第 84 話文化安雄が編んでいたのは、竹と糸だけではなかった
〜見る者と見られる者を、その一枚がどう分けていたか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
「安雄どの、束はこちらで足りましょうか」
われがそう声をかけると、安雄はひごの山からちらと目を上げ、うなずいた。万寿二年(一〇二五年)の夏、京の片隅の仕事場である。安雄はさる受領の家に抱えられた職人で、その家とつながりのある屋敷の御簾を編み、掛け替えて回っていた。われはその下で、この夏かぎり、御簾を運び繕う手伝いをしていた。
◇ ◇ ◇
仕事場には、削りかけのひごが幾山も積まれ、干してある染め糸が軒先にずらりと下がっていた。蝉の声に混じって、竹を裂く小気味よい音が響く。冬のあいだ掛けていた御簾を外し、夏向きの涼しいものに掛け替える。それを待つ屋敷が、その縁の内にもいくつかあった。掛け替えを終えた家からは古い御簾を引き取り、繕えるものは繕い、傷んだものはほどいて竹を取り分けておく。一本の竹を、われは粗末にはしなかった。
安雄はまず真竹を割って、細く細くひごにする。太さがふぞろいだと目が乱れ、風の通りも狂うため、一本ずつ指でしごいて太さをそろえ、節をていねいに削った。それを何百本と並べ、染めた糸で一段ずつ編み下げていく。縁には錦の細布をあて、家の格にあわせて房を垂らす。糸は染め物師から仕入れた束を、自分たちで湯にくぐらせて色を締める。段取りを違えれば、房の色合いが縁の布と喧嘩してしまう。安雄は糸を一房手に取るだけで、染めの甘さを見抜いた。
編み上がった一枚は、すぐには納めない。外の陽にかざし、影の映り方をたしかめる。目が粗すぎればそこだけ光が抜け、詰まりすぎればどこか重たく見える。糸の締め方ひとつで、房の垂れ方まで変わってしまう。
その日、安雄が編みにかかっていたのは、さる中どころの家の廂に掛ける一枚だった。
「この家は、南向きの廂にございます」
われがそう告げると、安雄はひごを持つ手を止め、しばし黙っていた。
幾つもの家を回るうち、われは知るようになっていた。南に向いた廂と、北に向いた廂とでは、同じ目の粗さでも、外からの透け方がまるで違う。日の当たらぬ廂に、南向きの粗さで編んだ御簾を掛ければ、内はすっかり見透かされてしまう。だから、掛ける先の廂の向きを、まず確かめねばならなかった。
「南か。……なれば、少し緩めに編むか」
安雄はそう独り言のようにつぶやくと、いつもより心持ち広い間合いで竹を編みはじめた。だが房の際まで来ると手を止め、そこだけは元の詰め方に戻す。房の際までゆるめては、垂れる重みに糸が耐えきれぬと見てのことだろう。目が粗ければ内が透けて女たちが落ち着かず、厚すぎれば風が通らず夏がこもる。家ごとに日のあたり方が違い、目の詰め方もそのたび加減が違った。
夏の御簾は、青みを残したまま日陰でじっくり干した竹で編み、糸も涼しげな縹を使う。冬のものは、よく枯らした飴色の竹に、厚みを持たせて編んだ。同じ家でも、暑い季節と寒い季節とで掛けるものを替える。

仕上がった御簾は、くるくると丸めて縄で結わえ、担い棒の両端に振り分けて担ぐ。一枚でも存外に重く、朝のうちに運び終えねば、日盛りには堪えられなかった。
その家は、大路から少し入った小径の奥にあった。土塀のきわに夏草が茂り、蝉の声が絶え間なく降っている。門前で案内を請うと、下働きの男が出てきて、われらを裏手の廂へ回らせた。主の屋敷は大きくはないが、簀子も廂も手入れが行き届き、暮らしぶりの慎ましさがうかがえた。主は宮仕えの人で、年ごろの姫君がひとりあると聞いていた。古びた御簾がすっかり傷み、そろそろ新しいのへ替えたいという。
簀子に上がり、廂のへりに膝をついて、われは古い御簾を外しにかかった。内側は、ひんやりと暗い。几帳の影、衣ずれの音、薫きしめた香のにおいが、御簾ごしにほのかに伝わってくる。廂の外はもう真夏の日ざしで、板の上に立つとじりじりと足の裏が熱いほどだったが、御簾を一枚隔てただけの内側は、驚くほど涼しかった。けれど、決して目を上げてはならぬ。手元の御簾だけを見て、われは黙々と紐を解いていった。
古い御簾を外すと、廂の柱に取り付けた鉤があらわになる。そこへ新しい御簾の上端を掛け、巻き上げの紐を通して、たくし上げたり下ろしたりできるよう仕立てる。昼は半ばまで巻き上げて風を入れ、人の訪うときや夜には下ろしきる。紐の長さひとつにも気をくばった。
掛け終えて見上げると、午後になれば日はさらに西へ回り、廂の奥まで光が届くはずだった。われは安雄に、そのことを告げた。安雄は指先で編み目を確かめ、われの言うより心持ち下がったところをつまむと、「ここだな」とだけ言い、房元の数寸に、細い麻糸で目印を結んだ。仕事場へ戻ったら、そこだけ編み直すつもりなのだった。
そこへ、内から小さな足音がぱたぱたと近づいてきた。まだ十にもならぬ女童だった。あてき、と内の誰かが呼んでいる。姫君のそばに仕える、いちばん下の童女だろう。あてきは御簾のきわまで来ると、めずらしげに、われの広げた新しい御簾をのぞき込んだ。
「それ、なあに」
声をひそめて、われは短く答えた。
「夏の御簾にございますよ」
あてきは、ふうん、と首をかしげ、それから、ひょいと古い御簾のすそをめくって、表の庭を見ようとした。すかさず、内から年かさの女の声が飛んだ。

「あてき。御簾を上げるものではありませぬ」
乳母であろう、たしなめる声だった。あてきは、ぱっと手を離し、首をすくめる。外は、まともに見てよいものではない。のぞくのではなく、御簾ごしに、ほどよく眺めるもの——この家に来てまだ日の浅いあの童女は、その境の引き方を、まだ覚えきっていないのだった。
あてきは、しょげた様子で、それでも小さな声で言った。
「あても、いつか編めましょうか」
「編めるようになるまでには、安雄どのほどの年月がいりましょう」
あてきは、うなずいて、奥へ戻っていった。
ややあって、奥のほうから、しずかな声がした。姫君であろう。乳母がその言葉を受け、御簾のきわまで出てくると、安雄に取り次いだ。
「姫さまが仰せです。古い御簾は、長年よう家を守ってくれました、新しいのも、たのみます、と」
御簾の奥の暗がりからは、姫君の姿はついぞ見えぬ。けれど衣ずれの気配と、かすかな声だけで、内に確かに人が座っているのが分かる。安雄は御簾の手前で頭を下げ、「ありがたきお言葉」とだけ返した。安雄は、顔も知らぬ人のために、幾つもの御簾を編んできた。声と気配だけを頼りに、その人の暮らしの境を、一枚ずつ仕立ててきたのだ。
新しい御簾を掛け終えたころ、ひとしきり、強い夏風が庭を吹き抜けた。掛けたばかりの御簾が、ふわりと大きくあおられ、すそが高くめくれ上がった。一瞬、内の暗がりがあらわになりかける。女たちが、あっと小さく息をのみ、袖や扇で慌てて顔を隠す気配がした。あてきだけが、きゃっと笑って、めくれた御簾の下から表の青葉をのぞいている。
風がやむと、御簾はもとどおり、すらりと垂れた。内のざわめきが、くすくすという忍び笑いに変わっていく。乳母の困り声と、姫君のちいさな笑い声まで、御簾ごしに伝わってきた。たったいま風がさらってみせた境を、御簾はもう何ごともなかったように結び直していた。
「新しい御簾は、風がよう抜けますね」と、乳母がつぶやいた。安雄は黙ってうなずき、われのほうをちらと見た。
われは、めくれぬよう御簾のすそに重しを縫いつけながら、房を整えた。簀子に膝をついたまま、幾針も糸を通す。板のざらつきが膝に食い込み、足の裏には木の冷たさが伝わってくる。仕上げると、安雄とともにそっと暇を告げた。
その日はまだ、あと二軒を回らねばならなかった。安雄は古い御簾を担ぎ直し、日盛りの道を、次の家へと歩き出す。われは繕いかけの束を背に負い、あとに続いた。この夏が過ぎれば、われはまた別の仕事へ移る。安雄のもとに長く留まるつもりは、はじめからなかった。
◇ ◇ ◇
いま、軒先にひとひら下がっただけの、ただの日よけに見える簾も、こうして幾人もの手で編まれ、掛けられてきたものだ。簀子に膝をついたときの板のざらつきは、ふっと戻ってくることがある。膝を折って座る、そのわずかな沈み方も、たいして変わっていない。
先だって、知り合いの家の軒先に、今どきの簾を掛ける手伝いをした。板の間に膝をついて紐を結わえながら、ふと、あの夏の廂を思い出した。竹の並びも糸の色も、今とはずいぶん違う。けれど、膝にかかる重みと、風にめくれた御簾の下で女たちがふっと声を立てて笑った、あの一瞬の間合いだけは、驚くほど同じだった。
御簾は、いまも一枚で、内と外を、隔てながらつないでいる。風が吹けば、ふわりとめくれ、なにくわぬ顔で垂れ直す。
ボクの足の裏に残る、あの日の、板の冷たさ。
参考文献・もっと詳しく
※ 御簾は、寝殿造の屋内や、廂と簀子の境などに掛けて空間を仕切り、貴人や女性の姿を外から隠した調度とされる。細く割った竹(ひご)を糸で編み下げ、縁に布をあて房を垂らす形が一般的で、夏向き・冬向きで仕立てを替えたと伝わる。万寿二年は一〇二五年(万寿は一〇二四〜一〇二八年)。御簾を編む職人が独り立ちした生業として史料に見えるのは後代のことで、本話の安雄は有力な家に抱えられた職人として描いた。あてき等の女童の呼び名は、物語文学に見える類型に倣った創作。
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