おなじ船に、見知らぬ神さま
〜なぜ、まるで似ていない七人の神が、ひとつの船に乗っているのか〜
正月になると、いまでもよく見かける。
大きな帆をはった宝船。その上に、ふくよかな神さまが七人、ぎゅうぎゅうに乗り合わせている絵だ。米俵やら、小判やら、珊瑚やらを、これでもかと積みこんで、めでたい、めでたい、という顔をしている。七福神、というやつだね。
あれを、よおく見たことがあるかい。
七人の顔ぶれが、まあ、見事にてんでばらばらなんだ。でっぷり太って、大きな袋をかついだ、はだけた腹の坊さま。やたらと頭の長い、白ひげの仙人。琵琶をかかえた、たおやかな女の神。きりりと武張った、鎧すがたの武人。釣り竿と鯛を抱えた、にこにこ顔の漁師ふう……。背丈も、なりも、男も女も、まるでちぐはぐ。とても、おなじ一家には、見えやしない。
それも、そのはずでね。
ボクは、知っているんだ。この七人の神さまは、もともと、生まれた国がてんでにちがう。ある神は、はるか天竺——インドの、おっかない神さまだった。ある神は、唐——中国の、道教の仙人だった。日本で生まれた神さまは、じつは、たった一人、鯛を抱えた、あの漁師ふうの神さまだけ。
つまりこれは、あちこちの国から、福をもたらすという神さまを、片っ端から寄せ集めて、むりやり、おなじ一艘の船に、乗せてしまった——そういう絵なんだ。
学者先生なら、これを難しい言葉で、説明するだろう。けれど、江戸の人々は、そんなこと、これっぽっちも気にしちゃいなかった。生まれが、どこだろうと、関係ない。「福の神」は、多けりゃ多いほど、ありがたい。それだけのことだったのさ。
◇ ◇ ◇
文政五年(一八二二年)の暮れ、江戸でのことだ。
——江戸で小間物を商っていた頃のボクは、自分を「あっし」と呼んでいた。
大晦日が近づくと、町には宝船売りが、出る。「お宝あ、お宝あ」と、独特ののんびりした声を張りあげながら、あの七福神の刷り物を売り歩くのだ。これを買って、枕の下に敷いて寝ると、めでたい初夢が見られる、という。
あっしも、ひとつ買い求めようと、宝船売りの前に足をとめた。
すると、隣で刷り物をのぞきこんでいた、小さな男の子が、その絵をしげしげと見つめて、ふしぎそうに、こうたずねたんだ。
「ねえ、おじさん。なんで、この神さまたち、こんなに顔がちがうの。この太ったおじさんと、この女の人と、この、こわい顔の人……みんな、ぜんぜん、似てないよ。ほんとに、おんなじ仲間なの」
なかなか、鋭いところをつく坊主だ。あっしは、内心感心した。
宝船売りは、はっはあ、と笑ってしゃがみこむと、その絵を指でさしながら、答えた。
「坊、ええとこに気がついたな。こいつぁな、もともと、別々の神さまよ。この、太っ腹の布袋さまは、海のむこうのえらい坊さまでな。この、頭の長え福禄寿さまは、もっと遠くの、仙人さまだ。この琵琶の弁天さまも、もとは、よその国の、川の女神さまよ」
「えっ、よその国の神さま……?」
「おうよ。みいんな、よそから、はるばる、この国へ流れてきなすった。そんで、こっちの恵比寿さまと、いっしょくたにおんなじ船に、乗っかってる、ってわけだ」
男の子は、ますます目をまんまるにした。
「そんな……ばらばらの神さまをおんなじ船に乗せて、けんか、しないの」
宝船売りは、またはっはあ、と笑った。
「するもんかい。考えてもみろ。福をくれるありがてえ神さまが、一人より、二人。二人より、七人。多けりゃ多いほど、こっちは、もうけもんだ。生まれがどこだろうと、知ったこっちゃねえ。この国はな、坊、いい神さまなら、どこの誰でも、よろこんで、船に乗せちまう国なのよ」
そう言って、宝船売りは刷り物を、くるりと丸めて、男の子の母親に手渡した。
「ほうれ、坊。今夜これを枕の下に敷いて、お休み。ええ夢が見られるぞ。船には、こういう、おまじないの歌も、書いてある」
絵のへりには小さな字で、こう刷ってあった。
——なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな——
「これはな、上から読んでも、下から読んでも、おんなじになるふしぎな歌よ。こいつを唱えて寝ると、なおさらご利益があらあ」
男の子は、その丸めた宝船を宝物みたいに、両手で、ぎゅっと、握りしめた。寄せ集めの、ちぐはぐな、七人の神さまを。生まれた国も、姿かたちも、まるでばらばらな神さまたちを。
あっしは、その様子を見ながら、なんだかおかしくて、それから、すこし、あったかい気持ちになった。
……正直に言うと。あっしは、その絵の寄せ集めの神さまたちに、なんとなく、自分を重ねていた。どこか遠いところから、ふらりと流れ着いて、この国の船の、すみっこに、こっそり乗せてもらっている——そんな心もちが、あったからね。だから、よけいに嬉しかったのかもしれない。よその者でも、ちゃんと、おなじ船に乗せてくれる。この国は、そういう国なんだ、と。
あっしも、結局、一枚買った。その晩、ちゃんと枕の下に敷いて寝た。……どんな夢を見たかは、まあ、忘れてしまったがね。
◇ ◇ ◇
いまでも、七福神は正月の、いちばん人気のめでたい神さまだ。
初詣に七つの社寺を、めぐり歩く人もいる。商売の店先には、にこやかな、七人の神さまがちょこんと、飾られている。誰も、もう、「この神さまの生まれは、どこの国か」なんて、たずねやしない。生まれがばらばらなことすら、たぶん、もう、忘れられている。
でも、ボクは、これが嫌いじゃない。いや、むしろ好きだ。
よその国から来た見も知らぬ神さまを、追い返しもせず、値踏みもせず、「まあ、福をくれるなら、乗っといで」と、おなじ船に乗せてしまう。そうして、何百年も、いっしょに、めでたい顔で、笑っている。——なかなか、粋なもてなしじゃないか。
正月に、あのぎゅうぎゅう詰めの宝船の絵を見るたびに。ボクは、あの、生まれを気にしない宝船売りと絵を握りしめた、あの男の子の、まんまるな目をふっと、思い出すんだ。
参考文献・もっと詳しく
※ 七福神は来歴の異なる神の集合(インド由来=大黒天・毘沙門天・弁才天/中国由来=布袋〔唐末の実在の禅僧〕・福禄寿・寿老人/日本由来=恵比寿)。「七」にまとめられたのは室町末〜江戸初とされ、メンバーには変遷(寿老人と福禄寿の同一視、吉祥天等の出入り)があって、現在の顔ぶれに定まるのは江戸後期とされる=諸説あり。回文歌「なかきよの…」と宝船を枕下に敷く初夢の風習も江戸の習俗。「習合」「混淆宗教」等の分析語は額縁の現代ボクのみで、場面は「福の神」「縁起がいい」等の口伝ての言い方に留めた。
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