第 103 話食若狭の浜で、あみが鯖を糸のように裂いていた
〜浜から遠い山の子は、なぜ、あの細い一筋を、あんなに惜しんで噛んでいたのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
スーパーの棚に、真空パックの干物が並んでいる。袋の奥に、糸のように細く裂かれた白い身が、行儀よく重なっているのが見える。手にとると、驚くほど軽い。
◇ ◇ ◇
若狭の浜から近江へ抜ける山道を、われは歩いていた。季節は秋——寛弘六年(一〇〇九年)のことだ。
浜の網元のもとで働く、あみという女の干場に立ち寄ったのは、ちょうど、その日の仕事がうまくいかず、あみが眉をよせていたときだった。前の日に急ぎで仕上げた一連が、朝には白く粉を吹き、腐りのにおいを放っていたのだという。
筵の上には、指の幅ほどもある太い切り身が並べてあった。「急いでいたから、厚いまま干させたのさ」とあみはこぼした。
われはその太い切り身を手にとって、しばらく眺めた。厚いところは、外側だけが乾いて、芯にはまだ湿りが残っている。そこから傷んでいくのだろう、と見当がついた。今の暮らしでよく聞く道理を、この時代の言い方に直すなら、こうなる。
「薄ければ、風がすぐに芯まで通る。厚いままでは、外が乾いても、中はいつまでも湿ったままだ」
言いながら、われはあみの刃を借り、残った身を細く裂いてみせた。指はあみほどにはすべらず、太さも揃わなかったが、できるだけ糸に近く、幾筋にも分けた。あみはそれを手にとって、しげしげと眺めた。
「なるほどね……」
あみはうなずくと、われの裂いた不揃いな筋を手本に、みずからの刃で、こんどはさらに細く、均一に裂きなおしていった。指の節の太い、潮やけした手が、迷いなく動く。ひと切れの身が、すうっと幾筋もの白い糸に分かれていく。こうして拵えたものを、あみたちは楚割と呼んでいた。
筵の上にはすでに、前の晩とは別の一連が、白っぽい細い筋になって一面に伏せて干してあった。近づくと、潮の匂いに混じって、なにか乾いた、香ばしいような匂いが鼻をついた。生の魚のあの強い生臭さとはまるで違う、日と風にさらされて澄んでいった、もの静かな匂いだった。はじめ、われには、それが魚を干したものだとは、すぐには見分けがつかなかった。
裂いた身を、あみは薄い塩水の盥にさっとくぐらせ、しずくを切って、海風のよく通る筵に一本ずつ広げていった。塩の加減はいつも目分量で、あみは指先を舐めてたしかめるだけだった。太いところから先に、風上の端に並べていく。風向きが変わるたびに、筵の向きを少しずつ直していった。秋の高い日と、浜を渡る乾いた風に、半日もさらせば、つやのあった身が縮んで硬くなり、糸のように軽くなる。指でつまむと、こり、と乾いた手ごたえがあった。ためしにひと筋を裂いて口に入れてみると、はじめは硬く、噛むほどに身がほぐれて、奥から塩気と魚の脂が、じわりとにじんできた。

日が傾きはじめると、あみは乾いたものから先に取り込み、まだ生乾きのものは筵の端に寄せて、夜露を避けるように折り返した。干場のかたわらには、前の晩の分と合わせて、乾きあがった筋が藁づとにまとめて吊るしてあった。手にとると、束のままでもおどろくほど軽い。これだけの数があっても、いったいもとは何尾の鯖だったのか、われには見当もつかなかった。一尾の身が、こうしていくつもの筋に分かれ、それぞれが浜を離れて、別々の谷へ運ばれていくのだ。浜にあがったときには重く、すぐに傷む生きものが、ここでは軽く、日もちのする貯えに変わっていた。
「今度のは、傷まずに済みそうだ」とあみは笑った。「これなら、山の在まで持たせてやれる」
乾いた筋を、あみは竹の皮に幾本かずつ並べて包み、われの荷にいくつも入れてくれた。
「山の在では、これがよろこばれる。海の魚を知らない子も多いからね。ひと筋ずつでも、分けてやんな」
われは礼を言って、その軽い包みを背負い、谷の道をのぼりはじめた。背の荷から、潮の名残がほのかに立ちのぼってきた。
◇ ◇ ◇
熊川の谷は深く、道は流れに沿って、登っては下りをくりかえした。歩くほどに、潮のにおいは背の後ろへ遠ざかり、かわりに、山の木々の湿ったにおいが濃くなっていく。海の鳥の声は消え、谷の水音と、名も知らぬ山鳥の声ばかりになった。背の包みだけが、いまも潮の名残をひそかにまとっている。海が、たしかに遠ざかっていくのが分かった。

その日の夕方、谷あいの小さな在に着いて、一夜の宿を乞うた。泊めてくれたのは、炭を焼いて暮らす老爺と、その孫らしい、痩せた男の子のいる家だった。小屋のなかは、長年の炭の煙でくろぐろと煤け、隅には焼きあげた炭が俵に詰められて積んであった。
粟の粥と、山の菜のほかには、膳に何もない夕餉だった。けれど、われには、あみの包みがある。竹の皮をひらいて、白い筋を何本か取り出すと、老爺が目をみはった。
「それは……海の、魚かね」
炉の火にあぶってやると、乾いていた身が、じゅう、とかすかな音を立てて、ほのかに脂をにじませた。潮と魚のにおいが、炭くさい小屋のなかに、ふわりと立つ。男の子が、鼻をひくつかせて、炉のほうへにじり寄ってきた。
あぶった一筋を裂いて、その子の手にのせてやる。その子は両の手でそっと包むようにして、こわごわと口に入れた。とたんに、目をまるくした。こり、こり、と歯のあいだで鳴らしながら、噛むほどに奥からにじむ脂と潮の味に、ことばもなく、ただ噛みつづけている。膝の上でにぎった小さなこぶしを、噛むたびにきゅっと固くする。目だけは炉の火からじっと動かさず、頬をゆっくりと上下させていた。
「うみの、あじだ」と、その子はやがて言った。
その子は海を見たことがないのだという。山に生まれ山で育って、谷の向こうがどこまで続いているのかも知らない。けれどひと筋の細い魚を噛みしめながら、見たこともない海の潮のにおいや波の光を、舌のうえで思い描いているようだった。噛みおえてもなお、名残おしげに指を舐め、炉の火を見つめていた。
老爺も一筋を口にして、しばらく目を閉じていた。若い時分に、一度だけ浜まで炭を負って下りたことがある、ととつとつと語りはじめる。そのとき口にした魚の味を、もう幾十年も忘れていたのに、この一筋で、あの日の浜の光がそっくり戻ってきた、というのだ。風の塩からさも、波のくずれる音までもが、ひと噛みのうちによみがえったと、老爺は皺ばんだ手で目もとをぬぐった。
われは笑って、包みからもうひとつかみ、その子の手に握らせてやった。「浜の女に、たんと持たされたのさ」と言うと、老爺が幾度も頭を下げた。その子は、握った筋をすぐには食わず、半分を竹の皮に包みなおして、大切そうに懐へしまった。明日も、その先も、すこしずつ噛むつもりなのだろう。海を、ひと筋ずつ、長く惜しんで味わうつもりなのだ。
◇ ◇ ◇
あみの干場で見た、髪を梳いたような白い筋を、ボクは今でもときどき思い出す。
あの日、あみの刃が幾筋もの身を裂いていくたびに立てていた、しゃっ、しゃっという乾いた音を、いまのパックの袋を破く、あの一瞬の音だけでは聞くことができない。
ひと筋の細い魚に、見たこともない海を見ていた、あの痩せた男の子の、こり、こりという噛む音を、ボクはまだ耳の奥に持っている。
参考文献・もっと詳しく
※ 楚割(すわやり)は、魚の身を細く裂いて塩を施し、天日や風で乾かした古代以来の保存食とされる。軽く、長く保つため、海から離れた内陸への運搬や、みやこへの貢納の品として用いられ、『延喜式』などにその名が記されていると伝わる。後の干物や裂きするめの源流のひとつとも言われる。寛弘六年は一〇〇九年(寛弘は一〇〇四〜一〇一二年)。若狭から近江へ抜ける熊川の谷は、海産物を内陸へ運んだ古い道筋として用いられたと伝わる。本話の人物・会話・情景は創作。
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