07衣服
衣服戦国のころ・在郷の染め場読了 約5

勝ち色、と人は呼んだ

なぜ染め師は、戦さへゆく若者に、その青を、もういちど染め重ねたのか

 日本のむかしの写真や絵を見ると。

 働く人たちは、たいてい青い着物を着ている。野良で鍬をふるう百姓も、店先で立ち働く職人も、あの深い藍の青だ。のれんも、手ぬぐいも、足袋も、半纏も——どこもかしこも、藍、藍、藍。この国は長いあいだ、青い色に染まっていた。

 ずっとあとになって、海のむこうから来た人が、この国のその青を見て、「ジャパン・ブルー」——日本の青、と呼んだそうだ。

 なぜこんなに、みんな藍を着ていたか。

 ひとつには、藍で染めた布は、虫が食わず、色が褪せにくく、おまけに布じたいが丈夫になる。だから、毎日汗水たらして働く者の普段着に、これ以上ありがたい色はなかった。——まあ、これは暮らしの知恵の話だ。

 けれど、藍の青には、もうひとつ別のいわれがある。

 藍を何度も何度も染め重ねていくと、しまいには、夜のような、黒に近い、いちばん濃い青になる。これを、むかしの人は「褐色(かちいろ)」と呼んだ。そして——その「かち」が、「勝ち」に通じる。

 だから、このいちばん濃い藍は、いくさに勝つ、縁起のよい色——「勝ち色」として、武士にたいそう好まれた、と言い伝えられている。

 暮らしの色であり、戦さの色でもある。——藍というのは、そういうふしぎな青だった。

 手前が、そのふたつの顔をいちどに見たのは。戦国の世の、とある在郷の染め場でのことだった。

◇ ◇ ◇

 天文十年(一五四一年)の秋。とある在郷の染め場は、土に埋めた大きな甕が、いくつもならんでいた。

 ——諸国を売り歩いていた頃のボクは、自分を「手前」と呼んでいた。

 甕をのぞくと、どろりとした藍の汁が、たまっている。その表面に、ぶくぶくと紫がかった泡が立っていた。染め師の爺さまは、それを「藍の華が、咲いた」と言った。この泡が立つのが、ちょうど染めごろの合図なのだ、と。

 手前が、藍染めの布を何反か仕入れようと、値の相談をしていると。染め場へ、ひとりの若い男が、母親に付き添われて、やってきた。

 まだ、前髪の取れて間もないような若者だ。けれど、その腰には、不釣り合いなほど立派な刀が差してある。母親は、白い布を、ひと巻き抱えていた。

 「ご隠居さま」と母親が、染め師に頭を下げた。「この子が……今度の戦さに、出ることに、なりまして。どうか、これを……いちばん濃い、勝ち色に染めて、やってくださいまし。肌着に、いたします」

 染め師の爺さまは、その白い布と、若者の顔とを、しばらく見くらべていた。

 若者は、胸を張って、言った。

 「ご隠居。たっぷり、濃く、頼む。勝ち色を肌に着ていけば、きっと武運が開ける。手柄を、立ててくる」

 声は、勇んでいた。けれど、その刀を握る手が、ほんの少し震えているのを、手前は見てしまった。怖くない、はずが、ない。初めての、いくさだ。

 染め師は、何も言わず、その白い布を藍の甕へ、ざぶりと沈めた。

 そして——手前は、そこで、世にもふしぎなものを見た。

 しばらく浸して引きあげた布は。藍色では、なかった。なんと、くすんだ、黄みがかった緑色をしていたのだ。「あれ」と手前が声をもらすと、染め師は、にやりとした。「まあ、見ておれ」。

 爺さまが、その緑の布を両手で広げて、風にさらす。すると——みるみる、その布の緑が、さめていって。空の色を吸いこむように、みるみる、青へ、青へと変わっていく。手前の見ているうちに、布は、すっかりあざやかな藍色になってしまった。

 まるで、手妻だ。手前は、ぽかんと口を開けた。

 染め師は、その布を、また甕へ沈め、また風にさらす。沈めては、さらし。沈めては、さらし。一度ごとに、青が、ひと回りずつ深くなる。緑から青へ、青から濃藍へ、濃藍から、夜のような、勝ち色へ。

 爺さまは、何度も、何度も、それをくりかえした。ふつうの勝ち色より、ずっと念入りに。日が傾くまで、ひたすら、沈めては、さらし、を、くりかえす。手前が「ご隠居、もう十分、濃いのでは」と言っても、爺さまは、手を止めなかった。

 「……なあ、若いの」と、染め師は、布をさらしながら、ぽつりと言った。若者に、というより、藍に語りかけるような声だった。「世間じゃ、これを、勝ち色、勝ち色と、ありがたがる。勝つ、に通じる、とな。それも、よかろう。けんど、わしはな、ちと、ちがう願いを、こめて染めとる」

 「ちがう、願い……?」

 「藍はな、虫を寄せつけん。傷の膿むのも、防ぐと年寄りは言う。なにより、丈夫で、色が褪せん。——つまりは、おまえの身をまもり、おまえと、いちばん長く添うてくれる色じゃ。わしはな、おまえが手柄を立てるより、なにより」

 爺さまは、染め上がった夜色の布を、ぎゅっとしぼった。藍のしずくが、ぽたぽたと落ちる。

 「——この色が、おまえを、無事に、ここまで連れて帰ってくれることを願うて、染めとるのよ。勝ち色、というよりは、生き帰る色、とでも思うてな」

 若者は、はっとして、母親を見た。母親は、うつむいて、唇をかんでいた。さっきまでの、勇んだ顔が、その若者から、すうっと消えて——かわりに、ずっと幼い、こどもの顔が、のぞいた。

 「……ご隠居」と、若者は、しゃがれた声で言った。「ありがとう。……かならず、この色を着て、帰ってくる」

 手前は、その染めあがったばかりの藍の肌着が、夕日に、深く、青く光るのを見ていた。それは、たしかに勝ち色だった。けれど、それ以上に——母親の祈りと、染め師の願いとを、何度も何度も染め重ねた、青、だった。

◇ ◇ ◇

 あの若者が、無事に帰れたかどうか。手前は、知らない。

 ただ、ボクが知っているのは——その後の、ながい、ながい、お話だ。

 戦さの世が、ようやく終わると。あの「勝ち色」を尊んだ気持ちは、いつしか薄れていった。けれど、藍そのものは、消えなかった。それどころか、武士の縁起の色だった藍は、すそ野を広げて、百姓の野良着になり、職人の半纏になり、こどもの産着にまでなった。虫を食わせず、丈夫で、褪せない——その、暮らしを守る力のほうが、生きのこったんだ。

 戦さの色は、暮らしの色になった。そうして、この国じゅうを、青く、青く、染めあげた。海のむこうの人が、「日本の青」と呼びたくなるほどに。

 いまでも、どこかで、藍染めの、深い青を見かけると。ボクは、ふと、あの染め場を思い出す。沈めては、さらし、沈めては、さらし——日が暮れるまで、若者の無事だけを願って、勝ち色を染め重ねていた、あの、無口な染め師の、藍に染まった、節くれだった手を。

参考文献・もっと詳しく

「褐色(かちいろ/勝色)」が「勝つ」に通じる縁起色として武士に好まれたという由来・語源は広く語られる通説で、一次史料の裏づけは弱い。本文では「人がそう呼んだ/そう言い伝えられる」という見聞・伝聞の体裁にとどめ、断定を避けた。藍布の防虫・耐久・色褪せにくさという実用面は生活史で裏づけられる。蒅(すくも)の大量生産=阿波藍の発達は江戸期で、戦国期の藍利用は小規模・史料が限られるため、製法描写(藍建て・「藍の華」)は一般的な範囲に留めた。「ジャパン・ブルー」(明治のR.W.アトキンソンの命名と伝わる)は近代の話として額縁の現代ボクのみが触れ、「インディゴ」「抗菌」「発酵」等の科学語は場面では用いていない。

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