第 86 話文化築地塀の外に立つ母と、娘が書いた一枚の梶の葉
〜字の書けぬ母の手は、その葉を、どこまで上げようとしたのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
商店街の笹竹に、短冊が二百枚は下がっている。一枚ずつ数えてみた。どれも細長い紙きれで、名前の入ったものも、願いだけのものもある。
千年ほど前の都で、同じ夜に人が手にしていたのは、針が一本と、糸が一筋だった。宮中の乞巧奠では、五色の糸を通した針を、梶の葉に刺して供えたと伝わる。糸を孔へ通すのは、その手前の仕事になる。要るのは目と、指先の確かさだけ。針の孔は米粒の半分もない。糸の先をつばで固めて、息を止めて、孔へ寄せる。商店街の子らは、いまその手つきをしない。しない代わりに、二百枚の紙を吊るす。
その夜のボクは、都の北のはずれを、築地塀に沿って歩いていた。
◇ ◇ ◇
天喜二年(一〇五四年)の七月、都。
日が西へ傾いていた。昼の暑さが路面に残り、土ぼこりが膝まで白くまとわりつく。荷をかついで諸国を歩く身のわれは、日の暮れきらぬうちに今宵の宿を見つけねばと、築地塀の下を急いでいた。足が勝手に速まる。急いだところで、何が追いついてくるわけでもないのに。
市はもう店じまいの刻で、莚をたたむ者、売れ残りの瓜を桶に戻す者が、いそいそと道を横切っていく。川のほうから子どもらの声が上がり、見れば河原にひとりふたり出て、空を仰いでいる。星のよく見える夕だった。
塀は高く、白い土の肌が夕日に赤い。瓦をのせた縁のむこうに庭木の梢が見えて、風に乗って、笛の音が細く流れてくる。門の内のことは、われの目には梢と音のほか、何も届かない。
裏手の、下働きの者が出入りする小さな戸の前に、女がひとり腰をおろしていた。歳の頃は四十ばかり。膝に麻の布きれをひろげて、針を持っている。繕いものだ。
通りすがりに見ただけでも、腕のよいことはわかった。袖口の縫い目が、米粒ほどにそろっている。膝の布は継ぎの上にまた継ぎが当たっているのに、どの継ぎ目も、同じ細かさで並んでいた。
その手が、止まっていた。
糸の端を孔へ寄せる。入らない。目を細め、針を遠ざけ、また近づける。入らない。三度やって、四度目に、糸の先が割れてほどけた。女は糸を歯で湿らせて、また撚りなおす。
われは足をゆるめなかった。止めるいわれがない。ただ、道の向かいの辻石に荷をおろして、肩の紐をなおすふりをした。足の裏が熱をもっていた。塀の内からは、先ほどの笛が、ときどき風にちぎれて聞こえる。背中のほうが先に向きを変えた。空の高いところに、ひとつだけ青白い星が出ている。首が先に、その星のほうへ傾いでいた。

戸がきしんで開いた。
戸の内は土間で、見えるのはそこまでだ。水を張った盥が置かれ、梶の葉が束のまま浸してある。奥の暗がりから、香のにおいと、人の衣のすれる音がした。しばらくして、下男がひとり、脚の低い台を両手に捧げて、土間を横切っていった。台の上には、瓜と梨が盛られ、小さな盃がひとつ。それが奥へ消えると、戸口はまた、ただの暗がりになった。
出てきたのは十四、五の娘で、襷がけの袖が濡れている。葉の水気を拭いた手なのだろう。右の人さし指の腹が、墨で黒かった。邸の歌の席で、葉に筆をとる役を任された下仕えかもしれない。その手に、葉を一枚、持っている。梶の葉だ。手のひらよりひとまわり大きな、ざらりとした葉で、墨の筋がいく行も走っている。
娘は何も言わずに、葉を母に差し出した。母が顔をあげる。その目が、一度だけ、葉と娘の顔のあいだを往き来した。
母は受け取って、表を見て、裏を見て、夕日にかざした。それから、墨の筋のいちばん上を、爪の先でそっとたどりはじめた。読んでいるのではない。たどっているのだ。筋のはしまで行って、また頭に戻る。一行ずつ、ゆっくりと。娘の黒い指と、母の爪とが、葉の上で触れそうな近さにあった。
娘はそれから、袖の中をさぐって、握った手を母の前に出した。ひらくと、糸の切れはしが、五つ。青、黄、赤、白、黒。どれも指の長さほどしかない。奥で使ったものの、お下がりなのだろう。母はそれを、一本ずつ指でつまんで、夕日にすかして見た。黒の糸だけを、しばらく見ていた。それから五本そろえて、人さし指に二巻きして、襟の合わせへ挟んだ。その手つきは、繕いものの最中のように慣れていて、少しもおろそかでなかった。
それから娘は、母の膝のものに目をとめた。針と、割れた糸。
娘は針をつまみあげた。目の高さに掲げて、夕日のほうへ向け、一息で通した。糸の先が孔をくぐって、ぴんと抜けた。それを母の手に返す。
母は、通った糸をしばらく見ていた。針の頭は、擦れて丸く光っている。もう何十年も、この指のあいだを往き来してきた針だろう。糸は、娘が通したぶんだけ、まっすぐに張っていた。

奥で、人を呼ぶ声がした。娘は戸のほうをふりむき、母に小さくうなずいて、中へ駆けこんでいった。駆けていく足の運びは軽かった。母はその背を、戸が閉まるまで見ていた。戸が閉まる。
女は葉を持ったまま、しばらく動かなかった。笛の音が、塀のむこうでひとしきり高くなり、また低くなった。その調べが落ちつくのを待つように、女は戸を見ていた。娘はもう出てこないとわかると、ようやく、立ちあがった。
塀のきわへ寄って、葉を持つ右手を高くあげる。届かない。瓦の縁は、背伸びした指先のさらに上にある。爪先で立ち、肘をのばし、もう一度やる。葉のふちが瓦にかすって、乾いた音を立てた。届かない。
三度目は、小さく跳んだ。裾がひるがえり、足の下で砂利が鳴った。それでも葉は、瓦の縁に触れもしなかった。女は肩で息をして、手の中の葉を見おろした。葉は掌のなかで、まだ少し湿っている。洗った水の名残だろう。ともかく、落とすまいと握りしめたせいで、縁がわずかに破れていた。
戸の脇にも、塀のそばにも、踏み台になる物はなかった。あたりを見まわした女の目が、道ばたのわれの上で止まった。
われは荷をおろして、近よった。女の背丈は、われの肩にも届かぬ。見あげる目に、頼みごとをする者の遠慮があった。
「もし。ひとつ、肩を貸してはくださらぬか」
女はそれだけ言った。ほかの何も言わなかった。
われはうなずいて、塀に向かって半身にかまえ、膝を折った。女の手が、われの肩に乗る。ごわついた掌だった。指の腹が硬い。針だこの硬さだ。体の重みが、その掌から肩へ、肩から背へと、ゆっくり下りてきた。思ったよりも、ずっしりと重い。
われは立ちあがった。女のからだが、われの肩をつたって、いっしょにのびあがる。
かさり、と音がした。
肩が軽くなった。女は地に降りて、塀の上を見あげた。われも見あげた。瓦の縁に、梶の葉が一枚、墨のほうを空に向けて載っていた。風がひとつ吹いて、葉のふちがわずかに持ちあがり、また伏せた。
女は、われに向かって深く頭をさげた。「ありがたいこと」と言った。それだけだった。通った糸のついた針を襟にさして、戸の前の暗がりに戻っていった。
われは荷をかつぎなおした。肩に、さっきの重みの跡がまだあった。
辻を一つ曲がると、道はにわかにひらけて、川へ下りる土手に出た。河原には、人影がふたつみっつ増えていた。莚を敷いて座る者がひとり、立ったまま首をそらせて動かぬ者がひとり。どちらも顔を同じ方角へ向けている。声は低かった。
数歩行って、ふりむいた。女の姿はもうなく、塀の上の葉だけが、夕空の端の薄い赤を背にしていた。川のほうから、子どもらの声がまた上がる。星がひとつふえたのだろう。われは足を速めた。宿は、まだ見つかっていなかった。
◇ ◇ ◇
商店街の笹の根もとでは、母親が子の肩に手を置いて、短冊の最初の一画をいっしょに引いている。
あの夜の梶の葉の字は、ボクの目の前を通りすぎただけだった。娘の名が書いてあったのか、どんな歌が書いてあったのか、ボクは知らない。あの葉がいつまで瓦の縁にあったのかも。
紙の短冊は、書き損じても、もう一枚もらえばいい。あの夜の梶の葉は、この世に一枚きりだった。
二百枚の短冊には、名前の入ったものが多い。
肩に、針だこの掌の硬さ。背に、下りてきた重み。
参考文献・もっと詳しく
※ 七夕(乞巧奠)は中国起源の星祭りで、七世紀中頃に渡来し、奈良〜平安に宮中行事として受容されたとされる。織女星に裁縫・機織りの上達を乞い、五色の糸を通した針を梶の葉に刺すなどして、秋草とともに供えたと伝わる。短冊に願いを書いて笹竹に飾る形が庶民に広く定着するのは近世(江戸期)とされるため、本編では庶民が笹に飾る近世の姿は描かず、貴族の邸の裏で、下働きの母子が梶の葉・五色の糸の端切れ・針を手にする一場面に留め、行事の庶民への広がりは断定していない。葉を瓦の縁へ載せる所作は創作の一場面である。天喜二年は一〇五四年(天喜は一〇五三〜一〇五八年)。
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