幾人の足を渡って、地に落ちなかった京の鞠第 25 話文化
文化平安のころ・京読了 約7分

幾人の足を渡って、地に落ちなかった京の鞠

〜蹴りそこねた若君に、なぜ輪の人々は、咎めるどころか声をあげたのか〜

はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。

 手に載せると、重さがほとんどない。

 白い、こぶしふたつぶんほどの球だ。鹿の革を二枚、合わせて縫ってある。中は空ろで、握れば、ほのかに弾みかえす。鼻を寄せれば、けものの革の匂いが薄くする。指で押すと、縫い目のあたりが、かすかにきしむ。

 これを蹴る。網も線もない。勝ち負けを数える点もない。

 布で拭う老いた侍の指先は、幾度も同じところをなぞっていた。革の合わせ目に、拭った跡だけがうっすらと艶を持つ。この白い球は、いつまでも地に落ちなかった。鞠まり、と呼ばれていた。

◇ ◇ ◇

 寛治かんじ三年(一〇八九年)の春のことだった。われは京の、とある公達きんだちの邸で、庭まわりの雑事に追われる下人のひとりだった。この邸にいつまで置いてもらえるかは、われにも当てがなかった。

 その邸には、鞠庭まりにわという、よく踏み均された四角い庭があった。砂を敷き、小石をていねいに拾い、雨上がりには水のひいた頃あいを見はからって均す。足の裏に張りつく泥ではいけないし、乾きすぎて埃の立つ土でもいけない。竹箒の跡が残らぬよう、最後にもういちど、手のひらで軽くならす。その加減を任されていたのが、兼次という老いた侍だった。他家を渡り歩いてこの邸に落ち着いたと聞いたが、それより前のことは、誰も詳しくは知らなかった。

 庭の四隅には、松、桜、柳、楓が植えられている。これを懸かかりというのだと、兼次は教えてくれた。この庭では、木と木のあいだの広さにも、枝を払う高さにも、代々のならいがあるという。「よそはよそのやり方があるだろうがな」と、兼次は付け加えた。枝の伸びすぎた年は、鞠が思わぬところへ流れると言って、剪定にも余念がなかった。

 兼次は下人のわれにも、庭のことなら遠慮なく尋ねさせてくれた。ただし、輪の内側に入れとは、一度も言わなかった。会の日は庭を均すだけ、片づけるだけ。それが、われの役目だった。

 春のうららかな昼さがり、邸に公達や客人が集まって、鞠の会がひらかれた。夜のうちに降った雨があがり、砂はほどよく締まっていた。

 兼次が桐きりの箱から取り出した鞠を、われははじめて間近に見た。鹿の革を二枚、合わせて縫った白い球で、見た目よりずっと軽い。会のはじまる前、兼次はその鞠を、やわらかな布で何度も拭いていた。革は湿れば重くなり、乾きすぎれば張りを失う。ちょうどよい具合に保つのがいちばんむずかしいのだと、兼次はこぼした。庭を均すのと同じで、鞠もまた、人の手をかけてはじめて宙にとどまるものらしかった。

 やがて公達たちが、色とりどりの装束しょうぞくに沓くつを履いて、庭へ下りてきた。笑い声が、まだ乾ききらぬ砂の上を渡っていく。けものを追う狩りでもなく、刀をふるう武芸でもない。ただ軽い球ひとつを蹴るために、これほどの人が集い、身なりをととのえるのかと、われは妙な心持ちで見ていた。

挿絵:やがて公達たちが、色とりどりの装束に沓を履いて、庭へ下りてきた

 輪ができ、鞠が上がる。ひとりが足の甲でふわりと蹴り上げると、鞠は弧を描いて隣の者の前へ落ちてくる。その者がまた、危なげなく甲で受けて、次へ送る。短い息づかいと、掛け声にならぬ声とが、蹴るたびに庭を渡っていく。革のこすれる音と、足の甲が球をとらえる、ぽ、という乾いた音が、交互に響く。輪はゆっくりと右へ右へとめぐり、鞠は地に落ちる気配もなく宙にとどまりつづけた。十、二十と、輪のはしで兼次が指を折って数を数えていた。数えるたびに、その指の動きだけが速くなっていく。

 誰も、力いっぱい蹴ろうとしない。次の者のいちばん受けやすいところへ、そっと鞠を置きにいく。高すぎず、低すぎず。風がひとふき渡るたび、輪の袖がいっせいに揺れた。輪の人々の顔は、みな同じ方を——宙の白い球ひとつを追っていた。廊のはしでは、女房たちも足を止めて見入っている。庭のすみで砂を均す手を止め、われもまた、いつのまにかその輪から目を離せずにいた。

 その輪の中に、まだ年若い君がひとり混じっていた。ほかの者にくらべて、足さばきがいかにもおぼつかない。鞠が前へ来るたびに、体がこわばるのが、遠目にもわかった。会がはじまってから幾度か、際どいところで隣の者に助けられ、そのたびに、うつむいて肩をすぼめていた。案の定、その君の甲に当たった鞠は、いやな具合に横へそれて、あわや地に落ちかけた。誰かが息を呑む音が、われの耳にも届いた。

 輪の向かいにいた年かさの男が、すっと身を低くして、地すれすれのところへ足を差し入れた。爪先が、落ちかけた鞠を、下からふわりとすくい上げる。鞠はまた高く宙へもどった。砂埃が、その足もとだけ、ふわりと舞った。

 「いや、よい鞠であった。危ういところほど、身の締まるというものよ」と、その男は、わざわざ君に礼を言った。咎められるとばかり思っていた君は、きょとんとして、それから、ほっとしたように頬をゆるめた。周りの誰ひとり、若君の失手をあげつらわなかった。兼次のかたわらで、われはそれを見ていた。責めていれば、君はきっと、二度と輪に入ろうとはしなかっただろうと、われは思った。

 兼次は何も言わず、また指を折って数えはじめた。一からではない。さっきの数の続きからだった。

挿絵:兼次は何も言わず、また指を折って数えはじめた

 ちょうどそのとき、輪のひとりが呼ばれて庭を出た。急な使いだという。人数が足らなくなり、庭のはしにいたわれへ、輪の中の誰かがすっと半歩さがって、場所を空けた。誰も声はかけなかった。兼次が、黙って古い沓を一足、われの足もとへ滑らせた。使い古して革の縮んだ沓に足を押しこみ、われは輪の中へ踏み入れた。

 余りの一人として輪に加わるなど、これまで考えたこともなかった。輪に入ってしまうと、それまで見ていたのとは、まるで勝手がちがった。装束の袖の下で、心の臓がやけに大きく鳴っている。鞠は思ったより速く落ちてくる。次はどこへ送ればいいのか、体が決めるより先に、鞠のほうが先に来てしまう。鞠が回ってきたとき、われは甲でなく脛で受けてしまい、鞠はあらぬ方へ転がっていった。頬が熱くなった。

 だが誰も舌打ちひとつしなかった。隣の者が拾い、そのままわれの足もとへ、いちばん受けやすい高さで返してよこした。兼次は顔を上げもしない。指は、数え直しもせず、そのまま先の数を続けていた。その指の動きだけが、輪のどこよりも先に、われを許していた。

 二度目は、少しだけましだった。膝がまだ強ばっている。それでも足の甲に、はじめて鞠の重みが乗った気がした。三度目、鞠は甲の上でしばらく止まってから、隣へ渡っていった。輪のあちこちから、声というほどのものではない、短い息が漏れた。それだけで、われの肩の力は、いくらか抜けた。四度目、五度目とまわってくるうち、次に鞠が来たときには、もう脚が勝手に動いていた。輪の一人としてそこにいることが、いつのまにか、さほど怖くなくなっていた。

 それからしばらくは、大過なく鞠がめぐった。輪の誰も、われが下人であることをことさらに気にする様子はなく、鞠が来れば来たで、そのぶんだけ扱いを受けた。日が西へ傾き、鞠庭に長く影が伸びるころ、あの若い君の番に、また鞠がまわってきた。今度は、こわばっていない。前へ落ちてくる鞠を、足の甲でやわらかく受け、隣の者の、ちょうど蹴りやすいあたりへ、そっと送る。よい鞠、と輪のあちこちから声があがった。この声のかけかたに、われは覚えがあった。どこで聞いたのかは、すぐには思い出せない。しくじった者を責めずにねぎらう声というものは、球のかたちが違っても、同じ響きをしているものらしい。兼次の指が、また一つ、先へ進んだ。

 会が終わり、公達たちが庭を上がっていくころには、輪に入っていたことなど、誰の口の端にものぼらなかった。もとより、そういうものだったのだろう。われもまた、いつもどおり竹箒を手に取り、乱れた砂の跡をひとつずつ均してまわった。

◇ ◇ ◇

 鞠の作法を記した古い書物を、ボクはのちの世で一度、手に取ったことがある。懸の木の寸法、沓の結び、家ごとの流儀。頁をめくるうち、あの邸の庭が、ふっと浮かんだ。

 その日の暮れ方、桐の箱に仕舞う前に、ボクは両の掌で白い球を包んだ。革は蹴られた分だけやわらかく、まだ温かかった。脛の痛みも、二度目の頼りない一蹴りも、兼次が折っていた指の数も、頁のどこにも無い。ボクは書物を閉じ、両の掌を、そっと合わせてみた。

参考文献・もっと詳しく

※ 蹴鞠(けまり)は、鹿革を縫い合わせた中空の鞠を、数人で輪になり足の甲で蹴り継ぎ、地に落とさず続けることを尊んだ遊びとされる。勝敗を競うものでなく、次の者が受けやすい鞠を送ること・美しく続けることに価値を置いたと伝わる。庭の四隅に木を植えて鞠庭を定める「懸(かかり)」の作法は、後世に飛鳥井家・難波家などが家の芸として整え、文書に残していったもので、本話の時点でどこまで形が定まっていたかは推し量りにすぎない。掛け声・装束・作法の細部は時代や流派で異同があり、本話の人物・会話・邸は創作。下人が急な人数不足で公達の輪へ一時加わる場面も、身分を超える創作上の脚色である。寛治三年は一〇八九年(寛治は一〇八七〜一〇九五年)。

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