第 67 話道具井筒屋の万吉と、春雨のなかの祝い徳利
〜四角い一枚の布に、小さな丁稚が覚えていたこと〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
万吉は、包む前にかならず、布の角を二度はたく子だった。
塵を払うのとも、癖ともつかない。その手つきを、ボクは大坂の店先で見ている。あの子が結ぶと、荷はどれも、持つ者の手にちょうどよい形で収まった。布の名は風呂敷という。名の由来は湯屋に衣を包んだ話とも聞くが、ボクにも定かでない。
享和二年——西暦でいえば一八〇二年の、大坂の春のことだ。
◇ ◇ ◇
わては大坂に根城を置いて木綿を担ぎ、諸国を回る小商いで、その日は天満の木綿屋、井筒屋へ、仕入れの口利きを頼みにあがったところだった。ところが暖簾をくぐるなり、帳場から女将のおくにが転げるように出てきて、わての袖をつかんだ。
「ええとこへ来はった。番頭も手代も問屋の寄り合いに出てしもて、奥の蔵で積み荷が崩れましたんや。ちょっと手ぇ貸しとくなはれ」
断る間もなかった。背の荷は店先に下ろされ、わては蔵へ引きずりこまれた。崩れていたのは、棚いっぱいの反物の山で、ひと山ぶんが土間になだれている。店先には丁稚の万吉がいた。十ばかりの子で、箒を持ったまま、おくにの「あんたは表を掃いとき」のひと声で、ひとり店に残された。
反物を一本ずつ拾い、埃を払って棚へ戻す。藍の匂いと、湿った布の重みが腕にのしかかる。表からは、客の相手をする万吉の声が、仕切りの暖簾ごしに聞こえていた。手拭いを買った客に、「ほい」とひと言。布を斜めに置いて、角を折る。折るたびに、ひとつ、ふたつ、と小さな息が数えている。崩れた山の反物を拾ううちにも、その声は途切れず、結ぶ手はいつも迷わなかった。
わてには、それが子どもの手伝いの域を越えて聞こえた。だが、蔵の仕事は目の前に山積みで、耳をそちらへ向けている暇はない。崩れた山のいちばん下の反物には、藍が移って、端がうっすら青く染まっていた。おくには、それを見て舌を打った。「染めが甘い、とは言わせへんで」と、誰に向けるでもなく言う。
三十本も戻したろうか。表で戸が鳴り、おくにが顔を上げた。
「もうひとり、お客や。わて、いま反物から手ぇ離されへん。あんた、出ておくれ」
「わては、ただの行商で」
「口利きの話は後や。ほれ、早よ」
背中を押されて、暖簾の外へ出た。
店先には、ずぶぬれの女房が立っていた。春雨のなかを走ってきたのだろう、片手に傘、片手に酒徳利を抱えている。名はおたまといった。

「隣町の祝言に呼ばれましてん。祝いの酒、濡らさんと持って行きたいのやけど、風呂敷に包んでくれはりますか」
店の者でもない、と言いそびれた。わては荷にかけていた替えの一枚を引き出し、徳利を真ん中に据えた。荷の包みなら、毎日やっている。四隅を上でひとつに寄せ、ぎゅっと結んで、おたまの手に渡した。
「ほな、行ってきま——」
二歩めで、徳利が布のなかでぐらりと傾いた。栓のあたりから酒がにじみ、布の角がみるみる濃く染まっていく。
「あかん、祝いの酒やのに」
おたまの声が裏返った。わては何度も詫びたが、手は宙で止まったままだ。米でも反物でも、傾いたところで困りはしない。酒は立てたまま運ばねばならぬということが、頭から抜けていた。
そのとき、横から小さな手が出た。
万吉だった。箒を壁に立てかけ、おたまの手から包みを受け取ると、何も言わずに、結び目をほどいた。布の角をつまんでばさりと二度はたき、酒のしみた角は内に折りこむ。徳利をまっすぐ立てて、布の真ん中に置く。こちら側の角を、首のくびれにぐるりと回す。
「ひとつ」
向かいの角を重ねて、きゅっと引く。
「ふたつ」
両の端をねじって、ねじって、もういちどねじる。
「みっつ」
余った端を真結びにすると、結び目がそのまま提げ手になった。残った布で、徳利の肩をふわりと覆う。徳利は立ったまま、びくとも傾かなかった。
「持ってみい。傘は逆の手や。両手ふさがらへん」
おたまが提げて、おそるおそる土間を二、三歩あるく。徳利は、ゆらりと揺れても、傾かない。
「万吉。これ、どこで覚えた」
わては思わず聞いていた。万吉は、箒を握り直しながら、ぶっきらぼうに答えた。
「酒屋の使いごっこや。水を入れた徳利を提げて、天神橋まで駆けるんや。こぼしたら負けやさかい」
言い終えると、万吉は、また箒を動かしだした。わては、さっきの三つの手を思い出していた。首に回す。ねじる。肩に布をかぶせる。走っても、雨に打たれても、徳利が立ったままでいるための順だった。
奥の蔵から、おくにの声が飛んだ。
「万吉、何をしてんのや。お客さんの相手は、あんたがしぃ」
「もうしてる」
万吉は、そっけなく言い返した。おくにはそれきり黙り、しばらくして、暖簾の向こうから、帳場の算盤とは別の物音が聞こえた。紙の包みを開ける音だ。やがて出てきた女将は、万吉の手に、小さな紙包みをひとつ握らせた。「明日の使いの分や。天神橋の酒屋に、先に渡しとき」

おたまは何度も礼を言って、傘を開き、雨のなかへ出ていった。徳利の提げ手が、足どりに合わせて、ゆらりゆらりと揺れていく。
わてのほうは、空になった両手を持てあまして立ちつくしていた。さっきまで、荷の包みなら誰よりも手慣れているつもりでいたのだ。四隅を寄せて結ぶのは、荷が立っていても寝ていても通じる包み方で、中身が立っていなければならぬ酒には、通じなかった。万吉は、店先に下ろしたわての荷へ目をやった。
「兄さんの荷、くるみ直したろか。反物なら、角をふたつずつ、斜めに合わせるんや。真ん中に反物を斜めに置かな、きれいに隅が立たへん」
子の手で、わての荷は、元の半分ほどのかさに納まった。角は斜めに合わさって、どの隅も立ち、持ち上げると反物の重みが背に均して乗る。蔵で拾った藍の匂いが、布のあいだからうっすら立った。結び目は、引けばぎゅっと締まり、端を押せばすっとほどける。わては感心して、同じように結んでみたが、二度めは固く締まりすぎ、三度めは、ほどけて反物が土間に転がった。万吉は、黙って、それを拾いあげた。
替えの一枚は、おたまが提げていったきり、戻らなかった。祝言の膳の隅に、あの徳利は立っているだろうか。惜しいとは思わなかった。わてはあの春から、荷をくるむ前に、布の角を二度はたく。
蔵に戻ると、おくにが反物の最後の一本を棚に載せたところだった。礼の言葉より先に、女将は言った。
「番頭がさっき戻ってな。あんたが蔵におる間に、別の行商と話つけて、帰ってしもたわ」
おくには、すまなさそうに眉を寄せたが、詫びの言葉は出てこなかった。算盤の玉をひとつ弾いて、そのまま手を止めている。
口利きは、流れた。選んだわけでもないのに、その日のわての稼ぎは、反物の埃と、酒のにおいと、手のひらのささくれだけだった。
わては苦笑して、万吉の結んだ荷を背にくくり直した。万吉は、もう店先で、別の客の手拭いを、角を二度はたいてから包んでいる。表へ出ると、雨は上がっていた。西の空が切れて、日が差している。来た道とは逆の、東へ向けた足が、ひとりでに速くなっていた。
◇ ◇ ◇
結びは、あの日の万吉と同じ真結びだ。ちがうのは角の染め抜きで、井筒屋の屋号のかわりに、桜の花びらが散っている。布も、あの布の目の粗さではなく、つるりとした化繊だ。ボクはそれを、春の夕方の駅前、和菓子屋の店先で見た。
店の人が、焼きたての饅頭の箱を風呂敷に包み、客の女が提げ手を受け取る。
布ごしに、箱のぬくみが掌へ移ってゆく。
参考文献・もっと詳しく
※ 一枚の布で物を包んで運ぶ「包み」の習わしは古くからあり、近世には荷を運び品を届ける道具として広く使われた。それを「風呂敷」と呼ぶ言い方は近世に広まったとされ、それ以前は「平包(ひらづつみ)」などとも呼ばれた。湯屋で脱いだ衣を包んだのが名のはじまりだとする説は伝えられているが、いわれには諸説あり定かではない。一枚の布が荷・徳利など用途に応じて包み方を変える融通のよさ、結びの所作、商都・大坂の町人や行商の暮らしは、文化史・風俗史の範囲で語っている。本話の井筒屋・おくに・万吉・おたまおよび会話は創作だが、道具・所作・商いの様子・身分は時代と矛盾しない範囲にとどめた。享和二年は西暦一八〇二年(享和元年=1801年)。
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