第 24 話夜明け前に置いてきた、火打ち石
〜なぜおれは、無二の友に何も告げず姿を消したのか〜
歳を取らないことの、本当につらいところは、誰かを失うことだけじゃない。
誰にも長く好かれてはいけない、ということだ。いつか必ず、相手は気づく。こいつは歳を取らない、と。そしてその親しみが、薄気味悪さに変わってしまう前に——おれは姿を消さねばならなかった。
◇ ◇ ◇
天文九年(一五四〇年)のことだ。東国へ通じる街道の、とある宿場町に、おれは十年あまり腰を据えていた。
戦国の世とはいえ、街道には荷が行き交い、宿場には人が集まる。馬の背に俵を積んで運ぶ馬借、荷を担ぐ歩荷、旅の商人や僧。おれもそんな顔ぶれに混じって、ささやかな商いで食いつないでいた。
そこに、与平という馬借の男がいた。
気のいい、豪快な男で、おれとはすぐに馬が合った。与平とは、ずいぶんいろんなことを一緒にやった。彼の祝言では、おれは誰よりも飲んで騒いだ。彼に子が生まれたときは、一緒におろおろした。飢饉の年には、わずかな米を分け合ってしのいだ。
十年というのは、男どうしが無二の友になるには、十分すぎる年月だった。
けれどその十年で、与平は確実に歳を取った。目尻に皺が増え、髪に白いものが混じった。腰も、若いころのようには伸びなくなった。
そしておれは、出会った日と何ひとつ変わらなかった。
◇ ◇ ◇
ある秋の夕暮れ、二人で川辺で酒を酌み交わしていたときだ。
与平はふと、おれの顔をまじまじと見つめた。それから、妙に静かな声で言った。
「……なあ。お前、変わらんなあ」
おれは、どきりとした。
「そうか。おれも、いい歳だぞ」
「いいや」と与平は首を振った。咎める口調ではなかった。むしろ、どこか寂しそうだった。「おれはこんなに爺むさくなったのに、お前は出会うた頃とおんなじ顔をしとる。……お前、いったい何者なんだ」
おれは、答えなかった。答えられなかった。
与平もそれ以上は聞かなかった。ただ黙って、川面を見つめていた。赤い夕日が、流れの上で、ちらちらと揺れていた。
——その夜、おれは決めた。
これ以上ここにいては、いけない。与平の中に芽生えた、あの不思議そうな気持ちは、放っておけばいつか恐れに変わる。おれは与平に、化け物としておびえられたくはなかった。あいつには最後まで、いい友だちのままでいてほしかった。
◇ ◇ ◇
翌朝、おれは夜明け前に荷をまとめた。
与平の家の戸口に、おれは自分の持っていた、いちばんいい火打ち石をそっと置いた。餞別のつもりだった。火を起こすたびに、ふと思い出してくれれば、それでいい。そんな気持ちだった。
そして何も告げずに、まだ暗い街道を、ひとり歩きだした。
別れの言葉も、言えなかった。
◇ ◇ ◇
ずっと後になって、ボクは風の便りに聞いた。
与平はボクが消えたあと、ずいぶん捜し回ったらしい。何があったのか、最後までわからずじまいだったろう。けれど彼は死ぬまで、人にこう話していたという。
「昔、おれには無二の友がいた。ある朝、ふいにいなくなっちまったがな。不思議な男だったが、あんないい奴は、後にも先にもいなかった」
それを聞いて、ボクはひとり、泣いた。
黙って消えたことを、ボクはずっと後ろめたく思っていた。けれど与平は最後まで、ボクを化け物としてではなく、いい友だちとして覚えていてくれた。
……それでよかったのだと思う。歳を取らないボクにできる、せいいっぱいの友への餞別は、たぶん、きれいな思い出のまま消えてやることだったのだから。
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