第 24 話言語写し間違いごと、物語は旅をした——刷る術のない頃、一冊の草子が手から手へ渡っていったこと
〜借りた物語を写すあの娘は、なぜ、写し手がまぎれ込ませた一行を、いちばん大事に抱えたのか〜
アイキャッチ案(レビュー用・未生成なら表示されません)
写すというのは、今ではいちばん手軽なことの一つだ。
気に入った文章を見つければ、指先ひとつでそっくり写し取れる。写したものを誰かへ送るのも、まばたきほどの間しかかからない。同じ言葉が寸分たがわず、いくつもいくつも、世のあちこちに散らばっていく。書き間違いも写し損ないもそこにはない。机に向かって何日もかけ、一字ずつ書き写す——そんな手間を、今では誰も思い浮かべない。
けれど文字を刷る術がまだ無かった頃、物語というものは、人の手でしか増えなかったらしい。一冊の草子を借りてきて、紙を継ぎ、墨を磨り、来る日も来る日も自分の手で写し取る。写し終えたものをまた別の誰かが借りていって、その人がまた写す。写すことがそのまま「広める」であり「残す」だった頃のことさ。
おもしろいのは、その写しの一つひとつに、写した人の癖や書き間違いが、こっそり紛れ込むことだった。撥ねの強い手。読み違えてできた、ありもしない一行。そういうものまで物語ごと、次の人の手へ渡されていく。
ボクが見てきたのは、一冊の物語が人の手から手へ、少しずつ姿を変えながら渡っていく、そういう道のことだ。
◇ ◇ ◇
長元四年(一〇三一年)の春のことだった。われは平安京の東のはずれ、五条のあたりに小さな家を借りて、人に頼まれては物の文を書き写す、そんな細々とした暮らしを立てていた。経の写しもあれば、誰かの覚え書きの清書もある。墨と紙さえあれば食いつなげるのが、この仕事のありがたいところだった。
その家の隣に、ちぐさという娘がいた。遠い国へ国守として下った父の留守を、年老いた乳母とふたりで守っている、まだ髪を上げる前の娘だった。垣のむこうから、よくわれの手元をのぞいていた。墨を磨る音が好きなのだと言って、用もないのに縁先までやってくる。
その娘が、あるとき思いつめた顔で、われのところへ相談に来た。
都で、ある物語がたいそう評判になっているという。女房づとめをしている従姉が、それは美しい姫君の出てくる長い物語だと、何度も話して聞かせてくれた。けれど、その物語はどこの店にも売っていない。そもそも、物語を銭で買える店などというものが、この頃にはほとんど無かったのだ。読みたければ、持っている人から一冊借りてきて、自分の手で写し取るよりほかに、手に入れるすべが無かったらしい。
「写してみたいのです。けれど、わたくしの手では、とても」
ちぐさの手は、まだ仮名を覚えたてだった。長い物語をひと冊写すというのは、大人でも幾日もかかる仕事だ。乳母にねだって従姉から借りてもらったのはいいが、いざ写そうとして、その分量にしりごみしてしまったらしい。
われは、その借り物の草子を手に取った。
幾枚もの紙を継いで綴じた、ずしりと重い一冊だった。表紙は手ずれて、墨の色も褪せている。よほど多くの手を渡ってきたのだろう。開いてみて、まず驚いたのは、その筆跡がひと色ではないことだった。前のほうはのびやかな女手で、なかほどから急にぎこちない、稚い手に変わる。終わりのほうは、また別の、撥ねの強い達者な手だった。
つまりこの一冊は、ひとりが写したものではなかった。何人もが代わるがわる、すこしずつ写し継いできた草子なのだ。借りた人が借りた人へ、写しては貸し、貸しては写し——そうして手から手を渡るうちに、いくつもの筆が一冊の中に積み重なっていた。
「これはな、ひとりの物語じゃない」と、われはちぐさに言った。「写した者みんなの、いわば寄り合いの物語さ」
ちぐさは、よく意味が分からぬという顔をしていた。
まあいい。とにかく写してやろう。われはそう請け合った。娘の手に余るぶんは、われが写してやる。その代わり、終いのところだけは娘に書かせて、自分で写したという覚えを残してやろう、と。ちぐさは、ぱっと顔を明るくした。
それから幾日か、われは縁先で、その物語を写しつづけた。
写すというのは、ただ目で追うのとはまるで違う。一字ずつ指でなぞるように写していくと、書いた者の息づかいまでが伝わってくる。ここで筆が走った。ここでためらった。墨が薄れて、あわてて磨りなおした跡。物語の中身よりも、写してきた者たちの手の動きのほうが、よほど生き生きと立ちあがってくるのだ。
紙は貴重だった。一枚も無駄にはできない。書きそこねれば、その箇所を小刀でそっと削り、乾かしてまた書く。墨が濃すぎれば裏まで透け、薄すぎれば年を経て読めなくなる。文字の大きさも、行の間も、前の写し手の呼吸にこちらの手を合わせていく。そうやって一日じゅう写していると、夕方には指の節が固まって、しばらく筆を握ったままの形からほどけなくなった。
ちぐさは、その間も飽きずに縁先に来ていた。墨を磨ってくれたり、写し終えた紙を日に干してくれたり。乾くのを待つあいだ、われが声に出して読んでやると、娘は膝を抱えてじっと聞き入る。来ぬ人を待つ姫君の名を呼んでは、まるで近しい者のように案じてみせた。物語の中の人を、こんなにも近くに感じられるものかと、こちらが感心したほどだった。
なかほどまで写し進めたところで、われは妙な一行に行きあたった。
待つ姫君の場面だった。来ぬ人を待ちわびる姫を描いた、しっとりとしたくだりだ。その一行に、こうあった。――姫君は袖を顔におし当てて、月の出るまで待っていた、と。
われは筆を止めた。
というのも、われはずっと前に、これと同じ物語の、別の写しをのぞいたことがあったのだ。そのときの本では、ここはただ「待っていた」とだけ書かれていた。袖を顔におし当てる、などという一行は、無かった。
誰かが、書き足したのだ。
おそらく、この稚い手で写した誰かだろう。来ぬ人を待つ姫が、あんまり不憫で、つい自分の心持ちのほうを、筆が勝手に足してしまった。袖を顔におし当てて、と。物語にもとから在った言葉ではない。ある写し手の胸のうちが、こぼれ落ちて紛れ込んだ、ありもしない一行さ。
さて、どうしたものか。われは少し迷った。もとの形に直して、ただ「待っていた」と写すのが、写し手の筋というものかもしれない。けれど、その足された一行が、なんとも捨てがたかった。それがあるとないとでは、姫君のさみしさの色が、まるで違ってしまう気がした。
結局、われはその一行を、書かれたとおりに写した。袖を顔におし当てて、と。一字も削らず、足しもせず。前の誰かの心持ちごと、そっくり次へ送ってやることにしたのだ。
思えば、われが前に見たという「待っていた」だけの本も、それがほんとうの始まりの形だったとは、誰にも言いきれない。そのまた前の写し手が、何かを削ったのかもしれない。読み違えて、べつの言葉を落としたのかもしれない。どこまでさかのぼっても、最初に書いた人の手そのものには、もう誰も行き着けないのだ。残っているのは、写されては変わり、変わってはまた写された、幾重もの手の跡だけ。物語というのは、川のようなものだと思った。流れていくうちに、いろんな土の色や落ち葉を溶かし込んで、もとの水がどれだったかなど、もう分からなくなっている。
幾日かして、写しはすべて出来あがった。終いのところを、ちぐさは舌を出さんばかりに息をつめて、たどたどしく書き写した。墨をなんども落とし、字はあちらこちらへ転んだが、ともかくも娘は、自分の物語を一冊、手にしたのだった。
出来あがった写しを、ちぐさは飽きもせず繰り返し読んでいた。そうしてある日、垣のむこうから、上気した顔で言ってきた。
「いちばん好きなところが、決まりました」
どこだと問えば、娘の挙げたのは、まさにあの一行だった。袖を顔におし当てて、月の出るまで待っていた——。そこを読むたび、胸がいっぱいになるのだと、ちぐさは言う。姫君のさみしさが、まるで自分のことのように分かるのだ、と。
われは、つい笑ってしまった。それはな、もとの物語には無かった一行だぞ、とは、言わずにおいた。誰とも知れぬ写し手が、ふと足してしまったひとことを、海山を越えてやってきたこの娘が、いちばん大事に抱きしめている。物語というのは、書いた者ひとりのものではないのだな、と、このときしみじみ思った。寄り合いの物語、と言ったのは、まんざら外れてもいなかったわけだ。
◇ ◇ ◇
その物語は、それからも写されつづけたのだろう。
ちぐさが写した一冊を、また誰かが借りて写す。その人の癖や書き足しを、いくらか新たに紛れ込ませながら、物語は手から手へ渡っていく。刷る術のなかった頃、物語が増えるとはそういうことだったのだと、後の世になっても伝わっている。同じ物語のはずなのに、家ごと土地ごとに、言葉のすこしずつ違う本がいくつも残った——そういうものらしい。
ずいぶん後になって、われはまったく別の土地で、また同じ物語の写しを見かけたことがあった。何度も写し継がれ、もう誰の手が始まりかも分からぬほど褪せた一冊だった。けれど、待つ姫君のあのくだりには、ちゃんとあの一行が在った。袖を顔におし当てて、と。
誰かが足した、ありもしない一行が、海山を越え、年を越え、知らぬ者の手をいくつもくぐって、ちゃんと旅をしていたのだ。
今では、写すのに何日もかからない。書き間違いも、ひとりでに消えてくれる。同じ言葉が、寸分たがわず、いくらでも増えていく。それはずいぶん便利になった。
それでも、と思う。誰かの手の癖や、こぼれ落ちた心持ちまでを、物語ごと次へ手渡していく——あの、写すことでしか広められなかった頃の手の温もりは、もう、なかなか紛れ込まない。
袖を顔におし当てて、と読むたびに胸をいっぱいにしていた、あの娘の上気した顔を、ボクはまだ覚えている。
参考文献・もっと詳しく
- 『古典学入門』ISBN 978-4-00-331841-6
- 『原典をめざして——古典文学のための書誌』ISBN 978-4-305-60304-3
- 『古写本の姿』ISBN 978-4-7843-3436-0
- 『日本古典書誌学論』ISBN 978-4-305-70808-3
※ 平安時代には木版・活字による印刷はまだ一般的でなく、物語などの仮名文学は写本(書写)によって伝えられ、借り写し・回し読みで広まったとされる。書き写す過程で写し手による誤写・脱落・加筆が生じ、同じ作品でも本文の異なる「異本」が多数生まれたと考えられている。本話の人物・会話・引用した一行はすべて創作で、特定の現存作品を指すものではない。長元四年は一〇三一年(長元は一〇二八〜一〇三七年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。
当サイトは Amazon アソシエイト・プログラムの参加者です。上記リンク経由の購入で当サイトに収益が発生する場合があります。
