家の床を四角く切って焚いた火が、煮炊きも灯りも団欒もまとめて引き受けていた日のこと44
室町のころ・信濃の山里の農家読了 約8

家の床を四角く切って焚いた火が、煮炊きも灯りも団欒もまとめて引き受けていた日のこと

火を絶やさぬよう夜どおし灰をかき抱いた爺は、なにを守っていたのか

 囲炉裏というのは、家の床を四角く切り取って、そこへじかに火を焚いただけのものだ。

 いまの暮らしなら、火と人とはずいぶん遠い。飯を炊く火は箱の中で見えず、部屋を暖める熱はどこか壁の裏から来る。灯りは指先ひとつでつき、夜になっても家のあちこちが等しく明るい。火はもう、暮らしの隅へ押しやられて、人の目に触れぬところで黙々と働いている。

 けれど昔は、ちがった。火は家のどまんなかにあった。床を四角く切って囲い、そこで一日じゅう火を絶やさぬ。その一つの火が、飯を煮て、家を暖め、夜を照らし、そうして家の者みなを、その縁へ引き寄せた。煮炊きと、暖と、灯りと、人の集まり——四つもの役目を、たった一つの火がまとめて背負っていたのさ。

 ボクが見てきたのは、家の中心に火があった、その暮らしだ。火を囲んで人が車座になり、鍋を吊るし、長い夜をやり過ごす。その火の縁から、人の団欒というものが、ゆっくりと育っていった、そのあたりのことさ。

◇ ◇ ◇

 応永十一年(一四〇四年)の冬のことだ。おれは信濃の、山ふところに張りついたような小さな村の、百姓の家にいた。

 雪の深い土地だった。冬になると、戸の外は一面の白で、朝に起きても山の影が暮れたように暗い。風の音ばかりが、板戸のすきまから細く鳴っていた。そういう土地では、家の中の火だけが、たよりだった。

 家のまんなかに、床を四角く切った炉があった。灰を厚く敷きつめ、そのうえで薪がいつもくすぶっている。鍋を吊るす自在鉤が、煤で黒光りした梁から下がっていて、湯気を上げる鍋を、そのときどきの煮え加減にあわせて、上げ下げできるようになっていた。

 その炉の火を守るのが、おれの家では爺さまの役目だった。

 爺さまは、もう畑へは出られぬ齢だった。腰が曲がり、耳も遠い。けれど火の番だけは、誰にも譲らなかった。日のあるうちは薪をくべ、灰をならし、夜は誰より遅くまで火のそばに残った。そうして朝、家の者がまだ眠っているうちに、いちばんに起きて、灰の中をそっと掻く。

 おれは一度、その手つきを覗いたことがある。

 爺さまは、夜のうちに白い灰をかぶせて、火種をそのまま埋めていた。朝、その灰をやわらかく払うと、奥に赤いものが、まだ生きて息づいている。そこへ細い枯れ枝をあてがい、息を吹きかけると、ぽっと炎が立つ。一晩じゅう、火は消えていなかったのだ。

 「爺さま、なぜ毎晩そんな手間を。朝に火打ち石を打てば、すむことだろうに」

 おれがそう言うと、爺さまは灰を掻く手を止めずに、低く笑った。

 「火種を絶やすとな、朝の火がなかなか熾きん。指がかじかむ朝に、いちから火を起こすのは、難儀だぞ。それにな——」

 爺さまは、灰の奥の赤い種を、いとおしむように見つめた。

 「この火はな、ご先祖が起こした火と、地つづきなのだ。代々、絶やさず守ってきた。おれの代で消すわけにはいかんのさ」

◇ ◇ ◇

 その火は、ほんとうに、よく働いた。

 朝は、その火で粥を炊いた。自在鉤に大鍋を吊るし、稗や粟を、菜とともにぐらぐらと煮る。湯気が立ちのぼり、家じゅうに、あたたかい匂いがひろがる。寒さで縮こまっていた家の者が、その匂いに引かれて、ひとり、またひとりと、炉端ににじり寄ってくる。

 火を囲んで、めいめいが座る場には、おのずと決まりがあった。

 いちばん奥の、上座にあたるところは、家の主が座る。爺さまが火の番を譲らぬのと同じで、その座も、たやすくは動かなかった。主の脇には主の女房が座り、子らは入り口に近い、下の方へ並ぶ。客が来れば、客はまた別の決まった座へ通される。たかが火を囲んだ車座が、いつのまにか、家の内の上下や役目を、そのまま映すようになっていた。

 昼は、その火が家を暖めた。

 雪の日は、外の仕事もできぬ。家の者は炉端へ集まり、火にあたりながら、めいめいの手仕事をした。爺さまは草鞋を編み、おれは縄をなう。女らは糸を績み、繕いものをする。火を中にして、手だけが動き、ぽつりぽつりと、とりとめのない話が交わされた。誰かが昔の話をはじめると、子らが目を丸くして聞き入る。火がぱちりと爆ぜると、みなが一瞬、口をつぐむ。

 そうして夜になると、その火が、灯りになった。

 炉の炎は、家のなかでただ一つの、まともな明かりだった。その光のとどく輪の中だけが、ほのかに赤く照らされ、輪の外は、もう暗がりに沈んでいる。家の者は、その明かりを惜しむように、火のまわりへ身を寄せあった。狭い光の輪の中に、家じゅうの顔が寄り集まる。火が、人を一つところへ束ねていたのさ。

 おれは縄をないながら、よく思ったものだ。この火がなければ、おれたちは、めいめいの暗がりに散らばって、口もきかずに冬をやり過ごしていたろう、と。火が、家の者を、毎晩こうして一つの縁へ呼び集めていた。

◇ ◇ ◇

 その火は、家まで丈夫にしていた。

 炉の煙は、行き場を求めて、家じゅうの梁や桁を、ゆっくりと這いのぼっていく。日に日に、年に年に、その煙が木を燻していく。煤をかぶった梁は、艶のある黒に染まり、手で触れると、しっとりと固く締まっていた。爺さまの言うには、こうして燻された木は、虫も食わず、腐りもせず、何代でも保つのだという。

 「家もな、火で育つのさ。火を絶やせば、家もはやく傷む」

 爺さまは煤けた梁を見上げて、そんなことを言った。たしかに、煙にいぶされたこの家の骨は、おれが生まれるより前から、びくともせずに立っていた。火は、煮炊きや暖だけでなく、家そのものまで、見えぬところで守っていたのだ。

 雪のひどく降りつもった、ある晩のことだ。

 峠を越えそびれた旅の者が、戸を叩いた。寒さで唇まで白くなった、見も知らぬ男だった。家の者は、その男を、ためらわず炉端へ通した。下座のあたりに筵を敷き、火のいちばん近いところへ座らせる。爺さまが自在鉤の鍋を掻きまわし、熱い汁を椀によそって、男の手に持たせた。

 男は、その椀を両手で包むように持ち、ふるえながら、すすった。やがて顔に血の気がもどってくると、ぽつり、ぽつりと、遠い在所の話をはじめた。家の者は、火を囲んだまま、その見も知らぬ男の話に、夜ふけまで聞き入った。

 火さえあれば、見ず知らずの者でも、その縁へ迎え入れられた。一つの火を分けあうということは、ひとときのあいだ、同じ家の者になるということだったのさ。朝、男は何度も頭を下げて、また雪の中へ消えていった。その椀のぬくもりを、男はきっと、ずっと忘れなかったろうと、おれは思う。

◇ ◇ ◇

 その冬の終わりごろ、爺さまが床についた。

 長く火の番をつとめた人だった。寝床から、まだ火のことばかりを気にかけ、「灰はならしたか」「種は埋めたか」と、かすれた声で問うた。おれが火の番を引き継いだと告げると、爺さまは、ようやく安心したように目をつむった。

 おれは、その晩から、爺さまのしていたとおりにやった。夜のうちに、火種へ白い灰をかぶせて埋める。朝、その灰をそっと払うと、奥に赤いものが、ちゃんと生きて待っている。枯れ枝をあてがい、息を吹きかけると、ぽっと炎が立つ。爺さまの言ったとおりだった。火は、絶えていなかった。

 はじめのうちは、おれの番もたどたどしかった。灰のかぶせ方が浅くて、朝には種が冷えて灰になっていたこともある。そんな朝は、かじかむ指で火打ち石を打ち、いちから火を起こすほかなかった。爺さまの手間が、どれほど家を楽にしていたか、消してみてはじめて身にしみた。それからは、夜ごと灰を厚くかぶせ、種の埋もれ具合をたしかめてから、ようやく眠るようになった。

 火を絶やさぬというのは、毎晩のささやかな祈りのようなものだった。明日もまた、家の者が、この縁へ寄り集まれますように。粥の湯気と、語らいと、暖かい眠りが、明日もありますように。そう念じながら、灰を掻く。それが、火の番というつとめの、ほんとうの中身だったのさ。

 その火にあたりながら、おれは、はじめてわかった気がした。爺さまが守っていたのは、ただの火ではない。この火を囲んで重ねてきた、家の者の朝と夜、その数えきれぬ団欒のすべてを、絶やすまいとしていたのだと。火種を埋めるあの手つきは、家そのものを、明日へ手渡す手つきだったのさ。

◇ ◇ ◇

 家の床を四角く切って火を焚き、その一つの火で煮炊きをし、暖をとり、灯りとし、家じゅうの者がそこへ寄り集まる——そういう暮らしが、雪深い里に長くつづいた、このころのことだ。ボクは、その火の縁を、いくつもの家で見てきた。

 火を囲んだ車座には、おのずと座の決まりが生まれ、めいめいの手仕事の場となり、長い夜の語らいの場となった。家族が顔をつき合わせ、ひとつの火を分けあって過ごす——そんな団欒のかたちは、家のまんなかにあった、あの一つの火から育ったのだと、ボクは思っている。

 いまでは、火は暮らしの隅へ追いやられた。飯は見えぬ火が炊き、暖はどこからともなく来て、灯りは家じゅうを等しく照らす。便利になったぶん、人が一つの火のまわりへ、身を寄せあう理由は、薄れていった。みなが別々の明かりの下で、別々の方を向いている。

 それでも、とボクは思う。

 冬の夜、どこかであたたかな火を見たら、そのまわりに、かつて家じゅうの顔が寄り集まっていた、あの車座を思い出してほしい。粥を煮る湯気、ぱちりと爆ぜる炎、火の番を譲らなかった爺の、灰を掻くしずかな手つき。あれは火を守っていたのではない。火を囲んで生きる、人の団欒そのものを、毎朝、絶やすまいと掻き抱いていたのさ。

 囲炉裏は、ただ床を切って焚いた、一つの火にすぎない。けれどその火の輪の中には、寄り集まり、語りあい、また次の朝へと火種を手渡していった者たちの、ぬくもりが残っている。ボクは、そういうものが、好きなんだ。

参考文献・もっと詳しく

床の一部を四角く切って火を焚く囲炉裏は、煮炊き・暖房・照明・そして家族が集う場という複数の役目を、一つの火でまかなう中世以来の庶民の住まいの中心であったと伝わる。火を絶やさぬよう灰に火種を埋めて翌朝に熾す習慣や、囲炉裏端の座順に家内の身分・役割が反映されたことも、各地の民俗として伝えられている。応永十一年は一四〇四年(応永は一三九四〜一四二八年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。※本文の人物・会話・情景は創作。

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