第 108 話道具戸を、ひとり吊りあげる手——四十年、屋敷を起こし続けた老爺のこと
〜老いた下男は、なぜ最後の一枚だけ、誰にも譲らなかったのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
シャッターの上がる音で、朝がはじまる。 硝子の戸をひと押しすれば、光も風も、ひとりでに部屋へ流れこむ。
◇ ◇ ◇
平安京、治安二年(一〇二二年)、梅雨のあけぎわ。屋敷の蔀戸が長雨で建てつけを狂わせ、跳ね上げても鉤にかからぬというので、番匠見習いのわれが呼ばれた。長雨のあいだ、この屋敷では蔀戸を跳ね上げたままにしておけず、昼も薄暗い座敷で客を迎えていたのだという。
その屋敷で、われを手引きしてくれたのが、文治という年かさの下男だった。腰のすこし曲がった、無口な男で、屋敷のおもての戸という戸の上げ下ろしを、四十年ちかくひとりで受けもっているという。若い下男たちは水汲みや薪割りにまわされ、戸だけは、なぜか文治の持ち場から離れなかった。屋敷にはほかにも、渡殿にかかる小さな蔀戸や、台所そばの引き戸があったが、文治が受けもつのはおもての大きな戸だけだと聞いた。渡殿の戸は若い下働きが好き勝手に上げ下ろしするため、建てつけの狂いも多いのだという。台所のほうからは、飯を炊く煙のにおいと、水を汲む桶の音が、はやばやと聞こえてきた。
明け方、まだ薄暗いうちから、文治は廂のしたを行き来していた。露をふくんだ庭土の匂いが、まだ低く垂れこめている。鶏の声より先に起き出して、東のおもてから順に、戸を上げてゆくのが、長年の決まりだった。蔀戸は、上下の二枚に分かれている。下の半分はそのまま立て、上の半分を、両手でぐっと持ちあげて、軒から下がった金の鉤に、こつ、と掛けてゆく。一枚が、われの背丈ほどもある。格子の裏には板が張ってあるから、見た目よりずっと重い。屋敷のおもてには、その戸が幾枚も並んでいた。
文治は持ちあげるとき、いちど膝を落とし、戸の框を肩で受けるようにして、息をつめて押しあげる。腕だけでなく、腰から背まで、体ぜんたいで押しあげる。木が軋み、鉤の金が冷たく光って、こつ、と框の縁を受けとめる。掛け終えると、ふう、と短く息を吐き、いちど下から見あげて、まっすぐ吊れているかをたしかめてから、つぎの一枚へ移った。一枚、また一枚と上がるたびに、暗かったおもてが、ひと間ずつ明るんでゆく。

「重かろう」と、つい声をかけた。文治は手を止めず、「なれた」と短く返しただけだった。跳ね上げた格子のむこうから、朝の白い光が、すうと座敷の奥へ流れこむ。畳のへりが光り、雨をふくんだ風が、廂の下をくぐって、屋敷のなかの湿気をゆっくりと押し出してゆく。夜のあいだ籠っていた香の匂いが、戸の上がった先へ薄れて抜けていった。
◇ ◇ ◇
一枚だけ、鉤にうまくかからぬ戸があった。文治は框のふちを指して、「ここが引っかかるのだ」と言う。われは框に手を這わせた。ふちではなく、木裏の側に、うっすらとした擦れた筋があった。長年、文治が指先で確かめてきた跡なのだろう。その筋をなぞるように墨を打った。文治はうなずいた。「見とったか」——長年、ふちばかり削っては直らずにいたのだという。
文治は框に手を当て、われがつけた墨のあとをたしかめた。「その跡は、わしがつけたものだ」とだけ言った。ほかの戸にも同じ歪みが出ていないか、一枚ずつ框の木裏をたしかめてまわると、隣の一枚にも、同じ側にわずかなふくらみが見つかった。長雨の年はきまってそうなるのだと、文治はあとで思い出したように言った。
槍鉋で薄く削る。削りすぎれば隙ができて雨が吹きこむから、ひと削りごとに戸を立ててみて、鉤との合いをたしかめた。削りくずが廂のしたに薄くたまっていった。光もほしい、風もほしい、けれど雨は困る。そのちょうどよい寸法を、組子のひと目ひと目に探ってあるのが、この戸なのだった。この屋敷の格子は、隣家より心もち目が粗い。北向きで日当たりの悪いぶん、光を通す側に按配してあるらしかった。鉤の高さも、腰の曲がった文治の背丈に合わせてか、われより一寸ばかり低い。框の継ぎ目には、この屋敷を普請した番匠の癖が残っていた。鉋の入れかたも、鉤の打ちつけかたも、われが教わったものとは少しちがう。同じ蔀戸でも、造った手によって、按配のとりかたが微妙に違うのだった。

昼さがり、日が高くまわって、廂のしたまで照りつけてきた。蝉の声が、青葉の奥からひっきりなしに降ってくる。格子のあいだを抜けた日が、畳の上に細い縞をいくつも落とし、時のうつろいにつれて座敷の奥へずれていった。
縞が御簾ぎわの幼い娘の膝にかかろうというところで、文治が顎でそちらを示した。われはすぐに御簾を下ろした。縞は、示されたとおり娘の膝の上で止まった。「日の動く速さは、毎日おなじだと申します」と、われは言い添えた。文治は框に手を置いたまま、しばらくだまって空を見上げていた。
簾ごしに、外の青葉がぼんやりとにじんで見える。風が渡るたび、簾の玉が触れあって、さらさらと低く鳴った。まだ五つか六つの御簾のうちの娘は、洩れた光を指でつかまえようとして、幾度も取り逃がした。指のあいだをすり抜けた光が、また頬のあたりで小さく跳ね、娘はそのたびに声をあげ、乳母がそれをたしなめる声が、簾のむこうから低く聞こえてきた。
その日は、屋敷のあるじも一度、廂のしたを通りかかった。連子ごしに座敷を覗き、風の通りがよくなったことに気づいたふうで、文治に短くねぎらいの言葉をかけて去っていった。
夕刻には南から雲行きが変わり、ひとしきり驟雨が来た。直したばかりの戸に叩きつける雨を、文治とふたりでしばし眺めた。板を張った裏側で雨粒のはじける音がして、鉤のあたりから雫が伝い落ちたが、隙間から吹きこむことはなかった。
夕暮れ、われが直した戸を、文治は一枚ずつ下ろしてまわった。鉤をはずし、軽く支えて、そうっと立てる。跳ね上げるときの威勢とはちがう、いたわるような手つきだった。下ろすとき框がことりと鳴って、鉤の跡へぴたりと収まる。引っかかる手ごたえは、もうなかった。最後の一枚を立てると、屋敷はしんと暗くなり、外の入相の鐘が、板ごしにこもって聞こえた。
「たすかった」と、文治は頭を下げた。「明日も、上げられる」鐘の余韻が消えるころ、文治は框に腰をおろし、われの削った継ぎ目のあたりを、指の背でそっと撫でた。長年の手が、直った具合を確かめているのだった。撫で終えると、文治は框に手を当てたまま、暗くなった庭のほうへ、しばらく目をやっていた。庭のあちこちから、虫の声が低く、途切れがちに立ちのぼりはじめていた。
◇ ◇ ◇
文治は、それから四十年ちかく明け方の廂の下に立ち続け、老いて力の失せたのちも、若い者の手を借りながら、最後の一枚だけは他人に譲らず、みずから鉤に掛けて、雨上がりの青葉と削りたての木の匂いを深く吸いこんでから、日向へ出ていったという。
参考文献・もっと詳しく
※ 蔀戸(しとみど)は、格子の裏に板を張り、上半分を上方へ跳ね上げて鉤で吊り、下半分を立てて用いた建具とされる。平安期の寝殿造の主要な開口部で、光・風・雨・人目を一枚で按配しきれぬため、御簾・几帳と組み合わせて室内環境を調えたと伝わる。のち寺院や町屋の「揚げ見世」にも応用され、上げ下ろしする開口部の系譜を残したという。治安二年は一〇二二年(治安は一〇二一〜一〇二四年)。本話の人物・会話・情景は創作。
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