いちばん幼い口が、いちばん淋しい歌を
〜なぜ、文字を覚えるための歌が、よりにもよって、世のはかなさを詠んでいたのか〜
いまの子どもは、たいてい「あいうえお」で文字を覚える。
壁に貼った表を指でなぞりながら、あ、い、う、え、お、と、声に出す。順番も決まっている。あいうえお順、というやつだね。辞書も名簿も、たいていはその順に並んでいる。
けれど、ボクが長く生きてきたこの国では、ずうっと別の順番が使われていた。
いろは、だ。
い、ろ、は、に、ほ、へ、と……と続く、あの順。これがね、ただの文字の並びじゃ、ないんだ。じつは、ひとつの、歌になっている。仮名の文字を、四十七、ぜんぶ一字もだぶらせずに、きれいに、詠みこんだ——たいそうよくできた歌なんだ。
なんでも、はるか昔、お大師さま——弘法大師さまがお作りになった、と言い伝えられている。……まあ、これは、後の世の言い伝えで、ほんとうのところ、誰が作ったかは、わかっちゃいない。けれど、それくらい人びとは、この歌をありがたく思っていた。
文字を習うときは、まず、この「いろは歌」を節をつけてうたって覚える。歌になっているから、子どもでもすいすい頭に入る。そうして、いろはを覚えれば、もう、ひととおりの仮名が、書けるようになる。——いわば、すべての文字へ通じる、いちばん最初の、扉だ。
ただね。
この歌には、ちょっと、せつないひみつがあった。
ボクが、それにはっと気づかされたのは——鎌倉のころ、とある里の小さなお寺で、ひとりの女の子の手習いを、のぞいたときだった。
◇ ◇ ◇
建長四年(一二五二年)の春。その日、手前は行商の道すがら、雨やどりに、ある里の寺へ立ち寄った。
——諸国を売り歩いていた頃のボクは、自分を「手前」と呼んでいた。
縁側で雨のあがるのを待っていると、本堂のほうから、かわいらしい子どもの声が聞こえてきた。のぞいてみると、墨の匂いのする板の間で、年老いた坊さまが、六つか七つの女の子に、手習いを教えている。
女の子は、小さな手で筆をしっかと握りしめ、坊さまの声に合わせて、いっしょうけんめいうたっていた。
「いろは……にほへと……ちりぬるを……」
たどたどしいけれど、よく通る声だった。文字を覚えるのが、よほど楽しいのだろう。一字書けるたびに、坊さまの顔を見上げて、にっこり笑う。その、得意げな、晴れやかな顔といったら。
手前は、思わず目を細めた。文字を、おぼえる。それは、その子にとって、まだ見ぬ広い世界への、扉が、ひとつずつ開いていくことだ。これほど、心の弾むことが、ほかにあるだろうか。
「わかよ……たれそ……つねならむ……」
女の子は、ご機嫌に続きをうたう。
手前は、その無邪気な歌声を聞きながら——ふと、胸の奥が、しん、と、冷えるのを感じた。
なぜなら、手前はその歌の意味を知っていたからだ。
その子が、うれしそうに口ずさんでいる、その歌は。——「いろはにほへと ちりぬるを」は、「花は美しく咲き匂っても、やがては散ってしまう」。「わが世たれぞ つねならむ」は、「この世に、いったい誰が、いつまでも、変わらずにいられよう」。
つまり、この、いちばん幼い子が、いちばん最初に覚える歌は——よりにもよって、「この世のすべては、移ろい、散り、消えていく」という、世のはかなさを詠んだ歌だったのだ。
手前は、つい、その坊さまにたずねてしまった。
「ご住職。あの、いとけない子に……ずいぶんと、淋しい歌を教えなさるのですな」
老いた坊さまは、おだやかに笑った。
「ふむ。気づかれたか」
「あの子は、意味を知っておるので」
「いいや」と坊さまは、首をふった。「まだ、なんにも知らん。ただ、調子のよい歌だと思うて、うれしそうにうたっておる。それで、よいのです」
坊さまは、女の子のちいさな背中を見やった。
「あの子も、いずれ大きくなる。やがて、大切な人を、見送ることも、あろう。咲いた花の、散るのも、見ましょう。そのとき、ふと、子どものころ、なんべんもうたった、この歌を、思い出す。『ああ、あれは、こういう意味だったのか』と。……文字を覚えた、その同じ歌が、いつか、その子の悲しみに、そっと、寄りそう。手習いの歌は、ただの文字の覚えではない。生きる支度を、しておるのですよ」
手前は、しばらく言葉が出なかった。
女の子は、そんな、深い話などつゆ知らず、最後の一句を元気よく、うたいきった。
「あさき……ゆめみし……ゑひも……せす……っ。ぜんぶ、書けたよっ、ご住職さまっ」
その紙には、墨で、にじんだいろはの文字が、ぜんぶならんでいた。へろへろの、おたまじゃくしみたいな字だ。けれど、まぎれもなく、それは、その子が、生まれて初めて、自分の手で書ききった、四十七の文字だった。
手前は、その、得意げな笑顔と、その紙に並んだはかなさの歌とを、かわるがわる、見つめた。なんとも、言えない心もちだった。
雨は、いつのまにか、あがっていた。
◇ ◇ ◇
いまでは、「いろは」で文字を覚える子は、もういない。みんな、あいうえおだ。あのはかなさの歌は、文字の手本の座を、とうにしりぞいた。
それでも、いろはは、まだしぶとく生きている。物の順番をつけるとき、「いろは順」と言ったりする。ものごとのいちばんはじめの、初歩のことを、「いろはのい」なんて、言ったりもする。あの歌が、文字を運んだ名残は、いまも、言葉の、あちこちに、ひっそりと、残っているのだ。
ボクは、これまで数えきれないほどの、花が散るのを、見てきた。数えきれないほどの、人を、見送ってきた。「わが世たれぞ つねならむ」——この世に、変わらずにいられる者など、いはしない。それを、いやというほど知っている。
だからこそ、ときどき思い出すんだ。あの、雨あがりの寺で世のはかなさの歌を、文字を覚えたうれしさで、ぴかぴかの笑顔でうたいきった、あの、小さな女の子のことを。
はかなさを、知らずにうたう。それは、たぶん、いちばん、しあわせな歌い方だ。
参考文献・もっと詳しく
※ いろは歌は仮名47字を重複なく詠み込んだ七五調(今様形式)の歌で、手習いの手本として広まった。成立は平安中〜後期とされ特定年は不詳。作者を弘法大師空海とするのは後世の伝説で史実ではない(言語史的根拠あり)ため、本文では断定せず、当時の人物に「言い伝え」として語らせ、額縁の現代ボクが「誰が作ったかは分かっていない」と補正する形にした。涅槃経の無常偈の意訳として「諸行無常」を詠むと読み解かれてきた。「いろは順」が辞書・番号付け等の配列基準に広く使われたのは史実。「パングラム」「音韻」等の分析語は用いていない。
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