一枚の布が、なんにでも化ける
〜形を持たぬただの四角い布が、なぜ、いちばん賢い道具になれたのか〜
ボクが見てきたなかで、いちばん賢い道具はなにかと問われたら。たぶん、こう答える。
ただの四角い布きれだ、と。
箱は四角いものしか入らない。籠は籠の形にしか使えない。ところが一枚の布は、結び方ひとつで、まるいものも長いものもいびつなものも、ぜんぶ包みこんでしまう。決まった形を持たないことが、いちばんの強みなのだ。
その布を、人はいつしか風呂敷と呼ぶようになった。湯屋で脱いだ衣を包んだのがはじまりだとも言うけれど、ほんとうのところは、ボクにもよくわからない。名のいわれなんてものは、たいてい後から、もっともらしくこしらえられる。布のほうは、名がつくよりずっと前から、ただ黙って人の暮らしを包んでいた。
◇ ◇ ◇
享和二年——西暦でいえば一八〇二年の、大坂の春のことだ。
諸国を歩いて小商いをしていた頃でね。その日わては、仕入れた反物を一枚の大きな木綿の布にひょいと載せ、天満の古手屋へ届けにいくところだった。角と角を持ちあげて、くるりと結ぶ。もう一方も結ぶ。それだけでしっかりした包みができあがって、背にも負える。
古手屋は井筒屋といって、おそのという女将がひとりで切り盛りしていた。店先には古着が山と積まれ、その脇で小僧がひとり、客の買った品を風呂敷に包んでは渡している。わてが反物を解いて並べると、おそのは指で布目を撫でながら、ふんふんとうなずいた。
「ええ木綿や。これなら掛け値なしで買わせてもらお」
話がまとまって茶を一服しているあいだ、店先の小僧が、包みかけの手を止めて、わての風呂敷をしげしげと見ていた。背負ってきた、あの大きな一枚だ。
「もし。その包み方、わてにも教えてくれはりますか」
「ええとも」とわては笑った。「角をな、こう、ななめに合わせるんや。きつう結びすぎたら、ほどけんようになる。ほどよう、な。——これは真結びというてな。引けば引くほど締まるが、端をこう押せば、すっとほどける。荷の結びはこれにかぎるで」
小僧は見よう見まねで、店の風呂敷を結んでみる。一度めはぐずぐずにほどけ、二度めはきつく締まりすぎて往生していた。おそのが横から笑う。
「不器用やなあ、お前は。ええか、結びは力やない。布に教えてもらうもんや」
このおそのという女将は、一枚の布をまるで手妻のように使った。米を量って包めば米袋になり、首をくるりとひねって酒徳利を包めば、提げて歩ける手さげになる。広げて土間に敷けば、客に見せる品台。雨がぱらつけば、ひょいと頭からかぶって笠のかわり。用がすめば、たたんでふところにしまう。かさばらず、汚れたら洗えばよい。これひとつあれば、たいていのことはなんとかなった。
「箱は重いし、籠はかさばる」とおそのは言った。「けど風呂敷は、いるときだけ形になって、いらんときはただの布に戻りよる。商いの荷は、行きと帰りで嵩が変わるやろ。売ってしもうたら、帰りは身ひとつや。そのとき箱を背負うてたら、ただの邪魔もんやないか。布ならたたんで懐に入る。これほど賢い荷拵えはないわ」
なるほどなあ、とわては感心した。形を決めてしまわないからこそ、どんな形にもなれる。この布を結ぶたびに、人の暮らしの知恵いうもんは、たいしたもんやと、しみじみ思ったものだ。
おそのは、包みにもいろいろあるのやと、小僧に手ほどきしていた。四角い箱は、布の真ん中に斜めに置いて、四隅を順に折り重ねる。まるい西瓜なら、対角の角を持ちあげてくるりと包み、上で結べばそのまま提げ手になる。細長い徳利や巻物は、寝かせて端からころころと巻きあげ、両のはしをひねって留める。本や帳面は角がきちんと立つように、平たく畳んで包む。中身の形を見て、布のほうがそれに合わせるのだ。
「布はな、文句を言わへん」とおそのは言った。「四角でも丸でも、長うても短うても、だまって相手の形になりよる。商売も、ほんまはこうありたいもんやな」
大坂は、なにもかもが商いで回る町だった。朝から晩まで、人が荷を担いで行き交う。得意先をまわる手代、付け届けを運ぶ丁稚、掛け取りの帳面を小脇に抱えた番頭——その誰もが、肩や脇に風呂敷包みを提げていた。中身は反物だったり、菓子折りだったり、年の暮れには集めてまわった銭であったりする。一枚の布は、この商いの町の血の巡りを、そっと包んで運んでいた。
包みの結び目を見れば、その家の格も、使いの者の丁寧さまで知れるのやと、おそのは言う。だから大坂の商家では、子に読み書きを仕込むより先に、まず風呂敷の結び方を教えたのだそうだ。きちんと結ばれた包みは、それだけでひとつの挨拶になる。
そこへ、ひとりの女房が駆けこんできた。隣町の祝言に呼ばれたとかで、手には祝いの酒徳利を抱えている。あいにく表は降りだした春雨で、晴れ着の袖が濡れるのを、しきりに気にしていた。
「おその姐さん。これ、濡らさんと持って行きたいんやけど」
おそのは棚から一枚の風呂敷を取り、徳利を真ん中に据えた。首のくびれに布を回して、きゅっとひと結び。提げ手をこしらえ、余った端で徳利の肩をふわりと覆ってやる。
「ほれ。これで雨も防げるし、片手で提げて、もう片手で傘がさせる。祝いの席に両手がふさがってたら、みっともないやろ」
女房は何度も礼を言って、雨のなかへ出ていった。徳利を包んだ布の提げ手が、その足どりに合わせて、ゆらりゆらりと揺れていく。
「包むいうのはな」と、おそのが茶をすすりながら言うた。「中身を守るだけの話やないんや。汚れたもんを、人前に裸で出すのは無作法やろ。せやから包む。きれいな布で隠して、結び目をきちんと整えて、両手で差し出す。——そうするとな、中身よりも先に、包んだこっちの心のほうが、相手に届くんや」
帰りぎわ、あの小僧がそっとわての袖を引いた。手のひらには、さっき習ったばかりの真結びで包んだ、小さな風呂敷包みがのっている。
「これ。さっきのお礼に」
ほどいてみると、なかには飴がいくつか入っていた。結び目はまだいびつだったけれど、ちゃんとほどよう締まって、ほどよう、ほどけた。わては笑って、ひとつ口に放りこんだ。教わった結びで誰かに何かを手渡す——それだけのことが、この子にはもう、うれしくてたまらないらしかった。
◇ ◇ ◇
今では、かばんがあり、紙の袋があり、品はたいてい、はじめから包まれて売っている。風呂敷を使う者は、めっきり減った。薄い袋が一度きりで捨てられていくのを見るたび、ボクはなんだか落ち着かない。あの一枚の布は、何べんでも洗って、何十年でも使えたのに。
それでも、あらたまった贈り物や、祝いの酒となると、人はやはり一枚の布で包む。結び目をきゅっと整えて、両手で差し出す。一枚の布になんでも託して運ぶ、あの心は、まだ消えていない。
ボクは、きれいに結ばれた風呂敷包みを見るたびに、大坂のあの春を思い出すんだ。井筒屋のおそのが、徳利の肩にふわりと布をかけてやった、あの手つきを。形を持たないものが、いちばん多くのものを抱けるのだと——あの一枚の布は、いまもどこかで、誰かの手のなかで、そっと教えている。
参考文献・もっと詳しく
※ 一枚の布で物を包んで運ぶ「包み」の習わしは古くからあり、近世には荷を運び品を届ける道具として広く使われた。それを「風呂敷」と呼ぶ言い方は近世に広まったとされ、それ以前は「平包(ひらづつみ)」などとも呼ばれた。湯屋で脱いだ衣を包んだのが名のはじまりだとする説は伝えられているが、いわれには諸説あり定かではない。一枚の布が荷・徳利・敷物・笠代わりなど用途に応じて姿を変える融通のよさ、結びの所作、商都・大坂の町人や行商の暮らしは、文化史・風俗史の範囲で語っている。本話の井筒屋・おそのおよび会話は創作だが、道具・所作・商いの様子・身分は時代と矛盾しない範囲にとどめた。享和二年は西暦一八〇二年(享和元年=1801年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。
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