届かぬ星に、それでも願いを書いた日のこと
〜字の書けぬ母は、娘の願いを、どうやって星に届けたのか〜
願いごとというのは、不思議なものだ。
叶うとも知れぬのに、人はそれを口にするだけでは足りなくなる。布を供え、糸をかけ、やがては文字に書いて高いところへ掲げる。星に届けと言わんばかりにね。
七月の夜空に、ひときわ明るい星がふたつある。川をはさんで向かいあう、青みを帯びた大きな星だ。あれを織女、これを牽牛と呼んで、年に一度だけ会うのだと昔の人は信じた。海の向こうから渡ってきた話さ。
その織女の星に、機織りや縫いものの上達を願う。乞巧奠——「巧(たくみ)を乞(こ)い、奠(まつ)る」と書く。雅やかな庭に糸や針や秋の草花を供えて、貴き人びとが夜ふけまで星を仰いだ。はじめは塀の内の、ごく限られた人たちのものだったんだ。
ボクが見たのは、それが宮中の塀をこえて、町のほうへじわりとにじみ出はじめた、ちょうどその頃のことだ。
◇ ◇ ◇
天喜二年(一〇五四年)の七月。都でのことだ。
諸国を歩いて小商いをしていた頃で、その年は夏のあいだ、都の市の近くに腰を据えていた。紙や筆を負って売り歩く身だから、文字を欲しがる人のいるところに居れば、なんとか食いつなげる。
その月のはじめ、都の辻に見慣れぬものが立ちはじめた。笹竹だ。葉のついた竹を軒先にくくりつけ、五色の糸やら、色とりどりの布きれやらを結びつけている。風が通るたびに、青い葉がさらさらと鳴って、結ばれた布が魚の尾みたいにひらひらとひるがえった。
はて、と思って近くの者に聞いてみた。なんでも宮中に、星を祭る雅びな行事があるのだという。それをどこからか伝え聞いた町の者が、見よう見まねで真似ているのだった。塀の内のことなど、町の者にはくわしくわかりはしない。わからぬまま、糸を垂らし、布を吊るし、星のほうへ顔を向ける。それでも、なんだか楽しげではあった。
その朝も、われは荷をかついで辻を歩いていた。日はもう高く、地面の土がじりじりと足の裏を焼いた。汗が眉をつたって落ちる。早く日陰を見つけて、ひと息つきたい——そう思いながら歩いていて、ふと、一軒の笹の下で足が止まった。
女がひとり、その笹の下に立ちつくしていた。歳の頃は四十ばかり。日に灼けた、節くれだった手をしている。畑か機の前で、年じゅう働いてきた手だ。その手に、白い布きれをひとつ、握りしめていた。
女は笹を見上げては、布に目を落とす。それをもう、何べんも繰り返している。何か書きつけたいのに書けぬ——そういう顔だった。掲げたいものが胸にあるのに、それを形にする術がなくて、布だけを握って立っている。
「もし。それに、願いをかけなさるか」
われが声をかけると、女ははっとして、布をうしろ手に隠した。それから、見ず知らずの物売りに見られたのが恥ずかしかったのだろう、深くうつむいてしまった。
「……あたしは、字が書けないものでねえ」
消え入りそうな声だった。
聞けば、娘のことだという。年頃の娘がいて、近いうちに人の家へ奉公に上がる。針仕事のひとつも達者になってくれたら、奉公先でもかわいがってもらえるだろう。母親はそれを、星に願いたいのだった。
「お宮では、機織りや縫いもののうまくなるのを、星さまに乞うと聞きましたでねえ。あんな立派なお人らの真似ごとだとは思うけれど……それでも、うちの娘にも、と」
ところが肝心の、願いを書く術がない。女は読み書きを習う暇など、ついぞ持たずに生きてきたのだろう。だから笹の下で、布だけを握って立っていた。隣の家の者は、すらすらと文字を書いて吊るしている。それを横目に、自分の願いだけが、布の上に降りてこない。
われは荷を下ろした。
「よろしければ、われが書きましょう。それを生業にしておる身でね」
女は、信じられぬという顔でわれを見た。それから、おずおずと布を差し出した。皺の寄った、ごわごわとした麻の布だった。よく見れば、ところどころ繕った跡がある。きっと、家でいちばん上等の布を、わざわざ持ってきたのだ。
われは矢立てから筆を抜き、墨をふくませた。日ざかりの辻で、墨のにおいだけが、ふっと涼しく立ちのぼる。
「娘御の、お名は」
女が名を言った。われは布の上に、その名をていねいに綴った。それから、女が口にするのを、ひと言ずつ写していく。
針の道に達者になりますように。手が、よく動きますように。
たどたどしい願いだった。難しい言葉などひとつもない。けれど、ひと文字ひと文字が布の上にあらわれるたびに、女は身をのりだして、食い入るようにそれを見つめた。読めはしないのだろう。読めなくても、自分の口にした願いが、たしかにそこに形をなしていくのが、わかるのだ。
「これが……娘の名で」
「そうとも。これが娘御の名だ」
女は、その黒い線を、指でそっとなぞった。さわれば消えてしまうのを恐れるように、ごく軽く。
◇ ◇ ◇
書き終えた布を、女は両手で押しいただくようにして受け取った。墨の乾くのを待つあいだ、布を胸の前にかざして、まじまじと見ていた。
それから、笹のほうへ向きなおる。
女は爪先立った。笹のいちばん高い、よく撓(しな)る枝をたぐり寄せ、その先に布をくくりつけようとする。背が届かない。何度も手をのばし、しまいには、ぴょんと小さく跳んで枝をつかまえた。そうやって、ようやく結びつけた。
手をはなすと、枝はゆっくりと、もとの高さへ戻っていった。白い布が、ほかの色とりどりの布や糸にまじって、いちばん高いところで揺れた。風が吹くたび、それは空に向かって、ひらひらと手招きをするように見えた。
女はしばらく、それを見上げていた。首がだるくなるほど、ずっと。
「これで……星さまに、届くかねえ」
届くものか、と問われれば、われにもわからない。星はただ遠く、またたくばかりだ。願いを書いた布が夜露に湿り、やがて色あせて、破れて、土に還るだけかもしれない。星のほうは、何ひとつ知らぬ顔をしているだろう。
それでも、とわれは思った。
書く前の女と、書いたあとの女は、まるで顔つきがちがった。さっきまで肩をすぼめてうつむいていた人が、今は背すじをのばして、晴れやかに空を見上げている。胸の奥にわだかまっていた願いが、手の届く「かたち」になって、自分の手で、空のいちばん近くへ掲げられた。ただそれだけのことで、人はこんなにも、ちがう顔をするのか。
「ありがとうございます。これで、肩の荷がおりました」
女はそう言って、何度も頭をさげ、辻の人ごみへ消えていった。あの布の下を、これから幾度も通るのだろう。通るたびに、見上げるのだろう。
その年から、都の辻には、年ごとに笹がふえていった。書ける者は自分で書き、書けぬ者は、われのような物売りをつかまえて願いを託した。宮中の雅びな行事が、いつのまにか町の者の、ささやかな祈りに姿を変えていった。形はまだ定まらない。布きれだったり、糸だったり、木の葉だったりする。それでもみな、星のほうへ、何かを掲げずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇
今では七月になると、商店街に笹が立つ。緑のこしらえものの葉に、子どもらが色とりどりの短冊を吊るしている。
願いごとの中身は、千年のあいだに、ずいぶん変わった。手習いや針仕事の上達を願う者は、もうめったにいない。試験に受かりますように。足が速くなりますように。家族がみな健やかでありますように。星に乞うものは、その時々の暮らしのぶんだけ、移ろってきた。
けれど、とボクは思う。
届くあてもない高みへ、それでも願いを書いて掲げずにはいられない。あの字の書けぬ女が、爪先立って布をくくりつけ、首がだるくなるまで見上げていた、あの心。それだけは千年たっても、ひとつも変わっていない。
星は今夜も、なんにも言わない。ただ遠く、またたくばかりだ。それでも人は今年も、紙に願いを書くのだろう。書いたところで、と笑う者もいる。それでも書く。書かずにはいられない。
ボクは、そういう人を見るのが、嫌いではないんだ。
参考文献・もっと詳しく
- 『七夕伝説の謎を解く』ISBN 978-4-469-23323-0
- 『星座で読み解く日本神話』ISBN 978-4-469-23164-9
- 『年中行事読本』ISBN 978-4-422-23034-4
- 『五節供の楽しみ——七草・雛祭・端午・七夕・重陽』ISBN 978-4-473-01459-7
※ 七夕(乞巧奠)は中国起源の星祭りで、七世紀中頃に渡来し、奈良〜平安に宮中行事として受容されたとされる。織女星に裁縫・機織りの上達を乞い、五色の糸・針・秋草などを供えた。短冊に願いを書いて笹竹に飾る形が庶民に広く定着するのは近世(江戸期)とされるため、本編では平安の町に「宮中の行事がにじみ出はじめた萌芽」として描き、布きれ・五色の糸を笹に結ぶ段階に留め、完成形を断定していない。天喜二年は一〇五四年(天喜は一〇五三〜一〇五八年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。
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