一目、また一目
〜子の冬をのばすための針目は、なぜ、美しくなったのか〜
いまの世では、布なんて、安いものだ。破れたら、捨てる。飽きたら、捨てる。
でも、ボクの見てきた長いあいだ。布はずっと、おそろしく貴重なものだった。一枚の着物が、親から子へ、子から孫へと受け継がれていく。破れれば継ぎを当て、薄くなれば糸でかがり、それでも足りなければ、別の布を縫い足す。
そうやって、繕いに繕いを重ねたその針目が、いつのまにか模様みたいに美しくなっていく。
誰も、美しくしようなんて思っちゃいない。ただ、あたたかくしたかっただけだ。なのに、結果として美しい。手前は、そういうものをいくつも見てきた。
◇ ◇ ◇
応永二十年(一四一三年)の冬。雪のちらつく晩だった。
あれは、室町の御世のこと。手前は、針や糸を商いながら、ある百姓家に一晩の宿を借りていた。
囲炉裏のそばで、その家の母親が、ちいさな野良着を繕っていた。子どものものだ。もとの布が見えないほど、つぎはぎだらけ。その上を、白っぽい糸が一面に、こまかく走っている。縦に、横に、また縦に。布の地を、びっしりと刺し固めるように。
「ずいぶん、丁寧に縫いなさるね」と手前は、声をかけた。
「丁寧も、なにも」と母親は、手を止めずに笑った。「こうして、糸を刺しておくとな。布が、二枚にも三枚にも、ぶ厚くなるんさ。あったかいし、丈夫になる。破れにくう、なる」
なるほど、と手前は思った。飾りでは、ない。寒さと、布の乏しさへの知恵なのだ。針が一目進むたびに、布がひとつぶん厚くなる。子の肌と雪のあいだに、糸の壁を、一枚ずつ積んでいく。
「これはな」と母親は、布を灯りにかざした。「上の子が着て、つぎに下の子が着て、それでも、まだ近所の赤子に回す。だから、長持ちさせにゃならん。糸の一目一目が、子の冬を、ひとつぶん延ばすんさ」
炉の灯りに、白い針目がちらちらと光った。
母親の指は、寒さでひび割れていた。爪のまわりが、赤くあかぎれている。けれど、その動きは、おどろくほど滑らかで、迷いがなかった。何百回、何千回と繰り返してきた手つきだった。考えなくても、指が覚えている。そういう手だ。
手前は、その針目を、しばらく見ていた。寒さしのぎのための、ただの繰り返し。それなのに、こまかく走る白い糸は、布の上で、たしかにひとつの景色になっていた。雪の降る夜に、もうひとつ、内側から、白い雪が降り積もっているような。
手前は、商売物の糸を、ひと束、そっと囲炉裏端に置いた。
「これは、ほんの、宿賃で」
「おや、こんなに」
「……いい仕事を、見せてもらいましたでな」
母親は、けげんな顔をした。仕事、と言われたのが腑に落ちぬらしい。自分のしていることが、誰かに見惚れられるようなものだとは、思ってもいない顔だった。
◇ ◇ ◇
あの、繕いに繕いを重ねた布。後の世で「襤褸(ぼろ)」と呼ばれるようになった、ああいうものは、いまでは、美術館のガラスの向こうに飾られている。
藍の地に、白い針目の走る古い布。それを、人々が、「美しい」と言って眺めている。寒さなんて、もう知らない人たちが。ずらりと、列をなして。
あの母親は、夢にも思わなかっただろう。子の冬を、ひとつ延ばすために刺した、その一目一目が、何百年も後の、見も知らぬ誰かに、ため息をつかせるなんて。
——美しさってのは、案外、美しくしようとしない手から生まれるのかもしれない。ボクは、ガラスの前を通るたび、あの雪の夜の、あかぎれた指を思い出す。そして、いつも、すこし言ってやりたくなる。あんたの仕事は、ちゃんと、いい仕事だったよ、と。
参考文献・もっと詳しく
※ 室町期は、木綿が庶民の衣料として広まる以前にあたり、当時の野良着は、麻(苧麻・大麻)が主であった。本編では素材を木綿とは断定していない。「刺し子」という様式の名や体系が整えられ、地方ごとの技法として隆盛するのは、おもに近世(江戸期)以降——木綿の普及した後とされるため、本編の場面では「刺し子」とは名指さず、「糸で刺して布を厚くする」所作のかたちで描いている。古い継ぎ布が「襤褸(ぼろ)」として美的に評価され、展示されるのは二十世紀後半以降の現象であり、その視点は額縁の現代ボクにのみ持たせている。
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