第 59 話言語雨やどりの寺で、鶴丸は四十七の小石を並べた
〜四十七の石を置いたあとに、字がひとつ残った〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
鶴丸は、字をひとつ書くたびに筆を置いて、自分の掌を見る子だった。墨がついていないかを、たしかめるのだ。ついていたためしはないのに、六つのその子は、毎回見た。
ボクがあの子に会ったのは、建長四年(一二五二年)の春、里の寺の板の間だった。あの子が声に出して習っていたのは、いろは歌。仮名を四十七、ひとつも重ねずに詠みこんだ歌で、作ったのが誰なのかは、いまも分かっていない。
◇ ◇ ◇
雨は昼を過ぎてもやまなかった。日の高いうちに次の里へ着くつもりで、おれは荷の紐を二度締めなおして、空を見上げた。雨脚は、まだ強かった。
里のはずれの寺の軒へ駆けこむと、堂の中から子どもの声がした。
「いろは……にほへと……」
のぞくと、板の間に六つほどの男の子が座って、筆を握っている。かたわらで墨を磨っているのは、寺守の平内という老人だった。この春に住職が亡くなってから、ひとりで堂を預かっていて、字は自分の名しか書けない、と自分で言う。堂に通う子は、いまは鶴丸ひとりだけだという。田が忙しくない雨の日だけ、祖父が手を放してくれるのだそうだ。
「濡れておいでじゃ。上がって乾かしなされ」
先客がもうひとり、堂の隅で衣のすそを絞っていた。覚念という旅の僧で、高野のほうから下ってきたという。この里の者でないことは、言葉のはしばしで知れた。
男の子は——鶴丸というらしい——おれたちが入ってきても気にせず、一字書いては筆を置き、掌をひらいて、じっと見た。それからまた筆を取る。
「それは、何をしておるのじゃ」
覚念がたずねると、平内が笑った。
「墨がつくのが恐ろしいそうで。着物をよごすと、祖父に叱られます」
覚念は、子の前の板をのぞきこんだ。墨のあとが灰色に重なって、どこがどの字か、もう読めない。
「手本は、ないのですか」
「ご住職が書いてくださったのが、あったのですが。割れて、薪になりました」
覚念は右手を上げて見せた。雨に打たれた指が赤く腫れて、細かくふるえている。
「わしの手では、板に字が載らぬ。——そこの行商のお方、字はお書きになれますかな」
おれは、荷の紐に手をかけたまま固まった。行商は、荷の数を木札に刻むから、仮名くらいは扱える。断る口実なら、いくらでも思いついた。だが、平内も覚念も、鶴丸までもが、こちらを見ている。軒を借りた身で、理由を並べるほうが、よほど目立つ。

「……いろはなら」
おれは荷を下ろし、新しい板の前に座らされた。墨はもう磨ってあった。
筆を持つと、穂先を硯の縁に二度あてていた。い、ろ、は、に、ほ、へ、と。ち、り、ぬ、る、を。わ、か、よ、た、れ、そ。筆は、迷わず板の上を走った。一息に、最後の「す」まで書きおろして、おれの手は、さらにその下へ、もう一字、書いた。
覚念は板を床に寝かせると、庭へ下りた。濡れた砂利を、ひとつ、ふたつ、と数えながら拾って、ふところに入れていく。四十七で、手を止めた。数えて拾うのは、行きあたりばったりの石では、あとで足りたかどうか分からなくなるからだという。堂へ戻って、石を鶴丸のかたわらに積んだ。
「鶴丸どの。この字をひとつ読んだら、その字の上に、石をひとつ置きなされ。重ねて置いてはなりませんぞ」
覚念は、積んだ石の山のかたわらに膝をついた。石を置く手もとを、見張る構えだ。
「わしは、石の数を見ておらねばならぬ。行商のお方、すまぬが、四字ずつ、先にうたってくだされ。この子が、あとを追う」
断る間もなかった。おれが四字うたい、鶴丸がそのあとを追う。見知らぬ大人の声の調子が、はじめはこの子の舌に合わず、二度、三度と、ずれた。四度目から、そろった。
それから石の番になった。鶴丸は、ひとりでうたいはじめた。一字読んでは、石を置く。
「いろは……にほへと……ちりぬるを……」
声が一字ずつ進み、石が一つずつ置かれていく。平内は、墨を磨る手を止めて見ていた。石は、一字にひとつずつ収まった。重なる字はなく、石が足りなくなる字もなかった。
最後の「す」の石を置いたところで、鶴丸の手が止まった。その下に、字が一つ余っている。石の山は、もう空だった。鶴丸は、余った字と空の山とを、かわるがわる見た。

「四十七」と覚念は言った。「その字は、この歌におりませぬ」
おれは、小刀を借りて、石には触れぬように、余った一字だけを削った。墨は白くはがれたが、木の肌に、薄いかげが残った。
「なぜ、書き足されたので」と平内がたずねた。
「癖で」とだけ、おれは答えた。
そのとき、堂の入口に、蓑をつけた男が立った。鶴丸の祖父の久二郎だという。迎えに来たのだ。
鶴丸は、石をならべた板を指さして、祖父に見せた。それから、覚念をふりむいた。
「この歌は、どういうことをいうの」
覚念は、すこし間を置いた。
「『いろはにほへと ちりぬるを』は、花は色よく咲いても、やがて散ってしまう、という。『わかよたれそ つねならむ』は、この世に、変わらぬ者などいようか、と。都では、そう読むと聞いております」
久二郎は、堂へは上がらず、入口の土間に立ったままだった。泥のついた足を、気にしているのだ。その顔つきが変わった。
「子に、そのような歌を教えてくださるな。散る、変わらぬ、とは、縁起でもない。字だけ覚えさせてくだされ。意など、要らぬ」
「歌は、歌でございますよ」と平内が言った。「うたうあいだは、うたうだけのもの。意など、あとからついてくるでしょう」
覚念は、どちらにも逆らわなかった。
「では、意は、また今度に。字を覚えるには、うたうほかはありませんので」
久二郎は、答えなかった。鶴丸の肩に蓑をかけながら、板の上の石を、一つずつ、順に目で追っていた。数えていたのだと思う。最後まで数えて、口の中で、なにか言った。唇の動きは、四十七と読めた。
「板は、置いてゆく。……この子には、あす、また来させる」
それだけ言って、鶴丸の手を引いた。戸口で、鶴丸がふりかえった。そして、おれに向かって、掌をひらいてみせた。墨は、ついていなかった。
雨は、いつのまにか、あがっていた。
荷を背負いなおして軒を出ようとすると、覚念が名をたずねた。
「甚三と申します」
「甚三どの。おかげで、字がそろいました」
おれは頭を下げた。次の里までは、いまから歩いても、日が暮れる。
「泊まっておいきなされ」と平内が言った。「雨あがりの道は、ぬかります。それに、あす、石をのけた板を、鶴丸が読むところを見てやってくだされ。手本を書いた者の顔を、見たがる子ですゆえ」
断る口実は、もう思いつかなかった。荷の紐を、ほどいた。次の里へは、一日、遅れる。
夜、平内は、薄い粥を三つの椀に分けてくれた。椀の湯気が、暗い梁のほうへ上っていった。
粥のあと、堂の隅で、平内は板の端に、自分の名を書いてみせた。「平内」の二字は、どちらも板の端からはみ出しそうなほど大きかった。
「ご住職に習うたのは、これだけで」
そう言って笑った。覚念は、もう壁にもたれて眠っていた。堂には、削ったあとのある板が、石をのせたまま残っていた。
◇ ◇ ◇
墨を磨る匂いのする部屋に入ると、ボクはいまでも、考えるより先に肩の力が抜ける。
当時、あの板では、書き違えた字を小刀で削った。削ると、板から木と墨の匂いが立った。いま、書き違えた字は、消しゴムで消す。消すそばから立つのは、ゴムの匂いだ。
参考文献・もっと詳しく
※ いろは歌は仮名47字を重複なく詠み込んだ七五調(今様形式)の歌で、手習いの手本として広まった。成立は平安中〜後期とされ特定年は不詳。作者を弘法大師空海とするのは後世の伝説で史実ではない(言語史的根拠あり)ため、本文では断定せず、額縁の現代ボクが「誰が作ったかは分かっていない」と述べるにとどめた。涅槃経の無常偈の意訳として「諸行無常」を詠むと読み解かれてきた。「いろは順」が辞書・番号付け等の配列基準に広く使われたのは史実。「パングラム」「音韻」等の分析語は用いていない。
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