削れば、宝の匂いがした
〜なぜその親方は、青カビの吹いた魚を、嬉しそうに撫でたのか〜
いまの世は、ずるいくらい便利だ。
小瓶を、ひとふり。あるいは、茶色い汁をひとたらし。それだけで、どんな汁物も、すうっと旨くなる。だしの素、というやつだね。子どもでも、その「旨い」を出せてしまう。けれど、その「旨い」が、いったいどこから来るのか——たぶん、もう誰も考えやしない。
ボクは、その「旨い」に、まだ名前のなかった頃を知っている。
堅い、堅い、こん棒みたいな魚を、刃物でしゃっ、しゃっと削る。すると、薄紅色のひらひらした花びらのようなものがこぼれ落ちる。それを熱い湯に放つと、なんとも言えぬよい香りと、舌の奥に残る深い味が湯にうつる。鰹節、というものだ。
なぜ、あんな堅い木っ端みたいなものから、あれほどの味が出るのか。いまでこそ、理屈はわかっている。あれは魚の身を、燻して、乾かして、そのうえ——わざと、カビを付けて枯らしてある。カビが、よけいな水と脂を、すっかり吸い出して、味だけをぎゅっと残してくれるのだ。おまけに、昆布のだしと合わせる。すると、片方だけのときより、何倍も強い「旨い」が立ちのぼる。
……まあ、こんな能書きは、ぜんぶ後の世になって、学者先生が難しい名前をつけて教えてくれたことだ。
手前が土佐の浜で会った職人たちは、そんな理屈は、ひとつも知らなかった。ただ、爺さまの代からの手の覚えで、こう言うんだ。
「カビをな、ちゃあんと付けてやらにゃあ、味が澄まんのよ」
◇ ◇ ◇
あれは、江戸の御世もそろそろ終わろうかという頃。手前は、塩や小間物をかついで、土佐の宇佐とかいう漁師町を歩いていた。
——諸国を売り歩いていた頃のボクは、自分を「手前」と呼んでいた。
浜には、煙の匂いがたちこめていた。海べりに、黒く煤けた小屋がいくつも並んでいて、その中で、樫だか楢だかの薪を焚き、おろした鰹の身をいぶしている。その煙が、町じゅうにしみついているのだ。
手前が小間物を広げていると、ひとりの若い衆が血相を変えて、小屋から飛び出してきた。両手に、いぶし終えたばかりのごつごつした鰹の身を何本も抱えている。
「親方っ、えらいことじゃ。せっかくの節に、カビが……青カビが吹いてしもうた。湿気にやられたんじゃ。ちくしょう、こいつぁもう、腐っちまった。捨てるしか——」
若い衆の声は、半分泣きそうだった。何日もかけて、いぶして、乾かして、ようやくここまで仕上げた魚だ。それが、かびて台無しになった——そう思ったのだろう。
ところが。
小屋の奥から、のっそりと出てきた白髪まじりの親方は、その「腐った魚」を、若い衆の手から、そうっと取り上げると——なんと、いとおしむように、その青いカビを、指で撫でたのだ。
「おお、よう吹いた。よう吹いてくれたのう」
手前は、思わず、口をぽかんと開けてしまった。腐った魚を、撫でて笑っている。この親方、頭でもおかしくなったか、と。
若い衆も、ぽかんとしていた。
「お、親方……それ、カビじゃ。腐って……」
「ばかもん」と親方は、はじめて、ぴしゃりと言った。「これが、腐りに見えるか。よう見い。腐ったもんは、ぬめって嫌な臭いがする。じゃが、こいつぁどうだ。さらさらして、いい匂いがするじゃろうが」
言われて、若い衆が、おそるおそる鼻を近づける。手前も、つられて嗅いでみた。たしかに——青臭い腐敗の臭いではない。なんというか、土のような、栗のような、香ばしい乾いた匂いだった。
「このカビがな」と親方は、削り台に腰をおろして、語りはじめた。「魚の中に、まあだ残っとるよけいな水気と、脂をな吸うてくれるんじゃ。こいつを、何べんも、何べんも付けては天日に干し、付けては干し——そうやって、とことん枯らしてやる。すると、どうなると思う」
「……どう、なるんで」
親方は、にやりと笑って、よく研いだ鉋のような刃物を取り出すと、その「カビの魚」を、しゃっ、しゃっと削りはじめた。薄紅色の削り花が、はらはらと、ざるに舞い落ちていく。それを、ひとつかみ、ぐらぐら煮えた鍋の湯に放りこんだ。
しゅわっ、と削り花がほどけて、湯が、みるみる琥珀色に染まっていく。小屋じゅうに、あの——たまらない、よい香りが、ぱあっと広がった。
親方は、それを椀に汲んで、まず、若い衆にずいと差し出した。
「飲んでみい。腐ったもんの味か、どうか」
若い衆は、まだ半信半疑の顔で、ふうふうと冷まして、ひとくちすすった。
その、とたん。
しかめていた若い衆の顔が、ふっとゆるんだ。目が、まんまるに見開かれる。
「……う、うまい」
「じゃ、じゃろう」
「なんじゃ、これは……こんな、こんな深い味、飲んだことがない。腹の底まで、ぐうっとしみてくる……」
親方は、満足そうに、うん、うん、とうなずいて、手前にも一椀、ふるまってくれた。手前も、いただいた。——なるほど、これは、たまらない。塩気でも、甘みでもない。なんと言ったらいいか、舌のいちばん奥の、ふだんは眠っている場所が、じいんとよろこぶような味だった。
「ええか」と親方は、削り花をまた一枚、つまみあげて、しみじみと言った。「いっぺん、腐ったように見えるもんをこらえて、こらえて、待ってやる。すると、それが、ばけて宝になる。魚も、人とおんなじよ。あわてて捨てちまう奴には、この味は出せん」
若い衆は、削り花のこぼれた椀を、両手で大事そうに握りしめていた。さっき、捨てようとしたその魚で。
手前は、その晩、その親方から削りたての節を、ひと節、買い求めた。荷は重くなったが、なに、かまうものか。これさえあれば、どこの宿の味気ない汁も、たちまち極上の一椀に化けるのだ。こんなありがたい荷は、ない。
◇ ◇ ◇
あれから、長い時が流れた。
あの、カビを撫でていた親方の技は、浜から浜へ、土佐から安房へ、伊豆へと、削り花のように、ひらひら運ばれていった。やがて、この国じゅうの台所が、あの琥珀色のだしを、味のいちばん底に、敷くようになった。汁物も、煮物も、そばつゆも——みんなあの一椀から、はじまっている。
ずっとあとになって、学者先生が、あの「旨い」の正体をつきとめた。昆布のうまみと、鰹のうまみは、もとが違う種類で、合わさると、桁ちがいに強くなるのだ、と。立派な難しい名前も、ついた。
でも、ボクは、思うんだ。あの土佐の親方は、そんな名前など、ひとつも知らずに、とっくの昔に、それを、舌でわかっていた。腐ったように見えるものを、こらえて待てば、宝になる——と。
いまでも、台所で、誰かがかつお節を削る、あの、しゃっ、しゃっという音を聞くと。ボクは、ふっと、あの煙くさい浜と、青カビを嬉しそうに撫でた、あの親方の皺くちゃの笑顔を、思い出すんだ。
参考文献・もっと詳しく
※ うまみの正体(昆布=グルタミン酸、鰹節=イノシン酸、両者の相乗効果)は、池田菊苗(明治41年・1908)・小玉新太郎(大正2年・1913)らの近代の発見であり、額縁の現代ボクのみが語る。江戸後期の場面人物は「コクが出る」「だしが効く」等の口伝ての言い方に留めている。燻乾+カビ付けによる節づくりの伝播(紀州・土佐から安房・伊豆へ=土佐与市らの伝承)には諸説があり、固有の年・人名の断定は避けた。「本枯節」の語は明治期成立のため場面では用いていない。
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