第 24 話宗教村のはずれの石の根に、草鞋が掛かっていた
〜新しいものと古いものは、なぜ並んでいたのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
小石がひとつ、手のひらに載っている。川原でひろったような、まるい石だ。雨上がりの土の匂いがして、親指の腹でなでると、乾いた苔の粉がうっすら付く。
これが、村のはずれの石の前に、山になって積まれていた。ボクの歩いた街道には、里の入口や峠の手前に、どこもこういう石があった。呼び名は里ごとにまちまちで、道祖神、道陸神、賽の神、幸の神。同じ神の別の名なのか、似て非なるものなのか、いつ頃から祀られたのかも、諸説あって定まらぬらしい。彫りのある石像が道ばたに並ぶのは、もっと後の世のことだ、ともいう。鎌倉のころの里では、石といえば、たいていただのまるい石だった、という。
旅の無事を祈る石であり、悪いものを里の外へ押しとどめる石でもあったらしい、とは、後の世の学者の言い方だ。当時の里の者が、そんな言葉で考えていたとは限らない。
その石の根に、草鞋が掛かっていた里がある。
◇ ◇ ◇
正嘉二年(1258年)の秋、街道の里の入口で、おれは草鞋の緒を切らした。
右足の親指のあたりで藁がぷつりと鳴り、一歩ごとに草鞋が足から逃げていく。日の傾くまでだましだまし歩いて、里のはずれの石の前まで来たところで、とうとう片方を脱いだ。底は踵のほうから擦り切れて、爪先の藁は、もう縄のようにほどけていた。ここまでの道のりを、藁の減りぐあいが勘定している。
石は、おれの膝ほどの高さの、丸い自然石だった。てっぺんが平らで、そこに小石が山になって載っている。下のほうの小石は苔で緑に染まり、石と見分けがつかない。上へ行くほど白く乾いて、いちばん上のひとつだけが、まだ濡れて光っていた。
根方には草鞋が掛けてあった。数えると、五足。いちばん下の一足は、藁が黒く崩れて、土に混じりかけている。その上は灰色にくすみ、さらに上の二足は黄ばんで、緒の形をかろうじて残していた。いちばん上の一足だけが、まだ青い藁の色で、鼻を寄せると、刈ったばかりの草の匂いがした。
おれは脱いだ草鞋を提げたまま、しばらくそこに立っていた。
石のまわりには、道の両側の溝から拾ってきたらしい小石が、ほかにも散っていた。
石の脇に、屋根の低い小屋があった。軒先には、売り物らしい草鞋が二、三足、藁の紐で吊るされている。どれも小ぶりで、おれの足には合いそうになかった。その間、買いにくる者も一人もなかった。
板戸の隙間から、藁を打つ音がもれてくる。どん、どん、と、鈍く間をおいて。水を含ませた藁を叩く音らしく、湿った藁の匂いが、戸の隙間からここまで流れてくる。

「もし。草鞋を二足、頼みたい」
音がやんだ。戸は開かず、隙間のむこうで男の声がした。
「里のお人ではねえな。いつ要る」
「明日の朝には発つ。一足は今夜のうちに、もう一足は暁までに。代は、これで」
荷から麻の端切れを出し、戸の隙間へ差し入れた。節くれだった手が出てきて、布を受けとり、指の腹で織り目をなぞって、戸の内へ引っこんだ。
「二足なら、足りる。喜平という。……足を、そこから出せ」
その声のとおりに、素足を戸の隙間へ突き出した。藁の紐が足の裏にあてがわれ、指の幅で長さと幅を測られる。紐はすぐに引かれ、足はひとりでに冷えた。
「待っとれ」
前の里では、この石を「どうろくさま」と呼んでいた。この里では、別の名で呼ぶのかもしれなかった。同じものなのか、別のものなのか、おれにはわからなかった。
それで話は済んだ。戸の隙間から出入りする手と、小屋の屋根からほそく上がる煙のほかに、喜平の姿は何も見えなかった。待つあいだ、おれは石のまわりの小石を、ひとつずつ眺めて過ごした。
石の前に腰をおろす。里のほうからは、犬の声も、子の声も聞こえてこない。里は静かだった。日の落ちきらぬうちから、手前の十軒ばかりは戸がみな閉まっている。夕餉の煙が上がっているのは、数えて三筋。おれは荷の紐を、締めては解き、また締めた。里の中へ足を向ける気には、なぜかならなかった。
日が落ちかかるころ、里の側から、ひとりの女がやってきた。肩に藁の菰を掛けた、年のいった女だった。女は石の前で足を止め、息を整えるように肩を上下させ、小石をひとつ拾って山のてっぺんに載せ、それから腰をかがめて履き古したほうを脱ぎ、持っていた新しい草鞋を足に結んだ。脱いだほうを石の根の、青い一足の上に掛けると、おれのほうは見もせずに、里とは反対の暗い道へ歩いていった。
戸の内から、喜平の声がした。
「そこを通るもんは、行きも帰りも、なんぞ置いてく」
それだけだった。藁を打つ音が、また始まった。一足めのときより、間が詰まって、どん、どん、と速い。夜が明けるまでに、二足めを仕上げねばならぬ。
おれは、女の消えた道のほうを見ていた。道ばたの石に小石をひとつ載せて、背を丸めて去る。女の載せた小石のぶんだけ、山はほんの少し高くなっていた。立派な像も、社も、ここにはない。丸い石がひとつ、これがのちの石像の、もとの姿なのかもしれなかった。
里の奥のほうで、戸を叩く音がひとつ、長く続いて、やんだ。喜平の打つ藁の音も、その間だけ止まった。やがてまた、どん、どん、と鳴りだした。

日が落ちると、冷えが石の根から這ってきた。おれは足もとの小石をひとつ拾い、掌で温めようとした。いくら握っても、小石は冷たいままで、温みはおれの手のほうへしか流れなかった。石は、拾ったところへ戻した。
その宵、今度は里へ入る側の道から、荷を背負った若い男がひとり来た。男は石の前で息をととのえ、小石を載せると、草鞋はそのままに、足早に里の中へ消えた。呼びとめる言葉を、おれは持たなかった。戸の閉まった家々の間を、あの男の足音が遠のいていく。
若い男の足音が消えたあとも、おれは石の前を離れられなかった。星が出て、里の屋根の黒い線だけが、空との境に残った。
夜半、戸の隙間から一足めが差し出された。受けとると、まだ人の手の温みがあって、青い藁の匂いがした。緒の根を指でしごいてみる。きつく、ひとつの目も乱れていない。足に当ててみると、親指の付け根に緒がぴたりと沿い、測られたときの紐の冷たさを思い出した。草鞋の底には、粗い藁の節がひとつも残っていない。
二足めを待つあいだ、おれは石の根に掛かった草鞋を、もう一度数えた。老女のぶんが加わって、六足。どれも、里を出る者が履き替えて掛けていったものだろう。掛けた者がどこまで行き、帰ってきたのか、帰らなかったのか、その古さの順に、石の根は黙って残している。灰色の一足の緒は、ほどけかかっていた。黒く崩れた一足には、もう誰の足の形も残っていなかった。
暁、戸が細く開いて、二足めが出た。踵を親指で押すと、一足めより厚く、固く編んである。急ぎの仕事だからと、手を抜いた気配はなかった。
朝霧が出ていた。東の空がうすく白み、石の影が、霧のなかで長く道に伸びている。小屋の屋根からは、夜通しの煙がまだ細く、まっすぐに立っていた。石の苔は濡れて、昨日よりも深い緑に見えた。
おれは二足めを足に結び、一足めは荷の底へ収めた。脱いだ古いほうは、里の者でもない旅の者が掛けてよいものか、手のなかで少しのあいだ迷った。迷った末に、石の根の、老女の掛けた一足の、すぐ上へ掛けた。七足。数えなおして、小石をひとつ拾い、山のてっぺんに載せた。露に濡れた小石の隣に、おれの小石が乗った。
小屋の中では、もう藁を打つ音が始まっていた。おれは里へは入らず、街道を先へ進んだ。しばらく行って振り返ると、朝日が石の肩を照らしていた。山のてっぺんの小石は、露に濡れたまま、二つ並んで光っている。昨日の誰かのものと、おれのものと、遠目にはもう見分けがつかなかった。里のほうでは、戸はまだ閉まったままで、煙の上がる家は、昨夜より一筋減っていた。
◇ ◇ ◇
その里を次に通ったのは、幾度目かの冬の初めだった。里は半分ほどになっていた。喜平の小屋のあった場所には、藁屑だけが散っていた。石の根には、新しい草鞋が一足。顔を寄せると、あの夜の、青い藁の匂いがした。
参考文献・もっと詳しく
※ 賽の神・道祖神の石神信仰の古典として柳田國男『石神問答』(1910年)がある(現在は新刊で買いにくい)。賽の神・道祖神の起源や成立の時期は、はっきりとはわからず、諸説がある。路傍に立つ双体の道祖神など、立派な石像が広く造られるのは、おもに近世(江戸期)以降で、鎌倉期の里の石は、川原から運んだようなまるい自然石だったとみられる。「内と外の境を守る神」という整理は、近代以降の民俗学による解釈である。草鞋を石の根に掛ける習わしは地域差が大きく、どこでも行われたわけではない。道祖神・賽の神・幸の神は、地域や時代で名も性格も多様である。
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