて間もない年ごろで、腰には不釣り合いなほど立派な刀がある。母親は、白い麻の布をひと巻きと、米の小袋を抱えていた。
「染め師どの。この子が、今度の戦さに出ることになりまして。どうか、いちばん濃い、勝ち色に染めてやってくださいまし。肌着にいたします」
親方は、布と若者の顔を、見くらべただけだった。
若者が胸を張った。
「たっぷり濃く頼む。勝ち色を肌に着ていけば、武運が開ける。手柄を立ててくる」
声は勇んでいた。けれど、刀の柄を握る手が、小さく震えているのを、おれは見てしまった。初めての、いくさだ。
母親は、かまちに腰をおろして、息子にも座れと目で言った。おれには、竹の皮に包んだ握り飯を、ひとつ、わけてくれた。まだ、ほんのり温かかった。
若者は座らなかった。刀を差した腰のまま、染め場のなかを、落ちつかなく歩きまわった。
親方は何も言わず、白い布を、いちばん大きな甕へ、ざぶりと沈めた。万吉が、柱のそばにしゃがみこみ、藁縄を一本、膝にのせる。
しばらくして、親方が布を引きあげた。
緑だった。藍の色ではない。くすんだ、黄みがかった緑だ。
「あっ」と若者が声をあげた。母親が口を押さえる。「しくじったのでは……」
おれの手は、そのときにはもう動いていた。親方の手から布の端を受けとって、軒下の竿へ運ぶ。畳んだところが重なると、そこだけ風が届かず、緑が残る。折り目をひとつずつ開き、風の通るように広げて、かけた。
万吉が、甕の縁で藁しべをひとすじ濡らして、ひゅっと振ってみせた。緑の藁しべが、振るうちに、青くなる。子どもの遊びだ。大人たちは、それを遊びとしか見ていなかった。
「ほうらな」と万吉が、客のほうへ言った。「あっちも、青くなる」
竿にかかった布は、風のなかでみるみる緑がさめていった。空の色を吸いこむように、青へ、青へ変わる。若者と母親は、口を開けたまま、それを見ていた。
布が青になると、親方はまた甕へ沈めた。引きあげて、おれが運ぶ。風に当てる。万吉が、縄に結び目をひとつ足す。甕のなかに布がいるのは、ほんのわずかな間で、あとは風のなかで待つ時間のほうが長い。一度ごとに、青は、ひと回りずつ深くなった。

三つめのとき、おれはしくじった。日が傾いてきたのに気がはやって、布の折り目をひとつ、開かずにかけてしまったのだ。乾いてみると、その折り目のところだけ、青が薄く、白っぽい筋になって残っていた。
おれが「親方、すまぬ」と言うより先に、親方は、その筋を指でなぞった。何も言わない。布をそのまま甕へ戻して、深く、深く沈めた。つぎに引きあげたとき、筋は、ほとんど青に溶けて、見えなくなっていた。
土間にさした光が、甕の面の泡を金色にした。四つめのとき、若者はもう、歩きまわるのをやめていた。竿の前に立ちつくして、布から目を離さない。
「どれほどかかる」と、若者が、おれに聞いた。
「日のあるうちは、かかる」
「そんなに……」と言ったきり、若者は黙った。帰れと言われたら帰るつもりでいたのだろう。だが、足は、そこから動かなかった。さっきまでの勇んだ顔は、どこにも無い。
五つめの布が竿にかかったとき、おれは親方に言った。
「親方。これで、もう、じゅうぶん濃うございます」
深い藍だった。おれの目には、それが勝ち色の濃さだと見えた。親方は、おれの顔を見ず、黙って布を取りに来た。
万吉が、膝の縄の結び目を、指でなぞった。
「五つ」と万吉は言った。「いつもの勝ち色は、ここまでだ」
親方は、布を甕へ沈めた。六つめ。引きあげて、おれが運ぶ。風に当てる。万吉が、縄に結ぶ。
七つめを沈めるとき、親方の手は、いつもより長く、甕のなかにあった。布の端から端まで、藍の液がゆきわたるまで、ゆっくりと手のひらで押していく。引きあげた布は、緑ですらなかった。ほとんど、黒だった。
若者の母親は、そのあいだ、米の袋の口を握りしめていた。
七つめの布も、竿にかけた。
日が暮れかけていた。染め場の土間は、藍と灰汁のにおいで、むせるほど濃かった。竿の布は、黒に近い青になった。布の端から、しずくが土間の石に、ぽたぽたと落ちた。その音のほかは、染め場のだれも、口をきかなかった。
母親が、万吉の縄を、そっと手にとった。結び目を、指でひとつずつ、たどる。七つあった。母親は、うつむいて、唇をかんだ。
若者は、その縄を見て、刀の柄から、手をはなした。
親方が言ったのは、ひとことだけだった。
「あしたの朝、取りに来い」
母親は、袋から米をひと升出して、頭を下げた。親方は、その半分だけを受けとって、あとは袋へ押しもどした。母親が何か言いかけたが、親方はもう背を向けて、甕のふたを閉めはじめていた。
おれは、染めあがったばかりの布が、夕日に、青く光るのを見ていた。
染め場の木戸を出るとき、若者が、いちどだけふり返った。竿にかかった黒に近い青を、しばらく見て、それから母親のあとを追っていった。万吉は、まだ縄を握ったまま、その背を見送っていた。
◇ ◇ ◇
あの若者が、無事に帰れたかどうか、ボクは知らない。
ただ、万吉の藁縄に結び目が七つあったことは、いまも、指を折って言える。
いま手元にある藍の手ぬぐいは、洗って干すたびに、青い水をすこし吐く。乾ききった布を広げると、かさり、と鳴る。少し硬い、ごわつき。
参考文献・もっと詳しく
※ 勝ち色(褐色)を武士が縁起として好んだというのは通説で、戦国期の染め場でどこまで一般的だったかは慎重に見る必要がある。戦国期の藍の利用は地域ごとの小規模なものが中心で、製法の細部を伝える史料は限られる。染め場の場面・人物は創作である。
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