第 13 話山ほどの花から、ひと匙の赤を搾り取っていた頃のこと
〜こつこつ績んだ麻糸で買えたのは、針の先ほどの赤。それでも、あの娘の顔はまるで違って見えた〜
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赤という色は、どうにも人をそわそわさせる。
花の赤、火の赤、夕焼けの赤。どれも眺めているうちに胸の奥があたたかくなって、つい手を伸ばしたくなる。けれど、その赤をほんの少しだけ自分の唇や頬にのせようとすると、これがとんでもなく難しい。布を染めるにも、ひと匙の赤をこしらえるにも、昔の人は気の遠くなるような手間をかけていた。
今のボクらは、小さな筒をひとひねりすれば、いつでも好きなだけ赤を引ける。一本の値も知れたものだ。けれど、その赤がかつてどれほど得がたい色だったか、もう誰も覚えてはいない。
ボクが見てきたのは、山ほどの花から、たったひと匙の赤を搾り取る——そういう仕事の場のことだ。花の大半は赤ではなく、黄色いのさ。その黄を洗い流して洗い流して、最後にほんのわずか残る赤を、人は宝のように扱った。
◇ ◇ ◇
長保二年(一〇〇〇年)の夏のことだ。京の西のはずれで紅を商っていた、藤六という男の店を手伝っていた頃の話さ。
紅は、紅花という草の花から採る。どこか遠い国から渡ってきた草だと藤六は言っていたが、本当のところは知らない。背丈ほどに伸びて、てっぺんに鮮やかな橙の花をつける。ただし、この草には難物の癖があった。葉にも萼にも、細かい棘がびっしり生えているのだ。
だから花を摘むのは、夜の明けきらぬうちと決まっていた。
朝露にしっとり濡れているあいだは、棘も柔らかく寝ている。日が昇って乾けば、たちまち針のように指を刺す。畑を借りた村の女たちが、まだ薄暗いうちから腰をかがめ、露に濡れながら花だけを摘んでいく。われも籠を負って、何度もその花を京まで運んだ。
花摘みは、一日二日で終わる仕事ではなかった。畑の花は日ごとに咲きついで、盛りの十日ほどは村じゅうが夜明け前から畑に出ずっぱりになる。摘み遅れれば花は色あせ、棘ばかりが残ってしまう。だから女も童も眠い目をこすって、白む前の畑へ下りていった。籠が橙の花でいっぱいになる頃、ようやく東の空がしらじらと明けてくる。摘み終えた指は、細かな棘の傷だらけで、ひりひりと痛んだ。それでも誰ひとり、花を粗末には扱わなかった。この花のひと籠ふた籠が、やがて目の覚めるような赤に化けると、みな知っていたからだ。
摘んできた花を見て、はじめは妙に思ったものだ。
「藤六どの、これは赤い花ではないか。なぜ赤い水が採れぬ」
藤六は笑って、桶に花を山と入れ、水をどぼどぼ注いだ。足で踏み、手で揉む。すると桶の水が、みるみる濁った黄色に染まっていく。
「ほれ、この花の色のあらかたは、黄よ。赤はほんのひとつまみしか入っておらぬ。先にこの黄を、すっかり流してやらねばならぬ」
黄の水を捨て、また新しい水を注いで揉む。捨てては注ぎ、揉んでは絞る。何度繰り返したか知れない。指の股が黄に染まり、爪の中まで色が入り込む。花の山がぐったりとくたびれ、ようやく黄が薄れてきたところで、藤六は灰を溶いた汁を持ってきた。
その灰汁を花に含ませて揉むと、こんどは布へ、沈んだ紅の色がじわりと滲み出す。
「これだ。これが、ほしかった赤よ」
けれど、まだ終わらない。にじみ出た赤い汁に、藤六は梅を漬けて酸くなった汁を少しずつ垂らしていった。すると濁った汁の底に、目の覚めるような赤が、もやのように集まってくる。それをそうっとすくい取り、皿に薄く広げて陰で乾かす。固まれば、小指の先ほどの、ちいさな赤い塊になる。
乾かしきる前に、藤六はその赤を団子のように丸めて、もういちど日陰で干すこともあった。紅餅というそうだ。こうしておけば日持ちがよく、しばらく置いても色が褪せにくいのだという。乾いた紅餅は、ぱっと見にはただの黒っぽい塊で、これのどこが赤いのかと疑いたくなる。ところが水に溶いて筆で厚く塗ってみると、塗った表に、玉虫の翅のような青みがかった照りがふっと浮かぶのだ。
はじめてそれを見たとき、われは思わず顔を近づけた。赤いはずの色の上に、なぜか緑がかった光が走る。
「薄う引けば、ただの紅。厚う重ねれば、ほれ、この照りが出る」
藤六は得意げに筆をかざした。この照りはめったに出るものではない、と藤六は鼻を高くした。同じ花から採っても、洗いが甘ければ黄が残って色が濁り、灰汁や梅酢の加減をひとつ誤れば、この澄んだ赤にはならぬのだという。だから良い紅をこしらえる者は、それひとつで重宝された。
籠に山と摘んだ花から採れる赤が、これっぱかりかと、はじめは声も出なかった。
藤六に言わせれば、それでも採れたほうだという。畑ひと畝の花が、ようやく頬紅の壺ひとつ。だから、ひとつまみの赤が、われの幾日分もの食いぶちに当たると言われていた。実際この赤を買えるのは、宮仕えの女房か、よほどの分限者の家ばかりだった。京の女たちが頬と唇にさす、あのほんのひと刷きの赤の裏に、これだけの花と手間が眠っているのだ。
藤六の手は、いつ見ても指の節から爪のあいだまで、洗っても落ちぬ赤と黄に染まっていた。汁にふやけて皮はがさがさで、お世辞にも綺麗な手とは言えない。けれど本人は、その手をまるで恥じなかった。
「この手が作る赤を、京じゅうの女が待っておる。汚れて結構よ」
藤六はそう言って、染まった手のひらをひらひらさせて笑った。花を摘む村の女の傷だらけの指も、藤六の染まりきった手も、みな見えぬところで一匙の赤を支えている。唇にのった赤の艶やかさだけを見て、その裏のごつごつした手を思う者は、ついぞいなかったけれどね。
店には、さまざまな客が来た。あるときは表に牛車を待たせ、奥方の使いだという女が、紅餅をいくつもまとめて求めていった。代は、つやのある絹を幾反も置いていく。白粉で白く塗った顔に、頬と唇へたっぷり赤をのせるのが、宮あたりの女たちのならわしだと聞いた。眉を抜いて描きなおし、歯を黒く染め、その白い顔の真ん中に、ぽってりと赤をさす。そういう客が惜しげもなく積む絹を見て、われはようやく、この赤がなぜそれほど得がたいと言われるのか腑に落ちたものだ。赤は、もはやただの彩りではない。人前に出るための、ひとそろいの身じまいになりつつあった。
ある夕暮れ、店じまいの間際に、ひとりの娘がおずおずと入ってきた。
どこぞの屋敷の下女だろう、洗いざらした麻の衣に、節くれだった手をしていた。娘は懐から、ひとくくりの麻糸を出し、おそるおそる差し出した。ずいぶん長いこと夜なべに績んだのだろう、節だらけで太さもまちまちの、ひとにぎりほどの糸だった。
「これで……紅を、ほんの少しでも、分けてはもらえぬか」
藤六はその糸を見て、それから娘の顔を見た。その糸で買える紅など、針の先につくほどのものだ。けれど藤六は嫌な顔ひとつせず、乾かした赤を小さな貝殻のはしに、ほんのわずかこすりつけて渡してやった。
娘は貝を両手で押しいただくと、店先に置いた水鏡を借りて、濡らした指の先にその赤をそっととった。唇に、おそるおそる、ひと刷き。
顔が、変わった。
日に灼けて、これといって目立つところもない娘の顔が、唇に小さな赤がのっただけで、ぱっと明るんで見えた。同じ娘とは思えぬほどだ。娘は鏡の中の自分をしばらく信じられぬという顔で見つめ、それから、首のあたりまで赤くして、はにかむように笑った。
「これを……明日、つけてもよいか」
誰に見せるとも、娘は言わなかった。法事か、祭りか、それとも誰かに会う約束でもあるのか。われは何も尋ねなかった。ただ、その日のために、夜なべしてこつこつと糸を績みためてきたのだろうということだけは、わかった。
奥方の使いが牛車いっぱいに買っていく紅と、この娘が針の先ほど分けてもらった紅と、もとは同じ花から搾った同じ赤だ。けれど、唇にのったときのうれしさは、どちらが上ということもないように思えた。むしろ娘のひと刷きのほうが、よほど深く色づいて見えた。
たったひと刷きの赤を、娘は宝物のように貝ごと胸に抱えて、暮れていく道を帰っていった。その後ろ姿が、妙にうきうきと弾んでいたのを、いまでも覚えている。
◇ ◇ ◇
あの頃、白粉をはたき、眉をひき、紅をさすのは、はじめは限られた女たちのたしなみだったらしい。それがいつしか、身を飾るというより、人前に出るための身じまいになっていったのだろう。
顔をととのえるというのは、ただ綺麗に見せたいだけの話ではない。きちんとしておこう、ひとに会おう、明日を迎えよう——そういう前向きな気持ちが、ひと刷きの赤になって唇にのる。あの下女の娘も、きっとそんな気持ちだったに違いない。
今では、赤はいくらでも安く手に入る。筒をひねればなめらかに伸びて、色も選り取り見取りだ。山ほどの花も、棘に刺されて摘む夜明けも、洗っては絞った黄色い水も、もう誰の目にもとまらない。
それでも、とボクは思う。
誰かが鏡に向かって、唇にすっとひと刷きの赤をのせる——あの何でもない仕草の奥には、いまも、山ほどの花から搾られたひと匙の赤が、ちゃんと息づいている。明日はちょっと、ましな顔で出かけよう。そう思う気持ちの色が、赤なのだ。
ボクは、人がそうやって自分の顔をととのえる、あの小さな前向きさが、けっこう好きなんだ。
参考文献・もっと詳しく
- 『色——染と色彩』ISBN 978-4-588-20381-7
- 『日本の色を染める』ISBN 978-4-00-430818-8
- 『紅花』ISBN 978-4-588-21211-6
- 『顔の文化誌』ISBN 978-4-06-159804-1
- 『正倉院染織品の研究』ISBN 978-4-784-21707-6
※ 紅花は西アジア・エジプト方面を起源とし、大陸を経て古く日本へ渡来した草とされる。花弁には水溶性の黄色色素が大半を占め、紅色素はごくわずかで、黄を水で洗い流したのち灰汁(アルカリ)で紅を抽出し、梅酢など酸で発色・沈殿させて採るのが古来の製法と伝わる。少量しか採れないため紅は高価で、平安期には主に貴族の女性が頬紅・口紅に用いた。白粉・引眉・お歯黒・紅などの化粧が女性の身だしなみとして定着していった経緯は時代を追って変化したとされる。『源氏物語』の「末摘花」の呼称が紅花(末を摘む花)に由来すると伝わる点も化粧文化と紅の関わりを示す。長保二年は一〇〇〇年(長保は九九九〜一〇〇四年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。
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