戸口に残された、青みがかった石第 18 話家族
家族戦国のころ読了 約6分

戸口に残された、青みがかった石

〜与平の戸口で、朝いちばんに鳴っていた音〜

はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。

 引っ越し屋の若い男が、段ボール箱をひとつ肩に担いで、アパートの階段を降りていく。「あ、軽いっすね、これ」と笑う声が、踊り場に響いた。

 ボクは、その背中を、道の向こうから見ていた。

◇ ◇ ◇

 天文てんぶん九年(一五四〇年)の飢えのころ、東国へ通じる街道の宿に、おれはもう長く腰を据えていた。

 宿には荷が集まる。馬の背に俵たわらや塩の袋を積んだ荷駄引きが、朝まだ暗いうちから戸口をくぐっていく。おれは米と塩と古着を細々とさばいて、食いつないでいた。

 その荷駄引きのひとりが、与平だった。

 出会ったころの与平は、馬一頭と、肩の幅ほどの笑い声しか持っていなかった。おれの店先に荷を下ろしては、「今日の道はひどかった」と大声で言い、勝手に床几に座り込んだ。気がつけばおれのほうが、与平の来る刻限に湯を沸かすようになっていた。

 与平の朝は、火から始まる。

 戸口の土間にしゃがみこみ、火打金ひうちがねと石を打ち合わせる。乾いた音が二つ三つ続いて、艾もぐさを揉んで丸めた火口ほくちに火が移る。宿の朝でいちばん早く鳴るのは、鶏でも鐘でもなく、その音だった。

 おれも打たせてもらったが、石を持つ指のほうを金で叩いてしまった。与平は腹を抱えて笑った。

 「お前は火の機嫌を見ねえんだ。火はな、焦るやつには点いてくれん」

 そう言う彼の手のひらは厚く、石と金に擦られた指の腹が、硬く光っていた。

 与平が嫁をもらったのは、おれが宿に来て三年目の春だった。婚礼の晩、おれは誰よりも飲んで、誰よりも騒いだ。翌年には男の子が生まれ、産声を聞いた与平は、馬の前に突っ立ったまま、しばらく動かなかった。おれが背を叩くと、ようやく「小さいなあ」と言った。

 二頭目の馬が来た日、与平はその背を何度も撫でていた。三頭目を引いてきた秋には、わざわざおれの店先までぐるりと曳いて見せ、酒を提げて「お前のおかげだ」と言い張った。おれは何もしていない。ただ、荷の相談に乗り、断れずに少しばかり米を貸しただけだ。

 雨の峠を一緒に越えた夜のことも、よく覚えている。  馬の脚が泥に取られて動かなくなり、与平は荷を下ろして、俵を運んだ。おれは俵の反対の端を自分の肩に受け、二人で一つの俵を担いで歩いた。濡れた米俵は倍も重い。道の端の、風除けになる岩陰に着いたときには、二人とも唇が紫になっていた。  与平は、懐から干飯ほしいいの包みを出した。雨で半分ほど湿っている。それを指で二つに割って、大きいほうをおれの手に押しつけた。  「食え。食うて、寝ろ」  おれが首を振ると、与平は黙って、おれの口の前へ、その手を突き出したままにしていた。結局おれが受け取るまで、手は引かなかった。馬は、岩陰の向こうで、白い息を吐いていた。

挿絵:雨の峠を一緒に越えた夜のことも、よく覚えている

◇ ◇ ◇

 その飢えの年、稲は実らず、宿の米屋は戸を半分だけ開けて商いをした。与平たちの荷も減った。運ぶ米が無いのだから、道を行く者も少ない。

 ある晩、与平が戸口に立った。手には、米を入れた袋があった。

 「おれの家にゃ、まだ少しある。お前、食うとるか」

 「おれは足りとる」とおれは言ったが、嘘だった。与平は袋の口を開けて、勝手におれの甕へ半分を注ぎ、残りの半分を持って帰った。

 それから冬のあいだ、二人は粥を薄めては分け合った。与平の子は、まだ五つにならない細い腕で戸口に立って、おれの顔を見ては笑った。笑い声だけは、父親にそっくりだった。与平の女房は、粥の椀を傾けて、米粒を子の側へそっと寄せていた。自分の椀の底が見えているのを、おれは見ないふりをした。

 ある晩、与平は粥の椀を持ったまま、ふいに言った。  「馬にやる藁が足りねえ。三頭のうち一頭、手放そうかと思うとる」  おれは何も言えず、椀の中の、薄い粥を見ていた。与平は結局、手放さなかった。自分の寝藁を削って、馬に分けたのだ。朝、与平の背は、ひとまわり小さく見えた。

 春が来て、芽が吹いた。三頭の馬は、一頭も欠けなかった。

 その春、与平はふと、おれの顔を見つめた。何か言いかけて、口を閉じ、笑ってごまかした。おれは何も言わず、湯をもう一杯注いだ。

◇ ◇ ◇

 子が十五になる年を、与平は迎えた。

 与平は字を書けない。運んだ荷の数を、縄の結び目で数えるのが与平の癖だった。ひと荷ごとにひと結び、一年ぶんをひと束にして、家の壁の釘に掛ける。おれが宿に来た年の束は、色が抜けて灰になっていた。いちばん新しい束だけが、まだ藁の黄色をしていた。壁の釘は、いつの間にか、柱の端まで届いていた。与平はときどき、その束を指でたどっては、「ここは雪だった」「ここは橋が落ちた年だ」と、おれに聞かせるでもなく呟いた。

挿絵:与平は字を書けない

 背の伸びた息子が、馬の轡を取って先に立ち、荷の結び目も、もう父の隣で結ぶようになった。与平はその後ろから荷を見ながら歩くようになった。与平は、馬の鞍に上がるのに、いちど手を添えて息をつくようになった。目尻には深い皺が刻まれ、髪には白いものが混じり、手の甲には茶色いしみがいくつも浮いた。

 おれは、出会った日の顔のままだった。

 宿の者たちは、誰も何も言わなかった。ただ、おれの前を通るとき、わずかに目を逸らす者が出てきた。与平だけが、変わらず床几に座り込んで、大声で道の悪さを言っていた。

 ある秋の夕暮れ、二人で川辺に腰を下ろして、酒を酌んだ。与平はしばらく黙って流れを見ていたが、そのうち、おれの顔をまじまじと見た。

 「……なあ。お前、変わらんなあ」

 おれは、どきりとした。

 「そうか。おれも、いい歳だぞ」

 「いいや」と与平は首を振った。咎める口調ではなかった。むしろ、どこか寂しそうだった。「おれはこんなに年を食うたのに、お前は出会うた頃とおんなじ顔をしとる。……お前、いったい何者なんだ」

 おれは、答えなかった。答えられなかった。

 与平もそれ以上は聞かなかった。赤い夕日が、流れの上で、ちらちらと揺れていた。

 ——その夜、おれは決めた。

 夜どおし、灯を落とした店の隅に座って、考えた。ここへ来たときに揃えた鍋も、床几も、置いていけばいい。惜しいものは、ひとつもなかった。ただ、与平の笑い声の聞こえない朝を思うと、手が止まった。

 与平の中に芽生えた、あの不思議そうな気持ちは、放っておけばいつか恐れに変わる。おれは与平に、化け物としておびえられたくはなかった。あいつには最後まで、いい友だちのままでいてほしかった。

◇ ◇ ◇

 翌朝、おれは夜明け前に荷をまとめた。

 持ち物は少なかった。いちばん手に馴染んだ青みがかった火打ち石だけを、与平の家の戸口に、そっと置いた。

 餞別のつもりだった。火を起こすたびに、ふと思い出してくれれば、それでいい。

 そして何も告げずに、まだ暗い街道を、ひとり歩きだした。

 宿のはずれで、馬の鳴く声が聞こえた。与平の三頭だ。厩で、もう朝の餌を待っている。振り向かなかった。背中の向こうで、戸が開く音がするのを、おれは待たなかった。

 別れの言葉も、言えなかった。

◇ ◇ ◇

 ずっと後になって、ボクは風の便りに聞いた。

 与平はボクが消えたあと、ずいぶん捜し回ったらしい。何があったのか、最後までわからずじまいだったろう。けれど聞くところでは、火を打つたびに、人にこう話していたという。

 「昔、いっしょに飢えをしのいだ友がいてな。ある朝、ふいにいなくなっちまった。この石は、そいつが置いていったもんよ」

 あとになって一度だけ、あの街道を通った。宿の家並みは様変わりして、与平の戸口がどこだったのか、もう見分けがつかなかった。厩のあった辺りに、背の高い草が揺れていた。それでも、朝の道には、馬の鼻息と、荷の軋む音があった。

 あの雨の峠で肩に載せた濡れ俵の重さを、ボクの肩は、まだ覚えている。階段を降りていった箱は、指で持てる軽さだった。

参考文献・もっと詳しく

※ 本文の人物・会話・情景は創作である。天文は一五三二〜五五年。天文九年(一五四〇年)には全国的な飢饉があったとされる。

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