白い皮を割ったとき、湯気の奥からこぼれ出た甘さに、男が思わず天を仰いだ日のこと76
南北朝のころ・南都奈良読了 約8

白い皮を割ったとき、湯気の奥からこぼれ出た甘さに、男が思わず天を仰いだ日のこと

砂糖がまだ薬であったころ、蒸した皮の中のひと口は、なぜそれほどまでに人を驚かせたのか

 饅頭というのは、いまではどこの店先にも積まれている、ありふれた甘い菓子だ。

 白くやわらかい皮の中に、餡がたっぷりと詰まっている。子どもが小遣いを握って買いにくる。茶の湯の席で出される。蒸したての湯気を吹きながら、ぱくりとやる。あたりまえの、なんということもない甘さだ。

 けれどボクが初めて饅頭というものを見たころ、それは僧か、よほど上の人しか口にできぬ、たいそうなものだった。皮の中に入っている餡の甘さ——あの甘さが、まだこの国では、薬と同じくらいに貴くて、めずらしいものだったからさ。

 ボクが見てきたのは、その蒸した菓子が海のむこうから渡ってきて、はじめのうちは寺の中だけのものだったのが、やがて「甘いもの」を求める人の心とともに、そろそろと世へにじみ出していく、その入口のことだ。

◇ ◇ ◇

 康永二年(一三四三年)の春のことだ。おれは南都、奈良の禅寺で、下働きをして暮らしていた。

 その寺には、ひとり、海のむこうから渡ってきた男がいた。みなは周どのと呼んでいた。なんでも、唐の国から来た高僧について、はるばる船で渡ってきたのだという。言葉はたどたどしかったが、目もとのやわらかな、物静かな人だった。

 周どのには、ひとつ得手があった。蒸した菓子をこしらえるのだ。大陸では点心といって、僧が小腹を満たすために口にする軽い食い物だと聞いた。粉を練って皮をつくり、中へ具を包んでせいろで蒸し上げる。それが海をへだてた国の作法だった。

 寺では、周どのに小さな厨をひとつ与えていた。そこへこもって、周どのは毎朝のように粉と向きあっていた。手つきは、見ているだけでわかるほど念入りだった。粉ひとつ練るにも、湯のぬくもりを指でたしかめ、固さをいくども確かめなおす。手を抜くということを知らぬ人だった。

 ときおり周どのは、手を止めて、はるか西の空をながめることがあった。海のむこうの国に、置いてきた人でもあるのだろうか。おれには聞けなかった。ただ、その背がさびしげに見えるとき、周どのはきまって、いつもより念入りに餡を練っていた。甘いものをこしらえているときだけは、その横顔がやわらいで見えたのさ。

 おれは厨の隅で、その手つきを飽きずに眺めていた。

 まず麦の粉を、ぬるい湯でていねいに練る。しばらく寝かせ、布をかけてふくらむのを待つ。生地が息をするように、ほのかにふくらんでくる。それを手のひらでのばし、まるく薄くひろげていく。あまり薄くては餡がやぶれ、厚くては蒸しても固いままだと周どのは言った。指の腹で押すたびに、生地はやわらかく沈んでは、また持ちあがった。そこへ、餡を置く。

 その餡が、不思議だった。

 大陸では、皮の中へ肉を刻んで包むのだと、周どのは言った。けれどこの国の寺では、殺生をきらう。獣の肉など、もってのほかだ。そこで周どのは、肉のかわりに小豆を煮て、すりつぶし、それを餡にした。煮た小豆だけでは、ただ豆くさいばかりだろう。ところが周どのは、そこへ、ひとつまみの白いものを、たいそう惜しそうに加えた。

 砂糖だった。

 おれは、その白い粉をはじめて間近に見た。海のむこうから、ごくわずかしか渡ってこぬ、貴いものだと聞いていた。あるところでは、薬として用いられるとも伝わる。病人の口へ、ひとさじ、なめさせるだけのものだったらしい。それを周どのは、紙の包みから、本当にほんの少しだけ、指の先でつまんで、小豆の中へ落とした。

 「これが、ないとな」

 周どのは、たどたどしい言葉で、そう言って笑った。

◇ ◇ ◇

 蒸し上がるまでの間が、おれには長かった。

 せいろの蓋のすきまから、白い湯気がのぼる。麦の、ほのかに甘い匂いがあたりに満ちていく。やがて周どのが蓋をあけると、まるくふくらんだ、まっ白な皮の菓子が、ならんで湯気を立てていた。

 ひとつを、周どのがおれに差し出した。

 「食うてみよ」

 おれは、おそるおそる手にとった。皮はやわらかく、てのひらの中で、ほのかに熱い。割ってみると、中から、つやのある餡がのぞいた。湯気が、すっと立ちのぼる。

 ひと口、かじった。

 ——その甘さを、おれは、いまでも忘れられない。

 舌の上に、じわりと広がっていく。それまでおれが甘いと思っていたものは、熟れた柿かせいぜい干した瓜くらいのものだった。けれどこれは、まるで桁がちがった。やわらかな皮と、ねっとりとした餡と、その奥からふいに押し寄せてくるまろやかな甘さ。喉の奥まで、あたたかいものが落ちていく。

 おれは思わず天を仰いだ。

 なんと言えばよいのか、言葉が出なかった。ただ目のふちが、じんと熱くなった。腹がふくれたからではない。こんな味がこの世にあったのか、という驚きで胸がいっぱいになったのさ。

 周どのは、そんなおれを見てにこにこと笑っていた。

 「甘いものはな、人を、しあわせにする」

 そう、ぽつりと言った。

 おれはその日から、周どのの厨にますます入りびたるようになった。粉を運び、せいろを洗い、薪をくべる。手伝いながら、いつかこの蒸し菓子を、おれの手でこしらえてみたいと思うようになっていた。周どのは、面倒がらずに少しずつ教えてくれた。皮の練りかげん、餡の甘さの加減、せいろの火の強さ。海のむこうの作法が、こうしておれの手へも、ひとつぶずつ移されていった。

 そののち、その蒸した菓子は、まず寺の僧たちの口に入った。茶を点てる席で、苦い茶のかたわらにひとつ添えられる。苦さと甘さが、口の中で寄り添う。僧たちはありがたそうに、それを押しいただいて食べた。砂糖がどれほど貴いか、みな知っていたからだ。

 やがて、寺へ参る上の人たちが、その甘さを聞きつけた。あの寺には海のむこうの作法でこしらえる、たいそう甘い蒸し菓子があるそうな、と。人は甘いものの噂を、どこからかかならず嗅ぎつけてくる。なかには、わざわざ遠くから輿をつらねて、その饅頭ひとつを求めにくる身分の高い人もあった。砂糖を惜しまず使うてよいと、銭をどっさり置いていく者もいた。けれど周どのは、誰が相手でも変わらなかった。指の先で白い粉をつまみ、まるで宝でもあつかうように、ほんの少しだけ餡へ落とす。その手つきだけは、いつも同じだった。

◇ ◇ ◇

 ある日のことだ。

 寺の門前に、痩せた女が幼い子を背負って立っていた。ひどく顔色のわるい子だった。長いわずらいで、もうろくに物も食えぬのだという。母親は、せめて死ぬ前に、なにか甘いものを口にさせてやりたいと頭を下げた。甘いものは薬にもなると、どこかで聞いてきたらしい。門番が追い払おうとするのを、おれは見かねて、周どのを呼びに走った。

 周どのは、母子のようすをひとめ見ると、なにも問わずに厨へ戻った。そうして蒸したての饅頭をひとつ、布にくるんで持ってきた。湯気がまだ、ほのかに立っていた。

 子の口もとへ、ほんの小さく割って、餡のところをそっと当ててやった。

 弱った子の唇が、わずかに動いた。はじめは、なにも分からぬようすだった。けれどその細い舌が、甘さに触れたのだろう。子の目が、ふと開いた。そして痩せた喉が、こくり、と鳴った。

 子の青ざめた頬に、ほのかな赤みがさした気がした。母親の腕の中で、子はもうひと口を求めるように、小さく口を動かした。それを見た母親の頬を、涙がひとすじ、つたい落ちた。

 母親は声もなく、ただ手を合わせて、何度も頭を下げていた。周どのはなにも言わず、残りの饅頭を母親の手へ握らせて、奥へ引っこんでしまった。おれはその背を見送りながら、あのとき周どのが言った言葉を思い出していた。甘いものはな、人を、しあわせにする——と。

 あの白い粉のひとつまみが、弱った子の喉を、ほんのひととき潤したのだ。砂糖が薬と同じくらいに貴かったわけが、おれにはすこしわかった気がした。あれはただ甘いだけの粉ではない。人の心を、ふっとほどいてやる、なにかなのだと。その日から、おれは砂糖を量るたびに、あの子の喉が鳴った音を、どこかで思い出すようになった。

◇ ◇ ◇

 蒸した皮の中に甘い餡を包むその菓子が、寺の中から、そろそろと世の人の口へ広まりはじめたのは、このあたりのころだ。ボクは、その入口を、奈良の門前で見ていた。

 はじめは、僧と、よほど上の人しか食えぬものだった。砂糖が、海のむこうから、ごくわずかしか渡ってこなかったからさ。けれど人というのは、いちど甘さを知ってしまうと、もう忘れられない。あの蒸し菓子を、もういちど食べたいと願う心が、人から人へ、ゆっくりと伝わっていった。そうして長い年月のあいだに、砂糖は少しずつ手に入りやすくなり、甘いものは、ついには子どもの小遣いでも買えるものになっていった。

 今では、饅頭などいくらでもある。湯気を吹きながら、なんの気なしに、ぱくりとやる。あのひと口に、おれが天を仰いだほどの驚きを覚える者は、もう、いない。

 それでも、とボクは思う。

 どこかの店先で、蒸したての饅頭が、白い湯気を立てているのを見たら、その甘さを、あたりまえと思わずにいてほしい。海をはるばる渡ってきた、物静かな男がいた。惜しそうに、指の先で、貴い白い粉をつまんでいた。弱った子の喉が、こくりと鳴った、あの春の門前があった。

 甘いものは、人を、しあわせにする。あの男の言ったとおりだった。ひとつの蒸し菓子の中に、海をこえて運ばれてきた甘さと、それを初めて口にした者の、天を仰ぐほどの驚きとが、いまも、そっと包まれている。ボクは、そういうものが、好きなんだ。

参考文献・もっと詳しく

蒸した皮に餡を包む饅頭は、もともと点心として禅僧の往来とともに大陸から伝わったとされ、肉を包む大陸の作法を、殺生を忌む寺方が小豆の餡に改めていったと伝わる。南都奈良には、渡来の人が饅頭の製法を伝えたという由来が語り継がれており(いわゆる塩瀬饅頭の祖とされる林浄因の渡来伝承など)、本話はその伝承に着想を得た創作で、登場する人物を特定の実在人物と同定するものではない。砂糖はこの時代きわめて貴重で、薬としても用いられたと伝わり、甘い菓子が寺方や上層から徐々に庶民へ広まる入口となった。康永二年は一三四三年(康永は北朝の年号で一三四二〜一三四五年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。※本文の人物・会話・情景は創作。

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