第 26 話衣服一反の薔薇の銘仙と、祖母の袖口に残る縫い目
〜安くて派手な絹を前に、一家の女たちは何を数えたのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
ボクの手もとに、手のひらほどの切れ端がある。
重さは、ほとんどない。絹なのに、ひやりと冷たい。爪をそっと立てると、かすかに鳴る。真っ赤な薔薇が一輪、花びらの縁でにじんで、二重にぶれている。裏返しても、同じ薔薇が、同じにじみかたで、そこにいる。
これをもらったのは、大正の春だ。呉服店のたとう紙の匂いのなかで、夜着の表地を誂えた日のことになる。
◇ ◇ ◇
大正十年(一九二一年)の春。町の呉服店の暖簾を、わたしはくぐった。
春から秋までの勤めで入った貸間の夜着が、綿はよいのに、表がすっかり擦り切れていた。大家は「そのうち」と言うばかりだ。ならば自分の金で、新しい表を誂えようと思った。
店の奥には、たとう紙の擦れる乾いた音と、新しい反物の匂いが満ちている。帳場の番頭が、算盤の珠をひとつ弾いて顔を上げた。
「夜着の表にしたい。丈夫で、洗いの利くものを」
「それなら銘仙で。本絹では、お客さんの手の出る値になりませんで」
番頭は、三反を台の上へ転がすように広げてみせた。紺の縞、茶の格子、それに、衣桁にかけてある、矢絣の地に薔薇を散らした一反。薔薇は若い娘向けで、わたしの用には派手すぎる。それでも目が止まったのは、色でなく、柄の縁だった。赤が線でくっきりと切れずに、じわりとにじんでいる。
「縁がにじんでいるね。染めそこないかい」
「解し織りと申しまして。経糸をざっと仮に織り、そこへ型で柄を刷るんで。刷ってから糸をほぐして、あらためて緯糸を通して織りなおす。にじみは、その手間のしるしでして」番頭は、見本帖から薔薇の切れを一枚抜いて、わたしの前に置いた。「裏も、同じに出ますよ。薔薇は伊勢崎、縞は秩父のものです」
「産地で、柄が違うのかい」
「伊勢崎は矢絣に大柄、秩父は縞が得手で。足利、桐生、八王子と、どこも織りますが、問屋が荷を、型ごと競わせて仕入れますんで」
見本の切れを裏返すと、たしかに裏にも、同じ薔薇がある。端を指でつまんでみると、薄いが、腰はしっかりしていた。わたしは紺の縞を、ひと尺ほど巻きほどかせて、窓の明るみにかざした。縞の縁も、赤と同じように、ほんのり息をしている。茶の格子は、色が重すぎて、見送った。

「本絹の無地なら、どうなる」
「一反で、お客さんのひと月の稼ぎが、そっくり消えますんで」番頭は、算盤の珠を指で払って、にやりとした。「そこへいくと銘仙は、遠慮なく寝返りを打てるお値段で」
値は、財布と相談して、わたしにも手の届くところで折り合った。縫い子に仕立てを頼むと、上がりは四日後だという。
「三日にならないか」
「春は祝言の仕立てがつまっておりまして。縫い子は二人きり、四日が精一杯で」
番頭は、貸間の夜着の寸法をわたしに言わせ、帳面に書きつけた。縫い子は、擦り切れた古い表を見本に、縫い代の幅を決めるという。
わたしは手付けを置き、残りは受けとりの日と決めた。
そこへ、暖簾が揺れた。
若い娘と、その母親と、杖をついた年寄りの三人連れだった。娘は、店に入るなり、衣桁の薔薇へまっすぐ歩み寄った。
「おかあさん、これ。この薔薇がいいわ」
「およしなさい。そんな、けばけばしい」母親は、眉根を寄せた。
「だって、みんな着ているのよ。女学校のお友だちだって、袴の下は、銘仙ばかり。無地なんて、お祖母さまの着物みたいだわ」
「これっ」
年寄りは、台のそばの床几に、ゆっくり腰を下ろしただけだった。怒るでも、笑うでもない。膝の風呂敷包みを解くと、中のものを、帳場の台へ置いた。
古い無地の、片袖だった。
それから年寄りは、わたしのほうへ、皺の寄った手を差しだした。見本の切れを貸してくれ、ということらしい。わたしが渡すと、年寄りは、薔薇の切れを鼻先まで寄せ、親指と人さし指のあいだで、しばらくこすった。裏を返して、また、こする。返してよこしたとき、年寄りは何も言わなかった。
「番頭さん。この薔薇の銘仙は、洗い張りが何度利くかね」
番頭は、台の上の袖と、衣桁の薔薇とを、見くらべた。「大事にあつかって、二度。三度目には、糸がへたってまいります」
年寄りは、袖口をくるりと裏へ返した。縫い目の筋が、三つ並んでいた。針の通った穴の列が、少しずつずれながら、重なっている。いちばん古い列は、糸の跡が茶色い筋になって残り、布のほうが先に薄くなっていた。

「母が縫い、わたしが縫いなおし、この子の母が縫いなおした。縫い目は、三つ」年寄りは、袖をひざの上で撫でた。「この無地は、まだ解ける」
母親が、はっとして目を伏せた。娘は、唇をとがらせたまま、袖口から目をそらさない。
「……その無地、いつ仕立てなおすの」と、娘が小さな声で聞いた。
「この秋にね」年寄りは、それだけ答えた。「おまえの背が、伸びきってから」
番頭が、台に積んだ反物の山から、巻きの細い一反をずらして、年寄りの膝の前へ寄せる。藍の無地だった。
「そっちは、まだ要らないよ」年寄りは、首を振った。
「その薔薇は、二度かい」年寄りは、番頭に向きなおった。「ならば縫い代を、たっぷりとっておくれ。袖にも、裾にも」
「へい。三夏も着られましたら、裏を返してお仕立てなおしも出来ますんで。紅は、日に焼けて桃色に褪せますが」
わたしは、見本の切れを、掌のなかでもてあそんでいた。日に焼けてくすんだ桃色の袖口なら、どこかで見かけた覚えがある。あの桃色の、もとの色が、いま衣桁にかかっているこの赤だ。目に痛いほどの赤を前に、この年寄りは、その先の桃色まで、もう見ているらしかった。
「……一枚きりですよ」と、母親が娘に言った。声は、さっきよりずいぶん低かった。
娘は、返事もせずに、衣桁の薔薇をふり仰いだ。
帰りぎわ、見本の切れを台へ戻そうとすると、番頭が手を振った。「お持ちなさい。うちは、また抜けますから」
◇ ◇ ◇
四日ののち、受けとりにいくと、衣桁の薔薇は、別の柄に替わっていた。番頭は、紺縞の包みに、麻紐をきゅっと十文字にかけて渡してくれた。
縞の夜着は、肩のあたりまで隙間なく上がっていた。縫い代は、古い表のときより、指二本ぶん広く取ってある。
「そういえば、あの薔薇のお嬢さんの、お祖母さまですがね」と、番頭が、帳面に受けとりを書きつけながら言った。「縫い子のところへ、寸法を見にいらっしゃいまして。縫い代の幅を、物差しで、二度たしかめて帰られたそうで」
わたしは、へえ、とだけ答えた。
縫い子の手になる縫い目は、粒がそろって、指でなぞると、ひとつずつ触れた。
その晩、新しい表の夜着に身をうずめると、絹が肌を冷たく受けとめて、すぐに体になじんだ。寝返りを打つたびに、さらりと滑る。窓の外はまだ春寒だったが、その夜は、いつもより少し明るかった。見本の薔薇の切れは、枕もとの行李の蓋に、広げて置いておいた。朝になって目をあけると、障子ごしの光のなかで、いちばん先に、あの赤が見えた。
◇ ◇ ◇
秋のはじめ、ボクが町を出る朝のこと。橋の上で、あの薔薇の銘仙の娘とすれちがった。赤は、まだ春のままの赤だった。結い上げた髪の下に、白い首すじ。
参考文献・もっと詳しく
※ 銘仙は大正から昭和初期にかけて、若い女性を中心に人気を集めた、安価で華やかな絹織物で、解し織の技法により多彩で大胆な柄を生んだ(伊勢崎・足利・秩父・桐生・八王子の五大産地が知られる)。
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