第 50 話食禅寺の裏木戸に積まれた、幾つもの崩れた白い塊
〜精進の膳に欠かせぬその白い塊は、なぜ幾つも打ち捨てられていたのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
掌に載るほどの、白く四角い塊が一つある。持ち上げると、見た目よりわずかに重い。指先でそっと押せば、ふるりと震えて、跡がすぐに戻る。鼻を近づければ、ほのかに豆の匂いがする。
歯を当てればほろりと崩れ、舌に乗せても、これといった強い味はない。だが、その素っ気なさが、かえって何にでも寄り添う。汁に沈めれば汁の味を吸い、焦げ目をつければ香ばしくなり、冷やして食べれば豆のほのかな甘さだけが残る。今では、鍋の具にも、酒の肴にも、朝の一椀にも、当たり前のように顔を出す。
豆腐だ。見慣れた、あの白い塊だ。今でこそ、朝な夕な、どこの膳にも当たり前に載っている。値を気にすることさえ、そうそうない。だが、この白さの奥に、幾つもの崩れた失敗が積み重なっていたことを、知る者は少ない。
いま手にしているこの一丁も、どこかの工場で、大きな釜と機械が拵えたものだろう。作り手の顔も、手つきも、ボクには見えない。だが、この白さの底に流れる理屈は、いまも昔も、そう変わってはいない。
その理由に、ボクは一度だけ立ち会ったことがある。旅の途中、通りすがりに覗き見ただけの、ほんのひとときの出来事だった。誰かに何かを教わったわけではない。声をかけられたわけでもない。ただ、見ただけだ。
◇ ◇ ◇
応永十二年(一四〇五年)の冬、近江のとある禅寺の門前を、おれは荷を担いだまま通りかかった。次の里で売る炭を背負い、日の高いうちに峠を越えねばならぬ道すがらだった。息を吐くたび、白い息が宙にほどけて消える、底冷えのする日だった。地面のあちこちに、霜が薄く張っている。
この頃は、どこの田畑も実りが薄く、道を行き交う人の数もめっきり減っていた。荷を積んだ馬の背も、心なしか軽い。峠を越えた先の里でも、炭がまともな値で売れるかどうかは怪しいものだった。
裏手の木戸が、蝶番の軋む音を立てて、細く開いていた。そこから白い湯気が漏れ出し、冷たい大気にふわりとほどける。豆を煮る、あの独特の匂いも一緒に流れてきた。急ぐ道だったが、その匂いに引かれて、おれは足を止めた。
人目がないのを確かめてから、隙間にそっと顔を寄せる。木戸越しに見える屋根は、瓦の欠けたところを、木の板で継ぎ足してあった。けっして大きくも、裕福そうでもない寺だった。それでも、土間の奥だけは、湯気と匂いで、いやに賑やかだった。
土間の奥から、石臼の回る音が、ごり、ごりと重たく響いてきた。豆を挽いているのだろう。切れ目なく続くその音の合間に、白く濁った水が、どこかへ流れ落ちていく気配がした。

竈にかけた大鍋からは、白い湯気がとめどなく立ちのぼり、木戸の隙間から表まで流れ出てくる。湯気の向こうで、誰かの腕が布を固く絞る動きが、ちらりと見えた。絞られた布から、水がぽたり、ぽたりと滴る音が続いている。土間の隅には、豆を浸したらしい桶がもう一つ置かれているのが、湯気の切れ間からうっすらと窺えた。磨る、煮る、漉す、固める——耳と鼻だけでも、その順くらいは知れた。
湯気の向こうに、擦り減った杓の柄が、ちらりと覗いた。何かを汲んでは注ぐ、そんな音が幾度も繰り返し聞こえてくる。だが、どれだけ待てば汁が塊になるのか、どれだけ石を乗せれば水が抜けるのか——そこだけは、音にも匂いにも表れてはいなかった。頃合いを見極める目は、あの手を動かす者の内にだけあるらしい。木戸の外から窺っているだけでは、ついぞ盗めそうにない勘所だった。
柱のところに、小さな石ころが四つ、並べて置かれているのが、隙間の向こうにちらと見えた。今日、無事に固まった塊の数を、そうして数えているものか。
どこか奥のほうから、低い読経の声が、途切れ途切れに流れてきた。土間の湯気と、その声と、豆を挽く音とが、寒空の下で不思議に溶け合っていた。信心とは縁のない身の上だったが、その音の重なりだけは、なぜか耳に心地よかった。
木戸のすぐ外、竹籠に、白い欠片がいくつも打ち捨てられていた。近寄って一つ拾うと、指で弾いただけで、乾いた音を立てて欠けるほど硬い。もう一つ拾うと、こちらは崩れて水気を含んだまま、掌の上でだらしなく広がってしまう。籠の底には、そんな欠片が五つ六つ、無造作に転がっていた。夜のうちに冷え固まったものか、うっすらと霜まで乗っている。柱の石ころより、こちらのほうが多い。同じ豆、同じ汁から拵えたはずのものが、これほど違う姿になる。あの杓で汲む分量が、ほんのわずかにでも狂えば、こうなるのだろう。おれは拾った二つを、しばらく手の中で見比べた。硬いほうを爪の先で引っかくと、粉のように白い屑がぱらぱらと落ちる。柔らかいほうは、爪を立てるまでもなく、ぐずぐずと崩れていった。手のひらに残ったそれぞれの重さも、心なしか違っていた。硬いほうは、ずしりと掌に沈む重みがあり、柔らかいほうは、驚くほど軽い。同じ大きさに見えても、水を含んだ量がまるで違うのだろう。籠の隅には、角の欠けた真っ白な塊も一つ紛れていた。指先で押しても跡がすぐに戻るほど張りがある。固まりはしたが、型から出すときに崩したものらしい。捨てられるのは、柔らかすぎたものだけではなかった。木戸のすぐわきの溝には、真っ白に濁った水が、とめどなく流し捨てられていた。地面に染み込む間もなく、次から次へと流れてくる。これほどの量を毎日流すほど、幾度も同じ手順を繰り返しているのだろう。寒空の下、その水面だけが、絶えず白く波立っていた。流れ落ちる先の石は、いつからか白くくすんでいた。

石臼の向こうに、下働きらしい老いた男の背中が見えた。腰が曲がり、継ぎの当たった袖から覗く腕は、寒さのせいか赤く荒れている。男は、また新しい欠片を竹籠へ放り込みながら、独り言のようにつぶやいた。
「今日でみっつめか……」
それだけだった。誰に向けた言葉でもない。男はすぐに背を向けて、竈のほうへ戻っていった。柱の石ころの少なさを見るかぎり、こうした日は、今日にかぎったことでもなさそうだった。
拾った欠片の匂いを、思わず確かめてみた。焦げた匂いも、腐った匂いもしない。ただ、豆の匂いだけがする。この程度の失敗なら、味だけは大して傷んでいないのかもしれない。汁の実にでもすれば、案外美味く食えるのではないか。木戸を叩いて、一切れ分けてもらえぬかと頼んでみようか——そんな考えが、ふと頭をよぎった。だが、荷を担いだ旅の者が急に顔を出せば、無用な詮索を招くだけだ。おれは、その考えをすぐに引っ込めた。
このところの不作で、どこの里も台所が細く、おれ自身、この先どこで一夜の宿にありつけるかも当てのない旅だった。荷紐を握り直す手に、知らず力がこもった。豆一粒すら容易でない年に、これほどの手間と失敗を重ねて、それでもなお拵え続ける——その根気強さに、おれはしばし見入っていた。遠くで、寺の鐘が一つ、低く鳴った。鐘の音が消えたあとも、風の音だけが、しばらく耳についていた。
木戸の奥で、桶が触れ合うような音がして、老いた男がふとこちらへ顔を向けた。おれは木戸から身を引き、拾った欠片をそっと籠へ戻すと、何ごともなかったふりで道を急いだ。振り向くことはしなかった。木戸の軋む音と、湯気の匂いが、しばらく背中を追いかけてきたが、峠に差しかかる頃にはそれも遠くなり、聞こえなくなった。
峠を登りながら、指先に染みついた、あの乾いた欠片の感触を思い返していた。籠へ戻したそれは、もうこの手にはない。だが、指で弾いたときの、あの硬い手ざわりだけは、いつまでも消えずにいた。名も知らぬ寺の、名も知らぬ下働きの男が、今日も竈の前に立っているのだろう。荷を担ぎ直し、おれは日の傾かぬうちにと、足を速めた。二度と、あの門前を通ることはなかった。
◇ ◇ ◇
あの日、指で弾いて確かめた乾いた音を、ボクは今でも覚えている。拵えようなら、幾つもの書物に記されている——豆を磨り、煮て、漉し、にがりを打って固めること。だが、あの乾いた音までを書き留めた者は、ひとりもいない。
三つ目の失敗をつぶやいた、あの老いた男の声も、柱に並んでいたはずの四つの石ころも、どこにも書き留められていない。腰の曲がった背中も、赤く荒れた腕も、木戸の隙間から漏れていた湯気も、擦り減った杓の柄も、とうに朽ちて消えただろう。それでも、指先で豆腐の柔らかさを確かめるたび、耳の奥だけに、あれがかすかに戻ってくる。
参考文献・もっと詳しく
※ 豆腐は大陸から伝来した豆の加工食で、当初は寺院の精進料理として僧の間で用いられ、やがて門前町を経て庶民の日常の食へと広がっていったとされる。大豆を磨り潰して煮て漉し、にがり(塩化マグネシウムを含む苦汁)で凝固させて成形するもので、肉食を避ける僧侶にとって貴重な蛋白源であったと伝わる。寺院の食から里の常菜へと普及していくのは中世から近世にかけてとされる。応永十二年は一四〇五年(応永は一三九四〜一四二八年)。※本文の人物・会話・情景は創作。
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