雨宿りの軒先で、藁の目を数えていた小さな指第 56 話衣服
衣服室町のころ・美濃の街道沿いの村読了 約6分

雨宿りの軒先で、藁の目を数えていた小さな指

〜段のひとつが浅いだけで、雨はどこを通るのか〜

はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。

 笠かさの目は、五十あまり。蓑みのの段は、七つ。

 それだけの数を、指で数えながら藁を編んでいた童を、ボクは一度だけ見たことがある。教わったのではない。数えることでしか、うまく編めているかを確かめる術がなかったのだ。

 いまなら、雨が降れば傘をさす。骨は工場で組まれ、生地は遠い国から届く。それで用は足りる。傘をこしらえた手の顔を、ボクたちはたいてい知らない。

 だが、あの軒先で見た藁の目には、編んだ指の跡が、そのまま残っていた。

◇ ◇ ◇

 応永十年(1403年)の秋、美濃の街道沿いのある村で、おれは思いがけない雨に降られた。峠を越えようとした矢先、空模様が変わり、みるみる本降りになったのだ。

 その年、おれは食いつめて、あてもなく国から国へと渡り歩いていた。笠ひとつ持たぬ身では、雨から逃げるほかに手立てがない。街道沿いに並ぶ家々のなかで、いちばん軒の深い一軒へ、おれは飛び込むように駆け込んだ。

 軒先に立って、ようやく人心地がついた。着物の襟元はすでに濡れ、肌に張りついて冷たい。腹は昼から何も入れておらず、雨音を聞いているだけで、いっそう空しさが募った。こんな身なりでは、どこの村でも歓迎されはしない。声をかけるつもりも、かけられる当てもなかった。

 見上げれば、厚く葺かれた萱の軒が、大きく張り出している。その下だけは、雨粒ひとつ届かぬほど乾いていた。庭先には割られたばかりの薪が積まれ、桶がひとつ、雨水を受けて縁のあたりまで満ちている。ここまで、幾つの村を通り過ぎてきたか、おれ自身、もう数えるのをやめていた。

 開け放した戸口のすぐ内、軒先から手を伸ばせば届くほどの近さに、人影があった。十ばかりの童わらべが、莚むしろの上に座り込み、膝に抱えた藁の束と向き合っている。細い指で藁を一本ずつ取っては、数えながら縄をなっていた。

 「……七つ、八つ……」

 小さな声が、雨音の隙間から届いた。数え終えるたびに、童は縄をきつく締める。かと思うと、急に手を止め、首をかしげて、いま結んだばかりの縄をほどいてしまう。数を間違えたのだろう。またはじめの一本から、数えなおしている。

 外の雨は絶え間なく屋根を打ち、その音に紛れて、童の声はいっそう聞き取りにくくなる。それでも指の動きだけは止まらない。藁を一本、また一本と取っては、束の太さを目で確かめ、数を唱え、縒り合わせる。何度目の数えなおしか、もはやおれにも見当がつかなくなっていた。

挿絵:外の雨は絶え間なく屋根を打ち、その音に紛れて、童の声はいっそう聞き取りにくくなる

 誰に見せるでもない、ひとりだけの手業だった。数え方は、一度は誰かに口で教わったのだろう。だが、いまこの場に大人の姿はなく、あとは手が覚えるほかない。土間の隅には、藁を打つための木槌と、笠を編むための束ねた菅すげとが、それぞれ別に積んであった。蓑は藁、笠は菅と、材料からしてすでに分かれているらしい。手だけが繰り返し、数を覚えようとしていた。

 泥のついた土間に尻をつけたまま、童は微動だにしない。指先はところどころ擦り切れて赤らみ、藁の棘が刺さるたび、ぴくりと肩が震えた。それでも手を止めることはなかった。五度目か六度目か、ようやく数え終えた縄を、童は満足げに脇へ置いた。だが、その顔に安堵の色はない。すぐにまた次の藁へ手を伸ばしていた。

 軒先の柱に、編みかけの蓑が一領、掛けてあった。仕上げた段が本当に雨をしのぐかどうか、この村ではそうして確かめるものらしい。段になった藁が幾重にも重なって垂れ下がり、屋根から伝う雨だれはその段を伝って下へ下へと落ち、地面に届くころにはずいぶん勢いが弱まっている。ただ、一箇所だけ、段の重なりが浅いところがあった。そこだけ、雨だれがまっすぐに、勢いよく滴り落ちていた。

 乾いた藁は軽いが、雨をふくむと見る間に嵩を増し、重みを増していくのがわかる。すでに仕上がった裾のあたりは湿気を吸ってわずかに垂れ下がり、指で弾けば、ぼたりと雫が落ちた。まだ手のついていない残りの藁束は、乾いたまま部屋の隅に積まれている。あとどれだけ、あの束を数え、綴じつづければ一領の蓑になるのか、傍から見ても見当がつかなかった。笠の目は五十からあるという話を、どこかの村で聞いたおぼえがある。だが、いま童が数えているのは、蓑の段のほうだった。

 童は、その浅くなったあたりへちらと目をやっては、また手元の縄を数えなおす。結び目ひとつ、重なり一段の狂いが、そのまま雨の通り道になる。童はそれを、すでに承知しているふうだった。数を違えれば、次の雨でそれが漏るとして跳ね返ってくる。誰に叱られるでもなく、藁そのものが、正直に応えを返しているようだった。

 雨は、いっこうに弱まらなかった。遠くの田では、蓑を着た大人たちが、雨のなかでも刈り入れの手を止めていない。腰を折り、稲株をつかんでは刈り、束ねては積む。その背には、あの軒先に掛けられていたのと同じ、段になった藁がまとわりついている。誰かが藁を打つ、乾いた木槌の音が、雨音の合間に、ぽつり、ぽつりと聞こえてきた。少し離れた井戸端では、女たちが濡れながらも桶を運んでいる。その肩にも、裾の短い蓑が一枚ずつ掛かっていた。村じゅうが、藁と雨とに向き合って生きているようだった。

挿絵:雨は、いっこうに弱まらなかった

 街道を、蓑を纏った行商ぎょうしょうの男がひとり、こちらには目もくれず通り過ぎていった。担いだ荷の上にも、やはり同じ段状の藁が掛けてある。誰もが、当たり前のようにその一枚を身につけて、雨の中を行き来していた。持たぬ者は、おれひとりだけのようだった。

 おれは、その輪の外に立っていた。声をかける相手もなく、声をかけられもしない。ただの通りすがりの、笠も持たぬ、物乞い同然の男でしかなかった。前の村では田植えの手伝いを、その前の村では炭焼きの下働きをした。長くて十日、短ければ一晩で、おれはまたどこかへ発つ。根を張る間もなく、次の空模様に急き立てられるだけの日々だった。国を渡り歩くうち、こうして人の暮らしの端に立ち、なかへは入れぬまま、ただ眺めるだけということが、幾度もあった。この村でも、それは変わらない。

 それでも、童の指の動きからは、目を離せなかった。数え間違えては結び直し、また数える。飽きもせず、それだけを繰り返している。誰に見せるためでもない、誰に褒められるためでもない、ただ、正しい数に合わせるためだけの手だった。

 軒先に立ちつくすうち、体の芯まで冷えてきた。腹の虚しさと、この身ひとつの心もとなさとが、じわりと重なってくる。あすの寝床のあてすらないというのに、余計なことを考える余裕もなかった。ただ、この雨がやむのを、ひたすら待つよりほかになかった。

 どれほどそうしていただろう。腹の底に溜まった冷えは、いっこうに抜けなかった。それでも、雨の勢いが、ふっと緩んだ。おれは濡れた荷を背負い直し、小降りになった隙を見て、ふたたび峠道へ足を向けた。

 振り返ると、あの軒先はもう遠く、家の形も判じがたくなっていた。あの童が、無事に数を合わせられたのかどうか、おれは知らない。知りようもない。名も知らず、素性も知らず、ただ、雨をしのぐ一枚がどうやって生まれていくのかを、わずかな間、盗み見ただけだった。それでも、藁の目をひとつずつ数えていた、あの小さな指の動きだけが、いつまでも目の奥に残っていた。

◇ ◇ ◇

 その後、幾つの雨を越えても、傘の骨を畳むたびに、指がひとりでに何かを数える拍子を刻むことがある。教わった覚えなどないのに、あの軒先で見た小さな指の動きと、なぜか重なるのだ。

 あの日、雨に濡れた襟元は冷え、かじかんだ指先は思うように動かなかった。藁の目をひとつずつ数えていた、あの小さな指の冷たさだけが、いまも掌に残っている。

参考文献・もっと詳しく

※ 藁や菅で編んだ蓑(肩から羽織る雨具)と笠(頭をおおう雨具)は、野良仕事にも旅にも用いられた素朴な雨具で、貧富を問わぬ実用の衣であったとされる。やがて蓑笠の姿は旅人・農民の象徴として絵画や和歌にもしばしば描かれていったと伝わる。蓑は藁を段状に重ねて雨だれを受け流す構造を持ち、その編み方は各地で口づてに受け継がれたという。応永十年は一四〇三年(応永は一三九四〜一四二八年)。本話の人物・会話・情景は創作。

当サイトは Amazon アソシエイト・プログラムの参加者です。上記リンク経由の購入で当サイトに収益が発生する場合があります。

この話が続いてほしいと思ったら、心ばかりの応援をしていただけます。見返りのない、任意の支援です。

このサイトを応援する →
同じテーマの話
衣服一反の薔薇の銘仙と、祖母の袖口に残る縫い目衣服皮屋の小屋の梁から子がおろした、二枚の皮の切れ端衣服京の西のはずれ、紅の屑をえり分ける子がいた
同じ時代の話
宗教西国三十三所、旅人たちが道々に残した草鞋の山文化山あいの寺で、夜明け前に鐘楼へのぼる、ひとりの男食三輪の里の縄に結ばれた印は、何を数えていたのか