14文化
文化江戸のころ・裏長屋読了 約3

裸になれば、みな知り合い

なぜ、裸で隣り合う場所が、町いちばんの社交場だったのか

 江戸の頃、ボクはしばらく腰を据えて、裏長屋で小間物の店をやっていた。

 その時分の楽しみといえば。なんといっても、毎日の湯屋(ゆや)——いまで言う、銭湯さ。あっしは日が傾くと、手ぬぐいを片手に、いそいそと通ったもんだ。

 ——江戸の下町に染まっていた頃のボクは、自分を「あっし」と呼んでいた。

 なんで皆、あんなに湯屋へ行きたがったか。汗を流すだけなら、行水でもすむ。そうじゃないんだ。湯屋ってのは、町の寄り合い所だった。火事の多い江戸じゃ、内風呂なんてものは、よほどの大店でなけりゃ持てやしない。だから皆、湯屋へ集まる。そこで町じゅうの噂が飛び交い、商いの話がまとまり、喧嘩も仲直りも、たいてい湯気の中で起きたものさ。

◇ ◇ ◇

 その晩のことだ。

 湯につかって、さっぱりしたあっしは、二階へ上がった。湯屋の二階ってのは、男どもが湯上がりに、茶を飲み、碁を打つ座敷でね。すこしばかり銭を足すと、上がれる。町内の隠居やら職人やらが、ごろごろ寝ころんで、油を売る。そういう場所だ。

 その隅っこに、見慣れぬ若い男が、ひとり、所在なげに座っていた。膝を、きちんとそろえて。どう見ても、出てきたばかりという顔だ。

 「兄さん。見ない顔だね。江戸は初めてかい」

 あっしが声をかけると、男はびくりとして、田舎なまりで答えた。

 「へ、へえ。先月、出てきたばかりで……知り合いも、おらんもんで」

 すると、常連の親父が、すかさず茶々を入れた。湯上がりで、顔をまっ赤にした、棒手振りの親父だ。

 「なんでえ。湯屋にまで知り合いを、連れてくる奴があるかい。ここで裸になりゃあ、みんな知り合いよ」

 どっと笑いが起きた。男はおどおどしていたが、親父はかまわず、自分の湯呑みを、ずいと差し出した。

 「飲みな。ここじゃあ、長屋の差配だろうが、棒手振りだろうが、裸になりゃあ、上も下もねえ。それが、湯屋の流儀ってもんよ」

 あっしは、この光景が好きだった。

 着物を脱げば、身分も肩書きも、番台の脇に置いてくる。どこそこの旦那も、裏店の若いのも、同じ湯につかって、明日の天気の話をする。そうやって、肩の力がすうっと抜けたところで、人は、はじめて隣の誰かと、口をきく。こんなふうに、誰もが裸で並べる場所は、そうそうなかった。

 その晩、若い男は、親父に酌をされ、隠居に商売の口を教えられ、いつのまにか、すっかり打ち解けていた。湯気で、ぼうっと桜色になった顔で、何度も頭を下げている。

 帰り際。あの男は、二階の階段の下から、こっちを振り返って、明るい声で言った。

 「あっしも……いや、わたしも。また明日も、来やす」

 江戸での、はじめての「また明日」だったろう。あっしは、なんだか自分のことみたいに、嬉しくなった。

◇ ◇ ◇

 湯屋は、やがて、めっきり減った。

 どの家にも風呂がつくようになって、人は、わざわざ集まらなくなった。いまに残るのは、古き良きものを懐かしむ、数えるほどの銭湯だけだ。煙突から、湯気の立つあの景色も、すっかりめずらしくなってしまった。

 でも、人が、裸で——つまり、肩書きを脱いで——あったかい場所に集まりたがる、あの気持ちは、消えちゃいない。形を変えて、居酒屋に、喫茶店に、あるいは、画面の中の寄り合いに、移っていっただけだ。

 ボクは、いまでも、たまに、大きな湯につかるのが好きだ。古い癖さ。

 肩まで、ゆっくり沈んで、ふう、と息をつく。隣で、見知らぬ誰かが、同じように、ふう、と、息をつく。——湯が、肌にしみる、あの心地よさだけは。たぶん、千年前から、ひとつも変わっちゃいない。

参考文献・もっと詳しく

湯屋の二階を、湯上がりの男たちの茶飲み・碁の座敷とするのは、別料金の設けで、主に男性の場であった。すべての湯屋に二階があったわけではない。「町いちばんの社交場」という言い方は人物の気分としての characterization であり、社交を湯屋だけに限っていない。湯屋の軒数や、混浴をめぐる取り締まりの実効は、時期によって幅が大きいため、本話では数の断定や、混浴の是非には踏み込んでいない。色を売る「湯女(ゆな)風呂」は、本話の舞台である町の普通の湯屋とは別のものである。

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