第 64 話言語京の寺の連歌の座、句を継いでいったある一夜
〜前の句をせっかく受けておきながら、なぜ人は、わざと話を転じて付けたのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
既読の印がつくと、指がまだ画面から離れないうちに、もう次の一言が返ってくる。
受け取った言葉は、すぐに次の言葉へ置き換わっていく。
◇ ◇ ◇
応永二十三年(一四一六年)の春、京のとある寺で、連歌の座が持たれた。
おれは、知り合いの伝手で、末席に加えてもらった。連歌の座には、これまでにも幾度か、腰を落ち着けたことがある。山寺の一間で開かれた地味な座もあれば、京の商家の奥座敷で、灯を幾つも並べた華やかな座もあった。国によって呼び名の違う言い回しも、幾つか拾い覚えた。座ごとに顔ぶれも作法も変わるが、句の受け渡しの間合いや、詰まったときの座の静けさは、どこでも似通っていた。そのぶんだけ、勝手はいくらか心得ているつもりだった。
山門をくぐると、庭の桜がまだ幾分か残っていて、踏み石のわきに花びらが吹き寄せられていた。廊下を渡るあいだ、奥の一間から、幾つもの低い声が漏れ聞こえていた。一間には、すでに人が集まっていた。上座に腰刀を帯びた武家の男。その隣に墨染めの衣の僧がふたり。下手には京で米を商うという恰幅のよい男。座をとりしきる宗匠は、道阿という白髪の老爺だった。身分の上下は、この座ではしばし脇へ置かれる。庭先では、散りかけの桜がのぞき、火桶の炭が、ときおりかすかに爆ぜた。文台と硯のそばには、句を書きとめる役の者が、筆をかまえて控えていた。障子越しの光が、まだ薄青く、土間には、藁草履が幾つも脱ぎ捨てられていた。
おれの隣には、元服して間もない年頃の若者がひとり、膝の上で拳を握りしめてすわっていた。今日が、初めての座だという。肩をこわばらせ、隣のおれに、ちらちらと目をやっては、また前を向いた。指の背が、白くなるほど強く拳を握っていた。おれには、こういう硬さに覚えがあった。どこの座でも、たいていひとりはこんな顔をしている。誘ってくれた者の顔を立てたいのか、それとも自分で望んで来たのか。そこまでは知れなかったが、覚悟だけは、脇からでもわかるほど据わっていた。

道阿どのが、ひとつ咳払いをして、座を静めた。それから、発句を詠んだ。
散る花を 惜しむ間もなく 暮るる空
上座の侍が、間をおかず七七を付けた。
軒端をたたく 春の雨かな
散る花から、軒先をたたく雨へ。前の句のさみしさを、雨の音でそっと受けとめている。座の者たちのあいだに、小さくうなずく気配が流れた。
句は、そうして次々に継がれていった。雨やどりの宿へ、旅の枕へ、句はゆるやかに景色を変えながら渡っていく。
草の戸に ひと夜を借りる 旅ごころ
ふるさとの 夢にも遠き 枕かな
枕の夢を受けて、こんどはもうひとりの僧が、夜明けの鐘へと景色を移した。
明けぬまに 鐘のひと声 野を渡る
鐘の音を受けて、米商いの男が、遠くの湊へと景色を転じた。
湊出づる 船の帆かげも 白みゆく
湊の景色を受けて、こんどは先の侍が、ふたたび番をまわされ、鎧の代わりに扇を持つ手で、船を見送る岸辺の人影へと転じた。
岸に立つ 袖ふるかげの 小さきよ
前の句を踏み台にしながら、次の者が、それまでとは違う景色へ、句をずらしていく。花が雨になり、雨が旅の宿になり、宿が鐘になり、鐘が船になり、船が岸辺の人影になる。その呼吸が、座の者たちのあいだで、少しずつそろっていくのが、傍で見ていてもわかった。見るたびに、前の句のどこを受け、どこを手放すかの加減が、それぞれ少しずつ違う。同じ手筋は、一つとしてなかった。
やがて、若者の番が来た。前の句の余韻に押されたか、若者はひどく長く黙りこんでから、ようやく口を開いた。
袖ふるかげに なお漂うは 旅の夢
言い終えたとたん、座がしんとなった。前の句の景色に、そのまま重なっただけの句だった。誰も咎めない。道阿どのは、ただ小さくうなずいて、次をうながした。書きとめ役の筆が、いったん止まった。
若者は、うつむいたまま、膝の上の拳を見つめていた。
若者が、おれにだけ聞こえるほどの声でこぼした。
「……離そうにも、離せませんでした」
受け取った言葉を、そのまま抱えこんでしまう。急くほど、放せなくなる。座の遠近をまたいでも、それだけは変わらないものらしい。急いた指先ほど、前のものを手放せない。慣れた者も、慣れぬ者も、そこは同じだった。おれは、胸のうちでそう思った。

次は、おれの番だった。旅の枕にとどまるかわりに、遠くへ目をやることにした。灯の油が、じじ、と鳴った。
遠く鳴く鹿 山の端しらむ
消えかけた夢から、夜明けの山へ。景色を、思いきって遠くへ飛ばした。
「おお」と、米商いの男が声をもらした。侍が、うむ、とうなずく。道阿どのは、なにも言わず、ただ目もとをやわらげた。それまで張りつめていた座の空気が、ひとまわり広くなった気がした。
膝の上で、指先が知らず硬くなった。一つ所にこれほど長く落ち着くのは、いつ以来だったか——そう思いかけて、おれは筆先の運びに気を戻した。隣では、若者が、食い入るように文台を見つめていた。
道阿どのが、ひとつうなずいて、しばし手を休めるよう告げた。茶の椀がひとつ、また一つと回された。若者は椀を受け取ったものの、口をつけずに、じっと文台のほうを見つめていた。
やがて座が戻り、そのあと二巡り、句が渡っていった。露けさの朝が来て、旅立つ馬の音が、しだいに遠ざかっていく。
露けさに 袖をしぼりて 立つあした
駒の音とほく 霞む里みち
三巡り目に、また若者の番がまわってきた。今度は、前へすこし乗り出し、しばらく黙ったのち、慎重に口を開いた。
霞む野に ひとり離れて 鳥の声
里みちから、鳥の声へ。前の句から、たしかに一歩、離れていた。まだぎこちない。だが、しがみついてはいなかった。座に、ほっとした気配が広がった。おれは、何も言わずに、ただひとつうなずいた。書きとめ役の筆が、さらさらと紙をすべる音だけが、しばらく続いた。
日が暮れかかるころ、座は満ちた。道阿どのが、集った者たちへ、今日はここまで、とだけ告げ、巻物をしずかに巻きおさめた。書きとめ役が、墨の乾いた紙を、丁寧に巻き直していく。庭の桜も、あらかた散り終えていた。寺の鐘が、遠くでひとつ鳴った。
若者は、帰り際、おれに深く頭を下げた。何も言わなかったが、その拳は、もう握りしめられてはいなかった。表へ出ると、夕暮れの風が、桜の残り香をわずかに運んできた。どこかで、鴬が一声、鳴いた。若者の背が、来たときよりも、いくらかまっすぐに見えた。門を出て、若者は一度だけ振り返り、また前を向いて歩いていった。その足どりは、まだたどたどしかったが、迷ってはいなかった。
◇ ◇ ◇
今も、誰かの言葉を受けて、次の一言を返すのに、間はいらない。指が画面から離れないうちに、もう次の返事が届く。
ただ、あの座に満ちていた伽羅の匂いだけは、そこにはない。
参考文献・もっと詳しく
※ 連歌は、五七五の長句と七七の短句を複数の人が交互に付け合い、一座で一巻を巻きあげていく中世の座の文芸とされる。前の句を受けつつ、そこから景趣や心を転じて付ける「付け合い」を妙味とし、勝敗を競うより座の呼吸を合わせることに重きが置かれたと伝わる。武家・僧侶・町衆など身分を異にする者が同座できる場でもあったらしい。室町期に隆盛し、宗匠を中心とする連歌の座が各地で営まれたという。応永二十三年は一四一六年(応永は一三九四〜一四二八年)。※本文の人物・会話・情景は創作。
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