醍醐味という言葉の、ほんとうの味
〜なぜ手前だけが、この国から消えた一口を、いまも覚えているのか〜
いまの世は、乳のものであふれている。
牛の乳。それを白く固めたやつ。黄色く塗ってパンにのせるやつ。冷たく凍らせた、甘いやつ。子どもでも、毎日のように口にする。乳のものを食べるのは、この国の、あたりまえの暮らしだ。
ところが——だ。
この国には長いあいだ、乳のものを、ほとんど誰も口にしない時代が続いた。千年近くもね。牛といえば田を耕す力、荷を引く足。その乳を搾って食べるものだとは、いつのまにか、誰も思わなくなっていた。
でも、その前。ほんのいっとき、乳のものが、たしかにこの国にあった時代があるんだ。それは花のように開いて、そして、すうっと消えた。覚えている者は、もう、ボクくらいのものだろう。
◇ ◇ ◇
天暦四年(九五〇年)の夏。都のはずれの、牛を飼う一画でのことだ。
諸国を歩いて小商いをしていた頃の手前は、自分を「手前」と呼んでいた。
その日、手前は塩を売りに、その牛飼いどものいる一画を訪ねた。お上のために牛を飼い、その乳をあつかう役所のようなものがあって、そこでは、ふしぎなものをこしらえていた。聞けば、できあがった品は、御殿のお方がたの薬にもなり、めでたい折の供えものにもなるのだという。手前のような、諸国を歩きまわる商いの身には、縁もゆかりもない、雲の上の話だった。
夏の日ざかりだというのに、その小屋の中だけは、むっと熱く、一年じゅう火を絶やさぬのだという。土間にしつらえた大きな鍋に、搾ったばかりの牛の乳を、なみなみと張る。それを、とろ火で、気の遠くなるほど、ことことと煮詰めていくのだ。煮えばなの白い湯気が、低い天井にたまって、汗のように、ぽたりと落ちてくる。
番をしていたのは、腰の曲がった、ひとりの老いた牛飼いだった。木べらを手に、鍋の前にずっと座りこんでいる。
「精が出るな」と手前が声をかけると、老人は鍋から目を離さずに言った。
「これがな、ちょいと目を離すと、すぐ底が焦げつく。焦がしたら、ひと夏の手間が、まるで台なしよ。だから、こうして、朝から晩まで、かき混ぜておるのさ」
鍋の中の乳は、煮詰まるにつれて、だんだんと、かさを減らしていった。初めは湯気を立ててさらさらしていたものが、白い泡を立てながら、すこしずつ色を濃くしていく。やがて、雪のように白かったものが、薄い飴色に変わり、もったりと、木べらに糸を引くようになった。
あたりには、嗅いだことのない匂いが、むんと立ちこめていた。甘い。それでいて、こっくりと、香ばしい。乳の甘さを、とろ火でゆっくりと煮つめて、ぎゅうっと閉じこめたような匂いだ。鼻の奥が、思わずひくついた。塩の俵をかついで、汗くさい道ばかり歩いてきた手前には、その匂いは、いっそ、たまらないほどだった。老人は、その匂いには、もう慣れきっているらしく、ただ黙々と、木べらを動かしている。
「これは、なんという食い物だね」
「蘇(そ)、という」と老人は言った。「都の、やんごとなきお方がたの、口に入るものよ。お薬にもなる、めでたい品だとな。手前らのような者の、口に入るものではないがな」
◇ ◇ ◇
半日ほども煮詰めて、ようやく、鍋の底に、ほんのわずかな、飴色のかたまりが残った。
あれほどたっぷりと張ってあった乳が、こんなに、ちんまりと。鍋いっぱいの白が、手のひらにのるほどの飴色になってしまう。手前は、思わず目をみはった。
老人は、その鍋の縁にこびりついた、ほんのひとかけらを、木べらの先でこそげ取って、手前に差し出した。
「これは、お上に納める分には、はしくれて使えぬ。捨てるだけのものよ。なに、舐めてみるか」
手前は、それを、口に入れた。
——とろけた。
舌にのせたとたん、ほろりと崩れて、濃い甘みが、じわりと広がっていく。固まっていたものが、体のぬくもりで、ゆっくりと、とろけていくのだ。乳の、いちばん旨いところだけを、ぎゅっと集めて、煮固めたような味だった。甘いだけではない。奥のほうに、かすかな塩気と、香ばしさがあって、それが、いつまでも舌に残る。飲みくだしてもなお、口の中に、こっくりとした甘さの名残が、ほのかに居すわっている。こんな味が、この世にあるのか、と手前は思った。
「うまかろう」と老人は、しわだらけの顔で、すこし笑った。「これをな、さらに念入りに仕上げたものは、醍醐(だいご)と呼ばれるそうな。それはもう、この世のものとも思えぬ味だ、と聞く。乳の極み、とな。もっとも、手前は、口にしたことはないがの。どうこしらえるのかも、ようは知らぬ」
手前は、その味を、忘れまいと思った。なぜだか、強く、そう思った。
ひと夏かけて、この老人がことこと煮詰めた、ちっぽけな飴色のかたまり。その、いちばん旨いところは、自分では決して口にできない、遠い御殿の奥へと、運ばれていく。それでも老人は、毎年、夏になると、こうして黙々と、鍋の番をするのだという。焦がさぬように、ただ、かき混ぜながら。
帰りぎわ、手前は振り返って、もういちど、その小屋を見た。低い軒の下で、老人の背中が、湯気の向こうに、ぼんやりとかすんでいた。だれに褒められるでもなく、自分が味わうでもない。それでもあの人は、明くる夏も、その明くる夏も、あの鍋の前に座るのだろう。手前は、なぜだか、その背中を、長いこと忘れられなかった。
◇ ◇ ◇
それから、長い年月がたった。
世が乱れ、田畑が荒れ、いくさが続いた。牛は、乳を搾るどころか、生かしておくのもやっとになった。仏の教えが深く根づくにつれ、生きものを殺すのも、その身をいじるのも、だんだんと嫌われるようになった。乳を搾る習いも、蘇を煮るあの役所も、どれが因とも言えぬまま、いくつもの理由がからまりあって、いつのまにか、すうっと、消えていった。
手前は、その消えていくさまを、はしっこから、ずっと見ていた。
最後にあの一画を通りかかったとき、もう、鍋もなく、牛もいなかった。ことこと煮える、あの甘い匂いも、しなかった。ただ、夏の草が、ぼうぼうと茂っているだけだった。手前は、しばらくそこに立って、ありもしない匂いを、鼻の奥でさがしていた。
それから何百年、この国の人は、乳のものを、ほとんど口にしなくなった。ふたたびこの国に、白く固めた乳や、黄色く塗るものがやってくるのは、ずっとずっと後——ボクの知る、新しい世になってからのことだ。
いまでは、「醍醐味」という言葉だけが残っている。ものごとの、いちばん旨いところ、いちばんの妙味、という意味でね。もとをたどれば、あの乳の極みの名から来たのだ、とも言われている。けれど、ほんとうのところは、もう、誰にもわからない。それが、ひと夏かけて煮詰めた、あの飴色のかたまりの味だったことを、知っている者は、もういないのだから。
味は忘れられて、言葉だけが残った。
ボクは、ときどき、思い出す。あの夏の、都のはずれ。腰の曲がった老人が、木べらひとつで、ことことと煮ていた、こっくりと甘い、乳の匂いを。
参考文献・もっと詳しく
※ 蘇は牛乳を煮詰めた濃縮加工品で、薬・神饌・贈答用として、おもに貴族や宮廷など限られた層のものであり、庶民の口には入りにくかったとされる。その製法の細部や、「醍醐」を乳加工の最上とする位置づけは史料上明確でなく諸説あるため、本編では老人の伝聞調にとどめた。「醍醐味」の語源を蘇/醍醐に結ぶ説も俗説を含むため、額縁の語りで「とも言われている」「ほんとうのところは、もう、誰にもわからない」と相対化した。乳製品の利用は大陸・仏教とともに伝来し、中世以降、武家の世への移行・仏教の不殺生観・牧の衰退などが複合的に重なって衰退し、近世まで途絶えに近い状態になったとされる。本編では衰退の要因を単一の原因に断定せず、複数の理由がからまりあったものとして描いた。末尾の「新しい世」は牛鍋回と同水準のエコーにとどめ、増幅・明言はしていない。
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