第 29 話家族最後に食べたいと、老婆は言った
〜雪の里の枕元と、塩だけの握り飯〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
老婆は、粥の椀が口に届くより先に、いつも唇をひらく人だった。ボクがその顔を思い出すとき、まず浮かぶのは、あの待ちかねたような口もとだ。
雪の匂いと、ひびの入ったような小さな声と、あの口もとだけは、いまも順に思い出せる。
◇ ◇ ◇
寛弘三年(一〇〇六年)の冬。北国の、雪深い里でのことだ。われは一夜の宿を乞うて、里のはずれのぼろ家の戸を叩いた。出てきたのは、背の曲がった老婆ひとりだった。
一夜のつもりが、翌朝には戸口が雪に埋まっていた。老婆は寝床から起きあがれず、炉の火も落ちたままだった。われは雪をかいて道をつくり、火を起こして粥を炊いた。
雪は、かいてもかいても、夜のうちに元へ戻った。屋根の雪も下ろさねばならず、梯子もない家の軒へ、われは何度も登った。老婆は寝床から、「落ちるなよ」と言った。その声が、下から聞こえるたびに、不思議と足もとが確かになった。
連れ合いはとうに亡く、わが子は都へ出たきり音沙汰がないという。老婆はそれを、天気の話でもするように言った。
家は、風が吹くたびに軋んだ。壁の隙間には古い藁がつめてあったが、それでも夜になると、炉の火のそばを離れた足先から冷えた。軒には太いつららが下がり、朝ごとに、われは水を汲みに川へ下りて、張った氷を石で割った。曲物を持つ手が、帰り道でもう赤く固まっている。老婆はそのたびに、寝床のなかから「冷たかろう」と言った。自分のほうが、よほど冷たい場所にいるのに。
粥は、椀に半分ほどしか入らない。われが口もとへ椀を傾けると、老婆は湯気のむこうでちゃんと口をあけた。食べ終えると椀の底を指でなぞり、「うまかった」と言う。それが毎度の挨拶だった。
夜は、炉の火を絶やさぬように起きていた。老婆は眠りが浅く、ときどき目を開けて、われがそこにいるのをたしかめた。ただそれだけで、ふたたび目を閉じる。そういうことが、一晩に幾度もあった。
朝夕には、隣の家の女の子が雪をこいでやってきた。七つか八つくらいだろう。何も言わずに薪をひと抱え土間に置き、老婆の寝床のほうをちらりと見て、また帰っていく。老婆は目だけでそれを追って、「また明日もな」と、女の子の背中に言った。

ある日、女の子は薪のほかに、懐から干した栗をふたつ取り出して、老婆の枕もとに並べた。老婆は指でそれをつまんで、ためつすがめつしてから、「よい栗じゃ」とうなずいた。食べられはしないのだ。それでも、女の子が帰るまで、栗は枕もとに置いたままだった。
三日目の晩、老婆はふいに口をひらいた。か細い声だった。
「そなたは、よその者なのに、よう尽くしてくれる。旅の者が、死にぞこないの婆に、ここまですることはあるまいに」
われは返す言葉が見つからず、椀を持ったまま火を見ていた。老婆はそれ以上を問わなかった。
外では、風が雪を巻きあげていた。屋根の上で、重いものがずるりと落ちる音がした。
「よい。この婆はな、長く生きた。よいことも、つらいこともあった。いま死ぬのは、さして恐ろしゅうない。ただ……」
老婆は、戸口の隙間からさしこむ雪明かりへ目をやった。
「ただ、母が、たまに握ってくれた、塩だけの飯が、もういちど食べたいのう」
われが黙っていると、老婆は目を閉じたまま、ぽつりぽつりと続けた。母は、秋の取り入れのあと、米の一粒でもあまった日にだけ、それを握ってくれたのだという。手が荒れて、いつもひび割れていた。そのひびに塩がしみて、母は握りながら、小さく顔をしかめた。「それがなあ、子どもごころに、おかしゅうて」と老婆は言い、咳きこんで、また少し笑った。
その晩、われは炉のそばで、壺の米を何度も思い浮かべた。ひとつかみ。それで足りるのか、足りないのか。かんじんの塩は、どこにもない。老婆の寝息は、浅く、短かった。火のはぜる音のあいまに、それが聞こえなくなるたび、われは身を乗り出した。
◇ ◇ ◇
翌朝、壺をのぞくと、米はひとつかみしか残っていなかった。塩は、指ひとつまみ分もない。われは壺の底をさらって、しばらくそのまま立っていた。「塩が、ない」と、思わず声に出ていた。
米なら、ひとつかみある。握るだけなら、握れる。けれど塩のない握り飯を、あの老婆の口に運ぶのか。外の雪は、夜のあいだにまた積もっていた。

戸が鳴った。隣の女の子が、この朝も薪を抱えて立っていた。われの独り言が戸の隙間から届いたのか、女の子は何も尋ねず、こくりとうなずき、薪を置いて雪のなかへ駆けていった。
戻ってきた女の子の手には、麻の切れ端に包んだ、灰色がかった粗い塩があった。それをわれの手のひらに載せると、女の子は自分のことのように、息をつめてこちらを見ていた。
米を炊いた。熱いうちに塩を手のひらになすりつけて握ると、指の腹が焼けるように痛んだ。炉の灰がかぶって、握り飯はいびつに黒ずんだ。それでも、われはそれを老婆の口もとへ運んだ。
老婆は、ひとくち、ふたくち、ゆっくりとほおばった。目を閉じて、噛みしめた。
喉がうごくのが、掛け布のうえからでも見えた。飲みこむたびに、老婆は小さく息を吐いた。まるで、ひとくちごとに、遠い場所へ手を伸ばしているようだった。
「……ああ。これよ。この辛さよ」
涙が、目尻からこめかみへつたって、枕の布に落ちた。けれど顔は、笑っていた。戸口では、女の子が柱にしがみついたまま、じっと動かなかった。
老婆は、握り飯を半分ほど食べたところで手を休め、残りを女の子のほうへ押しやった。女の子は、両手で受けとった。
女の子はそれを、すぐには食べなかった。しばらく掌にのせて眺めてから、ひとくち、齧った。顔をくしゃりとしかめて、「からい」と言った。老婆は、声を立てずに笑った。
それから二日のあいだ、老婆はもう粥にも口をひらかなかった。代わりに白湯を、椀のふちからひとしずくずつ含ませた。われは枕元に座り、冷えた手をさすりつづけた。女の子は朝夕にやってきて、老婆の足もとに座った。何を話すでもなく、ずれた掛け布を小さな手で直しては、また座っている。雪は、降ったりやんだりした。夜が明けきらぬうちに、老婆の手がわれの指をゆるく握ったまま、静かに動かなくなった。眠るような、安らかな最期だった。
知らせを聞いて、隣の家の人々が、雪を踏んで集まってきた。女の子の母は戸口で手を合わせ、女の子は母の袖を握りしめていた。われは立ちあがり、戸の外の雪のほうへ顔を向けて、しばらくそのまま動けなかった。両の手で、膝のあたりの布をきつく握っていた。
老婆がいつも使っていた椀は、土間の棚に、伏せたまま残されていた。女の子の母がそれを手に取り、しばらく眺めてから、そっと棚へ戻した。
背後で、女たちが湯をわかす音と、低く老婆の名を呼ぶ声がしていた。老婆の身体は、いつのまにか里の人々の手で、きれいに拭われていた。
弔いの支度が整うのを見とどけて、われは翌朝、雪のやんだ道を発った。里のはずれまで、女の子がついてきた。振り返ると、女の子はまだそこに立っていた。
◇ ◇ ◇
ボクは、駅前の、おむすびを売る店の前を通りかかる。
店先の釜から上がる湯気と、塩の匂い。
※寛弘三年は西暦一〇〇六年にあたる。握り飯の古い例は『常陸国風土記』(七二一年)に見え、平安の屯食がその足がかりとされる。庶民が塩を付けて食べたかは確かでなく、老婆と里の女の子、塩を添えた握り飯の場面は創作である。
参考文献・もっと詳しく
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