第 105 話衣服沓の底に隠れた、もう一枚の白い布——「襪」のこと
〜誰の目にもふれぬ場所で、なぜ布はこれほど幾針も重ねられていたのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
三年で、七足。
ボクが数えた、繕われた沓下の数だ。踵が薄くなるたびに継がれ、継がれてはまた沓の底へ戻っていく。一足を仕立てる布は、ほんの一枚。薄くて、乾いていて、温もりをためこむ布ではなかった。
寒い朝、木綿の袋に足をおさめて、こはぜを掛ける。人はそれを、寒さの仕度だと思っている。だが七足とも、継ぎ目は沓の底に隠れて、誰の目にもふれなかった。布のよれ具合を指で確かめると、幾度も洗われ、幾度も繕われた跡が、指の腹に伝わってくる。呼び名は、しとうず——今の足袋の、ずっと遠い祖だと、あとで知った。
◇ ◇ ◇
長和二年(一〇一三年)の冬のことだ。その年、都の中ほどの屋敷は人手が足りず、われは冬のあいだだけ、繕いものの手伝いに駆り出されていた。
その冬は底冷えがきびしく、朝になると、磨きこんだ板の間が氷のように足裏を刺した。手桶の水には薄い氷が張り、軒の先からは細い氷柱が下がって、暁の薄あかりにぼうと光っていた。屋敷のあるじは、内裏に出仕する中どころの役人で、参内の朝は夜の明けきらぬうちから仕度がはじまる。下袴を着け、袍を重ね、冠をいただく。板の間に置いた火桶ひとつでは、屋敷じゅうの底冷えを払いきれず、立ち働く女房たちの吐く息も白かった。衣ずれの音と、女房たちのひそめた声だけが、まだ暗い屋敷のなかを静かに行き交っていた。そうして最後に足ごしらえをする。あるじが板の間に座って、まず手にとるのが、まっさらな白いしとうずだった。
われは初め、それが解せなかった。沓をはいてしまえば、その下の布など、誰の目にもふれぬではないか。手にとると、洗いざらした麻のような、さらりと乾いた手ざわりで、なるほど温もりをためこむ布ではなかった。光にすかせば布目はこまかく、何度も水をくぐったとみえて、もとの張りはとうにやわらいでいる。指でつまむと、紙よりもなお薄く感じられた。
あるじの足に沓下を着けるのは、年かさの女房のつとめだった。その手つきが、おどろくほど丁寧でな。布を一度かるく払って塵を落とし、踵をくるみ、土踏まずに布を沿わせ、甲を伝わせて、足首のところで紐をきりりと結ぶ。指のあいだに余りができぬよう、布をそっと撫でつけ、皺ひとつ残さぬように整える。結び目は外からは見えぬよう、内くるぶしの奥へ静かに押しこむ。あるじはそのあいだ身じろぎひとつせず、目を半ば閉じて、足を女房の手にあずけていた。
われは台所の隅で膝をかかえ、竈の火で手をあぶりながら、その仕度を盗み見ていた。灯の輪のなかで、白い布が足を一筋ずつくるんでいくさまが、ほのかに浮き立って見える。あらわだった足の甲が、踵が、つま先が、白い布の下にひとつずつ隠れて、やがて人の足とも思えぬほど整った形になる。女房の指先は、寒さでこわばっているはずなのに、布を運ぶ動きだけはいつも同じ速さを保っていた。沓を履いてしまえば、その白い布はもう外から見えなくなる。せっかく丁寧にくるんだものを、すぐにまた隠してしまう——最後に女房は、布の端を指先でもう一度だけ折り返し、皺がないかを確かめてから、静かに沓へ足を差し入れさせた。

繕いに出されずに束ねて土間の隅へ積んである古いしとうずを、われは何度か手にとって見た。踵の破れたもの、布目がすっかり擦り切れたもの——どれも継ぎ目は決まって、足の内側、くるぶしの下あたりに寄せてある。表からは見えぬ、履いても踏まぬ場所だ。日に焼けて色の変わったものと、まだ白いものとを並べてみると、古いほど継ぎ目が内へ内へと隠されていくのが分かった。なかには、踵のあたりに継ぎ目がふたつ重なって縫われているものもあった。一度目の繕いだけでは足りず、同じ場所がまた擦り切れて、二度目の糸を足したのだろう。誰も口では教えてくれなかったが、束ねられた古布そのものが、そのことをわれに教えていた。
◇ ◇ ◇
その冬、屋敷に若い女童がひとり、新しく下仕えに入った。みつ、という、まだ幼さの残る娘だった。
みつは、繕いものの筋がよかった。針の運びがこまやかで、ほつれた縫い目を継ぐ手が、年に似合わずおちついている。糸を引くときに口もとを少しすぼめる癖があって、それがいかにも一心だった。冬の初め、女房が試しに古いしとうずを一足、みつに繕わせてみたことがあった。踵のあたりが擦れて薄くなり、布目が透けていたものだ。乏しい灯心の火を引き寄せ、ひと晩がかりで、あて布を目立たぬよう重ねて継いでいく——その丁寧さに、女房は黙ってうなずいただけだった。
その年の暮れ、参内の刻限が急に早まった日があった。あるじが片足を上げて沓下に爪先を通した拍子に、ぷつり、と小さな音がした。踵のあたりの糸が、寒さで縮んで切れたのだ。古びていた糸が、もろくなっていたのだろう。控えの一足はまだ仕立てかけで、みつの手もとに置かれたままだった。その朝は女房の一人が風邪で臥せっており、屋敷じゅうが人手を欠いていた。みつはあるじの足に間に合わせの布を当てるのに手一杯で、控えの一足を仕上げる手が足りない。遠くから、あるじが仕度を急かす声が聞こえてきた。

「そこの、火の番をしていた者——これを、頼めるか」
みつが振り返って、われにそう言った。針も持ったことのないわれに、控えの一足の裾を綴じ終える役が、急にまわってきた。断る間もなかった。灯を引き寄せ、見よう見まねで針を運ぶ。土間に膝をついたまま、かじかんだ指先は思うように動かず、糸は張るそばからよじれ、指は何度も突いた。ようやく綴じ終えたとき、結び目は内くるぶしどころか、布のいちばん外側に、こぶのようにはみ出していた。それでも、あるじはその間に合わせの一足を履いて出仕していった。
夕刻、みつはその一足を手にとって、何も言わずに結び目をほどいた。灯にかざして布目のよじれを確かめ、ほつれた端をきちんと切りそろえてから、糸を引き直し、内側へそっと沈める。灰色に汚れたわれの結び目と、内へ隠れた本来の結び目——並べて見せられて、ようやく分かった。あの古い束ねの布たちが教えていたことは、これだったのだ。
それからというもの、みつの繕う一足だけは、われも仕上がりを覗かずにいられなかった。糸を歯で噛みきり、指先で結び目をひとつずつ確かめながら、針をすすめていく。針が布をくぐる、ちくちくという小さな音だけが、夜更けの局にずっと続いていた。
あるとき、繕い終えたしとうずを手にとって、年かさの女房が目をほそめた。あて布のさかいが、肌にあたっても痛まぬよう、縫い目がすべて内へ伏せてある。「だれにも見えやしないのに、ずいぶん念を入れたねえ」と女房が笑うと、みつは少し顔を赤らめて、こう言った。
「見えなくても、足は、知っていますもの」
その言葉が、なんだか、われの胸に残った。あの晩、われの結び目を黙って直したときの手つきと、同じことを言っているのだった。
二年目の冬には、みつはもう控えの一足を独りで仕立てるだけの腕になっていた。あの晩の間に合わせと違い、継ぎ目はどれも迷いなく内へ収まっている。三年目の冬には、束ねの山から繕いに出す一足を選び出すのも、みつの役目になっていた。
◇ ◇ ◇
冬がふかまり、あるじが参内する朝は、いよいよ冷えこんだ。軒の氷柱はひと晩で太くなり、庭の土は霜柱に持ち上げられて、踏むとさくさくと鳴った。氷の張った手水で身を清め、白い息を吐きながら、あるじは板の間に座る。みつの繕ったしとうずに足を入れると、あるじはつま先で布の添いをそっと確かめ、踵のあたりを二、三度、軽く床に下ろしてみせた。あるじは小さくうなずいて、「よく添うておる」とひとこと言った。
屋敷を辞す日、というものはなかった。冬が終われば暇を告げられ、また次の冬に人手が足りなくなれば呼ばれる——それだけの行き来だった。それから三年、われはその屋敷に幾度も冬だけ呼ばれ、みつの繕った一足を、そのたびに数えた。七足。踵の薄くなった布はそのたびに継がれ、あるじの足裏は冷たい板を踏んでも、もう顔をしかめなくなっていた。灯の下で針を運ぶみつの指も、年ごとにいくらか速くなっていった。
われの結び目は、あの一度きりで終いだった。糸を持たされたのも、綴じ終えるまで冷や汗をかいたのも、あの晩ひと晩きりのことだった。だが土間に膝をついて灯を支えた夜のことも、七足の継ぎ目も、ボクの中では同じ重さで残っている。三年で、七足——見えぬ場所にだけ、その数だけの冬が積もっていた。
参考文献・もっと詳しく
※ 襪(しとうず)は、束帯・衣冠などの装束で沓をはく際に足を包んだ布製の沓下で、後世の足袋の祖型のひとつとされる。素足を人前にさらすのを慎む作法から生まれ、当初は紐で結んで留めたと伝わる。指の股が分かれ、こはぜで留める木綿の足袋へと変化していくのは、ずっと後の世のことという。長和二年は一〇一三年(長和は一〇一二〜一〇一七年)。本文の人物・会話・情景は創作。
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