七日踏み固めた土と、穂を結ぶ縄のある村の秋第 60 話文化
文化室町のころ・近江の村読了 約6分

七日踏み固めた土と、穂を結ぶ縄のある村の秋

〜土の上のただの力くらべに、軒の縄の結び目は何を数えているのか〜

はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。

 塩ひと握り。四股は右に一度、左に一度。土を踏み固めること七日。嘉吉かきつ二年(一四四二年)の秋、近江の琵琶びわの湖にほど近い村の宮で、ボクが見た力くらべは、そんな数でできていた。

◇ ◇ ◇

 おれが塩と小間物の荷を背負って村へ入ったのは、宮の祭りの日の昼さがりだった。世の中は、前の年に都で大きな騒ぎがあったとかで、まだどこか落ち着かない年まわりだった。

 社やしろの前の広場に、ぐるりと人の輪ができている。村の者でないおれは、いちばん外の列の、肩と肩のすき間から覗くしかなかった。野良着の百姓も、晴れ着の娘も、よちよち歩きの子をおぶった母親も、みな同じ方を向いて立っていた。魚を焼く匂いと、酒の匂いと、汗の匂いが入りまじって、村ぜんたいが浮き立っている。

 社へ上がる石段は、まんなかだけが、足のかたちに磨りへって、浅くくぼんでいた。何代もの足がそこを踏んで上ったのだろう。くぼみの底には、昨夜の雨が薄く残っていて、空の色を映している。

 おれが荷を下ろして塩を広げると、さっそく年かさの女がひとり寄ってきた。ふつうなら鍋へ入れる量を買うところを、その女は紙にほんのひとつまみだけ包ませ、銭を置くと、まっすぐ輪のほうへ歩いていった。縄の根もとにしゃがんで、包みをひらき、白い粒を土へ落とす。それから手を合わせ、人垣のなかへ消えた。

 輪のまんなかの地面は、よその踏み場とは見るからにちがった。小石がきれいに拾われ、土がならされて、そこだけ色が変わり、しっとりと黒い。まわりの地面より、わずかに低くなっている。近くにいた子どもが、指を折りながら「七日」とつぶやき、母親に口を押さえられた。

 縄の外から身をかがめて、おれは黒い土を指で押してみた。爪がやっと立つかどうか。まるで干した板の上に手を置いたようで、湿り気だけが、指先にひやりと残った。

 広場のへりには注連縄しめなわが張りめぐらされ、ところどころに白い紙垂しでが下がって、風にゆれている。ただの空き地が、その縄の内と外とで、まるきり別の場所になっていた。

 年寄りがひとり、塩をひと握りつかんで進み出た。四方へ、ぱっぱっと投げる。傾きかけた日に白い粒が光って、黒い土に散った。やがて湿った土から、潮の匂いがたちのぼってきた。

 取組は三番あると、人垣のだれかが言った。一番めは、まだ背丈の伸びきらない若い衆どうしで、組んで三つ数えるうちに、片方が尻餅をついた。二番めは、腹の出た中年の男が、笑い声に押されるようにして勝った。どちらの勝負のあとも、負けたほうが先に社へ向いて頭を下げ、勝ったほうがそれに続いた。

挿絵:取組は三番あると、人垣のだれかが言った

 三番めに、若い衆がふたり、輪のまんなかへ進み出た。腰に褌ふんどしひとつのほかは、何も身につけていない。秋の風はもう冷たいのに、ふたりとも肌から湯気でも立てそうなほど、頬を赤くしている。

 片方は、肩の肉がこんもりと盛りあがった大男。もう片方は、ひと回り小さいが、足腰のどっしりした、目つきの鋭い若者だった。村の者が口々に「平太、平太」と呼ぶのは、その小さいほうだ。

 ふたりは向かい合うと、大きく足を上げて、どすん、と地を踏んだ。右、左。固めた土はびくともせず、足形だけが浅くくっきりと残った。ふたりの足の裏は、石のように黒く固い皮に覆われ、爪のあいだには、七日ぶんの土が詰まっている。平太の足形は、大男のそれより、爪ひとつぶん深かった。

 おれの目には、ただの威勢のいい見得に見えた。けれど踏むふたりの顔は、おそろしく真剣だった。人垣のなかにも、社のほうへちらりと目をやる者が、何人もいる。子どもたちは大人の足のあいだにもぐりこみ、いちばん前の地べたに座って、声も出さずに輪を見あげていた。

 行司ぎょうじ役の年寄りが、間に立って扇をかざす。ひと声、張りあげた。ふたりは腰を落とし、にらみ合い、音を立ててぶつかった。

 足の指が土をつかみ、固い面にひっかき傷が走る。大男が太い腕を平太の脇へ差しこみ、力まかせに持ちあげにかかる。平太の足が、つま先立ちになって、宙に浮きかけた。

 村じゅうが、わっと声をあげた。手をたたき、足を踏みならし、なかには手を合わせて拝みだす者までいる。

 「平太ァ、負けるな」

 社の軒の下から、女の声がした。さっき塩を買った、あの年かさの女だった。声のほうから目を上げると、女の頭の上、軒下の梁はりから、古い麻縄が一本、垂れている。縄の端は、おとなが背伸びしても手の届かぬ高さにあった。

 あちこちに結び目があって、数えてみると二十三ある。うち十九の結び目には、乾いた稲穂が一本ずつ結わえてあり、残る四つは、穂のない、ただの結び目だった。いちばん下の結び目だけ、縄の色が新しく、穂がついていない。女は平太を呼んだ口を閉じると、その新しい結び目を、じっと見あげていた。

挿絵:あちこちに結び目があって、数えてみると二十三ある

 視線を輪へ戻すと、持ちあげられた平太が、宙で、ぐっと腰をひねるところだった。足の指を縮め、相手の褌を片手でつかむ。そのまま、ねじるように体を沈めた。大男の足が、ずるりと滑る。次の刹那せつな、大きな体が前のめりに泳いで、固めた土の上へ、どうと崩れ落ちた。

 歓声があがり、輪の外の犬までが吠えた。

 大男は土に両手をついたまま、しばらく起きあがらなかった。やがて立つと、自分の足が滑った跡を、じっと見おろした。それから平太に向かって軽く顎を引き、先に社のほうへ向いた。

 平太は、肩で大きく息をしていた。汗が、顎の先からぽたぽたと落ちる。人垣のほうへ威張るでもなく、まず社へくるりと向き直って、深ぶかと頭を下げた。

◇ ◇ ◇

 取組のあと、行司の年寄りは、踏み台を軒下へ運ばせた。縄の端を手に取り、二十四番めの結び目を、ゆっくりと作る。腰の袋から稲穂を一本出して、そこへ結わえた。縄の下で、新しい穂が、かさりと揺れた。

 人垣のあちこちで、長い息を吐く音がした。輪の縁では、年寄りたちが膝の土をはたきもせず、しばらく動かなかった。ひと握りの塩がまかれた黒い土は、陽が落ちかけると、ほとんど見分けがつかなくなった。軒の下の年かさの女は、合わせていた手をほどくと、背伸びをして、土まみれの平太の頭へ手をやった。「ばば」と、平太が小さく言った。

 日が落ちるころ、輪のなかでは、子どもたちが何人もはだしで駆けまわっていた。二番めの勝負で勝った中年の男が、その足もとを笑って見ている。さっきまで張りつめていた土の面は、小さな足形でたちまち埋まり、塩の白い粒は、土のなかへ踏みこまれて見えなくなった。

 その晩、宮のあたりでは、笛や太鼓の音が遅くまで絶えなかった。平太は若い衆に肩を組まれて、背中いっぱいに土をつけたまま、てれくさそうに笑っている。おれの塩も、その晩はよく売れた。女たちが銭を握って、次つぎに寄ってくる。塩を量って袋の口を縛るたび、背の荷がひと握りぶんずつ軽くなった。

 おれはその村に泊まらなかった。荷を背負い直し、まだ暗いうちに、湖のほうへ道を取った。軒の縄は、振り返っても、闇のなかで見えなかった。湖から吹く風が、背の荷の塩をうっすらと湿らせ、その重さだけが、肩に残った。

◇ ◇ ◇

 いまの土俵で、力士が塩をつかんで高く撒くのを見ると、ボクの指のほうが先に思い出す。塩の粒が土に落ちるより前に、爪がやっと立つかどうかだった、あの黒い土の固さと湿り気を、指先が探しはじめるのだ。

 あの村の縄は、いまごろどうなっているだろう。軒の下に、穂を結んだ手はいくつ並んだのだろう。二十三の結び目が二十四になった、あの夕方から、いったい何度、秋が巡っただろうか。ボクにわかるのは、自分の目で見た数だけだ。

 二十四の結び目、七日の踏み固め、ひと握りの塩。ボクの鼻に残っているのは、湿った土と潮の匂いだ。

参考文献・もっと詳しく

※ 相撲はもともと神に捧げる神事・奉納の性格を帯び、各地の宮の祭りで取られてきたとされる。勝敗で豊凶を占うやり方は地域・時代で形が多様で、軒下の縄の結び目と稲穂は、本作の村だけのものとして創作した。塩のきよめ・四股・社への一礼は概説の範囲で記した。平安の朝廷が諸国の力自慢を召して帝が観た「相撲節会」は、奉納相撲・祭礼相撲の源流のひとつとされる。嘉吉二年(一四四二年)は、前年の嘉吉元年に都で起きた政変(嘉吉の乱)の翌年にあたる。

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