ひとつまみの甘さに、いかほどの値がついたか第 76 話食
食南北朝のころ・南都奈良読了 約5分

ひとつまみの甘さに、いかほどの値がついたか

〜生地はなぜ三日を経ねば、白くふくらまなかったのか〜

はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。

 朝の和菓子屋の戸口から、蒸し器の湯気がふわりと流れてきた。饅頭まんじゅうの並ぶ硝子ケースに、通りがかりの子どもが指をあてる。——見慣れた眺めだ、とボクは思う。

◇ ◇ ◇

 紙問屋の店先で、おれは帳面に筆を走らせる手を止めた。得意先の一人から、今年かぎりで取引を切ると告げられたばかりだったからだ。世は南と北とに分かれて久しく、都の商いも上向くきざしが見えない。挽回するには、何か気の利いた進物がいる。——そう思い立って、おれは禅寺ぜんでらの門をくぐった。康永こうえい二年(一三四三年)の、まだ肌寒い南都なんと奈良の春だった。

 参道には露店がまばらに並び、乾物を売る声がのんびりと響いていた。石畳の隙間から、春先の草が伸びかけている。寺には、海のむこうから渡ってきた男がいるという噂だった。みなは周しゅうどのと呼んでいた。海のむこうの高僧について船で渡り、いまはこの寺の厨くりやにこもって、点心てんしんという蒸し菓子をこしらえているという。物好きな公家や坊が、わざわざそれを求めて寺へ足を運ぶとも聞いた。おれはその噂だけを頼りに、山門脇の小さな厨をたずねた。

 厨のまわりには、ほのかに麦の匂いが漂っていた。戸口から声をかけると、恰幅のよくない、目もとのやわらかな男が顔を出した。それが周どのだった。

 「饅頭を、ひとつ所望したい」

 おれがそう告げると、周どのは指を折って数え、たどたどしい言葉で答えた。

 「三日は、要る」

 急ぎの用向きだと言いかけたが、周どのは首を横に振るだけだった。半日でどうにかならぬかと重ねてたずねると、周どのは困ったように笑って、また首を振った。周どのは、それ以上は何も言わず、奥から粉を練った生地の甕かめをひとつ運んできて、蓋を取った。酸いような、酒に似た匂いが立ちのぼった。生地は甕の縁まで、ふくれ上がっている。

 「これで、三日目だ」

 殺生せっしょうをきらう寺の菓子ゆえ、大陸のように肉は使わぬ。かわりに小豆あずきを煮て餡にし、皮は麦の粉に酒種を混ぜて、幾日か寝かせるのだと言う。ただ湯で練っただけの生地は、いつまで待っても膨らみはしない——そう聞かされて、おれは初めて、あの白くふくらんだ皮の下に、目には見えぬ日数が仕込まれていることを知った。

挿絵:殺生をきらう寺の菓子ゆえ、大陸のように肉は使わぬ

 値を聞いて、おれは息を呑んだ。紙一巻きどころか、上等な硯ひとつぶんに近い値だった。懐ふところの紐を、おれは幾度も指先で確かめた。まけてはくれぬかと粘ってもみたが、周どのは静かに首を振るだけだった。それでも、ここで退くわけにはいかなかった。おれは頷いて、代の半分を先に置いた。

◇ ◇ ◇

 三日のあいだ、おれは日に一度、寺へ様子を見にいった。

 初日、厨の外の土間には、まだ何も見えなかった。鐘の音が遠くで鳴り、若い僧が数人、水桶を運んで通り過ぎていくばかりだった。ただ、酒種の甕から立ちのぼる、ほのかに酸いような匂いだけが、その日じゅう漂っていた。砂糖さとうとやらは海のむこうから、ごくわずかしか渡ってこぬ貴いものだと聞いていた。周どのは小さな秤で、指先ほどの量を三度、四度とはかり直し、紙に包んでは戻し、また包み直していた。惜しむというより、確かめるための手つきだった。

 二日目、土間の隅に、白くふくらみきらなんだ生地が、ひとつ、またふたつと積まれているのが見えた。周どのは、ふくらみの浅いものは容赦なく鶏にわとりの餌にくれてやり、気に入るまで幾度も練り直していた。十のうち、まともに仕上がるのは二つか三つだと、あとで寺の下男が教えてくれた。それでは値が張るのも道理だと、おれは懐に手をやりながら思った。

 厨の前では、おれのほかにも二人、順を待つ客がいた。ひとりは絹きぬを商う女で、もうひとりは寺への寄進を控えた武家の使いだという。誰もが同じように、値の高さをぼやきながらも、三日を待つと言って帰っていった。

 日の傾く帰り道、おれは西の空を仰いで、訳もなく小さな息をついた。

 その二日目、寺の門前に、痩せた女が幼い子を背負って立っていた。長いわずらいで、ろくに物も食えぬのだという。母親は甘いものを一口だけでもと、門番に頭を下げていた。追い返されかけたところへ、周どのが厨から出てきて、蒸したての饅頭をひとつ、なにも問わずに手渡した。

挿絵:その二日目、寺の門前に、痩せた女が幼い子を背負って立っていた

 子の口もとへ小さく割って餡を当てると、細い喉が、こくりと鳴った。子の青ざめた頬に、ほのかな赤みがさした気がした。母親の腕の中で、子はもうひと口を求めるように、小さく口を動かした。母親は声もなく、幾度も頭を下げた。周どのはただうなずき、残りの饅頭を母親の手へ握らせて、奥へ戻っていった。おれはその一部始終を、山門の陰から見ていた。

◇ ◇ ◇

 三日目、周どのは竹たけの皮に包んだ饅頭をひとつ、おれの手に乗せた。まだほんのりとあたたかかった。

 「味を、見てみるとよい」

 おれは値のことも忘れて、その場でひとつを割った。白い皮の奥から、つやのある餡と、湯気がのぼる。ひと口かじると、それまで知っていた甘さの、ふた回りも上をいく味が、舌の上にじわりと広がった。渋みも、酸みも、何ひとつ混じらぬ、まっすぐな甘さだった。

 ——こんな甘さが、この世にあったのか。

 喉の奥まで、あたたかいものが落ちていく。おれはしばし、言葉を失っていた。三日分の値打ちが、いま、この一口の中にある——おれには、そう思えてならなかった。残りの代を払い、竹の皮ごと、大事に懐へしまった。

 その足で、おれは得意先へ向かった。饅頭を差し出すと、相手ははじめ怪訝な顔をしていたが、ひとつ口にするなり相好を崩し、しばし言葉を探しあぐねているようだった。

 「これは、どこで手に入れた」

 寺のことを話すと、相手は幾度もうなずき、切れかけていた取引の話を、その場でまた蒸し返してくれた。おれの店は、その一件で、どうにかその年を越すことができたのさ。

 そののち、周どのの饅頭の噂は、南都のうちでじわりと広まっていった。寺へ参る身分の高い人たちが、こぞって注文をつけるようになり、なかには輿こしを連ねてまで求めにくる者もあった。銭を積んで急がせようとする客もあったが、周どのは誰が相手でも、三日は三日、値は値と譲らなかった。指先で酒種の甕をたしかめる、その手つきだけは、いつも変わらなかった。おれのように、なけなしの銭をかき集めて一つだけ求める者も、代を惜しまぬ者も、周どのの前ではひとしく三日を待たされた。

◇ ◇ ◇

 今朝も、和菓子屋の戸口から、せいろの蓋を持ち上げる、しゅっという音が漏れてきた。店の奥のラジオが、天気予報を低く流している。学生がふと足を止め、財布を開いて饅頭をひとつ求めた。店主が竹の皮を広げる、かさりという乾いた音。学生の後ろに並んだ年寄りが、目を細めてそれを見ていた。レジが軽く鳴り、紙袋がふたつ、順に手渡された。二人は、それぞれの方向へ歩いていった。

参考文献・もっと詳しく

※ 蒸した皮に餡を包む饅頭は、もともと点心として禅僧の往来とともに大陸から伝わったとされ、肉を包む大陸の作法を、殺生を忌む寺方が小豆の餡に改めていったと伝わる。南都奈良には、渡来の人が饅頭の製法を伝えたという由来が語り継がれており(いわゆる塩瀬饅頭の祖とされる林浄因の渡来伝承など)、本話はその伝承に着想を得た創作で、登場する人物を特定の実在人物と同定するものではない。砂糖はこの時代きわめて貴重で、薬としても用いられたと伝わり、甘い菓子が寺方や上層から徐々に庶民へ広まる入口となった。康永二年は一三四三年(康永は北朝の年号で一三四二〜一三四五年)。※本文の人物・会話・情景は創作。

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