黒と白の石だけで、盤の上に国境を引く——男も女も向きあえた、平安の静かな遊びのこと41文化
文化平安のころ・京読了 約8

黒と白の石だけで、盤の上に国境を引く——男も女も向きあえた、平安の静かな遊びのこと

御簾ごしに石を置きあうあいだ、二人はなぜ、ひとことも交わさずに笑えたのか

 遊びというのは、たいてい声でできている。

 誰かが笑い、誰かが叫び、取ったの取られたのと、騒々しいのが楽しいのだと、今の人は思っている。盤を挟んで黙りこくっているのは、よほど根を詰めた勝負か、でなければ気まずい仲か、そのどちらかだろうと。

 けれどボクの知っているいちばん古い盤の遊びは、まるで逆だった。打つほどに、座は静かになっていく。石を置く、かちり、という音だけが、広い部屋にぽつりぽつりと落ちる。その静けさそのものが、ごちそうだったのさ。

 碁、という。黒と白の石を、ただ交互に置いていくだけの遊びだ。剣も持たず兵も動かさず、ただ盤の上に陣を張って、どちらが広く囲いとったかを競う。海の向こうの大陸から渡ってきたものらしく、いつのころからか都の貴な人たちの、上品なたしなみになっていったという。

 おもしろいのは、これが男も女も同じ盤を挟めた、数少ない遊びだったということだ。あの時代、高い家の男と女は、めったに顔をつき合わせたりしない。几帳の陰、御簾の奥——女はいつも、薄い布一枚の向こうにいた。なのに碁盤だけは、二人のあいだにどっかと据えられて、そこに堂々と向きあうことを許していた。

 ボクが見てきたのは、その静かな盤を挟んで、人と人がことばもなく通じあう、そういう秋の話だ。

◇ ◇ ◇

 寛弘二年(一〇〇五年)の秋、われは都の東の、とある邸で下働きをしていた。庭を掃き、水を運び、客人の車の支度をととのえる、名もない男だ。朝は霜のうっすらおりた庭を箒で掃き、昼は井戸と厨のあいだを幾度となく往き来する。誰の目にもとまらぬ身ではあったが、それゆえに邸のどこへでも入りこめて、簀子の隅にも、渡殿の陰にも、われの立つ場所はいくらでもあった。

 その邸に、弁の君という女房がいた。歳のころは母ほど、いつも落ちついて、めったに声を荒らげない人だった。衣の襲も派手を好まず、薄や枯野を思わせる地味な色あいばかりを重ねていたが、それがかえって品よく見えた。そして邸じゅうで一番の碁の打ち手だと評判だった。

 女房というのは、几帳や御簾の奥にいて、めったに姿を見せない。物を申すにも袖で口もとを隠し、声さえも低くひそめる。けれど碁を打つときだけは、別だった。客が来て「ひと局どうか」となれば、弁の君は几帳のこちらへ静かに膝を進め、盤を挟んで相手と向きあうのだ。布の陰にこもっているはずの人が、盤の前ではすっと背を伸ばし、伏せがちだった目をあげて相手を見すえる。同じ人とは思えぬほど、その姿は凜としていた。それが、われには不思議でならなかった。

 ある日、使いの合間に、われは簀子の隅にうずくまって、人の打つ盤をぼんやり覗きこんでいた。すると打ち手の去ったあと、弁の君が石を片づけながら、「そこの者、打てるか」と声をかけてきた。打てるどころか石の置き方も知らぬと答えると、君はかすかに笑って、「ならば教えよう」と言い、われを盤の向かいへ手招いた。下人を盤の前に座らせるなど、ほかの女房なら眉をひそめるところだろうに、君は頓着するふうもなかった。

 君はまず、二つの器を見せてくれた。片方には黒い石、片方には白い石。つやのある、扁平な小石で、指でつまむとひやりと冷たく、思いのほか重みがあった。盤は榧の木だろうか、ほのかに黄ばんで、縦横にびっしりと細い筋が引かれている。筋は縦にも横にも数知れず通って、盤の面いちめんを細かな桝目で埋めつくしていた。器の蓋をとると、黒い石は底のほうで鈍く沈み、白い石はほのかに光を返す。その筋の交わるところへ、ひとつずつ置いていくのだという。

 「黒と白で、こうして代わるがわる置く。やがて石は手をつなぎ、囲いになる。広く囲ったほうが勝ち。ただそれだけのことよ」

 ただそれだけ、と君は言うが、やってみるとまるで歯が立たない。われが端のほうへおずおずと石を置けば、君の白はいつのまにかその外側へまわりこんで、気づいたときには、われの黒はぐるりと囲い込まれて死んでいる。盤の上には国境のような線が、目に見えぬまま引かれていくらしかった。どこまでが己の地で、どこからが相手の地なのか、われにはちっとも読めない。君の指はためらいなく筋の上を渡り、われが長々と迷うあいだも、急かさずに次の手を待っている。その落ちつきが、いっそ恐ろしかった。

 それでも、石を置くあのひと音だけは、すぐに好きになった。

 かちり。

 硬い石が硬い盤に触れる、それだけの音だ。なのに澄んでいて、置いたあとに、しんと尾を引く。賑やかな童の遊びとはまるでちがう。音を立てたそばから、座がいっそう静かになる。われがおそるおそる一つ置くと、弁の君は目を細めて、しばらく盤を眺めてから、また、かちり、と返す。その間がまた、長い。君は急かず、ひと手ごとに盤の上の景色をじっくりと読んでいるようだった。そのあいだ、二人ともひとことも喋らない。喋らないのに、間がもつのだ。むしろ、黙っているほうが心地よい。庭の虫の音や、遠くの衣ずれまでが、やけにくっきりと耳に届く。こんな遊びがあるのかと、われは目をみはった。

 幾日かして、若い殿方が邸を訪ねてきた。

 その人は、奥の女君のもとへ、御簾ごしに碁を所望したらしい。御簾の内に女君が、外に殿方が座り、あいだに盤がひとつ据えられた。布一枚を隔てて、二人は向きあう。われは庭先で蔀の繕いをしながら、その様子をそれとなく盗み見ていた。

 驚いたことに、二人はほとんど口をきかなかった。殿方が外から白を置く、かちり。しばらく間があって、御簾の内から細い手だけがするりとのびて、黒を置く、かちり。袖口から覗くその手の白さと、ふと匂いたつ薫物の香りばかりが、御簾の内の人をしのばせる。それだけだ。あいさつのひとつもない。なのに、ちっとも気づまりではないらしい。

 石が進むにつれ、御簾の内の気配が、少しずつほどけていくのがわかった。はじめは硬かった女君の手つきが、だんだんと軽やかになる。石を置くまでの迷いが短くなり、手のはこびに弾みがついてくる。殿方が思いがけぬところへ石を打つと、御簾の奥で、くす、と小さな笑いがこぼれた。すると殿方も、つられたように肩をゆらして笑う。声は交わさない。けれど盤の上で、たしかに二人は語りあっていた。ここをこう囲うのね、では私はこちらへ逃げます、まあ意地のわるい、と——石のひとつひとつが、ことばの代わりだった。盤の隅で黒と白がせめぎあい、攻めては退き、囲んでは囲み返す。そのやりとりは、まるで声を立てぬ睦言のようだった。

 顔も見えず、声も低めたまま、男と女が向きあって、笑いあっている。あんな静かなやりとりを、われはそれまで見たことがなかった。布の向こうの人と、盤を挟んでなら、これほど近くなれるのか。碁という遊びが、なぜ貴な人たちにあれほど好まれたのか、われは縁の隅で、ようやく腑に落ちた気がした。

 殿方が帰ったあと、われは弁の君に、思ったことをそのまま尋ねてみた。あんなに黙っていて、なぜ楽しいのか、と。

 君はしばらく考えてから、こう言った。

 「ことばは、よけいなものを運びすぎるのよ。お世辞も、嘘も、気がねもね。けれど石は、嘘をつけぬ。置いたところに、その人の心がそっくり出る。広く囲おうと欲ばる人、隅をこつこつ守る人、無理を承知で攻めかかる人。盤を挟んでいるうちに、ことばより、ずっと深いところで知れてしまうの」

 だから黙っていても寂しくないのだ、と君は笑った。盤の上で、もう十分すぎるほど喋っているのだから、と。

 その日の暮れ、弁の君は、われともう一局打ってくれた。むろん、われは惨めに囲い込まれて負けた。けれど、かちり、かちりと石を置きあううちに、秋の日が縁を朱に染めて、虫の声が庭から満ちてきて——黙ったまま盤を挟んでいる、ただそれだけのひとときが、妙に満ち足りていた。やがて縁先はしだいに藍に沈み、どこかで灯された火が、盤の上の石にちいさな光をひとつずつ宿していく。負けても、悔しさより先に、静けさのほうが胸に残った。こんなに穏やかな遊びがあるとは思わなかった。

 石を片づけながら、弁の君がぽつりと言った。「上手にならずともよい。ただ、この静けさを覚えておおき」と。黒と白の石を器に戻していく、その小さな音だけが、暮れていく部屋にしばらく残った。

◇ ◇ ◇

 碁は、それからも長く、人のそばにあった。

 あの時代の物語や随筆にも、盤を挟む場面がいくつも書かれていると聞く。女どうしが夜ふけまで打ち興じたり、男と女が御簾ごしに石を置きあったり——筋の通った遊びだったから、身分の上下も、男女のへだても、盤の前ではしばし溶けたのだろう。布一枚で隔てられていた人たちが、黒と白の石を介してだけは、まっすぐ向きあえた。それは、ずいぶん粋なことだったと思う。

 今でも、碁は打たれている。盤の筋も、石のつやも、千年前とそう変わらない。変わらないのは、たぶん、あの静けさのほうだ。盤を挟んだ二人が、ことばを呑みこんで、ただ、かちり、と一手を返す。その音のあとに残る、しんとした間。あれは今も、ちゃんと同じ顔をして座っている。

 黙っているのに、寂しくない。喋らないのに、通じあう。弁の君の言った、ことばより深いところ——あの澄んだひと音を、ボクは今でも、秋の縁側でふいに思い出す。

参考文献・もっと詳しく

囲碁は古代に大陸(中国)から日本へ伝わったとされ、奈良・平安期には貴族のたしなみとして広く親しまれた。『源氏物語』『枕草子』などの王朝文学にも碁を打つ場面がたびたび描かれ、男女・女房どうしが盤を囲む様子が見える。御簾や几帳を隔てた男女が碁を通じて交わるのは王朝物語に見られる趣向だが、本話の人物・会話・邸はすべて創作。寛弘二年は一〇〇五年(寛弘は一〇〇四〜一〇一二年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。

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