枡の線を踏んで出る足と、背に弟をくくった子第 93 話文化
文化戦国のころ・荒れた村の空き地読了 約7分

枡の線を踏んで出る足と、背に弟をくくった子

〜家が焼け落ちた空き地で、子らは何を蹴っていたのか〜

はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。

 からん、と石が枡の外へ転がった。

 「出た。次、おまえの番だ」

 「いまのは風だ。足のせいじゃない」

 天文てんぶん二十年(一五五一年)の秋、戦に荒らされた村の空き地である。おれは塩の荷を下ろして、田の脇から、その声のほうを眺めていた。地面には、棒切れで枡ますが七つ、縦に並べて描いてある。そこへ五、六人の子が、平たい石をひとつずつ持って、片足で跳んでは蹴り、跳んでは蹴りしている。

 どの子も小袖こそでの裾をからげて、足の裏は泥で黒い。いちばん年かさの辰松は、十ばかりだろうか。ひとつ下の小太郎は、まだ歩けぬ弟を背にくくりつけたまま跳ねていた。跳ぶたびに弟の頭が前へ後ろへ揺れるのに、泣き声ひとつ立てない。

 この村では、子もまた働き手である。朝のうちは子守こもりに草刈りに薪たきぎひろいで、いま石を蹴っているのは、その合間に盗んだひとときだった。

 空き地の向こうには、焼け落ちた家の梁はりが、黒く倒れたまま何本も残っている。焦げた匂いが、風に混じってまだ届く。戦の報せがあるたびに、村の者は鍋釜も戸板も背負って裏山の寺へ逃げ、収まればまた下りてきて、田を起こしなおしてきたのだという。

 辰松の石は、いつも遠くへ行きすぎる。小太郎が蹴れば、背の弟の重みでよろけて、手前の線を踏む。そのたびに「出た」「踏んだ」の声が上がり、石を拾いに走って、また最初の枡へ戻る。おれが眺めているあいだ、七つ目まで石を通した子は、ひとりもいなかった。

◇ ◇ ◇

 子らの遊びに、買った物はひとつもなかった。棒と石と、空いた地面があるだけである。色のついた玩具も、毬も、この空き地には見えなかった。呼び名や歌は、山ひとつ越えれば違うのだと聞く。あの遊びに名があったのかどうか、おれは訊きそびれた。枡には数字も書かれていない。数えるのは、跳んだ回数と、石の落ちた場所だけである。

 子らの石は、蹴り足の先から離れすぎて、線の外へ飛ぶ。口を出せば遊びは止まるだろう。おれは荷の脇に立ったまま、黙って決まりを目で追った。辰松が踏めば小太郎が先に声を上げ、小太郎が踏めば辰松が鼻で笑う。年かさも年下も、線の前では石ひとつぶんの違いもなかった。

 決まりは、見ているうちにおよそ分かった。蹴り手は一つの枡から次の枡へ、石を一度で送る。線を踏めば出る。石が線に乗っても出る。七つ目まで通したら、石を拾って、こんどは片足のまま、七つの枡を戻ってくる。戻り道で足をついた者は、最初からやり直しだ。出た子は列のうしろへ回って、順番を待つ。その待っている間も、子らは目を離さない。ひとりが踏めば、誰かが必ず先に声を上げた。

挿絵:決まりは、見ているうちにおよそ分かった

 年下の女の子がひとり、順番の列の端でしゃがんでいた。手には石がない。足元の土に、枡の形を爪で小さくなぞって、ひとりで跳ぶまねをしている。いつか自分の番が来たら、ああ跳ぶのだと、体に言い聞かせているようだった。誰も、その子に石を貸してやらなかった。石は、数が足りない。

 おれは荷の脇から、小石をひとつ拾った。手のひらに収まる、腹の平たい石だ。いったん掌で転がして、平たい腹を下にして、右の爪先の前へ置く。

 辰松が、蹴りかけた足を止めて、こちらを見た。

 おれは何も言わずに、片足で跳んだ。蹴らない。足の内側の縁で、石の背を押しただけである。石は土の上をすうっと滑って、ひとつめの枡のまんなかで止まった。もう一度、跳んで、押す。ふたつめ。みっつめ。四つ、五つ、六つ。七つ目の枡で、石は線の手前に、ことりと止まった。

 子らは口をあけたまま、石の止まった場所を見ていた。

 辰松が、自分の石を拾って、枡の前に立った。丸くて、ころんとした石だ。蹴ると、石はころころと転がって、三つ目の外へ出た。おれは辰松の石を取り上げて、地面に据えてやった。ぐらり、と石は揺れて、据わらない。それから、おれの石をその手のそばに置いた。辰松は、置かれた石と自分の石を、しばらく見くらべていた。

 別の男の子が、おれのまねをして、足の縁で石を押した。石は、わずかに動いて、その場で止まった。力が足りない。見ていた年下の子が、くすくす笑った。男の子は、むきになって、爪先で蹴りなおした。石はまた、線の外へ飛んだ。おれは笑わず、石を拾って、元の場所へ置きなおしてやった。蹴るのでも、押しすぎるのでもない。足の縁が石の背に触れている、ほんのわずかの間に、石は行き先を決めてしまう。それを、おれは自分の足で、もう一度だけ見せた。男の子は、唇をかんで、うなずいた。

 やがて辰松は、ぷいと走り出した。畦のほうへ、水のひいた田の縁のほうへ。ほかの子らも、わっと後を追った。腹の平たい石を探して、畦を這いまわるのである。

 戻ってきた子らは、両の手いっぱいに石を抱えていた。空き地の隅の日なたに、ざらざらとあけて、一つずつ地面に伏せていく。腹がぴたりと土につくものは右へ、ぐらつくものは左へ。うっかり左へ入れた石を、年下の子が右へ戻して、年かさに頭を小突かれる。右の山は、ほんの片手で足りるほどにしかならなかった。

 その山から、いちばん薄くて、まるい角の取れた石を辰松が選んで、枡の前に置いた。跳ぶ。押す。石は、ふたつめの枡の、ほとんど端まで滑って止まった。辰松は、自分の足と、石と、おれの顔を順ぐりに見て、にやりとも笑わずに、もう一度、最初の枡へ戻った。何度目かで、四つ目まで通った。そのたびに、ほかの子が声を上げて数えた。「ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ」。数えるたびに、声が少しずつ高くなる。

挿絵:その山から、いちばん薄くて、まるい角の取れた石を辰松が選んで、枡の前に置いた

 小太郎だけが、石を選べずに、まだ立っていた。弟を背にしたままでは、片足で跳んでも、ぐらつく。おれは枡のふたつ目の端に腰を落として、掌を、地面にぺたりと置いた。小太郎は目をぱちぱちさせて、おれの掌と、おれの顔とを見た。それから、石をそっと、足の縁で押した。

 石はすうっと滑って、おれの掌に、こつんと当たって止まった。小さな音だった。石は、日なたの温みを持っていた。

 小太郎は、もう一度やった。もう一度、また、もう一度。おれの掌は、そのたびに、こつん、こつんと鳴った。しびれるほどの重さではない。ただ、押しの強さは、石の止まりぎわの当たりに、そのまま出た。強すぎれば掌を越えて跳ね、弱ければ手前でとまる。小太郎は、三度目には、掌に触れる寸前で石が止まるように押せるようになった。足元がぐらつくと、背の弟が、きゃっと短い声を立てた。小太郎は、その声で、ぴたりと足を止めて、背中へ手をまわしてくくりを締めなおした。それから、またおれの掌を狙って、石を押した。

 子らはひとしきり石を通したあと、右の山の石を、一つずつ拾い上げた。持ち帰るのではない。焼け残った梁の陰の、日の当たらぬ土の上へ、また腹を下にして並べていく。雨に濡れず、誰かに蹴り散らされもしない場所を、子らはよく知っていた。並べ終えると、辰松は石の数を指で数えた。ひとつでも欠けていれば、探しに行くつもりなのだろう。欠けては、いなかった。

 梁の黒い肌は、手を触れれば炭がつく。その足元に、泥の足跡と、七つの枡の線と、平たい石の列が重なっていた。焦げた匂いは、夕方の風にもまだ混じっていたが、子らは誰も、そちらを見なかった。

 日が山の端にかかるころ、田の向こうから、女の声が呼んだ。

 「小太郎、日が傾くぞ。戻って飯じゃ」

 鍬を担いだ女が、あぜ道に立っていた。頬がこけて、背が丸い。おれは荷をほどいて、竹の皮に塩をひとつまみ包んで、女のほうへ差し出した。女は、受け取るかどうか迷って、それから、深く頭を下げた。そして、順番を待っていた女の子の手を引いて、あぜ道を帰っていった。女の子は、振り向いて、枡の線のほうを、しばらく見ていた。この村では、塩が足りなくなって、もう久しいのだろう。

 小太郎は、背の弟をゆすり上げて、駆けていった。走りながら、懐から何か出して、口に入れて、噛んでいる。噛んだものを、背の弟の口へ、くっつけるようにして押し込んだ。弟は、むぐむぐと口を動かした。

 おれは荷を負いなおして、山道へ戻った。うしろで、からん、からんと、石の鳴る音がした。居残った辰松が、梁の陰から石をひとつ取って、ひとりで跳んでいるのだ。耳で数えると、七つ目まで途切れなかった。

◇ ◇ ◇

 あの子らがその後どう生きたかを、ボクは知らない。梁の焼け跡も、棒切れで引いた線も、ひと雨で消えただろう。

 ボクの掌には、石の当たった小さな音が残っている。いま子らが道に引く線は蝋石の白で、掌でこすれば、白い粉が手に移る。

参考文献・もっと詳しく

※ 石蹴りに類する遊びの起源は定かでなく、戦国期にそのままの形があったとは断定できないため、本文では石蹴りの名を出さず、当時の遊びとして描いた。同じ遊びが地域ごとに名・歌詞・作法を変えて口づてに伝わること、子どもが早くから子守や草刈りなどの労働の担い手であったことは、柳田・斎藤の研究に拠る。戦乱時に村ぐるみで山や寺社へ逃げ込み、交渉と自衛で生きのびた自律的な村の姿は、藤木・黒田の研究に基づく。天文二十年は西暦一五五一年(天文は一五三二〜一五五五年)。場面・人物・会話は創作で、特定の村・人物を指すものではない。

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