皮屋の小屋の梁から子がおろした、二枚の皮の切れ端第 40 話衣服
衣服安土桃山のころ・京の片隅読了 約7分

皮屋の小屋の梁から子がおろした、二枚の皮の切れ端

〜白い皮で縫った足袋は、なぜ十日ともたなかったのか〜

はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。

 「十日ともたなんだぞ」

 猪之助は、筵の前にどかりと腰をおろし、片足を突き出した。足袋たびの踵かかとが板のように反りかえり、ぱっくりと口をあけている。文禄ぶんろく二年(一五九三年)の師走、京の片隅の、皮屋の並ぶ川筋だった。

 おれはその足袋を手に取った。十日前、この筵の上で縫って売った一足だ。鹿の皮を裁ち、錐きりで穴をあけて糸で綴じ、足首のあたりに紐を回して結ぶ。冬のあいだだけ、この皮屋の軒先の隅を借りて商う流しの縫い手が、おれの身すぎだった。筵の上には、錐と小刀と、糸の束と、足の形を写す炭の切れ端。春になれば、それらをまとめて筵に巻き、次の町へ移る。

 十日前の猪之助は、この筵の前に立って、足を出したがらなかった。おれが炭で足の裏をなぞり、寸法を写すあいだ、男は川のほうばかり見ていた。値を聞かれて、おれは白皮の分だけ安く言った。猪之助は、それで黙って銭を出した。安く済むのを、喜んでいたのだと思う。おれは、その顔を見て、いい仕事をしたつもりでいた。

 猪之助は川の荷揚げで働く男で、日に何度も水に入る。濡れては乾き、乾いてはまた濡れる。霜の朝は、水の冷たさが足の骨までしみるという。だから革の足袋を、と言って来たのだった。その足を包んだ革が、濡れて乾くたびに固くなり、十日ともたずに割れた。

 安く上げようと、川向こうの皮屋で、鞣さず、生のまま乾かしただけの白い皮を仕入れて縫ったのだ。その皮屋は、白皮を山のように積んで、ほかの皮の半分ほどの値で売っていた。おれはその山から、いちばん白い十枚を選んだ。ほかの皮と、どこが違うのか。そのときは、考えもしなかった。

 「すまん。縫い直す。皮も替える」

 「替えるて、ただでか」

 「ただでだ」

 猪之助は鼻を鳴らしたが、足を引っこめはしなかった。荷揚げの男には、ほかに履く物がないのだ。

 そのあいだ、この皮屋の敷居に、子どもがひとり座って、こちらを見ていた。この家の子で、名を千松という。八つになるかならぬか。母親のいない家で、父親の仕事場を、日がな遊び場にしていた。おれが白皮の束を筵に広げた日も、千松はここに座って、眉をひそめていたような気がする。

 千松は、なにも言わずに立ちあがり、皮屋の奥の、藁を焚く小屋のほうへ駆けていった。おれは、そのあとを追った。

◇ ◇ ◇

 小屋の中は、煙で目が開かなかった。土間の真ん中に、筒のように丸めた鹿の皮が吊るされ、その下で、湿った藁がくすぶっている。炎は立たず、白い煙だけが、ゆっくりと皮の腹を舐めていた。

 「くべや」

 千松は、藁を一抱え、おれの腕に載せた。おれは言われるまま、火のそばへかがんで、藁を足した。煙が濃くなり、目から涙が落ちた。皮は、見ているうちに、白から黄、黄から茶へと、少しずつ色を変えていく。

 千松の父親が、奥から出てきて、なにも言わず、焚き口の様子を見た。この小屋では、皮をいぶすのに、幾日も焚きつづけるという。

挿絵:千松の父親が、奥から出てきて、なにも言わず、焚き口の様子を見た

 焚き口の脇には、藁が山になっていた。乾いた藁は煙が白く軽く、しめった藁は、黄色く重い。千松は、その山から、しめった藁ばかりを選んで持ってきた。おれには、その差がまだ分からなかった。

 千松は火のそばで藁の束を一本ずつ数えてはくべていた。数えるのは、いつものことらしい。三十を数えたところで口をつぐみ、皮の色をのぞきこむ。茶が濃くなりすぎれば火を弱める。この子の手は、大人の手より、火のことをよく知っていた。

 千松は、小屋の梁に掛けてあった切れ端を、二枚おろした。ひと晩、手桶に浸して、干しておいたものらしかった。片方は、おれが仕入れたのと同じ白っぽい皮。もう片方は、茶とも黒ともつかぬ色に煤けて煙のにおいがした。

 「ほれ」

 千松が、白い皮をおれの手に押しつけた。折れ、というしぐさだった。

 折った。三度目で、かん、と音がして、折り目から割れた。猪之助の足袋の踵と、同じ割れかただった。

 千松は煤けたほうの皮をおれに渡した。折った。一度、二度、三度。十度まで折っても、皮は手のなかでくたりと曲がり、割れなかった。指のあいだから、煙のにおいが立った。

 白いほうの割れ口は、粉をふいたように乾いていた。燻したほうは、割れ目のかわりに、しっとりとした脂の艶が、指にうつった。千松は、なにも言わなかった。この子は、藁を運ぶ手伝いをするたびに、濡れた皮が乾き、割れる日と割れぬ日があるのを、見てきたのだろう。

 おれは頭をさげた。八つの子に頭をさげるのは、おかしなことだった。それをとがめる者はいなかった。

◇ ◇ ◇

 その日のうちに、千松の父親から、燻した皮を一枚買った。銭は、白皮の倍近くを払った。手に残った煙のにおいは、筵に戻っても消えなかった。猪之助の足を、あらためて見る。

 底は厚く踵は割れて指の付け根には固い胼胝たこができていた。足の裏を炭の切れ端でなぞって形を写し、皮の目を足の長さに合わせて置く。甲、底、踵の三つに裁つ。

 二つに割る場所は、指の付け根の股のところだ。親指の袋をひとつ、残る四本の袋をもうひとつ。切り込みが浅ければ親指が押されて痛み、深ければ革が裂ける。小刀の刃は、皮の厚みを確かめてから、ゆっくりと入れる。おれの手は、そこへ小刀を当てるとき、迷わなかった。向かいの古着売りの年寄りが、猪之助の足の指を、ひとつずつ数えるように眺めていたが、なにか言いかけて、口を閉じた。

 革は、布と違って、針の通る道を自分で選ばない。だから、錐で穴を先にあける。踵の後ろは、力のかかるところだ。穴の間を、ほかよりわずかに詰める。爪先を二つに割った股のところは、糸が引かれて裂けやすい。おれは、そこだけ二度、糸を返した。同じ間を空けて、ひと針ずつ、糸を引く。皮は縫うほどに手のひらの熱を吸い、指の腹に煙のにおいが移った。日が傾いて川面が赤くなるころ、一足が縫いあがった。

挿絵:革は、布と違って、針の通る道を自分で選ばない

 猪之助は足を入れ、足首に紐を回して結んだ。革の足袋は、はじめは、すこし固い。踵が、しばらくのあいだ擦れる。それでも、履いた者は、たいてい二日もすれば、足の形を革に教えこむ。

 「ほう」と、猪之助は言った。それだけだった。荷揚げ場の朝は早い。あす、水のなかへ、この足で入るのだ。

 ところが、そのあとで、別のことが起きた。猪之助が立ちあがって二、三歩あるくと、足首の紐が、するりとほどけたのだ。猪之助は、しゃがみこんで、自分で結び直した。歩く。ほどける。三度目には、舌打ちをして、紐の端を握りしめた。

 千松が、いつのまにか、猪之助の足もとにしゃがんでいた。紐の端を取り、足首に二度回して、端を輪にし、その輪をもう一度くぐらせて、きゅっと引いた。父親が、濡れた皮を縄に吊るすときの手つきだった。引くと締まり、輪の端を引くと、ほどける。猪之助は、足をばたばたさせて、川のほうへ走っていった。おれは、それを、黙って見送るしかなかった。

 三日後、猪之助は、また筵の前に来た。川から上がった猪之助は、濡れた足を突き出して、踵を指で押してみせた。凹んだ革は、すぐに戻った。乾いたあとも、柔らかいままだった。それを見た向かいの年寄りが、自分の足の寸法を取らせた。噂を聞いた川筋の男たちも、ひとり、またひとりと筵の前に来て、足を出した。どの足も、荷を担ぐ足で、どの踵も、冬の水に荒れていた。おれは、足を見るたびに、燻した皮の色を思い浮かべた。千松は、そのそばで、ひとり手桶の水をかき回していた。

 残った白皮の束は、川向こうの皮屋へ、買い値の半分で引き取ってもらった。その冬の縫い賃の、三割ほどが消えた。筵の上に座りなおすと、炭火のぬくもりが膝にあたって、指の先だけが、いつまでも冷たかった。

 裁ち屑の煤けた皮が、筵の隅に残っていた。ちょうど、小さな足に一足ぶんある。おれは、千松を呼んで、足の裏を、炭でなぞらせてもらった。千松は、じっと動かなかった。指を丸めもしなかった。

 縫いあげて、履かせてやると、千松は、二つに割れた爪先を、指でつまんで確かめ、それから、親指だけを、ぴくぴくと動かした。ほかの四本は、置いていかれたように動かない。千松は、また指を動かして、また動かないのを確かめて、そのうち、小屋のほうへ走っていった。皮屋の土間は、霜で固い。走る足音が、ふだんよりも、静かだった。

 正月がくる前に、おれは、燻した皮を、千松の父親からもう二枚買いたした。

 ある朝、西国へ下る荷車の列が、川筋を抜けていくのを、おれは筵の上から見送っていた。針を持つ手が、しばらく止まった。それから、また針を動かした。

 筵の上の炭は日ごとに減った。霜の朝には千松が先に来て火の番をした。おれは買いたした燻し皮を、注文の来るたびに裁った。

 三月のはじめに、おれは筵を巻いた。皮屋の父親が、燻した皮の切れ端を、ひと束くれた。次の町で足を縫うときに使えという。千松は、敷居のところに座って、手を振りもしなかった。革の足袋の先で、親指だけが、動いていた。

◇ ◇ ◇

 工事現場の足場の下で、信号を待っている。隣に、鳶の男がひとり立っていた。地下足袋の爪先が、二つに割れている。

 ボクは片足ずつ足の裏で地面をたしかめた。冷たい舗道が、靴底ごしに、たしかに返ってくる。膝を、ゆっくり曲げ伸ばしする。

 信号が変わる。鳶の男が踏み出す。二つに割れた爪先の、親指が、まず舗道を摑んだ。

参考文献・もっと詳しく

※ 足袋は古くは革で仕立てられ、鹿革が多かったとされる。爪先が二つに割れたのは鎌倉末ごろと伝わり、木綿足袋が広まるのは、明暦の大火(一六五七年)で革が不足した江戸前期以降とされる。鹿革の燻煙鞣し(ふすべ)は、藁の煙で皮に脂を含ませる古来の技として知られる。当初は足首で紐を結ぶ仕立てが一般で、留め具を用いる形が広く普及するのは後の世とされる。文禄二年は一五九三年。※本文の人物・会話・情景は創作。

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