裸になれば、みな知り合い
〜なぜ、裸で隣り合う場所が、町いちばんの社交場だったのか〜
江戸の頃、ボクはしばらく腰を据えて、裏長屋で小間物の店をやっていた。
その時分の楽しみといえば。なんといっても、毎日の湯屋(ゆや)——いまで言う、銭湯さ。あっしは日が傾くと、手ぬぐいを片手に、いそいそと通ったもんだ。
——江戸の下町に染まっていた頃のボクは、自分を「あっし」と呼んでいた。
なんで皆、あんなに湯屋へ行きたがったか。汗を流すだけなら、行水でもすむ。そうじゃないんだ。湯屋ってのは、町の寄り合い所だった。火事の多い江戸じゃ、内風呂なんてものは、よほどの大店でなけりゃ持てやしない。だから皆、湯屋へ集まる。そこで町じゅうの噂が飛び交い、商いの話がまとまり、喧嘩も仲直りも、たいてい湯気の中で起きたものさ。
◇ ◇ ◇
その晩のことだ。
湯につかって、さっぱりしたあっしは、二階へ上がった。湯屋の二階ってのは、男どもが湯上がりに、茶を飲み、碁を打つ座敷でね。すこしばかり銭を足すと、上がれる。町内の隠居やら職人やらが、ごろごろ寝ころんで、油を売る。そういう場所だ。
その隅っこに、見慣れぬ若い男が、ひとり、所在なげに座っていた。膝を、きちんとそろえて。どう見ても、出てきたばかりという顔だ。
「兄さん。見ない顔だね。江戸は初めてかい」
あっしが声をかけると、男はびくりとして、田舎なまりで答えた。
「へ、へえ。先月、出てきたばかりで……知り合いも、おらんもんで」
すると、常連の親父が、すかさず茶々を入れた。湯上がりで、顔をまっ赤にした、棒手振りの親父だ。
「なんでえ。湯屋にまで知り合いを、連れてくる奴があるかい。ここで裸になりゃあ、みんな知り合いよ」
どっと笑いが起きた。男はおどおどしていたが、親父はかまわず、自分の湯呑みを、ずいと差し出した。
「飲みな。ここじゃあ、長屋の差配だろうが、棒手振りだろうが、裸になりゃあ、上も下もねえ。それが、湯屋の流儀ってもんよ」
あっしは、この光景が好きだった。
着物を脱げば、身分も肩書きも、番台の脇に置いてくる。どこそこの旦那も、裏店の若いのも、同じ湯につかって、明日の天気の話をする。そうやって、肩の力がすうっと抜けたところで、人は、はじめて隣の誰かと、口をきく。こんなふうに、誰もが裸で並べる場所は、そうそうなかった。
その晩、若い男は、親父に酌をされ、隠居に商売の口を教えられ、いつのまにか、すっかり打ち解けていた。湯気で、ぼうっと桜色になった顔で、何度も頭を下げている。
帰り際。あの男は、二階の階段の下から、こっちを振り返って、明るい声で言った。
「あっしも……いや、わたしも。また明日も、来やす」
江戸での、はじめての「また明日」だったろう。あっしは、なんだか自分のことみたいに、嬉しくなった。
◇ ◇ ◇
湯屋は、やがて、めっきり減った。
どの家にも風呂がつくようになって、人は、わざわざ集まらなくなった。いまに残るのは、古き良きものを懐かしむ、数えるほどの銭湯だけだ。煙突から、湯気の立つあの景色も、すっかりめずらしくなってしまった。
でも、人が、裸で——つまり、肩書きを脱いで——あったかい場所に集まりたがる、あの気持ちは、消えちゃいない。形を変えて、居酒屋に、喫茶店に、あるいは、画面の中の寄り合いに、移っていっただけだ。
ボクは、いまでも、たまに、大きな湯につかるのが好きだ。古い癖さ。
肩まで、ゆっくり沈んで、ふう、と息をつく。隣で、見知らぬ誰かが、同じように、ふう、と、息をつく。——湯が、肌にしみる、あの心地よさだけは。たぶん、千年前から、ひとつも変わっちゃいない。
参考文献・もっと詳しく
※ 湯屋の二階を、湯上がりの男たちの茶飲み・碁の座敷とするのは、別料金の設けで、主に男性の場であった。すべての湯屋に二階があったわけではない。「町いちばんの社交場」という言い方は人物の気分としての characterization であり、社交を湯屋だけに限っていない。湯屋の軒数や、混浴をめぐる取り締まりの実効は、時期によって幅が大きいため、本話では数の断定や、混浴の是非には踏み込んでいない。色を売る「湯女(ゆな)風呂」は、本話の舞台である町の普通の湯屋とは別のものである。
当サイトは Amazon アソシエイト・プログラムの参加者です。上記リンク経由の購入で当サイトに収益が発生する場合があります。