素足を恥じた若者に、紐で結ぶ一足を縫ってやった日のこと26衣服
衣服安土桃山のころ・京の片隅読了 約6

素足を恥じた若者に、紐で結ぶ一足を縫ってやった日のこと

革から木綿へ移るころ、足元を隠すことを覚えた者は、なぜ背筋まで伸びたのか

 足袋というのは、身なりのいちばん端、地べたにいちばん近いところで人を支えているものだ。

 顔や髪は、誰の目にもまっさきに入る。羽織の柄も、帯の結びも、人はよく見て褒めもする。けれど足の先となると、座敷の隅に隠れ、裾の陰に沈んで、ふだんは誰も目を留めない。それでいて、足元の崩れた者は、どれほど上を飾り立てても、どこか締まらずに見えてしまう。人の構えというものは、案外、いちばん下の、その足先から立ち上がっていくものらしい。

 その足を包むのが、足袋だ。冬の冷えをしのぎ、土の凍みを断ち、そして人前で素足をさらさぬための、薄い一枚。布きれ一枚のことのようでいて、それを履くと履かぬとでは、人の居住まいがまるで違ってくる。

 ボクが見てきたのは、その足元の一枚が、固い革からやわらかな木綿へと移り変わっていくころの、足袋を縫う者と、それを履く者の話だ。たかが足の覆いに、人はなぜ、あれほどの矜持を託したのか。

◇ ◇ ◇

 文禄二年(一五九三年)の冬のことだ。おれは京の片隅で、足袋を縫って暮らしていた。

 そのころの足袋は、まだ革で仕立てるものが多かった。鞣した鹿の革を裁ち、足の形に縫いあわせ、甲のところで紐を回して結ぶ。木綿の足袋も、ぼつぼつと出まわりはじめていたが、まだ目あたらしく、履く者も少なかった。革は丈夫で、雨にも土にも強い。そのかわり固くて、足になじむまでが難儀だった。新しいうちは、踵が擦れて血のにじむこともある。

 革と木綿、どちらの足を縫うにも、まず足を見る。

 人の足というのは、顔よりも正直なものだ。よく歩く者の足は、甲が張って、指がしっかり開いている。座ってばかりの者の足は、白くやわらかい。畑を踏んできた足、石を運んできた足、堂のうえで経を読みつづけた足——裸の足を見れば、その人がどう暮らしてきたかが、たいてい知れた。だからおれは、寸法を取るより先に、まず相手の足を、しばらく黙って眺めることにしていた。

 ある寒い朝、ひとりの若者が、おれの店先に立った。

 弥四郎と名乗った。歳は十六、七といったところか。継ぎのあたった粗末ななりで、けれど背だけはまっすぐに伸ばしていた。聞けば、このたび、さる屋敷へ奉公にあがることが決まったのだという。

 「足袋を、一足。人前に出ても恥ずかしゅうない、ちゃんとしたものを」

 そう言って、弥四郎は懐から、なけなしらしい銭を出した。革の足袋には、すこし足りない。木綿のものなら、どうにか足りる。おれがそう告げると、若者は束の間うつむいて、それから、木綿でいい、と言った。

 縫うあいだ、おれは弥四郎の足を見た。

 よく歩いてきた足だった。底は厚く、踵は割れ、指の付け根には固い胼胝ができていた。きっと、これまで足袋など履いたこともなかったのだろう。裸足で土を踏み、霜を踏み、ここまで来た足だ。その素足を、若者はしきりに恥じて、おれの目から隠そうと、もじもじと指を丸めていた。

 「奉公先で、素足ではいかんのです」と、弥四郎はぽつりと言った。

 屋敷の奥では、客の前に出るのに、素足では失礼にあたる。足袋を履いてこそ、人として座敷にあがれる。これまで履物に困らぬ暮らしをしてきた弥四郎には、それが、なにより気がかりらしかった。足元ひとつで、己が値踏みされる。そういう場所へ、これから入っていくのだ。

 おれは、若者の足の寸法を取り、白い木綿を裁ちにかかった。布を足の形に折り、甲のところを縫いあわせていく。針を運びながら、これまで包んできた数知れぬ足のことを思った。畑を踏んだ足、堂にあがった足、年老いてなお歩きつづけた足。どの足も、それぞれの暮らしを、その裏にしかと刻んでいた。そして不思議なもので、どんな足も、足袋を履いたその日から、わずかに持ち主の背を伸ばすのだ。足元を覆われると、人は己というものを、ひとまわり確かに感じるものらしい。この弥四郎も、きっとそうなる。おれは、そう念じながら、一針ずつ、糸をていねいに引き締めていった。針の運びにあわせて、白い布が、すこしずつ足の形になっていく。

 縫いながら、ふと思う。この一足を履いて、若者がどんな座敷を踏み、どんな人に出会い、どんな歳月を重ねていくのか。それは、おれの知るところではない。ただ、足元の一枚だけは、確かにこの手で整えてやれる。あとは、この足が、おのれの道を踏んでいくだけだ。

◇ ◇ ◇

 仕立てあがった木綿の足袋を、おれは弥四郎の足に履かせてやった。

 白い木綿が、節くれだった足を、すっぽりと包む。甲のところで紐を回し、きゅっと結んでやると、若者の足が、見ちがえるほど締まって見えた。さっきまで恥じて丸めていた指が、布の下で、そっと伸びていくのがわかった。

 弥四郎は、おそるおそる立ちあがり、店先を二、三歩、歩いてみた。

 はじめは、慣れぬ足取りだった。足の裏に布のあるのが、くすぐったいような、頼りないような。けれど、ひとまわりするうちに、若者の歩きが、すこしずつ変わっていった。背がいっそうまっすぐになり、顎が引かれ、目の置きどころが定まってくる。足元を整えただけのことで、その立ち姿が、見ちがえるほど凛としていったのだ。

 「これで……人前に、出られますやろか」

 ふりかえった弥四郎の目が、わずかに潤んでいた。

 たかが足袋一足のことだ。けれど、この若者にとっては、ただの覆いではなかった。素足のまま生きてきた者が、はじめて足元を隠すことを許される。それは、半人前から一人前の座敷へと、敷居をまたぐということだった。足袋を履くというのは、寒さをしのぐより先に、人としての構えを、ひとつ身につけるということなのだ。

 おれは、結び目をもう一度たしかめて、ぽんと足の甲を叩いてやった。

 「土を踏んできた足だ。なまじの足より、よほど確かに地を踏むさ。胸を張って行きな」

 弥四郎は、白い足元を見おろし、それから深く頭をさげた。出ていくその後ろ姿の、踏みしめる足取りが、来たときよりも、ずっと落ちついていた。

◇ ◇ ◇

 やがて、革の足袋は、しだいに木綿の足袋にとって代わられていった。

 木綿はやわらかく、足になじみ、洗えばまた白くよみがえる。値も革ほどは張らない。武家ばかりでなく、町の者も、寺へ参る者も、こぞって足袋を履くようになった。人前で素足をさらさぬことが礼にかなうとされ、座敷へあがる前に足を清め、白い一枚に足を通す——そういう作法が、暮らしの隅々にまで染みていった。足元を整えることが、いつしか、人としての構えそのものを指すようになっていったのさ。

 今では、白い足袋を履く者も、めっきり少なくなった。足元はたいてい靴の下に隠れて、人に見せることもない。素足を恥じる気持ちも、足袋ひとつに背筋を伸ばした、あの感覚も、もうずいぶんと遠くなった。

 それでも、とボクは思う。

 大事な座へ出ていく前に、足元を、ちょっと整えてみてほしい。履物をそろえ、踵を正し、地をしっかと踏みなおす。それだけのことで、不思議と、背筋までしゃんと伸びてくる。土を踏んで生きてきた若者が、白い一枚に足を通し、はじめて凛と立った——あの一足の覚えが、足元には、たしかにまだ残っている。

 足袋は、いつだって裾の陰で黙っている。いちばん下の、いちばん目立たぬところで、ただ人を支えているばかりだ。それでも、足元の定まった者は、おのずと顔つきまで定まってくる。ボクは、そういうものが、好きなんだ。

参考文献・もっと詳しく

足袋は古くは革で仕立てられ、安土桃山から江戸初期にかけて、木綿の普及とともに木綿足袋がしだいに広まったとされる。当初は甲の部分を紐で結ぶ仕立てが一般で、留め具を用いる形が広く普及するのは後の世とされる。人前で素足をさらさぬ作法とともに、足袋を履くことが礼節や身だしなみの一部とされていったと伝わる。文禄二年は一五九三年で、元号と西暦の対応は史実に整合する。※本文の人物・会話・情景は創作。

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