第 53 話畳んで懐に入る灯りが、はじめて夜の闇に一本の道をつけた日のこと
〜庄助じいさんは、なぜ火も入れぬ紙袋を、いくども畳んでは開いてみせたのか〜
提灯というのは、竹のひごを輪にして骨を組み、その上へ薄い紙を貼った、火を入れるための袋だ。
今は、夜が明るい。日が暮れても、壁のものをひとつ押せば部屋は昼のようになる。往来には灯りが並び、人は真夜中でも平気で歩いていく。夜と昼の境目など、もうあってないようなものさ。
けれど昔は、ちがった。日が落ちれば、世はまるごと闇に沈んだ。一歩さきの溝も見えない。人は陽のあるうちに用をすませ、暗くなれば家にこもるよりほかなかった。夜というのは、人の動きをぴたりと止めてしまう、黒い壁のようなものだったのさ。
その壁に、はじめて細い道がついた。畳んで懐に入り、開いて火を入れれば、足もとを照らして歩ける——そういう灯りが生まれたときのことを、ボクは覚えている。
◇ ◇ ◇
文安五年(一四四八年)の冬のことだ。京の東、とある寺の門前町に、庄助という年寄りが住んでいた。おれはそのじいさんのもとで、紙を貼る手わざを仕込まれていた。
じいさんの仕事は、ちょっと変わっていた。まず竹を細く細く割り、小刀で薄いひごにする。それを湯気にあてて、くるりと輪に曲げる。輪をいくつもこしらえ、糸でつないで骨を組むと、ふくらんだ籠のような形ができあがる。そこへ、楮で漉いた薄紙を一枚ずつ貼っていくのが、おれの役目だった。
糊をひきすぎれば紙はよれる。足りねば乾いて剥がれる。骨の竹に沿わせて、皺ひとつ寄せずに貼るのは、見た目より難しい。おれは何枚も貼りそこねては、じいさんに頭をはたかれた。
「灯りを包む紙だ。皺があれば、そこだけ火の色が濁る。薄く、まんべんなく光らせてこそ、提げて歩く値打ちが出る」
じいさんは、そう口やかましく言った。おれにはまだ、提げて歩く、という言いまわしの意味が呑み込めなかった。
あらかた紙を貼り終えると、骨の上下に小さな板がはめてある。下の板には鉄の芯が立っていて、そこへ蝋燭を挿す。庄助じいさんは、できあがった袋の口へ手を入れ、上の板と下の板を、すうっと近づけた。すると、ふくらんでいた袋が、骨の輪ごと折り重なって、薄い円盤のように畳まれてしまった。
おれは目をまるくした。
「じいさま、せっかく貼った紙を、なぜ畳むのです。割れてしまうではありませんか」
庄助じいさんは、にやりと笑って、その畳んだ円盤を、ふところへ無造作に滑り込ませた。
「割れはせぬ。輪が折りたたまるよう、糸の張りを工夫してあるのだ。見よ」
じいさんは、ふところからまた円盤を取り出すと、上下の板を引いて、ぽんと開いてみせた。さっきの袋が、何ごともなかったように、もとのふくらみへ戻る。畳んで、開いて、また畳む。何度くりかえしても、紙は破れもしなかった。骨の輪は、まるで蛇腹のように、すんなり重なり、すんなり起きあがった。
「これがあれば、灯りを持って歩けるのよ」
じいさんはそう言ったが、おれにはまだ、その値打ちが呑み込めなかった。灯りなら、家のなかに皿の油でも灯せばよい。わざわざ手に提げて、いったいどこへ行くというのか。
◇ ◇ ◇
その値打ちを思い知ったのは、冬の、日のごく短いころだった。
じいさんが、谷ひとつ越えた寺へ紙を届ける用を、おれに言いつけた。昼のうちに発ったはずが、道で知った顔に呼びとめられ、あれこれ手間どるうち、帰り道では、もうとっぷりと日が暮れていた。
おれは肝が冷えた。山ぎわの道は、闇が早い。月もない夜で、一歩さきも見えぬ。こういう晩に無理して歩けば、溝へ落ちるか、谷へ転げるか、どちらにせよ命にかかわる。昔の者は、暗くなれば歩くのをやめた。やめるよりほか、すべがなかったからさ。山あいの寺で一夜を明かそうか。そう肚をくくりかけていた。
立ちすくんでいると、寺の門のほうから、庄助じいさんが追いかけてきた。手には、あの畳める袋がひとつ。じいさんは、おれの帰りの遅いのを案じて、わざわざ迎えに出てきたのだという。そうして、ふところからそれを取り出し、ぽんと開いて、なかの蝋燭へ火を移した。
すると、どうだろう。
紙ごしに、ぼうっと、やわらかな明かりが灯った。骨に貼った薄紙が、火の色をまるく包んで、ほんのり地面を照らす。風が吹いても、紙が火を守って、消えはしない。皿の油なら、ひと吹きで消えていただろう。袋に入れた火は、風のなかでも、けなげに燃えつづけた。
「足もとだけ見て、ゆるりと帰れ。これがあれば、夜も道になる」
じいさんはそう言って、灯りの柄を、おれの手へ握らせた。受け取った提灯は、思いのほか軽かった。竹と紙でできた袋に、蝋燭が一本きり。それだけの軽い荷が、この夜の闇に立ち向かう、たった一つの頼りなのだった。
おれは、その一灯をたよりに、闇の道を歩いた。見えるのは、足もとの、ほんのわずかな丸い範囲だけだ。それでも、その丸さえあれば、次の一歩が踏める。一歩進めば、また次の地面が照らされる。さっきまで黒い壁でしかなかった夜が、おれの歩みにつれて、すこしずつ、道になっていく。
おれは、夜のなかを歩いている。手のなかの灯りひとつで、これまで踏み込めなかった闇に、自分の足で道をつけている。それが、なんとも言えず、不思議だった。怖さよりも、胸のすくような心持ちが先に立った。闇に縛られていたものが、手のなかの小さな火ひとつで、ふっとゆるんだのさ。
◇ ◇ ◇
門前町へ帰りつくと、じいさんはまだ起きていて、炉ばたでおれを待っていた。火を返すと、じいさんはそれを畳み、いつものように、ふところへしまった。
「じいさま。あの袋ひとつで、夜が、まるで変わってしまいました」
おれが声を弾ませると、じいさんは火箸で灰をいじりながら、ぽつりと言った。
「夜は、長いあいだ、人を閉じこめておった。日が暮れれば、隣の家へ行くのもままならぬ。病人が出ても、医者を呼びにやれぬ。火事と聞いても、足もとが見えねば駆けつけられぬ。暗いというのは、それだけで、人をひと所へ縛りつけることよ」
じいさんの言うとおりだった。それからというもの、おれは町の夜が、すこしずつほどけていくのを、そばで見た。
暮れてから、提灯ひとつ提げて隣家を訪ねる者が出てきた。夜の寺へ、灯明を上げに参る人が、めいめい小さな火を提げて石段をのぼっていく。商いの遅じまいに、軒へひとつ提げておけば、暗くなってからの客も、迷わず店先をさがしあてた。それまで日暮れとともに死んだように静まっていた門前が、ぽつり、ぽつりと灯をともしながら、夜のなかでも、かすかに息をしはじめたのだ。
ある晩のことだ。町はずれの家から、男がひとり、戸を叩いて駆け込んできた。女房が産気づいた、産婆を呼びに行きたいが、外は墨を流したような闇だという。じいさんは、黙って棚から提灯をひとつ取り、火を入れて男の手へ握らせた。男は灯りを提げ、闇のなかへ転がるように駆けていった。
夜が更けてから、男はまた戻ってきて、産婆を無事に連れ帰れた礼を、何度も頭を下げて言った。提灯を返す手が、まだかすかに震えていた。
「これがなければ、夜明けまで動けなんだ。間に合わなんだかもしれぬ」
男はそう言って、灯りの消えた火袋を、いとおしむように撫でた。おれは、その手つきを、いまでも覚えている。畳める灯りは、もう、ただの便利な道具ではなかった。暗さに閉じこめられて、なすすべもなかった夜を、人の手にすこしだけ取り戻させる——そういう、ささやかな力を帯びはじめていたのだ。
庄助じいさんは、注文がふえるたびに、相変わらず口やかましく紙を貼った。皺を寄せるな、糊を均せ、火の色を濁らせるな——あの小言の一つひとつが、誰かの夜道を照らすためのものだったのだと、おれは後になって思い知った。たかが竹と紙の袋に、人を闇から連れ出す力があるなどと、そのときの誰が、ほんとうに信じていただろう。
◇ ◇ ◇
それからのことを、ボクはいくつもの町で見てきた。
畳める灯りが出回るにつれて、人の夜が、すこしずつ変わっていった。暮れてから隣家を訪ねる。夜の市が立つ。祭りの宵には、軒という軒へ火袋が連なって、町ぜんたいが、ぼうっと明るんだ。日が落ちたら家にこもるよりほかなかった人々が、夜のなかへ、おそるおそる足を踏み出しはじめた。
灯りを提げて歩く——だから人は、それを「提灯」と呼んだと伝わる。手に提げる、ともしび。畳めば懐に納まり、開けば道を照らす。たかが竹と紙の袋が、夜という黒い壁に、一本ずつ道をつけていったのさ。
今は、夜のほうが明るいくらいだ。壁のものをひとつ押せば町は煌々と照らされ、提灯を提げて夜道を行く者など、もう、まずいない。火袋に火を入れる手間も、その火を風から守る心づかいも、とうに忘れられた。
それでも、とボクは思う。
祭りの宵に、軒先へ提灯がいくつも揺れているのを見たら、その明かりを、ただの飾りと思わずにいてほしい。あれはもともと、闇に道をつけるための、ささやかな火だった。月のない晩に、足もとの丸い明かりだけをたよりに、はじめて夜の道を歩いた者がいた。手のなかの一灯に、胸をすかせていた者がいた。
提灯は、ただ風に揺れているだけだ。中の火が、ぼうっと紙を染めているばかりさ。それでも、その小さな丸い明かりには、闇に縛られた暮らしを、ほんのすこしだけゆるめた、人の工夫が灯っている。ボクは、そういうものが、好きなんだ。
参考文献・もっと詳しく
- 『民具入門』ISBN 978-4-87449-105-8
- 『日本の職人』ISBN 978-4-06-292182-4
- 『道具と暮らしの江戸時代』ISBN 978-4-642-75464-4
- 『あかり』ISBN 978-4-7999-0147-2
※ 提灯は、竹ひごの骨へ紙を貼り、内に灯火を入れる携行用の灯火具で、骨を折り重ねて畳める形のものは室町時代ごろにあらわれ、戦国から近世にかけて広く用いられるようになったと伝わる。持ち運べる灯りの普及は、日没後の往来や夜間の参詣・訪問など、人々の夜の暮らしを大きく変えたとされる。文安五年は一四四八年(文安は一四四四〜一四四九年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。本文の人物・会話・情景は創作。
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