死んだ名人の青を、おれは運んだ96仕事
仕事室町のころ読了 約2

死んだ名人の青を、おれは運んだ

なぜおれは、自分では焼けぬ手わざを胸に刻んだのか

 ボクはこれまで、たくさんの作り手を見送ってきた。焼き物師やきものし機織はたおり、仏師ぶっし

 そして、ものを作る人を愛してしまうと——失うのはその人だけじゃないのだと知った。

 その人の手が覚えていた技。それを誰が受け継ぐのか。作り手が逝けば、その技もふつうは一緒に消えてしまう。だからボクはいつのまにか、その手わざを預かり、運ぶ者になっていた。それだけは、人が死んでも死なずにすむのだ。

◇ ◇ ◇

 応永おうえい十七年(一四一〇年)のことだ。山あいの里に、ひとりの偏屈へんくつな焼き物師がいた。

 名を、宗助といった。気難しく、弟子でしも取らず、たったひとりでかまを守っていた。彼の焼く器は、深い青みがかった色合いで、知る人ぞ知る見事なものだった。窯の灰がどう降り、火がどう回るか。土と炎の機嫌を、長い年月をかけて、宗助は手の内に入れていた。

 おれはその里に塩を売りに通ううち、なぜかこの頑固な老人と気が合った。窯の火を一緒に番をしては、夜通し、とりとめのない話をした。

 ある冬、宗助はひどく体をこわした。

 もう長くないことは、本人がいちばんよくわかっていた。ある晩、火のそばで、宗助はぽつりと言った。

 「……おれにゃ、跡継あとつぎがいねえ。この青の出し方は、おれが死ねば消える。三十年かけて、たどりついた青なのによ」

 その声には、職人の深い無念むねんがにじんでいた。

◇ ◇ ◇

 「……なあ」と、宗助はおれを見た。「お前、焼き物はやらねえな。やらねえが、物覚えだけはおそろしくいい男だ。せめてこのやり方だけでも、覚えていってくれねえか。いつか誰かの役に、立つかもしれねえ」

 おれは、うなずいた。

 その晩から宗助は、最後の力を振りしぼって、おれにすべてを語った。土の選び方。灰のまぜ方。火の上げ方、落とし方。あの深い青を生む、ひとつひとつの呼吸を。おれはそれを一語も漏らさず、胸に刻んだ。

 語り終えると、宗助はほっとしたように笑った。

 「……これで、安心して逝けらあ」

 数日後、宗助は静かに逝った。

 おれは焼き物師にはなれない。あの青を、自分の手で焼くことはできない。けれどおれの頭の中には、宗助が三十年かけてたどりついた青の、すべてが残っていた。

◇ ◇ ◇

 それから何十年もして、ボクは別の里で、若い、貧しい焼き物師に出会った。

 いい器を焼くのに、どうしても思うような色が出せずに悩んでいた。ボクはその若者に、そっと教えた。——昔、ある偏屈な名人から教わった、青の出し方を。

 若者の窯から、ある日、深い青みがかった器が焼きあがった。

 若者はそれが、百年近く前に山あいでひとり逝った宗助の青だなんて、知らない。けれど宗助の手わざは、たしかにその若者の手を借りて、もう一度この世によみがえった。

 作り手はいつか、いなくなる。けれどその手が覚えた技は——誰かが運びさえすれば、時代を越えて生きのびる。

 ボクは宗助を失った。でも、宗助の青を失わずにすんだ。……それが、ものを作る人を見送る、ボクのせめてものとむらい方なのだ。

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