湯気の立つ椀を、みなで回して12
室町のころ・近江の湖のほとり読了 約8

湯気の立つ椀を、みなで回して

なぜ男たちは、たった一服の苦い茶に、なけなしの銭を賭けたのか

 いまの世では、茶はどこにでもある。

 駅の隅に立った機械へ銭を入れれば、冷えた茶が音を立てて落ちてくる。蓋つきの瓶に詰められたやつが、店の棚にもずらりと並んでいる。熱いのも冷たいのも好きにできて、飲みたいと思った時にはもう手のなかにある。たいしたものだ。

 けれど、ボクは知っている。むかし、茶はそんなに気軽なものではなかった。

 もとはずっと西の唐の国のもので、坊さまが種と作法を海の向こうから運んできた。眠気を払い、頭をしゃっきりさせ、腹の調子までととのえる——そういう効きめのある、ありがたい薬のようなものだったらしい。栄西とかいう坊さまが「茶は養生の仙薬なり」と書き残した、なんて話も伝わっている。もっとも、これはずっと後の世のボクが本で知った後知恵で、当時の村の衆はそんな由来など、これっぽっちも気にしてはいなかった。

 ただ、苦くて、目が冴えて、なんだか妙にうまい。それだけで、茶はじわりじわりと、坊さまの寺から町へ、町から村の寄合へと、こぼれ落ちるように広まっていった。

◇ ◇ ◇

 永享四年(一四三二年)の春。おれは紙や櫛を背負い、近江の湖のほとりの道を西へ歩いていた。

 昼を過ぎたころ、道ばたに葦簀張りの小さな店が出ていた。湯気がもうもうと立っている。火にかけた釜の脇で、ねじり鉢巻きの男が、ちいさな石の臼をごりごりと回していた。挽かれて口から出てくるのは、目の細かい、青みがかった粉だ。

 「一服一銭。茶はいかがかね、旅のお人」

 男は手を止めずにそう言った。一服でちょうど銭ひとつ。背の荷で肩が焼けるようだったし、おりよく喉も鳴っていた。おれは銭をひとつ、台の上に置いた。

 茂介と名乗ったその男は、挽きたての粉を黒い椀へひとさじ落とし、釜から汲んだ湯を細く注いだ。それから竹を細く割いた小さな箒のようなものを取って、椀のなかをしゃかしゃかと小気味よく振りたてる。みるみる泡が立って、椀の面が、薄みどりの細かな泡でびっしりと覆われた。

 「熱いうちにどうぞ」

 受け取ると、椀は両の手にずしりと熱い。湯気が顔をなでる。青くさいような香ばしいような、嗅いだことのない匂いがした。口をつける。苦い。舌の根がきゅっと縮むほど苦い。けれど、その苦みのあとから、妙にすっきりとしたものが、すうっと喉を抜けていった。

 「うわ、苦いな」とおれが正直に言うと、茂介は待ってましたという顔で笑った。

 「そうじゃろう。はじめはみな、その顔をする。だがな、ふしぎなもんで、半刻もすれば、また飲みとうなる。荷を担ぐ衆がこれを一服やるとな、肩のだるさが嘘のように消えて、足がまた前へ出るのよ。眠気もどこぞへ飛んでいく。おれら荷役にゃ、これがいちばんの薬じゃ」

 石臼から落ちてくる粉を、おれはしげしげと見た。茂介は摘んだ葉を蒸して干し、固い茎をていねいに抜いて、こうして毎朝、客の来るたびに挽くのだという。「挽きおいた粉は、もういかん。香りが逃げて、気の抜けた酒みたいになる。挽きたてでなけりゃ、銭はもらえんよ」。なるほど、椀のなかの青い匂いには、挽きたてらしい立ちのぼる勢いがあった。背の荷をいったん下ろし、おれはもう一服、銭を置いて頼んだ。二服めは、はじめの苦さがいくらか舌に馴染んで、奥に隠れていた甘みのほうが、先に立つように思えた。

 なるほど、たしかに飲みほすと、霞んでいた頭の奥が、ひとつ拭いたように冴えてきた。それを口にすると、茂介はにやりとして声をひそめた。

 「気に入ったなら、今宵うちの宿へ来なされ。村の衆が寄って、茶の当てくらべをやる。おもしろいぞ」

 当てくらべ、とおれは聞きかえした。茶を当てて、何になるというのだ。

◇ ◇ ◇

 日が暮れて、宿の板間へ上がると、すでに男が五人、六人と車座になっていた。中ほどに釜がしゅんしゅんと湯気を立て、その前に亭主役の年寄りが、いくつもの椀と、紙にひねった茶の包みを、きちんと並べている。

 「今日のはな」と年寄りが、もったいぶって包みを掲げた。「ひとつは栂尾の本物。あとは在所の、そこらの山で摘んだやつよ。どれが本物か、舌で当ててみい。当てたら、賭けた銭が倍になって戻る。はずせば、巻きあげられるがな」

 どっと笑いが起きた。男たちは銭を、めいめい膝の前に積んでいく。栂尾の茶こそが本物——本茶——で、それ以外は非茶と呼ぶのだそうだ。本物の一服を、よその安茶のなかから一発で言いあてる。たったそれだけのことに、男たちは目を血走らせ、なけなしの銭を惜しげもなく賭けていた。

 順ぐりに椀がまわってきた。挽きたての粉に湯を注ぎ、例の竹の箒でしゃかしゃかと泡を立てて、ひとり、またひとりへと手渡されていく。おれも仲間に入れてもらって、銭をひとつ置いた。

 ひと椀めをすする。苦い。けれど、舌の奥にほのかな甘みが残る。ふた椀め。これは苦みがとがって、舌をぴりりと刺す。三椀めは、香りはよいが、後味が薄い。同じ青い粉に同じ湯のはずが、どうしてこうも顔がちがうのか、おれにはまるで見当もつかなかった。

 「どうじゃ、旅のお人。当ててみい」

 みなの目がこちらを向く。おれは迷ったすえ、いちばん甘みの残ったひと椀めを、本物だと言った。年寄りが包みを開いてみせる。

 「はずれ。それは在所の安茶よ」

 わっと笑い声が上がって、おれの銭は、あっけなく隣の男の膝の前へ流れていった。当てた男は、栂尾の渋みはこんなものではない、後からじわりと重くくるのだ、と得意げに講釈をたれる。おれにはその渋みのちがいが、どうしても分からなかったが、当てた当てられたで一喜一憂し、椀をまわしては膝を打って笑いあう、その車座のあたたかさは、よく分かった。

 二勝負めが始まった。こんどは椀が四つもまわる。男たちは一椀ごとに目を閉じ、舌の上で湯をころがし、うむ、と低くうなった。なかには椀を鼻先まで持ちあげ、香りだけで本物を嗅ぎ分けようとする者までいる。「栂尾のは、立ちのぼる匂いがちがうのよ」と、その男は鼻をひくつかせた。おれも見よう見まねで嗅いでみたが、どれもおなじ青くさい湯気にしか思えない。けっきょく当てずっぽうで指をさし、また見事にはずした。隣でどっと笑われて、おれの銭がまたひとつ、座の向こうへ滑っていった。

 勝った男のもとには、銭ばかりでなく、賭けに添えられた品も集まっていった。扇が一本、麻の手ぬぐいが一筋。どれもささやかなものだが、それを引き寄せる当て手の得意げな顔は、まるで一国でも切り取ったかのようだった。

 負けが込んだ男が、もう一勝負と銭を足す。勝った男が、上機嫌で皆に安茶のお代わりを振るまう。湯気の立つ椀が、手から手へとぐるぐるまわる。釜の前の年寄りは、湯のかげんに目を配りながら、つぎつぎと泡を立てつづけた。夜が更けるほどに、座はにぎやかになっていった。

 「茶を飲むと、ふしぎと夜どおし目が冴えてな」と隣の男が言った。「こうして当てくらべに興じておると、いつまでも眠うならん。だから茶の寄合は、いつも長い」

 なるほど道理だ、とおれは思った。みな、苦い湯のおかげで眠れぬまま、銭を取った取られたと、夜ふけまで飽きずに笑っている。村の田植えのこと、隣村の揉めごと、年貢の話。当てくらべのあいだに、そうした寄合の用も、いつのまにか片づいていく。茶は、ただ目を冴えさせるだけでなく、人と人とを、ひと晩じゅう車座につなぎとめておく、そういう不思議な力を持っているらしかった。

 あとで聞けば、この村では月に幾度か、こうして衆が茶に寄るのだという。めいめいが在所の茶を持ちまわりで出しあい、当てくらべに興じ、そのついでに村の相談ごとまで片づけてしまう。もとは寺の坊さまから飲み方を教わったのが、いつのまにか百姓の楽しみに化けたのだと、釜の前の年寄りは笑っていた。坊さまの薬が、こうして土間の車座に下りてきて、賭けごとの肴になっている。おかしなものだ、とおれは思った。

 結局おれは、賭けには三度負けて、一度だけ当てた。取りもどした銭はわずかだったが、腹の底から温まって、宿を出るころには、肩の荷の重さも忘れていた。

◇ ◇ ◇

 あの当てくらべは、しばらくのあいだ、ずいぶんと流行った。本物と贋物を舌で言いあてる遊びは、銭を賭けるのが過ぎて、しまいにはお上から、ほどほどにせよと睨まれたほどだった。

 けれど、茶そのものは消えなかった。それどころか、賭けの熱がおさまったあとに、別の楽しみ方が、静かに芽を出していった。

 大勢でわいわい当てくらべるのではなく、ひとり、ふたりで、椀を手に、湯の沸く音にじっと耳をすます。どんな椀で飲むか、どう湯を注ぐか、その一服にこそ心を込める——そういう、もっと静かな飲み方を好む者が、やがて現れてくる。けれど、それはまだ、ずっと先の話だ。この夜の車座の男たちは、まだ誰ひとり、そんな澄ました飲み方など知りはしなかった。

 いまでも、茶はそこらじゅうにある。一服に銭ひとつ、湯気の立つ椀を道ばたで売っていた茂介のような商いは、やがて軒をつらねる茶屋になり、いまは町かどの店になり、瓶に詰められて機械のなかにまで並んでいる。

 ボクは、冷えた瓶の茶をひとくち飲むたびに、思うんだ。あの近江の宿の、しゅんしゅんと鳴る釜の音を。当てそこねて、わっと笑われた、あの晩のことを。苦い湯がひとつ、人を眠らせず、ひと晩じゅう車座につないでいた——あの、にぎやかな湯気のことを。

参考文献・もっと詳しく

「闘茶」は鎌倉末から室町期に流行した、茶の本茶(栂尾産)・非茶を飲み当てる賭け事を伴う遊び。本作の永享四年(一四三二年)は室町時代・足利義教の治世にあたり、元号と西暦は整合する。栄西『喫茶養生記』の「茶は養生の仙薬なり」は史実の記述だが、当時の村落での受容実態とは区別している。

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