第 38 話食都から石臼を引いてきた男と、挽きたての青い粉
〜なぜ村の衆は、苦い湯に銭を賭けたのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
石臼の合わせ目から、青い粉が糸になって落ちてくる。落ちる先は黒い椀だ。粉は目が細かくて、息を吹けば散る。柄の木は手の脂で黒光りしていて、握る場所だけ、木目が丸くすり減っている。
その柄を、ボクは近江の湖のほとりで、半刻のあいだ回しつづけたことがある。
茶が薬から遊びに化けたあとの話だ。栄西という坊さまが、海の向こうから種と飲み方を持ち帰り、茶はまず薬として入った——そう教わった。眠気を払う、腹をととのえる、と。それから二百四十年ほどが過ぎていた。ボクの知る茶は、急須の葉に湯を注いで待つものだった。この日の茶は、その順が逆だった。闘茶という賭けごとの名も、話には知っていた。ただ、知っているのと、あの座に膝を入れるのとでは、まるで違った。村の者は薬としてなど飲んでいなかった。
◇ ◇ ◇
永享四年(一四三二年)の春、近江の湖のほとりの村で、おれは旅の男に呼びとめられた。紙や櫛を背負って歩いていた足が、村の入り口の葦簀張りの前でとまったのだ。
葦簀の下には、石の臼と、釜と、口の締まった壺が置いてあった。手ぬぐいを頭に巻いた男が、釜の湯の加減を見ている。
「飯を食わせる。臼を回す手が足りん。ひと挽き頼めるか」
男は九郎太といった。都の西、栂尾のあたりから、茶の葉を担ぎ、臼を荷車に載せて来たのだという。村の者ではないことは、言葉の尻の上がり方でわかった。おれは背の荷を葦簀の柱にもたせ、臼の柄を握った。
上の石は重い。ひと回しごとに腕の付け根へ重みが乗る。九郎太は壺から、蒸して干した葉を出した。茎はすっかり抜いてあって、手のひらで揉むと乾いた音がする。それを臼の穴へ、ひとつまみずつ落とす。
「ゆっくりな。急ぐと粉が焼ける。それと、挽いたぶんはその場で使う。置いた粉は、もう別物じゃ」
言われたとおり、柄を引く手を一定にした。半刻ほど回すと、椀の底に青い山ができた。腕が震えた。柄を握る手のひらに、黒光りの木目がじかに食いこんだ。
そのあいだに、村の者が三人、四人と寄ってきた。みな遠巻きにして、釜と臼を見ている。
「茶なら、寺の坊さまが病人に煮て飲ませるのを見た」と、背の曲がった庄平が言った。「茶色い苦い湯じゃ。あれは薬よ。粉にして飲むなど、薬師のまねごとではないか」
九郎太は答えなかった。黙って黒い椀を湯でゆすぎ、粉をひとさじ落とし、細く湯を注いだ。竹を細く割いた小さな箒を、手首だけで振る。泡が立ち、椀の面が薄みどりに覆われていく。それを庄平の前へ置いた。

庄平は椀を横目で見て、手を出さなかった。若い者が先に口をつけて顔をしかめ、それでも二口めを飲んだ。あとは何も言わず、椀を持ったまま動かなかった。
おれは見ていた。葉を煮るか、湯に浸すか。茶といえばその二つだと、体が思いこんでいた。この男の手はどちらでもなかった。ゆすぎ、落とし、振る。それだけで、湯はいつのまにか飲み物になっている。
昼すぎ、九郎太は黒い椀と竹の箒をおれの前へ押しやった。 「おぬしも振ってみい」 粉を落とし、湯を注ぎ、箒を握る。力まかせに回すと、泡は大きくて粗く、すぐにしぼんだ。九郎太はおれの手首をつかまず、自分の椀を、おれの目の高さへ持ち上げて振ってみせた。手首だけが細かく動き、肘はまったく動かない。もう一度やる。今度は泡が椀の面に細かく寄って、すこし持ちこたえた。 「それでええ。あとは数をこなせ」 庄平の連れの若い者が、後ろから覗きこんだ。 「この男、都の者だろう。ここらで茶を売ったとて、誰が買うものか。薬なら寺でもらえば、足りておる」 九郎太は笑って、否とも是とも言わなかった。おれも口をはさまなかった。村の者にとって、よそから来た者の茶は、まず疑うものだった。ただ、釜の火を落とさずにいた。
その日の夕方、九郎太は庄平に向かって、椀を三つ並べてみせた。
「ひとつは栂尾の本茶。あとのふたつは、この村の南の山と北の山の葉じゃ。どれが本茶か当てた者が、場に出た銭をぜんぶ取る。外した者は、出し銭を置いていく」
これが闘茶というものか、とおれは思った。本茶と、それ以外の非茶を舌で言い当てる、賭けの遊びだ。
臼を回すのは、また、おれの役だった。九郎太は三つの葉を、ひとつ挽くごとに臼を水でよく洗わせた。「混ざったら、当ててもあてにならん」。石の目に残った粉を、竹の串でかき出す。水は春の湖の冷たさで、手がかじかんだ。指の先が、しばらく自分のものでないようだった。南の山の葉は軽く、北の山の葉はやや厚い。粉の色まで、ほんのすこし違っていた。

◇ ◇ ◇
夜、宿の板間に男が七人、八人と車座になった。真ん中の釜が、しゅんしゅんと湯気を上げている。庄平も座にいた。腕を組んで、いちばん奥に陣取っている。
九郎太が泡を立て、椀が順にまわる。おれも巾着の底の銭を指でなぞって数え、ひとつ置いた。口をきつく締めなおしてから、座に加わった。
ひと椀め。苦いが、後に甘みが残る。ふた椀め。苦みが尖って、舌を刺す。三椀め。香りがよいのに、後味が薄い。
甘みのあるひと椀めこそ上等だ、とおれは思った。体が、そう言っていた。ひと椀めを指さした。
九郎太は黙って、包みの口を開いた。ひと椀めは、村の南の山の葉だった。
おれの銭が、隣の男の膝の前へ流れていく。そのとき九郎太が、おれの顔を見て、ほんのすこしだけ口の端を上げた。それだけだった。
若い者のひとりが、ふた椀めを取って首をひねった。「どれも茶の味じゃ。わしの舌では分からん」。笑いが起きて、誰かが「それを分かる者が、都にはおるのか」と問うた。九郎太は釜の湯に柄杓を沈めながら、「おるよ。何十年も飲み分ける者がな」とだけ答えた。
庄平が、ふた椀めを取った。舌の上でころがし、目を閉じ、またころがした。
「これは……北の山のじゃない。後で、じわりと重い」
九郎太は包みを開いた。ふた椀めが本茶だった。
庄平の眉が動いた。目が、はじめて九郎太の手元ではなく、椀の底を見ていた。それから座の男たちを見渡して、「もういっぺん、やらせい」と言った。
もう一勝負、また一勝負と、銭が行ったり来たりする。当てた者は膝を打ち、外した者は天井を仰ぐ。釜の湯が減ると、庄平が自分で水を足しに立った。さっき椀に手を出さなかった男だ。
明け方に近いころ、車座のどこかで、田の水の割りふりの話が出た。誰かが椀を回し、ひとことふたこと言いあううちに、話はまとまっていた。眠そうな顔は少なかった。
隅の若い者が、居眠りしかけて、椀のふちに額をぶつけた。みなが笑い、その笑いで目をさまして、また次の勝負へ入っていく。九郎太は車座の輪には入らず、釜の脇にいて、湯が減れば足し、泡が崩れれば立てなおした。それでも誰もが、椀を渡すときには彼の手元を見ていた。
おれは、賭けには三度負けて、一度だけ当てた。当てたのは三度めの勝負で、甘いほうを選ばず、後でじわりと重いほうを選んだ。庄平の舌を見たあとの、真似のような当て方だった。
翌朝、九郎太は臼を荷車に載せようとした。上の石を、おれが持ち上げた。腕の筋が、まだ昨日の半刻を覚えていた。
庄平は、荷車のそばまで来て立っていた。何も言わなかった。ただ、洗った椀を一つ、布で包んで九郎太に差し出した。九郎太はそれを受け取って、荷の上に載せた。黒い椀は、朝の光で、縁の欠けまで見えた。
「ほれ」
九郎太は銭を三つ、おれの手に握らせて、壺をひとつ、庄平の家へ置いていった。次の春に、また来るという。おれは背の荷をかつぎなおして、湖のほとりを西へ向かった。
◇ ◇ ◇
あのとき、青い粉は、重い石を半刻回してできた。椀は両手で受けて、熱さと重さが手首に来た。
いまの茶は、缶のふたをひねる軽さで椀に落ちる。
参考文献・もっと詳しく
※ 「闘茶」は鎌倉末から室町期に流行した、本茶(栂尾産)と非茶(他産)を飲み分けて当てる、賭けを伴う遊びとされる。のち本茶の座には宇治茶が就いたと伝わる。栄西『喫茶養生記』に「茶は養生の仙薬なり」とあり、茶はまず薬として受け入れられた。本文の人物・会話・情景は創作
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