第 85 話文化白い紙のひとがた——姫君が手を振った、もう一つの雛のこと
〜川べりに立つ幼い姫は、なぜあれほど長く、流れの先に小さな手を振っていたのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
掌に乗るほどの、白い紙が一枚。指先ほどの厚みもない、ただ人のかたちに切り抜いただけの紙だ。目もなければ、色もない。持ちあげると、乾いた音を立てて頼りなくそよぐ。紙の縁は、心もとなく波打っている。
同じものを、ずいぶん昔、平安京で見たことがある。
◇ ◇ ◇
長和二年(一〇一三年)の春のことだ。都の西のはずれ、紙を漉く里から仕入れた紙を、町なかのある家へ、幾度となく運んでいた。
届け先は、都の下級貴族ながら、暮らし向きは中ほどという家だった。あるじは役所勤めで昼は留守がちで、奥には四つか五つばかりの姫君と、その乳母のたづがいた。たづは口数こそ少ないが、よく気のつく女で、われが紙の束を運びこむたびに、白湯の一杯も出してくれた。
その家へ通ううち、われにはひとつ、楽しみができた。姫君の遊びを、見るともなしに眺めることだ。
姫君は、われが届けた紙の、端の落ちたのをもらい受けては、それで人形をこしらえていた。「ひいな」と呼んでいた。紙を小さく折って、墨で目鼻を点じ、色のついた布の切れはしを巻きつけて衣にする。指の先ほどの、いかにも頼りない人形だ。それを幾つも並べて、姫君は飽きもせず話しかけていた。
「これはおまえの局、これはお客さま」
貝殻を御殿の柱に見立て、木の葉を畳に敷き、小さなひいなたちを座らせては、われに聞こえぬような小声で、何やら長い物語を語っている。ひいな同士に挨拶をさせ、膳を運ばせ、夜になればちゃんと寝かしつける。姫君の頭のなかには、その指の先ほどの人形たちの暮らす、もうひとつの小さな都があるらしかった。
「これは、たづ。これは、紙のおじ」
ある日、姫君が二つのひいなを持ちあげて、われに見せた。一つは乳母、もう一つは、どうやらわれのことらしい。紙を運んでくる男、というだけのわれにまで、ちゃんと小さな分身がこしらえてある。可笑しくて、われは声を立てて笑った。指の先の自分は、墨の点の目で、まじめくさった顔をしていた。
それからというもの、われは紙を届けるたびに、わざと端の切れはしを多めに残していくようになった。商いにはならぬ屑紙だが、姫君の手にかかれば、それが一人、また一人と、新しいひいなに化けていく。次に行くと、御殿の住人がまた増えていて、姫君は得意げに、新顔の名を一人ずつ教えてくれるのだった。

ある日などは、ひいなたちの祝い事だと言って、御殿じゅうの人形を残らず引っぱり出していた。貝殻の盃をならべ、木の葉の膳をいくつも据え、誰それが嫁にいく、誰それが遠い国へのぼる、と姫君は一人で取りしきる。人形たちにかわるがわる口上を述べさせ、酔ったふりまでさせている。指の先の小さな都にも、祝いがあり、旅立ちがあり、ちゃんと季節がめぐっているらしかった。見ていて飽きないのは、その小さな世界が、姫君のなかでは確かに息づいて動いているからだ。屑紙の人形に、姫君は惜しみなく暮らしを分け与えていた。
その遊びを、たづは止めもせず、ただ目を細めて見ていた。けれど三月、上巳の日が近づいたころ、たづの手つきが変わった。
たづもまた、紙で人形を作りはじめたのだ。けれどそれは、姫君のひいなとはまるで違っていた。色の布も着せず、目鼻も描かない。ただ人のかたちにすうっと切り抜いただけの、白い、のっぺりとした紙の形代だ。
それを見て、われの手はひとりでに動いた。たづが紙を裁つ前に、われはすでに水桶を運び、たづの膝もとに置いていた。たづは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに水桶を引き寄せた。
この冬、姫君は長く咳をわずらって、夜ごと苦しんでいたという。たづはその白い人形を手に取ると、姫君のそばへ寄った。人形で、姫君の額を、胸を、背を、そっと撫でていく。それから、ふう、と人形に息を吹きかけた。
われは驚かなかった。撫でて、移して、流す。その手順を、われはすでに知っていた。なぜそれで身が清まるのか、たづに理屈を尋ねるまでもない。痛いところ、つらいところは、本当は誰かに代わってほしいと願うもの。だからせめて、この紙の子に代わってもらう。それだけのことだと、とうに分かっていた。
上巳の日、たづはその白い人形を持って、姫君を近くの川べりへ連れていった。われも紙を届けたついでに、後ろからついていった。

ところが、いざ流すというだんになって、姫君がべそをかきはじめた。白い人形を胸に抱えて、放そうとしない。
「これも、ひいなでしょう。流したら、かわいそう」
姫君には、その白い形代も、自分の遊ぶひいなと同じ、大事な人形に見えていたのだ。撫でられ、息を吹きこまれ、半日を共にすごすうち、その白いのっぺりした紙にまで、姫君はもう情を移してしまっていた。
たづはしゃがんで、姫君の目をのぞきこみ、短く言った。
「これは、姫さまの身代わりです。ありがとう、と言って、お放しなさい」
姫君はまだためらっていた。われはそばに膝をつき、川面に浮かべる小舟がわりの木の葉を一枚、そっと水際に置いた。何を待つでもなく、ただそこに置いただけだった。姫君はその葉に目をやり、それから白い人形に目を戻すと、ふっと腕の力をゆるめた。
姫君は川べりにしゃがみ、白い人形を、そうっと水の上に置いた。流れがそれを受け取って、くるりと一度まわし、それからゆっくりと、下流へ運んでいく。白いひとがたは、ときどき波にさらわれて見えなくなり、また浮かびあがり、だんだんと小さくなっていった。その白さが波間に紛れて見えなくなるまで、姫君は身じろぎもせず見つめていた。
姫君は、流れに向かって、小さな手を振っていた。
「ありがとう。さようなら」
病をぜんぶ背負って遠くへ行く、自分の身代わりに、姫君はいつまでも手を振っていた。捨てるのではない、見送るのだ。われもまた、川下に消えていく白い紙を見ながら、そう思っていた。
家へもどると、姫君の局には、もとのまま、指の先ほどのひいなたちが、貝殻の御殿に並んで座っていた。流れていったのは、白いのっぺりの一体きり。遊ぶひいなは、一つも欠けずにそこにいる。
手に取って遊ぶ人形と、撫でて流す人形。姫君のなかでは、その日、たしかに別々のものだった。けれど、流れに手を振る姿には、その二つが、ほんの少しだけにじんで重なりかけていたような気もする。
幾日かして、また紙を届けにいくと、姫君の咳はすっかり治まっていた。頬には赤みがもどり、御殿の前で、いつものように小声の物語を続けている。
「あの白いのは、いまごろ海まで行ったかしら」と姫君がふいに言った。病を背負って川を下っていった、あの身代わりのことだ。海の向こうで、あれはどうしているだろう、と姫君は本当に案じていた。それだけで、われには十分だった。
◇ ◇ ◇
手に取って遊ぶひいなと、撫でて流すひとがた。その二つが一つに溶けあった今、雛はもうガラスの箱のなかで、おとなしく座っているだけだ。
三月が近づくたび、桐の箱を開けると、乾いた紙と樟脳のにおいがふわりと立つ。ボクはそのたび、鼻の奥だけで、あの日の川べりを思い出す。生ぬるい水と、濡れた紙のにおいだ。
あの白い一体を見送ってから、似たような紙びとがたが川を下るのを、われはその後もほうぼうの土地で見た。数えれば、二度、三度、四度。だが、いちばん初めに見た、あの日の小さな手だけは、他のどれとも重ならずに残っている。
参考文献・もっと詳しく
※ 雛遊び(ひいなあそび)は、平安期の貴族の子女が紙や布で作った小さな人形(ひいな)で遊んだ遊戯とされ、『源氏物語』や『枕草子』にその語が見えると言われる。一方、三月上巳の祓は、紙などで作った人形(形代・ひとがた)で身を撫でて穢れやわざわいを移し、川や海へ流す行事で、大陸から伝わった風習が日本古来の祓と結びついたものとされる。この「遊びのひいな」と「流す人形(流し雛)」が後世しだいに融合し、近世以降の雛祭りの源流の一つになったと言われるが、本話の人物・会話・具体の場面は創作。長和二年は一〇一三年(長和は一〇一二〜一〇一七年)。
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