第 44 話文化信濃の山家に、囲炉裏を拵えてもらった、そのひと冬
〜値も日にちも決めた職人が、灰の厚みだけは譲らなかった〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
家の火は、いつから、人の目に見えなくなったのだろう。
飯を炊く火は箱の中で燃えて、炎は見えない。部屋を暖める熱は、どこか壁の裏から来る。灯りは指先ひとつでつき、夜になっても家のあちこちが等しく明るい。火は暮らしの隅へ押しやられて、人の目に触れぬところで、黙々と働いている。
昔は、火が家のどまんなかにあった。床を四角く切り取って、そこへじかに火を焚く。囲炉裏だ。その一つの火に、いったいどこまで頼っていたのか、ボクにはうまく思い描けない。
その炉を、村の外から来た者が、銭を払って拵えてもらったと聞けば、なおのこと分からなくなる。火を焚く場所ひとつに、なぜそれほどの手間と銭をかけたのか。
◇ ◇ ◇
応永十一年(一四〇四年)の冬、おれは信濃の山あいの、小さな村にいた。旅の商いで銭を稼ぎながら、雪の来るころには一軒の百姓家の隅を借りて、ひと冬をやり過ごす。そういう暮らしを、もう長いこと続けていた。
借りたのは、母屋の隅に建て増した、小さな板間だった。壁と屋根はあるが、火の気がない。夜になると、指先がかじかむほど冷え、寝床に入っても、息が白く見えるほどだった。米を炊くにも湯を沸かすにも、母屋の炉へ頭を下げて借りねばならない。母屋には母屋の暮らしがあり、子らが騒ぐ夕刻などは、火のそばに割り込むのも気詰まりだった。
村は、山の斜面にへばりつくように、十軒あまりの家が寄り集まっているだけだった。冬になると、峠は雪でふさがり、村の外へ出る道も細くなる。荷を担いで村々をまわる商いは、雪が積もる前に切り上げ、あとはこの村で春を待つよりほかにない。動きの少ない冬を、火の気のない板間でやり過ごすのは、思っていたより堪えた。
貸してくれた百姓の家には、あるじと女房、まだ小さい子が二人いた。母屋の炉は、その一家四人が囲むだけで、もう肩がふれ合うほどの狭さだった。よそ者のおれが加わる余地は、はじめからなかった。あるじは、悪気なく「隅を貸しただけで精一杯だ」と笑った。その笑いに、責める色はなかったが、こちらの冷え込みが晴れるわけでもなかった。銭ならいくらか蓄えがあったし、この冬をしのぐのに、それを使わない手はなかった。
あるじに断ると、好きにしてくれと笑って許した。
「そこに、炉を切ってはもらえぬか」
おれがそう頼んだ相手は、村で名の知れた、炉を拵える親方だった。歳は翁ほどにいっているが、腰はまだしゃんとしている。板間の隅にしゃがみ、床板を二度、三度と拳で叩いて、下の土の具合を確かめた。それから、値を口にした。

「銭百五十文」
「百二十文でどうだ。仕上がりが年内なら、それで頼みたい」
「……百三十。十日で仕上げよう」
それで決まった。銭は先に半分、残りは仕上がってから。日にちも値も、そのやり取りだけで決まった。
◇ ◇ ◇
その日から、親方は毎日、板間に出入りした。おれは日中、村々を売り歩いていて、その手元を見たことは一度もなかった。夕方に戻ると、床の一部が四角く切り取られている。翌日には、その底に石が敷かれている。湿った土の匂いだけが、日ごとに濃くなっていった。外を歩いていても、板間のほうから、土を掘る乾いた音や、石をすり合わせる音が、遠くから聞こえることがあった。
三日目の晩、戻ると、切り口のまわりに土くれが山になって崩れていた。親方は無言でそれをかき集め、もう一度、同じところを掘り直していた。深さが足りなかったらしい。値は先に決めた百三十文のまま変えぬと言い切っていたから、崩れたぶんの手間は、親方の損になったはずだ。おれが声をかけると、親方はちらとこちらを見ただけで、また土に手を戻した。五日目には、掘り直した底に粘土が敷かれ、固められていた。
七日目には、粘土が乾ききって、灰色から白っぽい土色に変わっていた。八日目、その上に薪が積まれ、小さく火が入れられた。焚いては消し、また焚く。土を焼き締めているのだと、あとで気づいた。九日目は、一日じゅう火が入れっぱなしで、板間に、うっすらと煙の匂いがこもった。
十日目、炉は仕上がった。四角い炉のまわりに石が組まれ、上には自在鉤が下がっていた。太い縄と横木を組んだ仕掛けで、鍋を吊るす高さを、上げ下げできる。灰は厚く敷きつめられ、まんなかに、赤い火種がひとつ、静かに息づいている。残りの銭を払おうとすると、親方はそれを受け取る前に、灰を厚く盛った上へ、じかに手を突っこんだ。指の先まで灰に埋め、しばらくそのままにしてから、もうひとすくい、灰を足す。それから、ようやく銭を受け取り、道具を担いで帰っていった。板間にはしばらく粘土と煙の匂いがこもり、それが少しずつ、火と灰の匂いに変わっていった。
◇ ◇ ◇
その冬、おれはその炉で、飯を炊き、手をあぶり、夜には灯りにした。夜のうちに、白い灰を火種にかぶせて埋めておくと、朝、灰をそっと払った先に、赤いものがまだ息づいている。枯れ枝をあてがい、息を吹きかければ、すぐに炎が立つ。よその家の子どもが、遊びに来ては灰の中を勢いよく掻き回して、火種を消してしまうのを、幾度も見た。そのたびに、おれは黙って灰をかき直した。手は、迷わず動いた。

朝は、稗や粟を、菜とともに大鍋で煮た。自在鉤に鍋を掛け、煮え加減にあわせて縄を送り、鍋の高さを下げたり上げたりする。湯気の立つ椀を両手で抱えると、指先の冷たさが少しずつ薄れていった。夜は、その同じ火のそばで、行商の帳を頭の中で繰り、次の売り先を思案した。灯りといっても、炎の揺れる明るさだけが頼りだったが、それで用は足りた。
雪の日は、外の仕事もできぬ。板間には、母屋の者まで、めいめいの手仕事を持って集まってきた。草鞋を編む者、糸を績む者、火のそばで刃物を研ぐ者。火のまわりに、狭い光の輪ができ、輪の外は暗がりに沈む。子どもらは、灰の中に栗を埋めて焼き、爆ぜる音に、そのたび飛び上がって笑った。
吹雪の晩には、峠を越えそびれた者が、板戸を叩くこともあった。おれはその者を炉端へ通し、鍋の湯を椀によそった。ふるえていた手が、椀のぬくもりで少しずつほどけていくのを、幾度か見た。男は、遠い在所の話をとつとつと語り、夜ふけまで、みなそれに聞き入った。飯を炊く火、手をあぶる火、字を読む灯り、寄り集まる場。焚き物と、暖と、灯りと、人の声。その一つの火に、みな寄りかかっていた。
ときおり、この暮らしをあとどれだけ続けるのだろうと、指先が疼くように思うことがあった。それ以上は、考えないようにした。
◇ ◇ ◇
雪の消えるころ、おれはその村を発った。荷をまとめる前に、最後の一杯の灰を、火種の上にかぶせておく。母屋の者に礼を言うと、あるじは、ひと冬の間そこにあった板間の炉を、あとも壊さずに残しておくと言った。冬の間、隅の板間にも火の匂いがしたことで、母屋の側も、心持ち楽になったのだという。おれのために拵えた炉だが、これからは、また別の誰かの冬に使われるのだろう。
村を出る道すがら、あの親方の家の前を通った。庭先には、掘り返した土と、古い石の山があった。どこかの家の、傷んだ炉の据え直しを頼まれたらしい。声はかけず、そのまま峠のほうへ足を向けた。
振り返ると、山あいの村は、まだ朝の霧に半分沈んでいた。どの屋根の下にも、たいてい似たような炉があり、似たような灰があるはずだった。この村を出れば、どこの家の隅を借りることになるのか、まだ分からない。炉のある家もあれば、また一から頼まねばならぬ家もあるだろう。炉を焚きつけたまま去るのは忍びなかったが、火は、次にそこへ来る誰かが、また灰をかき分ければ、いくらでも熾せる。おれのいなくなったあとも、灰の下の種は、しばらく生きていたはずだ。
◇ ◇ ◇
あの炉のまわりに組まれた石は、いまもその家に据わっているだろう。灰へすくいこむ、あの乾いた音は、どこにも書き留められていない。写せるのは形だけで、音までは写らない。ふとした拍子に、あの灰をすくう乾いた音が、耳の奥に蘇ることがある。
参考文献・もっと詳しく
※ 床の一部を四角く切って火を焚く囲炉裏は、煮炊き・暖房・照明を兼ねた中世以来の庶民の住まいの中心であったと伝わる。灰の中に火種を埋めて翌朝に熾す扱いや、自在鉤によって鍋の高さを加減する仕組みも、各地の民俗として伝えられている。応永十一年は一四〇四年(応永は一三九四〜一四二八年)。※本文の人物・会話・情景は創作。
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