第 28 話宗教半年ぶんの汚れを、紙の人形にうつして流す——「水に流す」という言葉の、いちばん古い手ざわりのこと
〜河原で紙を切る女は、なぜ見も知らぬ者の名を、ひとつひとつ言わせたのか〜
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いやなことがあると、人はよく「水に流そう」と言う。
喧嘩のあとも、しくじりのあとも、そう言ってしまえば、なんとなく区切りがつく。べつだん水なんか出てきやしない。ただ言葉のうえで、汚れたものを流れに乗せて、遠くへやってしまう——そういう身ぶりだけが、今もそっくり残っている。
ボクはときどき思う。この言いまわしは、ずいぶん古いところから流れてきたものだ。
昔の人は、目に見えない汚れ、というものを、本気で気にして暮らしていたらしい。病も、過ちも、人の死にふれることも、ぜんぶ身にこびりつく「穢れ」だと感じていた。半年も生きれば、知らぬ間にそれが溜まる。だから半年に一度、溜まったぶんをまとめて落とす日があった。大祓、と呼ばれていたという。
水で洗っても落ちないものを、どうやって落とすのか。人が考えついたのは、汚れを別の「身代わり」にうつしてしまう、というやり方だった。
ボクが見てきたのは、その身代わりが、紙でこしらえた小さな人のかたちをしていた、そういう夏の河原のことだ。
◇ ◇ ◇
天暦五年(九五一年)の、六月の末のことだった。われは平安京の、鴨の河原にほど近い町に暮らしていた。
その人形を切っていたのは、河原のとっつきで紙を商う、おりつという女だった。痩せて、指の節の太い人で、紙を裁つ手だけはおそろしく速い。夏越の祓が近づくと、おりつの店先には、白い紙を人のかたちに切り抜いたものが、笊いっぱいに山と積まれた。
われは何の気なしに、その白い山をのぞきこんだ。一枚つまみあげると、頭があって、肩があって、両の手を広げたような、いかにも素朴な人のかたちだ。子どもの落書きめいて、目も鼻もない。
「それが、お前さんの身代わりさ」と、おりつは手を止めずに言った。
身代わり、と聞いても、はじめはぴんとこなかった。たかが紙ではないか。それが、われの何の代わりになるというのか。
おりつは笑って、一枚をわれに握らせた。
「いいかい。その紙で、体じゅうを撫でるんだ。頭のてっぺんから、肩、胸、足のさきまで。撫でたところの汚れが、ぜんぶその紙にうつる。それから、息を三度、ふうっと吹きかける。これでお前さんの半年ぶんが、そっくりそっちへ移る寸法さ」
言われるまま、われは紙の人形で、肩のあたりを撫でてみた。なんということもない、紙の乾いた手ざわりだ。けれど撫でているうちに、妙な心持ちになってくる。この半年のあいだに患った風邪のこと、近所で人が一人死んで、その弔いに立ち会ったこと、つまらぬ諍いで人を恨んだこと——そういうものが、撫でる手のひらの下から、すうっと紙のほうへ吸い取られていくような気がするのだ。理屈ではない。手のほうが、勝手にそう信じてしまう。
「名を言いな」と、おりつが言った。
名を、と問い返すと、おりつはこくりとうなずいた。この人形には、撫でた者の名と、生まれた年を書きつけるか、それができねば声に出して言うのだという。そうしないと、どの汚れが誰のものやら、流れのなかで取りちがえるかもしれない。だからおりつは、店に来る者ひとりひとりに、名を言わせていた。
われが名を告げると、おりつは紙の肩のあたりに、墨でちいさく印をつけた。それで、ただの白い紙きれが、急にわれ自身の半年に見えてくるから不思議だった。
おりつの手もとを、われはしばらく飽かずに眺めていた。一枚の白い紙を二つに折り、また折って、刃をすっと入れる。たったそれだけで、頭と肩と、左右に広げた手のかたちが生まれる。むだのない、迷いのない手だ。聞けば、おりつの母も、そのまた母も、この河原で同じ紙を切ってきたのだという。理屈は知らぬ、ただこうして切れと言い伝えられてきた、それだけだとおりつは言った。なぜ人のかたちなのか、なぜ撫でれば汚れが移るのか、そんなことを問う者はいない。みな、母から子へ、ただ手つきだけを受け取って、半年ごとにこうしてきたのだ。
切りためた人形の山を、おりつは大きな笊にあけて、河原のほうへ運んでいく。
店の前に、ひとり、腰の曲がった年寄りが立っていた。皺だらけの手に、もう人形を一枚握っている。けれど撫でも、息を吹きもせず、ただ紙を見つめたまま、立ちつくしている。おりつが声をかけると、年寄りはぽつりと言った。これは自分のではない、と。この春に逝った連れ合いの、ぶんなのだという。死んだ者は、もう自分で身を撫でることができない。だから残された自分が、代わりに撫でて、流してやるのだと。
おりつは黙ってうなずき、年寄りの握る紙に、もう一つ墨の印をそえた。年寄りは皺の手で、紙の頭から肩、胸のあたりまでを、ゆっくりと撫でた。まるで、もうそこにいない誰かの背を、さすってやるような手つきだった。撫で終えると、ふうっと、長い息をひとつ吹きかける。それから年寄りは、ずいぶん軽い足どりで、流れのほうへ歩いていった。
その日の夕、河原はたいそうな人出だった。
身なりのいい者も、裸足の子も、腰の曲がった年寄りも、めいめい白い人形を手にして、流れのほとりに集まってくる。みな、おりつの店で買い求めた身代わりだ。あちこちで、紙で体を撫でる手と、ふうっ、ふうっと息を吹く音がしている。日が傾いて、鴨の流れが赤く染まりはじめる頃あいだった。
誰が音頭をとるでもなく、人々は手にした人形を、つぎつぎと水へ放った。
白い紙が、いちまい、またいちまい、夕暮れの川面に浮かんでいく。あるものは流れに乗ってするすると下り、あるものは岸の草にひっかかって、しばらく迷うように揺れていた。やがてそれも、波にさらわれて見えなくなる。半年ぶんの病が、過ちが、人の死にふれた重さが、紙の人のかたちをして、ひとつずつ、われらの手をはなれて遠ざかっていく。
われも、墨の印のついた一枚を、流れにそっと放った。
手をはなれたとたん、ふしぎと体が軽くなった気がした。撫でたところの汚れが、ほんとうに紙へうつって、いま流れていったのだと、頭ではなく胸のあたりが得心している。すぐ脇では、子を負ぶった若い母が、赤子のちいさな手をとって、その手で人形を撫でさせていた。生まれてまだ半年と経たぬ子にも、落とすべき汚れがあるのか、と可笑しくもあったが、母の顔は真剣そのものだ。「この子が、つつがなく育ちますように」。そう小さくつぶやいて、母は赤子の人形を、ほかのどれより丁寧に流した。
見まわせば、誰も彼も、おのおのの半年を流していた。商いに失敗した男らしいのが、苦い顔で一枚を放る。さきほどの年寄りは、もうひとつ離れた岸辺で、流れていく紙をいつまでも見送っている。物言わぬ紙の人形が、何百と川面を下っていくさまは、いっそ厳かなほどだった。誰かが背負いきれなくなったものを、川がまとめて引き受けて、海のほうへ運んでいく。その流れを前にして、身分の上下も、年のちがいも、ふと消えてなくなるようだった。みな等しく、半年ぶんの何かを背負った、ただの人だった。
おりつも、店をしまって河原に出てきていた。あの太い指で、自分の身代わりをひとつ撫で、息を吹いて、われらと同じように流す。
「あんたも、毎年こうして流すのか」と問うと、おりつは流れを見つめたまま、うなずいた。半年も生きれば、また汚れは溜まる。だからまた、つぎの暮れにも流す。きれいになったと思っても、人はすぐに、また何かしらを背負ってしまうものさ、と。落とした端から溜まっていくものを、半年ごとに、こうしてまた流す。そのくり返しのなかに、人の暮らしはあるのだと、おりつは事もなげに言った。
われは、もう見えなくなった自分の人形のゆくえを、しばらく目で追った。あれは今ごろ、どのあたりを流れているのか。海まで出てしまうのか、どこかの岸で土に還るのか。どちらにせよ、もうわれの手のうちにはない。半年ぶんを、たしかに置いてきた。撫でて、息を吹いて、放っただけのことだ。それでも体は、何かを下ろしたあとのように軽い。その軽さだけが、暮れていく河原の夕風のなかに、いつまでも残っていた。
◇ ◇ ◇
半年に一度、汚れをまとめて落とす——この区切りは、それからも長く受け継がれた。
夏のなかばのそれは、夏越の祓と呼ばれて、今も社々に残っているらしい。茅で大きな輪を編み、その輪を三度くぐると、半年ぶんの穢れが落ちるという。あの河原で紙の人形を流していたものが、かたちを変えて、輪をくぐる足どりのなかに生き延びたのだろう。紙の身代わりを流す習いも、所によっては今に伝わると聞く。
水で洗っても落ちぬものを、身代わりにうつして流す。そんな途方もない理屈を、昔の人は本気で信じ、そうして半年ごとに、心の荷をいったん下ろしていた。
ボクは、おりつの太い指が、白い紙を人のかたちに切り抜いていく速さを、今でも覚えている。あれは、人が背負いこんだものを下ろしてやるための、ちいさな道具をこしらえる手だった。
いやなことがあると、人は今でも「水に流そう」と言う。紙も、河原も、撫でる手も、もうそこにはない。それでも、口にしたとたん、なんとなく肩が軽くなる。半年ぶんを流れに放った、あの夕暮れの軽さを、言葉のほうがまだ覚えているのだ。
流したものは、もう手のうちにはない。だからこそ、人はまた歩きだせる。撫でて、息を吹いて、そっと放つ——たったそれだけのことの賢さを、河原で紙を切る女のそばで、ボクはたしかに教わった。
参考文献・もっと詳しく
- 『穢と大祓』ISBN 978-4-582-84144-2
- 『神道入門——民俗伝承学から日本文化を読む』ISBN 978-4-480-07122-4
- 『神道事典』ISBN 978-4-335-16023-3
- 『王朝びとの四季』ISBN 978-4-06-158392-4
※ 大祓(おおはらえ)は、半年ごと(六月・十二月の晦日)に人々の罪や穢れをまとめて祓い清める節目の行事とされ、もとは宮中の儀礼として整えられたと伝わる。人形(ひとがた/撫物)で体を撫で、息を吹きかけて穢れをうつし、川や海に流す習わしが各地にあったと言われ、これが今の夏越の祓・茅の輪くぐりにつながるとされる。「穢れを水に流す」という感覚はきわめて古いものとされるが、本話の人物・会話・店は創作。天暦五年は九五一年(天暦は九四七〜九五七年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。鴨の河原は平安京東縁の鴨川の河原を指す呼称として用いた。
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