第 55 話道具布にくるまれた一枚の盤と、縁の外に残った針の傷
〜娘がかけたがった唱歌の盤の前で、父はなぜ三度目に、口ずさみはじめたのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
手のひらに載せると、見た目より重い。黒くて、縁が薄く、裏も表もひどく冷たい。くるんであった布の外まで、その冷たさが染みだしてくる。縁は爪の厚みほどしかない。
布は藍の古い木綿で、端がほつれて、糸が二、三本垂れていた。ほどくときに、その糸が盤の縁にからんだ。ボクは、からんだ糸を一本ずつ外してから、盤をひっくり返して、光にかざした。
そういう盤を、大正の暮れに、ひとりの男が抱えて、ボクの店へ入ってきたことがある。
◇ ◇ ◇
大正八年(一九一九年)の暮れ、東京の町なかで、わたしは蓄音機を商っていた。
店は間口二間の狭いものだった。壁の棚に機械が三台、紙の袋に入れた盤が二百枚ほど。値の張る品だから、客はまず聴きたがる。鳴らして聴かせるのが、いちばんの商いだった。
その朝も、隣の筆屋の若い衆が、浪花節の盤を聴きにきていた。帳場の柱にもたれて腕を組み、ラッパの口をにらむように聴いて、終わると黙って帰っていった。町の家々に蓄音機が入りはじめた、そんなころで、鳴らせば人の足が止まった。
鳴らすには手順がある。横手の把手を巻いて、ぜんまいを締める。盤を円い台に据える。缶から鉄の針を一本つまみ、音を拾う先の穴に差して、ねじで留める。そして腕を持ちあげ、盤の縁へ下ろす。針は片面をかけ終えたら捨てる。一本で一面、一度きりだ。使ったものは、台の脇の小皿へ落とす。先の丸くなった針が、夕方には小皿の底に、黒く山をなした。缶は、日に二度は底が見えかけた。
その日は北風が強く、表の戸が、がたがたと鳴っていた。昼下がりに入ってきたのは、痩せた男だった。指の腹が固く、仕立物の職人だろうとすぐ知れた。布に包んだ平たいものを、胸に抱えている。
「これを、鳴らしてもらえませんか。うちのは、もらいものの古い機械で、ぜんまいが切れちまって」
それから、目を伏せて、つけ足した。
「直す銭が、ないもんで」
わたしは、鳴らし代の話は出さなかった。客に聴かせるのは、もとより商いのうちだ。男の顔から、こわばりが少しだけ抜けた。

布をほどくと、唱歌の盤が出てきた。子どもの歌を、女の人が節をつけて吹き込んだものらしい。わたしは、盤を受け取った。ずしりと冷たい。布のあいだから、紙の袋がすべり落ちた。拾おうとしゃがむと、板の間の冷えが、膝の皿にじかに伝わった。
袋は、盤を入れておく茶色の紙だった。その裏に、鉛筆で丸がいくつも描かれていた。子どもの手の、ゆがんだ丸だ。大きいのも小さいのも、線がはみだして重なっているのも、ひとつずつ数えると、四十七あった。
縁を光にかざして、わたしは手をとめた。
縁のすぐ内側に、髪の毛ほどの細い傷が、ぐるりと何十本も走っている。傷は縁の外側に寄っていて、内へゆくほど薄い。歌いだしのいちばん外の溝だけが、白くざらついていた。針を、置くはずの場所より外へ落としてこすり、拾いなおしては、また落とす。そのくりかえしの跡だと、傷のほうが言っていた。大人の手なら、こうはならない。
まんなかの紙の札にも、目がいった。歌の名と、吹き込んだ女の名が刷ってあるのだが、穴のまわりだけが丸く黒ずんで、字が読みにくい。小さな指が、何度も、そこをつかんだ跡だろうか。裏の面をかえして見ると、そちらはほとんど傷がなく、黒くつやを保っている。ひとつの面だけを、くりかえし、くりかえし、かけたのだ。丸の数は、その回数のことだったのかもしれない。
男は、わたしが傷を見ているのに気づいて、盤から目をそらした。
「娘が、五つで、自分でかけたがりまして」
それから、しばらくしてつけ加えた。
「もう、かける者も、おりませんで」
あとは、口をつぐんだ。わたしは、それ以上、たずねなかった。
わたしは、台に盤を据えて、把手を巻いた。ぜんまいの重さが、腕にじわりと返ってくる。この手ごたえが、わたしは好きだった。缶から針を一本つまんで差し、腕を持ちあげる。
そのとき、わたしの手が、しくじった。
しくじった、と思うより早く、針の先は縁のわずか外へ落ちて、じり、と溝を削る音がした。
男が、はじめて顔をあげた。今の音を、知っている、という顔だった。
わたしは、その針を抜いて、小皿へ落とした。新しい針を缶から取って差し、こんどは腕を、両手でささえながら下ろした。
ざあ、ざあ、と砂を撒くような音がした。小さな手にこすられてきた盤の、地の鳴る音だった。やがて、その砂のなかから、女の声が立ちあがった。澄んでよく通る声だった。子どもに教えるための、正しい節で、ゆっくりと歌っている。

男は、両の膝に手をついて聴いていた。背を丸め口をきつく結んで、ただ聴いていた。女の声は、ふしぎなほど遠かった。ラッパの奥から、ひとりで澄んで歌っている。男の耳がその声のむこうに、別の何かを探しているのが、背中の張りでわかった。土間の冷えが、わたしの足裏から、ゆっくりと上がってくる。
歌が終わって、針が盤の内側の終いまで来た。砂の音にもどる。
「もう一度」
わたしは針を替えて、把手を巻いた。二度目も、男は口を結んで聴いていた。
三度目のことだった。歌が二節目に入ったとき、男の唇が、かすかに動いた。女の声とは、節がちがう。音がひとつ、ずれている。あちこちで、少しずつ、まちがっている。子どもが、聞き覚えで口ずさんだ節なのだった。
男は、盤に歌わせながら、その隣で、小さな声で、まちがいのほうを歌っていた。
声は低くかすれて、ことばになりきらず、息だけが節をなぞる。子どもは、きっと、こういうふうに、盤のとなりで歌ったのだ。わたしには、機械の前にしゃがんだ小さな背中が、そこに見えるような気がした。
わたしは、口を出さなかった。店の柱時計が、ぼん、と鳴ったが、どちらも顔をあげなかった。把手を巻いた。針を替え、また巻いた。男は、そのたびに「もう一度」と言い、そのたびに、盤の女の声の隣へ、まちがった節をそっと並べた。並べているうちに、男の膝は、いつのまにか、板の間についていた。
おしまいのほうでは、男は、もう歌ってはいなかった。床に膝をついたまま、台の縁に両手を置いて、まわる盤をじっと見おろしていた。盤の縁の、白くこすれたあたりを、目が、なぞるように追っていた。
六度目が終わったとき、男は、ゆっくりと立ちあがった。膝が、うまく伸びなかった。両手で腿を押して、ひと息ついてから、腰をのばした。
小皿のなかを、男の目がさがしていた。わたしが縁の外へ落とした、最初の一本を、男は指でつまみあげた。先が、わずかに削れて光っている。わたしがうなずくと、男はそれを、盤といっしょに布のあいだへ挟んだ。
男は盤を、両の手のひらで縁をはさむようにして持ちあげ、そっと懐へ入れた。
「どうも」
それだけ言って、戸の前で一度、頭を下げた。
戸口で、北風が布の端をあおった。男は、胸の前で盤を押さえて、背を丸めて出ていった。わたしは、その背が北風のなかへ消えるまで、戸口を見ていた。
戸が閉まったあと、台の脇には、筆屋の若い衆が聴いた浪花節の盤が、袋のまま立てかけてあった。わたしは機械の腕を、しばらくそのままにしておいた。台の縁に男の両手の汗が、うっすらと丸く残っていて、次の客が入ってきても、すぐには手を出せなかった。
◇ ◇ ◇
ボクの手には、いまでも、もっと軽い腕の置きかたが残っている。あの店の重い腕を、その手で下ろして、縁の外へ落とした。五つの子の手がつけた何十本かの傷の隣に、ボクは、傷をひとつ足した。
あの日、針の缶から七本が減った。男の膝は、板の間の冷たさのなかにあった。
参考文献・もっと詳しく
※ 蓄音機とレコードは、明治末から大正にかけて少しずつ一般の家庭へ広まりはじめたとされる。手回しの動力で円盤を回し、溝に刻まれた音を針でなぞって朝顔形のラッパから再生する仕組みで、当初は高価な舶来品だったと伝わる。家庭に音楽や録音された声を持ち込む文化は、この時期に芽生えていったとされる。大正八年は一九一九年。※本文の人物・会話・情景は創作。
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