第 20 話道具堺の店先で見た、褐色の珠と、白い木肌の珠
〜十ばかりの童は、最後の珠が止まったとき、なぜ自分の右手を見たのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
使い込んだ算盤の珠は、どうして、あれほど色が深くなるのだろう。
新しい珠は、木を削って磨いただけの白い木肌をしている。艶はなく、指の腹に、ざらりと引っかかる。それが年月のうちに、褐色の艶を帯びてくる。
堺の店先で、その古い算盤と新しい算盤を、ひとつの座敷にならべて見たことがある。
ボクの知る算盤とちがって、梁の上にも下にも、珠がひとつずつ多かった。
◇ ◇ ◇
天正十四年(一五八六年)の春、わしは和泉の堺を通りかかった。
湊のほうからは潮の匂いがして、遠い国から揚がる荷を運ぶ者の掛け声が飛んでいる。その声にまじって、町屋のところどころから、ぱちぱちと乾いた音が聞こえてきた。算盤の珠を弾く音だ。明の商人から伝わったと聞くが、堺でも、その音のする店は、まだ町のなかのところどころにかぎられていた。
旅の荷に足す薬草を求めて、薬種を商う小さな店の暖簾をくぐった。
店の奥には、薬研が据えてあり、棚には薬草の袋が詰まっている。壁ぎわに、綴じた帳面の束が積まれていた。こちらに近い束は墨の色が黒く、奥へゆくほど、紙も墨も茶色に褪せている。この店が、そうして数を積み上げてきた年月が、背の色の違いになって並んでいた。
主は喜兵衛といった。客の相手をしながら、目は相手を見たまま、右手が手元の算盤の上を走っている。その算盤を、わしは、値を待つあいだにつくづく眺めた。木の枠に、竹の細い軸が通っていて、真ん中の梁の上に珠が二つ、下に五つ。上の珠は五を、下の珠は一をあらわす。珠はどれも褐色で、指の脂の艶がある。軸の穴もすり減っているのか、ひと弾きで、なめらかに滑った。右端の桁の珠は、ことに擦れて薄くなり、黒く光っていた。左の桁の珠には、まだ白い木肌が残っている。
枠の縁にも、掌の当たるところだけ、手擦れの艶が出ている。軸の一本は割れて、細い竹の楔が打ち直してあった。壊れれば直して使う。この算盤は、何年ものあいだ、毎朝おなじ手がのってきたのだろう。
喜兵衛の指が珠を送っていくのを見ているうち、わしは、自分の右手が座敷の縁を叩いているのに気づいた。親指と人差し指が、珠の動きに、ひとつずつ、ぴたりと合っている。あわてて袖のなかへ引っこめた。
喜兵衛は、わしの求めた薬草を皿にのせ、もう一方の皿へ分銅をのせ替えて、目方を見た。その目方を、口に出さず、そのまま珠へ移す。秤の針が止まってから、珠が止まるまで、ほとんど間がなかった。

代は三十六文。わしが縁に置いた銭のうち、欠けた一枚を、喜兵衛は左の指先で弾いて脇へよけた。「これは、いかん」と言って、かわりの一枚を求める。そのあいだにも、右の手は別の客の分を、もう珠に置いていた。
その客は、喜兵衛の告げた値を、自分の指を折って確かめていた。合っているのを見て、うなずく。算盤を持たない客のほうが、この店でも、まだ多いようだった。
座敷の隅の木箱の上に、もうひとつ算盤があって、十ばかりの童がそれに向かっていた。
童の算盤は、軸を通したばかりで、穴のふちが削りたてのままなのだろう。ひとつの珠だけ、弾くたびにかたかたと鳴った。童はそのたびに、左の親指でその珠を押さえていた。そのかたかたという音は、喜兵衛の滑らかな珠の音のあいだで、ひどく目立った。まわりの誰よりも、童自身が、その音を聞いていたにちがいない。
童の手の甲は、水仕事で荒れて、ささくれだっている。さっきまで桶を持っていた手が、そのまま算盤にのっているのだろう。
こちらの珠は新しい。喜兵衛のものよりふたまわり小さく、童の手に合わせて組ませたものか、指をのせる縁に、削り屑が一片残っている。木肌が白く、艶がない。童の右手の親指と人差し指の腹は、赤くこすれていた。俯いた頸に、汗で後れ毛が貼りついている。
「市松」
喜兵衛が呼んで、帳面をひらき、童のほうへ押しやった。紙の帳面の端は、指のあたる場所だけ黒く柔らかくなっている。品の名と数が並び、墨で消した跡が、ところどころ黒く見えた。喜兵衛も、数を違えることはあったのだ。いちばん下の行の合計だけは、ほかの行より墨が濃く、太い。
童は数を、上から順に珠へ移していく。声は出さず、唇だけが動く。一の桁、十の桁。五の珠を払い忘れて、気づいて戻す。戻すたびに肘が別の桁の珠に触れ、並びが崩れた。途中、繰り上がりの桁で指がもつれた。一の珠を上げたつもりが、五の珠まで連れてきてしまう。直そうとして、直したはずの桁を、また崩す。焦るほど、指はさきに立たなかった。そのまま最後まで弾いて、手が止まった。

喜兵衛は、何も言わなかった。帳面の最後の行を、指の背で、とんと突いただけだ。
童は、珠を指の背でさっと払い、はじめからやり直した。今度は、紙の行を一本ずつ指でなぞりながら、ゆっくり弾いていく。一行ごとに、珠の並びと紙の数をたしかめるように目が行き来した。紙の数に珠がついていくのではなく、珠がひとつずつ、紙の数を写し取っていく。
さっき、もつれた桁にさしかかった。わしは、息を詰めていた。
右の親指が下の珠を上げ、人差し指が五の珠を払い、隣の桁へひとつ送る。目はまだ紙の行を追っているのに、指のほうが、さきへ行っていた。
店の音が、ひとつ消えたように思えた。薬研の音も、客の声も、遠のく。
袖のなかで、わしの右手も、また珠を送っていた。こんどは、そのままにしておいた。
ぱちり、と最後の珠が止まった。喜兵衛の目が、最後の行の墨と、珠の並びとを、ひとつ往復した。それきり、何も直さなかった。
童は珠から目をあげ、自分の右手を見た。ふしぎなものでも眺めるように、指を開いて、また閉じた。口の端が、ひとりでに持ち上がった。
座敷には、褐色の珠と、白い木肌の珠が、ひとつずつ並んでいた。艶の深さは、指の触れた数の跡だ。喜兵衛の珠の一粒ごとに、何万度という指の道筋が、木の肌へ刻まれている。市松の珠には、いま、その最初の一筋がついたところだった。
喜兵衛は、それを横目に見たきりだった。ただ、次の帳面を、童の前に置いた。さっきのより、ずっと厚い。童は、それを両手で受けとって、ひざの前に据えた。頸のあたりが、こわばっている。
あいだに、ほかの客が二人、入れかわった。喜兵衛の珠は、そのあいだも止まらなかったが、童の側の珠の音は、もう、さっきのようなつかえかたをしなかった。
喜兵衛は、わしの薬を紙に包み、こよりで結んでよこした。結び目は、手のひらの真ん中に来る。何百と包んできた手の、いつもの位置なのだろう。
わしは薬包みを受けとり、銭を渡して、店を出た。暖簾の外で、いちどだけ振り返った。ぱちぱち、と白い珠の音が、さっきより間を詰めて聞こえた。
湊まで歩くと、荷揚げの者が、縄の結び目を指でたどって荷の数を確かめていた。算盤の音のしない数え方が、堺には、まだ残っていた。その日の湊の風は、旅の身には、すこし冷たかった。
◇ ◇ ◇
あとになって、ボクはもういちど堺を通った。あの店の暖簾の奥では、市松が算盤の前に座って、客と向き合っていた。算盤の音は、ひとつ増えていた。喜兵衛の古い珠の音に、市松の珠の音が重なっている。白かったあの珠が、もう褐色を帯びたかどうかは、見なかった。ただ、算盤の枠にのった手の甲は、もう荒れていなかった。
客に深く頭を下げる市松の、日に焼けた首すじ。
参考文献・もっと詳しく
※ 算盤(そろばん)は中国で発達した計算具が室町末から安土桃山のころに日本へ伝わり、堺などの商業都市の商人のあいだに広まったと伝わる。伝来の年や伝来者については諸説あり、明の商人を通じて渡来したとされるが定かではない。1586年の堺では、算盤を店に置く者はまだ限られたと考えられる。珠を指で弾く技が商家の奉公人の素養として広く求められるようになるのは、江戸のはじめに珠算の書物が出てからとされる。天正十四年は一五八六年。※本文の人物・会話・情景は創作。
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