髪より細い一すじの麺を、人はなぜ贈り物と呼んだのか11
永享のころ・大和の三輪読了 約8

髪より細い一すじの麺を、人はなぜ贈り物と呼んだのか

暑い盛りに、たった一束の白い糸を抱えて山を越えた男は、いったい何を運んでいたのか

 素麺というのは、夏になると当たり前のように卓へのぼる、細く白い麺だ。

 今では、束になって安く売られている。氷を浮かべた水へくぐらせ、つるつるとすすって、それで暑い一日をやり過ごす。たいていの人は、その一すじがどれほど細いかなど、気にも留めない。細いのが当たり前、白いのが当たり前。ただの夏のたべものさ。

 けれど、麺をあれほど細く延ばすというのは、もとはとんでもない難事だった。小麦の生地を、切れもせず、ちぎれもせず、髪のように細く、しかも長く延ばす。それは練りと油と、人の指先だけがなしうる技で、誰にでもできるものではなかったと伝わる。だからこそ、その細さそのものが値打ちになった。細ければ細いほど、贈られた相手は「これは難しいものをくれた」と喜んだという。

 ボクが見てきたのは、ひとすじの麺が、ただの腹ふさぎから「贈り物」へと育っていく、その移り変わりだ。細さに人が値打ちを見いだしはじめた、そのあたりのことさ。

◇ ◇ ◇

 永享六年(一四三四年)の夏のことだ。おれは大和の三輪で、素麺を手延べする与三郎どのという職人のもとに、奉公していた。

 三輪は、古くから麺づくりの里として知られていたらしい。山あいで小麦がよく実り、水が清く、冬は乾いた風が吹き下ろす。麺を干すには、これ以上ない土地なのだと、与三郎どのはいつも言っていた。

 その朝も、おれは暗いうちから叩き起こされた。素麺づくりというのは、夜の明けきらぬうちから始まる。生地を寝かせ、延ばし、また寝かせる。その間あいを置くのに、丸一日では足りぬほどだった。

 与三郎どのは、まず小麦の粉へ塩水を打って、ひたすら練った。腕の太い男が、額に汗を浮かべて、生地を踏み、こね、丸める。

 「よいか。塩の加減ひとつで、麺は切れもすれば、よう延びもする。今日の風、今日の湿りを指で読んで、塩を決めるのだ」

 おれには、まださっぱり読めなかった。同じように練ったつもりが、おれの生地はぼそぼそとちぎれ、与三郎どのの生地は、まるで生き物のように、しなやかに伸びた。

 練った生地は、太い縄のように太く綯われ、甕のなかで一刻ばかり寝かされる。それから、与三郎どのは小さな器の油を指へとり、生地の縄へていねいに塗りつけていった。

 「なぜ油を塗るのです」

 おれが尋ねると、与三郎どのは手を止めずに答えた。

 「乾いて、くっつかぬためよ。油を着せてやれば、麺と麺が肌を合わせても離れる。離れるから、細う延ばせるのだ」

◇ ◇ ◇

 油をまとった生地は、だんだんと細くされていく。太い縄が、指ほどの紐になり、紐が、さらに細い紐になる。一気には延ばさない。少し延ばしては寝かせ、また延ばす。あいだを置くたびに、生地のなかで何かがゆるみ、つぎの延ばしに耐えるようになるのだと、与三郎どのは言った。なぜそうなるのかは、誰も知らぬ。ただ、昔からそうすればよう延びると、口づてに伝わってきただけさ。

 いちばん見ものは、最後の延ばしだった。

 与三郎どのは、二本の細い竹串へ、生地の輪を八の字にかけた。串と串とを、ゆっくりと左右へ引きながら、両の手で麺を縒っていく。縒れば、麺は細く締まる。締まりながら、するすると下へ垂れていく。

 おれは、息をのんで見ていた。指ほどもあった紐が、見るまに細くなり、しまいには、おれの髪よりも細い、白いひとすじになった。日の光に透かすと、その一本いっぽんが、銀の糸のように光った。

 「やってみよ」

 与三郎どのにうながされ、おれは竹串を握った。けれど、力の加減がまるで分からぬ。強く引けば、ぶつりと切れる。ゆるめれば、麺どうしがくっついて、太い塊にもどってしまう。おれの手のなかで、せっかくの白い糸が、つぎつぎと無残にちぎれていった。

 「焦るな。麺に教えてもらえ。どこまで延びたいか、麺がいちばんよう知っておる」

 麺に教わる、というのが、そのときのおれには分からなかった。

 それからの幾日も、おれはひたすら切ってばかりいた。延ばせば切れ、ゆるめれば固まる。朝から晩まで竹串を握り、夜は腕が上がらぬほど疲れ果てた。手のひらには油がしみ込み、いくら洗っても落ちなかった。与三郎どのは、おれの失敗をいちいち咎めはしなかった。ただ、ちぎれた麺の屑を黙って拾い、また練り直して甕へもどす。一すじも無駄にはせぬ人だった。

 「お前の力みが、そっくり麺に出ておる。麺は正直よ。延ばす者の心が硬ければ、麺も硬うなって切れる。やわらかう構えれば、麺もやわらかう伸びる。手で延ばすのではない。心で延ばすのだ」

 心で延ばす、などと言われても、おれにはまるで雲をつかむようだった。それでも与三郎どのは、根気よく同じことを繰り返させた。失敗をなじるかわりに、うまく延びた一すじを見つけては「それでよい」と短く言うた。褒められると、不思議とつぎの一すじも延びた。けれど、与三郎どのの手が動くさまを毎日そばで見ているうち、おれの指も、ほんの少しずつ、麺の声を聞きはじめた気がした。

 日が高くなると、延ばし終えた素麺は、戸外の長い竿へ、簾のように掛けて干される。乾いた風が吹き抜けると、白い糸がいっせいに揺れ、さやさやと鳴った。まるで、軒先に銀の雨が降っているようだった。干すあいだも、気は抜けぬ。日が照りすぎれば麺がもろくなり、風が湿れば乾きが甘くなる。与三郎どのは、空の色と風の匂いをたえず気にかけ、竿の高さをこまめに直していた。麺づくりは、人の手だけでなる仕事ではない。日と風と、土地そのものに半分は預けるのだと、おれはこのとき覚えた。乾いて固まれば、素麺は幾月も保つ。煮ても炒っても、汁に放してもよい。暑さで物がすぐ傷むこの土地で、長く保つ麺というのは、それだけでありがたいものだったのさ。

◇ ◇ ◇

 その夏の終わりごろ、ひとりの男が、汗だくになって山を越えてきた。

 遠い村の者で、近く娘の祝言があるのだという。男は、いちばん上等の素麺を、一束だけ譲ってくれと頭を下げた。

 与三郎どのは、蔵の奥から、とびきり細く延びた一束を出してきた。麻紙にていねいに包み、水引のように藁しべを掛けて、男へ手渡した。男は、まるで宝物でも受け取るように、それを両の腕で抱え、また山道を引き返していった。

 おれは、つい口にした。

 「たかが麺ひとつに、あれほど。ほかの食い物のほうが、よほど腹にたまりましょうに」

 与三郎どのは、笑った。

 「腹をふくらませるなら、粟でも稗でもよい。だがな、あの細さは、銭を積んでも手間を惜しめば出せぬ。延ばすに延ばして、ようやく一束。これほど難しいものを、わざわざお前のためにこしらえた——そう言うて贈るのだ。細さがな、心づくしのしるしなのよ」

 与三郎どのは、男の去った山道をしばらく見送ってから、ぽつりと言い足した。

 「おれもな、若いころは、なぜこんな細さに皆が騒ぐのか分からなんだ。腹もふくれぬ、銭にもなりにくい。馬鹿らしいとさえ思うた。だが、おれを仕込んだ親方が言うたのよ。——手間というのはな、目に見えぬ。だから人は、目に見える細さに、その手間を託すのだ、とな」

 目に見えぬ手間を、目に見える細さに託す。おれは、その言葉を何度も舌の上で転がした。延ばすに延ばした幾刻もの労が、たった一すじの細さのなかに、まるごと畳み込まれている。それを受け取る者は、細さを見て、かけられた手間を思い、思いを寄せられた己の値打ちを知る。麺の細さは、人と人とのあいだを結ぶ、目に見えぬ糸でもあったのだ。

 心づくしのしるし。おれは、その言葉を胸のうちで繰り返した。

 あの男は、麺を運んでいたのではなかった。娘の門出を祝う、親の心を運んでいたのだ。細ければ細いほど、その心は深く伝わる。だからこそ人は、汗をかいて山を越え、たった一束の白い糸を、宝のように抱えて帰っていく。

 その日から、おれの竹串を引く手が、少し変わった。早く細く延ばそうと焦るのではなく、これを誰が、どんな日に手に取るのかと、思うようになった。すると不思議なもので、麺がふいに、するすると延びるようになった。麺に教わる、というのは、こういうことだったのかもしれぬ。

◇ ◇ ◇

 小麦の生地が、油をまとい、人の指先で髪より細く延ばされて、ハレの日の贈り物になっていったのは、麺づくりの里が各地に育ちはじめた、このころのことだ。ボクは、その白い糸が竿に揺れるのを、いくつもの夏に見てきた。

 いちど「細さは心づくし」と人が信じはじめると、素麺は、ただの夏のたべものではなくなった。祝いの席に供され、暑中の見舞いに贈られ、遠い人へ「達者でいるか」と問う代わりに、白い一束が手から手へ渡っていった。腹をふくらませるためではない。延ばすに延ばした手間ごと、相手を思う心を届けるためにね。

 今でも、夏になれば素麺は卓にのぼる。けれど、その一すじを延ばすのに、どれほどの夜明けと、どれほどの指先がついやされたかを思う者は、もう、そうは多くない。細いのは当たり前、白いのは当たり前。安く束ねられて、氷の上で待っている。

 それでも、とボクは思う。

 夏の盛りに、白く細い麺を一口すするとき、ほんの少しだけ思い出してほしい。暗いうちから生地を練り、油を塗り、麺に教えを乞いながら、髪より細く縒り延ばした男がいた。その一束を宝のように抱えて、山を越えた者がいた。細さそのものが、贈り物だった時代があったのだ。

 素麺は、ただ細いだけだ。水にくぐらせれば、つるりとのどを過ぎていくばかりさ。それでも、その一すじには、誰かの門出を祝い、誰かの夏を案じた人たちの、長い長い手間が、白く縒り込まれている。ボクは、そういうものが、好きなんだ。

参考文献・もっと詳しく

小麦の生地に油を塗りながら手で縒り延ばして細い麺をつくる「手延べ」の技は中世に各地へ広まったとされ、索麺(そうめん)の名で寺院の記録や日記類にも見えると伝わる。大和の三輪は素麺の古い産地として知られ、乾燥した麺は保存がきき、暑い季節やハレの席の食として重んじられ、その細さ・手間ゆえに贈答の品ともされたという。永享六年は一四三四年(永享は一四二九〜一四四一年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。※本文の人物・会話・情景は創作。

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