第 96 話仕事瀬戸の山あいで、偏屈な宗吉が焚いた窯と青い釉
〜なぜ、焼けぬ者がその手わざを覚えたのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
同じ土を、同じ手で、同じ形に挽く。それなのに、窯がちがえば器の肌の色がちがう。なぜなのだろう。
古い灰釉の碗を店の棚に見つけると、ボクは手に取って底を返す。名はたいてい無い。灰をかぶった肌のかすかな青緑だけが、焼いた人の癖を黙って語っている。
その癖の手順を、ボクは山あいの窯の脇で覚えた。焼き物をひとつも焼けないまま、覚えた。
◇ ◇ ◇
応永十七年(一四一〇年)の秋のことだ。尾張の瀬戸のはずれ、谷をふたつ越えた山あいに、宗吉という老いた焼き物師が住んでいた。
どこの窯の出か、里の誰も知らない。ひと冬ごとに土地を替える渡りの職人だったのが、この谷の斜面を気に入って居ついたのだという。窯は斜面を掘りぬいた穴窯がひとつ。瀬戸の本場の窯元たちは、あの男の釉は灰を洗いすぎだと笑った。
おれは塩を背負って、谷から谷へ通っていた。塩を置いて、かわりに米や布や薪を受け取る。宗吉の窯へも通った。薪の置き場へ薪を運ぶのはおれで、焼きあがった器を平野の市へ担いでいくのもおれだった。
市の目利きには、宗吉の器がよく売れた。灰をかぶった肌が、ほんのり青みを帯びる。土地の窯の黄ばんだ緑とはちがう色で、並べると銭のほうから寄ってくる。宗吉はこの色を、ただ「青」と呼んだ。
器を運ぶのは骨の折れる仕事だった。窯出しの翌朝、藁を敷いた背負い籠に碗と皿をひとつずつ立て、そのあいだへ藁をつめる。山道は石が多い。ひと跳ねするたび、籠のなかで器が小さく鳴る。市に着くまでに割れた数を、おれは毎回かぞえた。多い日は三つ、少ない日は無い。割れたぶんは宗吉の取り分から引くのでなく、おれの塩の売り上げから埋めた。それが宗吉との取り決めだった。
市では、土地の窯元の使いが、宗吉の器を手に取っては首をかしげた。「あの男は、洗いに流して捨てる灰のほうが多い」と言う者もいれば、黙って二つ買っていく者もいた。疑うか、受け入れるか。里の者たちの目は、あの谷の老人をめぐってきれいに割れていた。
気難しい男で、窯には誰も入れない。ただ、おれが運ぶ塩と薪の分だけ、窯焚きの晩におれを火の脇に座らせた。

窯焚きは三日三晩つづく。窯口の前に薪を積み、手の数で四十を数えるあいだにひと束をくべる。炎が黄から白に近づいたら、窯口の戸を少し引き寄せる。教わったのは、それだけだった。
窯の中は、火の色で読む。はじめは暗い赤。それが橙になり、黄になり、やがて炎の奥が白く透けてくる。のぞき穴の板を細く引いて、宗吉は片目だけで中を見た。見終わると何も言わず、薪の束をおれの前へ置く。どの色のとき何をするか、宗吉は説明しなかった。窯口の熱が顔を焼き、首すじへ回りこむのを我慢しながら、おれは宗吉の手つきを覚えるしかなかった。
その冬、はじめて夜明け前の番をひとりで任された。
おれは、眠ってしまった。
目をさますと、窯口の火は赤黒く沈んでいた。あわてて薪を投げ入れたが、遅い。夜が明けて宗吉がのぞき穴の板をはずすまで、おれは一言も口がきけなかった。
窯出しの日、器の肌は砂をまぶしたようにざらついていた。艶が出ない。ひと窯ぶんが、市へは出せなかった。
宗吉は怒らなかった。そのかわり、翌朝おれを裏の斜面へ連れていき、積んだ灰の山の前に立たせた。
「ふるえ」
一日じゅう、灰を篩った。篩った灰を水に入れ、濁りを捨て、また水を足す。三度洗え、と言われた。四度目に手を出すと、その手を払われた。理由は言わない。三度目の水を碗に汲み、うす緑のにごりを、おれの目の前へ差し出しただけだ。
その晩から、おれは火の番に戻った。手の数で四十。薪をくべる。戸を寄せる。もう眠らなかった。眠れなかった、と言うほうが近い。
夜明け前になると、おれは用もないのに、塩の俵の縄を結びなおした。結び目をほどいては、また結ぶ。そのあいだに窯口の色が変わり、四十を数える声が、口のなかで勝手に鳴った。
◇ ◇ ◇
次の窯が明けた春先、宗吉は寝ついた。咳が続き、炉の火のそばから動けなくなった。
ある晩、炉に薪を継ぎ足すおれに、宗吉は言った。
「跡継ぎが、おらぬ。この青は、おれの手と一緒に終わる」
それ以上は嘆かなかった。天井の煤を見たまま、淡々と数をかぞえはじめた。
灰は樫と椎。一年のあいだ雨にさらしたものを使う。篩って、三度洗って、粘土の水に灰を七分。碗はひと度だけ浸ける。厚みは爪一枚。窯に詰めたら三日と三晩。四十を数えて薪ひと束。白くなる前に戸を寄せる。

一度で終わる語りではなかった。寝床の宗吉は、思い出すたびに数を継ぎ足し、おれはそのたびに口のなかで繰り返した。書き留めはしなかった。宗吉の口の調子ごと、覚えた。
十日ほどして、宗吉は逝った。窯の裏の斜面に埋めた。土は固く、鍬の刃が石に当たるたび、手のひらがしびれた。里の者は誰も来なかった。墓のしるしには、割れた碗のかけらをひとつ置いた。うす緑の肌が、朝の霜をかぶっていた。
土がゆるんだ春の終わり、おれは主のいない窯の前に立った。窯は焚けない。おれに焼き物の目はない。それでも灰の山の前に膝をついて、篩った。三度洗った。水の色を見るたび、手が先に動いて四度目の水へ伸び、途中で止まった。
粘土の水に灰を七分入れ、割れた碗のかけらを、ひと度だけ浸した。爪一枚の厚さの、うす緑の膜。それを乾かして、そのままにして里を出た。焼くあてはなかった。数だけが、おれの口のなかに居ついた。
◇ ◇ ◇
それから六十年あまりたって、おれは美濃の山あいで塩を売っていた。
谷の奥に、万作という若い焼き物師がいた。貧しい窯だった。灰釉の器が、どうしても黄ばんで焼きあがる。里の窯元たちは「土地の灰のせいだ」と笑い、万作は笑われるたびに意固地になって、薪ばかり増やしていた。
塩を置きがてら、窯の脇に積んだ灰を見た。楢の灰だった。
「樫か椎の灰はないか。一年、雨に当てたやつだ」
口が先に言ってしまってから、自分の舌が、宗吉の調子で動いたのに気づいた。
万作の窯は、斜面を掘っただけの小さな穴窯だった。薪を食う割に、灰をかぶった碗は黄ばむ。窯焚きのたびに万作は同じところで首をひねっていた。灰を、洗ったのだろうか。洗ってはいるのだ。だが何度洗うかを、誰からも教わっていないらしかった。
万作は鼻で笑った。塩売りが窯の何を知っている、と。だが、ほかに打つ手がなかったのだろう。数日後、山で樫の灰をかき集めてきた。
おれは教えたのではない。灰を篩うのを手伝い、水を替え、三度目の水を碗に汲んで見せ、四度目へ伸びた万作の手を払った。窯焚きの晩は火の脇に座り、手の数で四十を数えた。万作の目が、おれの口もとと窯口のあいだを行き来していた。
窯焚きは三日三晩つづいた。万作は二晩目に一度、薪を投げようとした。おれは何も言わず、薪の束を万作の手から取って、窯口の脇へ置いた。四十を数えるまで、待たせるためだった。
窯出しの朝、万作は黙って窯口に立ち、取り出した碗を日にかざした。灰をかぶった肌が、ほんのりと青かった。
万作は、その色がどこから来たのかを知らない。六十年あまり前に尾張の谷でひとり逝った老人の、数も、爪一枚の厚さも、いまは万作の手のなかにある。
◇ ◇ ◇
万作の碗の底にも、名は無かった。宗吉の名を口にする者は、ボクのほかにもう居ない。
窯口の前に立つと、四十を数えるあいだ首すじを焼いた熱がよみがえる。ボクのうなじには、あの冬の窯口の熱がある。
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