第 58 話文化神田の長屋に、畳一枚を入れたおすみの算段
〜一枚きりの畳の縁は、どこまで踏んでいいものだったか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
旅館の座敷の襖が引かれて、藺草の匂いが廊下へ流れてきた。ボクの前を行く客は、畳の縁をまたぐように、爪先で足場を探しながら上がっていった。
◇ ◇ ◇
宝暦八年(一七五八年)、江戸は神田の裏長屋でのことだ。木戸の脇で荷を下ろして息を白くしていると、おすみという左官の女房が、手前の袖をつかんだ。
「あんた、力はあるかい。畳が着いたのに、うちの人は普請場から戻らなくてね」
路地の入口に、畳刺しの嘉平が若い者を連れて立っていた。足もとには、縦に立てかけた畳が一枚。長さは五尺八寸、幅はその半分。おすみが銭を貯めて、ようやくあつらえた畳だった。
「人さまの壁は、塗ってやるのにねえ」と、おすみは畳を見上げて言った。「うちの人は、よそさまの座敷の壁を、毎日きれいに仕上げてくるんだよ。そのくせ、自分の寝る床は、冬になると冷えて足が痛む。この長屋に畳のある部屋なんざ、まだ一つもありゃしない。だから去年から、帯も櫛も質に入れずに、一文ずつ壺へ落としてきたのさ」
壺の底に、いくら残ったのか、おすみは言わなかった。畳刺しの嘉平も、聞こえないふりで煙管をしまった。
手前は若い者と代わって、畳の片端を持った。表を内へ向け、藺草の面を壁にこすらせない持ち方は、体が先に知っている。若い者が角を引きずりかけるのを、手前は肩へかつぎ上げて止めた。片端を持っただけで、腕が張った。藁を固めた床は、見た目よりずっと重い。どぶ板の鳴る狭い路地を、横歩きで抜けた。
おすみの部屋は、土間の先にすりへって飴色になった板の間がのぞいているだけだった。畳を据えようとして、手前は手を止めた。一枚の板の継ぎ目が反りあがって、置いた畳の角が、かたかたと鳴るのだ。荷から小刀を出し、ささくれを削いで、継ぎ目に藁屑をひとすじ嚙ませた。畳はようやく、板の上でおとなしくなった。おすみは戸口から、削りくずを拾う手前の指先まで、息をつめて見ていた。壁ぎわへ寄せると、畳の長い辺と壁とのあいだに、指一本ぶんのすきまが残った。
嘉平は畳の脇に膝をついて、紺の縁を親指でなぞっていった。縁はすでに畳床へ縫いつけられて届いている。畳針に糸を通すのは、運ぶあいだに角の縁がめくれかけた一か所だけだ。針は畳表を抜け、藁を固めた畳床の芯へぐいと入って、向こうからまた戻ってくる。手の甲には、古い針傷がいくつも走っていた。縁の片側だけで、針目は数えて四十ばかり並んでいる。嘉平はそれを端から端まで目で追い、ひとつ浮いた目を見つけると、指の腹で押さえて、黙って糸を足した。若い者は脇で、畳の端をおさえて見ているだけだ。

「さあ、上がっておくれ」
おすみにうながされて、手前は草履に手をかけた。ところが足が、先に迷った。縁を踏まぬよう、爪先がひとりでに足場を探したのだ。縁は長い辺の両側に走っていて、そこへ足を下ろすのを、体がためらった。
「なにを片足でよけてるのさ。うちの畳だよ、遠慮はいらない」
おすみが笑った。手前は爪先を引っこめ、縁の上へかかとを下ろした。紺の布は思いのほか薄くて、足のうらに、藁の芯の張りがそのまま返ってくる。板のきりきりした冷えが、そこで切れた。
体が覚えている畳は、もっと平らで、足の下でぴくりとも動かないものだった。この一枚は、体重をかけるたびに、藁の床が板の歪みを拾って、わずかに沈んだ。縫い目の並ぶ縁の下だけは、ひときわ固い。足の裏が、藁と針目の違いまで読みとってくる。手前は、置いたばかりの畳の上で、膝を折ったり伸ばしたりして、その沈みを確かめた。
おすみは畳の真ん中に正座して、掌で表をそろりとなでた。そのままだと、藺草の目が毛羽立つ。
「拭くなら、目に沿ってからぶきだ。濡らさず、横にこすらずにね」
手前がそう言うと、おすみは手ぬぐいを折って、言われたとおりに、畳の長いほうへ手をすべらせた。
「いつまで持つものかね」
嘉平は畳表の端を爪で少しめくり、藺草の織り目を戸口の光に透かして見た。それから、縫い目に目を落としたまま言った。
「表替えなら、うちで承るよ」
みなが笑った。
戸口に、隣の女房が二人、のぞきにきていた。ひとりは敷居の手前で草履を脱ぎ、畳の縁の少し内側を、足袋の先でそっとつついた。もうひとりは、おすみの許しも待たずに、畳の端へ腰をかけた。縁の上だった。
「へえ、板のときより、ぬくいじゃないか」
尻の下の縁が沈んで、すぐに戻った。おすみは、「ちょいと、おおげさだよ」と言いながら、その女房の座り方を、じっと見ていた。座られた縁は、へたりもほつれもしなかった。

手前は荷の紐をしめなおした。長屋の子らが、入れ代わり立ち代わり、おすみの戸口から畳をのぞいては、走っていった。
手間賃は、おすみが壺から銭をつまんで払おうとした。手前は二枚だけ受けとって、あとを壺へ戻させた。
「畳が着いた日に、壺の底を見せるもんじゃないよ。また手を入れる日まで、とっておきな」
おすみは壺を抱えて、「ありがとうね」と、小さな声で言った。
そのころには、日が傾いて、戸口から斜めに射しこんでいた。畳表の藺草が一本ずつ光って、目の通ったほうへ、細い筋を引いている。嘉平は道具を布に包み、若い者に持たせて、先に路地を出ていった。入れ違いに、長屋の戸が一つ、二つと開いた。敷居の外から首だけのばして、畳を見る目がいくつもあった。誰も入ろうとしないのは、足の泥を気にしてのことらしい。
夕七つの鐘のころ、木戸のほうから、辰蔵の下駄の音がした。壁土で白くなった腕を下げて、辰蔵は戸口に立ち、畳を見たまま、しばらく動かなかった。それから、井戸端へ引きかえして桶の水で足の指のあいだまで洗ってきた。濡れた足を手ぬぐいでぬぐって、ようやく敷居をまたぐ。しずくは土間の土へ吸われ、板の間にはいくつか、黒い足跡が残った。
一歩目は、縁の上だった。
辰蔵はためらいもせず、そこへ足を載せた。二歩目で畳の真ん中へ入り、腰を落として、あぐらをかいた。背をまるめて壁にあずけ、長いあいだ息を吐いた。壁は、辰蔵がこの冬のはじめに自分で塗った壁だった。
「ここは、俺が塗ったんだ。こっちは、おまえが買ったんだ」と、辰蔵はひとりごとのように言った。「同じ部屋とは思えねえや」
畳の上には、足跡がひとつも残らなかった。辰蔵の膝のあたりから、壁土の白い粉が、藺草の目にひとつまみ落ちた。おすみは何も言わずに、それを手ぬぐいで目に沿ってはらった。おすみは返事のかわりに、辰蔵の背へ、ぼろ布の半纏を掛けてやった。
木戸を出るとき、振りかえった。開けはなした戸の奥で、畳のそばにしゃがんだおすみが、手ぬぐいを握ったまま、あきずに目に沿って手をすべらせていた。路地のどぶ板の上にまで、藺草の青い匂いがのびていた。木戸の外の道は、昼のぬかるみが凍りかけていて、手前の草履の底が、きしきしと鳴った。縁を踏んだ左の足の裏だけが、いつまでも張りを覚えていた。
◇ ◇ ◇
翌朝、手前は江戸を発った。その畳が、あの部屋でどんな色になっていったのかは知らない。
駅前の甘味処の小上がりで、ボクは靴を脱いだ。畳の目に沿って、湯呑みの影が長くのびている。柱に背をあずけた向かいの年寄りの肩が、すとんと落ちている。
参考文献・もっと詳しく
※ 畳が一般庶民の家へ広く敷かれるのは江戸後期から明治にかけてで、江戸中期までは裕福な町家や武家が中心だったといわれる。庶民にとって畳一枚は長く銭を貯めてあつらえる特別なものだった。「畳刺し」は畳職人で、畳針と糸を用いて畳表を畳床に縫いつける。「表替え」は畳床(芯)を残して畳表だけを張り替える手入れを指す。宝暦八年は一七五八年(宝暦年間は一七五一〜一七六四年)。
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