文化の系統樹

ひとつの工夫が、時代をくぐって「文化」に育つ。テーマごとの枝を、古い時代から順にたどってみてください。

22

平安
醍醐味という言葉の、ほんとうの味なぜわれだけが、この国から消えた一口を、いまも覚えているのか海を知らぬ里へ、ひとつまみの海を背負っていった日のこと山あいの媼は、生まれてはじめて舐めた白い粒に、なぜ涙ぐんだのか山の奥の闇に夏まで眠っていた氷を、姫君のひと匙のために、汗だくで都へ運んだ日のこと生まれてはじめて舌にのせた夏の氷に、幼い童女は、なぜ泣きそうな顔で笑ったのか年の暮れ、臼の音が里じゅうに鳴りわたった日のことふだんは粟稗の粥をすする里が、なぜ一年に一度だけ、白い餅を神に供えたのか蔦の汁を椀半分の蜜にするまで、冬の山を歩きつづけた翁のこと砂糖を知らぬ世の童は、生まれてはじめて舐めた一さじに、なぜ目をまるくしたのか水につければ、飯は旅立ちの朝にもどった——干した米が運んだ、いちばん古い「即席めし」のこと峠の下で、若い旅人は、ふやけたひと粒を、なぜあんなに大事そうに噛みしめたのか飯を捨てて魚を食う——酢より古い「酸っぱい寿司」のはなし半年も湖の底のような暗がりで眠った魚を、男はなぜ宝物のように掘り出したのか壺の底で、豆はゆっくり塩に溶けた——味噌でも醤油でもなかったころの、どろりとした塩辛さのこと壺の蓋を開けるたび、なぜあの女は、できあがりまでの日数を指で数えていたのか仏に供えた甘みが、子の口へ落ちてくるまで——油で揚げた渡来の菓子が、人の祝いごとになった話仏前に積まれた金色の菓子は、どうして、汚れた手の子どもの口に下りてきたのか白い飯は、炊くのでなく蒸すものだった——甑の湯気がハレを運んだ、固い飯のこと湯気の立つ白い山を、土間の子は、なぜあんなに長いこと見つめていたのか細く裂いて干せば、海は山を越えられた——一尾の魚を、いくつもの里へ配るための「裂き干し」のこと浜から遠い山の子は、なぜ、糸のように細い一筋の魚を、あんなに惜しんで噛んでいたのか

文化43

平安
名を捨てた朝に、童は大人になった——はじめて冠を戴き、新しい名を名のった日のこと古い名で呼ばれても、その子はもう、ふりむかなかった月は、まっすぐ見ない——水と酒に映して愛でた、都びとの遠回しな贅沢のことなぜあの姫君は、空の月を仰がず、盃のなかの小さな月ばかり覗き込んでいたのか曇った銅の向こうに、女はだれの顔を探したのか——自分を見るのが、まだ稀だったころの鏡のこと磨きあがった一枚を抱いて、若い女は、しばらく顔をあげられなかった合わせてみれば、答えはもう貝が知っていた——蛤の殻でさがした、たったひとつの片割れのこと広げた殻の海から、女童はどうして、迷いもせずにあの一枚を拾い上げたのか灯ひとつが、昼と夜を分けていた——油皿のあかりを惜しんで暮らした、夜がいちばん暗かったころのこと灯心を撚る老女は、なぜ、たった一晩だけ、客のために灯を惜しまなかったのか誰も勝たない遊びに、なぜ人はあれほど夢中になったのか——落とさぬことだけを願った、雅な鞠のこと鞠を落としかけた若君に、なぜ輪の人々は、咎めるどころか見事と声をあげたのか墨が濃くなるのを待つあいだに、人は半分、もう書いていた——一字を記すまえの、しずかな手間のこと気のはやい若い僧の手は、墨を磨りなおすあいだに、なぜ嘘のように静まったのか落ちた櫛は、決して拾ってはならなかった——髪に魂が宿ると信じた頃の、櫛をめぐる作法のこと市の隅で黄楊を挽くじいさまは、なぜ、客のいないあいだも歯の数を数えていたのか黒と白の石だけで、盤の上に国境を引く——男も女も向きあえた、平安の静かな遊びのこと御簾ごしに石を置きあうあいだ、二人はなぜ、ひとことも交わさずに笑えたのか臭いだけの欠片を練り合わせると、人を恋しがらせる匂いに化けた——香りが人の名札だった頃のこと手柄を家に取られても、その年寄りの女房は、なぜ少しも口惜しがらなかったのか奇数の夜ごとに、人は灯をともして集まった——子の生まれた家に、産着と祝い膳が通った話五夜の晩、まだ名もない赤子のために、なぜあの年寄りは夜道を厭わず通ってきたのか扉を開けば、それは「しまう」ではなく「飾る」になった——書物と調度を納めて誇った、厨子という棚のことなぜあの古女房は、欠けた素焼きの椀ひとつを、漆の棚のいちばん良い場所に据えたのか黒く染めてこそ、一人前——白い歯を恥じた頃の、鉄漿(かね)のはなしはじめて歯を染める朝、姫君は、なぜあんなに鏡を覗きこんだのかその薄い一枚は、外から内を隠し、内から外を残らず見せていた簾を編む者だけが知っていた、明るさと暗がりの境のこと流したのは、捨てたのではない——紙の人形に病を移して見送った、雛のいちばん古いかたちのこと川べりの姫君は、なぜ流れていく白い紙きれに、いつまでも手を振っていたのか裳をひと垂れ腰に結べば、その日から子は女と呼ばれた——髪を上げ、装束を着けて大人になる日のこと腰結いの紐をひと結びするまでの、ほんの短い間に、大人たちはなぜあれほど息をのんでいたのか壁を立てず、布で部屋をこしらえた——几帳の陰が、人と人の「間」をつくっていたころ布一枚を隔てただけの女房は、なぜ、すぐそこにいるのに遠く感じられたのか届かぬ星に、それでも願いを書いた日のこと字の書けぬ母は、娘の願いを、どうやって星に届けたのか畳んで、ひらく——海を渡っていった風のことたためばふところに、ひらけば風——この小さな道具は、なぜ海を渡って出ていったのか
室町
寒い家のまんなかに小さな火を据えて、人の寄り集まった日のこと炭ひとつかみの火を囲む宵に、独り身の老爺はなぜ手を温めながら目をしばたたいたのか神さまに見せる、力くらべのこと土の上のただの力くらべが、なぜ、その年の実りを占う祈りになったのか家の床を四角く切って焚いた火が、煮炊きも灯りも団欒もまとめて引き受けていた日のこと火を絶やさぬよう夜どおし灰をかき抱いた爺は、なにを守っていたのか座敷でも庭でもない一枚の板敷きに、人がいちばん心をほどいて腰かけた日のこと上がりも下りもせず、ただ端に腰かけただけの隣人が、なぜいちばん長く話していったのかひとりの歌が、座にいならぶ皆で継ぐ言葉の遊びになっていった日のこと前の句をせっかく受けておきながら、なぜ人は、わざと話を転じて付けたのか細い板を円く並べ、竹の輪で締めただけの器が、暮らしのすべてを蓄えていった日のこと継ぎ目だらけのくせに、なぜその器は、水の一滴も漏らさなかったのか畳んで懐に入る灯りが、はじめて夜の闇に一本の道をつけた日のこと庄助じいさんは、なぜ火も入れぬ紙袋を、いくども畳んでは開いてみせたのか何もない一畳の板間に、人がはじめて花を掛け、格を宿らせた日のことなぜあの番匠は、客も通らぬ座敷の隅を、わざわざ一段高くしつらえたのか軒に垂れた一枚の布が、店の名を背負って代を継いでいった日のこと焼け跡に立った主は、煤けて焦げた一枚の布を、なぜ捨てずに洗い直したのか手折ってきた草木を、ただ挿すのではなく「立てた」男がいた話仏に供えるための花が、なぜ、見て愛でる花へと姿を変えていったのか

宗教12

言語9

衣服13