01
各時代(通し)読了 約4

ボクの、たくさんの「わたし」のこと

ひとりの人間は、生涯にいくつの「自分」を名乗れるものなのか

 ボクのことを、ボクは「ボク」と呼んでいる。

 いまの世では、これがいちばん、しっくりくる。あらたまりすぎず、かといって砕けすぎもしない。男が言っても、そう尖って聞こえない。だからボクは、ボクだ。

 でもね。ボクが自分を「ボク」と呼ぶようになったのは、案外、あたらしいことなんだ。

 長く人を見てきて、ボクはおかしなことに気づいた。着るものが変わり、食うものが変わり、神さまの数まで増えたり減ったりするように——人が自分をなんと呼ぶか、それさえも、時代ごと、土地ごとに、ころころと移り変わっていく。

 名乗りというのは、いってみれば、いちばん身近な着物だ。ボクはそのたびに、自分の呼び名を、そっと着替えてきた。

◇ ◇ ◇

 いちばん古い記憶では、ボクは自分を「われ」と呼んでいた。

 都がまだ若く、大路に牛車のきしむ音がしていた頃のことだ。やんごとなき御方々は、自分を「まろ」と言った。やわらかく、丸い音だ。けれど紙や筆を背負って辻を売り歩くボクに、その雅な響きはどうにも不相応だった。

 「これに、よき紙はあるか」と問われれば、「われが持つは、これくらいのもの」と答える。われ、われ、と。固くて、つつましい音だ。地べたを歩く者の声だった。今になって舌にのせてみると、若い頃の自分の、少し背伸びした顔つきまで思いだす。

◇ ◇ ◇

 やがて世が荒れ、あちこちで刃の鳴る音がするようになった頃。ボクは「おれ」になった。

 いまの人は、おれ、と聞くと、少し荒っぽく感じるかもしれない。けれどあの頃の「おれ」は、ただの当たり前の自称だった。畑を打つ百姓も、荷を担ぐ者も、みな当たり前に、おれ、と言った。卑しい言葉ではなかったんだ。

 ただし、腰に刀を差した御武家の前では、話がちがう。そういうときボクは、すっと背を伸ばして「それがし」と名乗った。同じ自分の口から出る言葉なのに、相手によって、こうも変わる。おかしなものだろう。名乗りは、自分が誰の前に立っているかを、いちばん正直に映す鏡なのかもしれない。

◇ ◇ ◇

 太平の世が来て、ボクは江戸の下町に、ずいぶん長く居ついた。

 ここの水に馴染むと、口も自然と染まっていく。気づけばボクは「あっし」と言い、調子のいいときには「おいら」と言っていた。

 「あっしの売りもんは、安かろう悪かろうじゃござんせんよ」——そんな啖呵が、するりと出てくる。早口で、威勢がよくて、語尾が跳ねる。長屋の女房に値切られて、「そりゃあんまりだ、おいらの儲けがなくなっちまう」と泣き言を言う。あれは、言葉そのものが粋がっていた。自分を呼ぶだけで、もう江戸っ子の顔になれた。

◇ ◇ ◇

 同じ頃でも、足を西へ向ければ、また呼び名が変わる。

 上方や西国を回るときのボクは、「わし」になり、ところによっては「わて」と言った。商いのさかんな大坂では、「わて、ちょっと寄せてもらいまっせ」。これがまた、下町の「あっし」とは、まるで温度がちがう。やわらかくて、人なつこくて、どこか勘定高い。

 おもしろいのは、女子衆や子どもが「うち」と言うことだ。うちはな、うちはなあ、と。同じ土地でも、男と女で、大人と子どもで、呼び名は枝分かれしていく。ボクは旅をするたび、その土地その土地の「自分」を、ひとつずつ拾って覚えた。

◇ ◇ ◇

 商家に出入りして、帳場の隅に座らせてもらう頃には、ボクはまた別の顔になった。

 「手前は、しがない行商の者でございます」——商人どうしのあらたまった席では、こう名乗る。手前。これは、ぐっとへりくだった、よそゆきの自称だ。江戸の商いの世で育った言い方で、それより前の世にはなかった。だからボクも、この呼び名を覚えたのは、ずいぶん後になってからだ。

 ちなみに、同じ「手前」でも、相手を指して「手前、いいかげんにしやがれ」と言えば、これはもう喧嘩の言葉になる。自分を指すか、相手を指すかで、へりくだりが、そのまま刃に化ける。言葉とは、つくづく油断がならない。手前味噌、なんて言葉が今も残っているのは、その名残りだね。

◇ ◇ ◇

 そして、ちょんまげが消え、ザンギリ頭が増え、町にガス灯がともった頃。

 ボクは、いつのまにか「わたし」と言うようになっていた。

 「わたしは、筆と紙を商っております」。固すぎず、砕けすぎず。身分でぎちぎちに縛られていた世が少しほどけて、誰もが横並びの「わたし」になっていく。その平らな響きが、ボクには、なんだか新しい時代の匂いに思えた。

◇ ◇ ◇

 ——こうして並べてみると、われ、おれ、あっし、おいら、わし、わて、手前、わたし。

 ボクはこの長いあいだに、ずいぶんたくさんの「自分」を名乗ってきたものだ。どれも嘘ではない。どれも、まぎれもなくボクだった。その時代の、その土地の、その人たちのあいだに、すっと溶けこむための名乗りだった。

 名乗りひとつ取っても、人の暮らしは、こんなにも移っていく。だからボクは、これからの話のなかでも、そのつど呼び名を着替えるはずだ。平安の辻では「われ」と、戦国の村では「おれ」と、江戸の長屋では「あっし」と。いちいち断りはしないけれど、もし「お、今日のボクはこんな呼び方だな」と気づいてくれたら、それはきっと、その時代の風に、あなたも少し触れたということだ。

 そして今このとき、あなたに語りかけているボクは——やっぱり、ただの「ボク」がいい。

 さて。そろそろ、ボクの話をしようか。

参考文献・もっと詳しく

日本語の一人称(自称詞)は、時代・地域・身分・性別・相手との間柄によって移り変わってきた。「まろ」は平安の貴族層に好まれた自称、「手前」は近世(江戸期)の商いの世で育った改まりの言い方で、いずれもそれ以前にさかのぼらせると時代がずれる。「あっし・おいら」は江戸の下町や職人、「わし・わて」は上方・西国、「うち」は女性や子どもに寄った言い方とされる。なお「おれ」の古い用法や「わたし」が階層をこえて広まった時期には諸説があり、本編では細部を断定していない。自分の呼び名が場面ごとに着替わるさまは、鈴木孝夫『ことばと文化』が日本語の特質として論じている。

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