第 70 話道具藍に七度沈めても白いままの丸——焼け跡の小路に掛かった暖簾
〜白無地の一枚では通り過ぎた客が、染め抜きの一枚では足を止めたのは、なぜか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
藍の甕に、麻の布を七度沈める。一度沈めるたびに風で干し、半刻ほど置いてから、また沈める。それでも布のまんなかの丸だけは、七度めが終わっても白いままだ。
焼け跡の残る京の小路に、麻糸を商う店があった。ボクは、その軒の下にいたことがある。軒に暖簾が掛かるまでには、布の染めに七度の藍と、それより長い日々が要った。
◇ ◇ ◇
文明十年(一四七八年)の夏、おれは京の室町に近い小路の店で、荷を担いで暮らしていた。主は市右衛門どのという。長いいくさがおさまって一年、小路のどの家も、いちど火に舐められて骨ばかりになった柱を、起こし直したところだった。
おれのいた店も、二月かけて柱を立て、板を張り、麻糸の束を土間へ積みなおした。ところが軒には、まだ布が一枚も無かった。夏の日は土間の奥まで届き、束は日に焼けて色を落とし、往来の土ぼこりは、風が吹くたびに束の上へ降った。
店の売り物は、麻の糸と、麻の布だ。布は、ひと束ずつ風を通さねば、湿って傷む。だから主は火事のあとも、まず軒を気にした。
店を開ける朝、主は白無地の麻布を一枚、軒へ渡した。長い竹に通し、両端を縄で柱へ結ぶ。日除けと塵除けの用だけなら、それで足りた。布は風にはたはたと鳴り、土間の奥はたちまち暗く涼しくなった。
それでも客は来なかった。白無地を掛けて七日のあいだに、軒の前で足を止めた者は二人。二人とも、隣の焼け跡をのぞき、向かいの軒を見あげ、ここがどの店とも知れぬまま去っていった。小路の家はどれも、焼け残りの柱と新しい板がまだらで、どこも同じ顔をしていたのだ。
おれは軒下で、手のひらの黒を袖で拭った。焼け跡の炭の黒だ。何度こすっても、爪の間には残った。
八日めの朝、主は蔵の奥から焦げた木箱を出し、なかの古い布を、おれの腕へ載せた。火に遭って裾は焼け、煤で黒く、藍は褪せている。けれどまんなかには、丸にひと文字の印だけが、白く残っていた。
「これと、麻を一反。紺掻きの喜三のところへ持っていけ。同じ印を、もう一枚起こしてもらう」
主は、おれの顔も見ずに、土間の奥の麻糸の束へ戻っていった。束を数える指が、いつもより遅かった。

◇ ◇ ◇
喜三の染め場は、小路の裏に半ば焼け残っていた。藍甕が三つ、奇跡のように無事で並んでいる。喜三は右手に、焼けただれた跡へ濡れ布を巻き、左手だけで棒をとって、甕の底をゆっくりかき回していた。弟子は火事のあと、国へ帰ったきりだという。
おれが古い布を渡して戻ろうとすると、喜三は顔も上げずに言った。
「甕の前へ立て。手が足りん」
断る間もなかった。気づけば、おれは袖をたくし上げ、藍甕の前に立たされていた。
喜三はまず、焦げた布の印を、渋を引いた紙へうつして、小刀で抜いた。型紙だ。それを麻の上へ当て、米の糊を、丸のなかへ、字の形だけを避けて、へらで薄く置いていく。置いた糊が乾くのをひと晩待ち、翌朝、端を爪ではじく。ぱりっと音がして割れれば厚すぎる。音がせず、爪が沈めば薄すぎる。喜三はそれを、口では説かなかった。おれの手首をつかんで、爪を、置いた糊の端へ、三度当てさせただけだった。糊は、蒸した米をすり潰し、糠を混ぜて練ったものだ。まだ温かいうちは、指の腹へべたりと貼りつく。
三日め、おれは麻へ糊を、ひとりで置いた。喜三は爪ではじき、その布を甕へ渡した。
浸すのは、一度に百かぞえるあいだ。上げて、布を竿にかけ、風にさらす。緑がかっていた色は、風にあたるうちに青へ変わっていく。それを、半刻待つ。それからまた浸す。七度、これを繰り返す。甕の面には、青い泡が浮かぶ。泡が薄くなると、喜三は棒の先でひと掬いして、鼻へ近づけた。酸い匂いが強ければ、その日は甕を休ませる。ひと日に沈められるのは、せいぜい三度までだった。
七度めのとき、おれは布が甕に入りきらぬのを、折りたたんで押しこんだ。引き上げると、丸のふちに、藍の細い筋が一本、走っていた。折り目で糊が割れ、そこから藍が入りこんだのだ。
喜三はその布を竿から外し、しばらく眺めてから、脇へ置いた。二枚めの麻を広げ、また型紙を当てた。おれは、糊を置いた。二枚めは、七度とも布を広げたまま、そっと沈めた。
二日おいて、川で糊を落とした。水のなかで糊がほどけていくと、青い布のまんなかから、白い丸が浮かび上がり、そのなかに藍の字が残っている。塗ったのではない。糊に守られたところだけが、七度の藍を一度も浴びなかったのだ。
喜三は右手を布で巻いたまま、川岸で、洗い上がった布の端を、おれといっしょに絞った。
おれは、水に濡れた麻の重さを、両腕で抱えた。川の水が、脛をひやしていた。
◇ ◇ ◇
二枚を抱えて、店へ戻った。小路に軒を連ねていた店は、以前は十四軒あったと聞く。戸を開けているのは、そのうち三軒だった。ほかの軒には、布は掛かっていなかった。喜三は二枚のうち、筋の入ったほうも、おれの脇へ押しこんだ。銭の話は、ひとことも出なかった。

主は、印の入った一枚を軒へ渡した。竹を通す役は、おれだった。脚立の上で、濡れ残った麻が頬にはりつき、川の水の匂いがした。落とすまいと両腕を伸ばすと、主が下から縄の端を受けて、柱へ結んだ。白無地は、台所の入口へ回した。筋の入った一枚は、裏口へ掛けた。裏口なら、丸のふちの藍の筋を見あげる客はいない。土ぼこりだけを、それは律儀に止めた。
夕方、風がやんだ。軒の暖簾は垂れたまま、丸だけが、西日の色を受けずに白かった。主は店の前へ出て、それを長いこと見あげていた。
印の暖簾を掛けて三日で、軒の前で足を止めた者は十二人。うち九人が、そのまま戸をくぐった。白無地の七日は、足を止めた者が二人で、戸をくぐった者はなかった。
一人めの客は、軒の前へ来たときから、すでに笑っていた。
「おお、丸に字のあの店か。よう持ちこたえたな」
二人めの客は、丸に指をあてて、字を読んだ。この店の先代のころ、そこで麻糸を買うたことがある、と言った。小路が焼けて、どこへ行けばよいのか分からずにいたのだという。焼け跡のなかで、白い丸だけが、往来へ向けて自分の名を告げていた。おれは軒下で麻糸を担ぎながら、その白を、朝ごとに見あげた。
◇ ◇ ◇
二度めの夏には、暖簾の藍が褪せはじめた。主は裾のほつれを、自分の手で繕った。糸を通す針の先は、丸のふちをよけて、藍の側だけを縫っていた。
それを、おれは十度の夏まで見ていた。荷担ぎのまま、店の荷と客の顔を、ひととおり任されるようになった。丸の白はいくらか黄ばみ、小路の家は、半分が建て直され、半分は空き地のままだった。
十度めの夏、荷縄が擦り切れた。使い慣れた縄の擦れ目を、おれは親指でなぞり、替えの縄を手に取れぬまま、しばらく立っていた。同じ月に、在所へ帰る行商が、遠い親戚の店が人手を欲しがっていると、ことづてを置いていった。
秋のはじめ、おれは主の前の板の間に、手をついた。
「遠くの親戚が、商いを始めるそうで。手を貸しに、行こうと思います」
主は、「そうか」とだけ言い、「道中、水に気をつけよ」と付け足した。
出る前の晩、おれは小さな包みをひとつ結んだ。着替えと、草鞋が一足。十年いた土間を、おれは暗いなかで、端から端まで一度だけ歩いた。麻糸の束の数は、目をつぶっても言えた。
翌朝、まだ暗いうちに、おれは表の暖簾を押し分けて、小路へ出た。褪せた麻が、背中をひとなでして、うしろで閉じた。ふり返ると、藍のなかの丸だけが、薄闇のなかで白かった。
喜三の甕の前で数えた七度を、おれは、ときどき思い出す。
◇ ◇ ◇
藍で丸を白く抜き、字をひと文字乗せる。ここまでは、いまの店の暖簾も、あのころと同じだ。丸の白さも、七度めの青の深さも、ボクの目には同じに映る。違うのは糸だった。あのころは麻で、指で押せば板のように硬く、雨を吸えば肩へ食いこむほど重かった。いまは木綿で、指の背でめくれば、ふわりと割れる。
ボクは、通りがかりの店の暖簾の下を、くぐることがある。かがめた膝の前で、藍がひやりと割れ、土間の朝の冷たさが、足裏にのぼってくる。
参考文献・もっと詳しく
※ 軒先に垂らした布は、もとは日除け・塵除けや目隠しのためのものであったが、やがて屋号や家印を染め抜いて店の標となっていったとされ、室町のころには商家が自前の意匠で屋号を表した暖簾も見られたと伝わる。型紙と糊で白く抜く染めも、室町のころから行われていたとされる。文明十年は一四七八年(文明は一四六九〜一四八七年)。※本文の人物・会話・情景は創作。
当サイトは Amazon アソシエイト・プログラムの参加者です。上記リンク経由の購入で当サイトに収益が発生する場合があります。
この話が続いてほしいと思ったら、心ばかりの応援をしていただけます。見返りのない、任意の支援です。
このサイトを応援する →