第 138 話仕事七頭の列のうち縄を一本だけ切った、湖から京へ米を運ぶ峠道
〜米を運ぶ縄の端に、小さな輪がひとつ残してあった〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
十四俵を、七頭で運ぶ。縄は七本、結び目は七つ。そのうちの一本は、峠のなかばで刃物にかけられた。
切ったのは六造という馬借で、切られたのは、ボクが二日だけ手伝った列の、三頭目の縄だった。
◇ ◇ ◇
永享二年(一四三〇年)、秋の大津。湖からのぼる靄がまだ軒に残るうちに、六造の組は七頭を厩から引き出した。大津から京までは三里ほど、逢坂の山ひとつを越える道である。
おれは二日かぎりの雇いだった。木戸の前で「荷の面倒を見られる者はおらんか」と呼ばれて、手を挙げただけの流れ者だ。
宿場はまだ墨を流したように暗かった。厩のほうから、馬が藁を踏みかえる音と、ふんと鼻を鳴らす音がする。蹄が土を打ち、革の具がきしみ、男たちが低く咳をする。米蔵の前には、昨日のうちに積み上げられた俵が、湿った筵をかぶって黒い山をなしていた。稲の匂いと、馬の汗の匂いが、靄のなかで混じっていた。
六造は背が低く、肩の肉が厚い。手の甲は手綱で擦り切れ、掌は革のように硬いのに、馬の腹をなでるときだけ、その手がやわらかく動いた。蹄の裏の小石を、低い声で「待て待て」と言いながら取ってやる。そういう男が、列の先頭に立つ。
「先頭はおれの馬。二頭目から四頭目までが勘太。五頭目から七頭目までがお前や。一頭に二俵。昼前には山の上へ出る」
勘太は十四になったばかりの小僧で、この秋が初めての列だった。鼻の頭に藁くずをつけたまま、俵を抱えては馬の背へ持ち上げる。若い腕が、重さに小刻みに震えていた。それでも二俵の米を鞍の左右へ振り分け、縄を回して、きゅっと固く結んだ。結んだうえに、もう一度ひねって二重にする。
「これで、ほどけるわけがない」
勘太は胸を張った。たしかにほどけまい。おれは自分の一頭目の縄を取って、端を一度折り返し、輪をひとつ作ってから、結びの下へくぐらせた。端は少しだけ、外へ垂らしておく。
「そんなんで持つんか。引いたら抜けるやろ」
「荷が乗っていれば、縄は荷に押さえられる。端を引かぬかぎり、抜けはせん」
おれは俵を両手で揺すってみせた。縄は鳴りもしなかった。勘太は目を丸くして、それから黙って自分の縄を見た。
勘太は黙って自分の縄をもう一度見た。六造は通りがかりに三頭の荷をひと撫でして、鈴の鳴る先頭へ戻っていった。日が出る。やり直す暇はなかった。

◇ ◇ ◇
列が登りへかかったのは、大津の町を出てすぐだった。町はずれをすぎると道は細く、振り返れば湖が、背後で白く光っている。馬は鼻から白い息を吐き、七頭の背で俵が、ゆらり、ゆらりと揺れた。坂の途中の辻で、六造は立ったまま冷えた握り飯をひとつ頬張った。自分の飯より先に、馬へ飼葉をやってからだった。勘太が、ほんの少し得意そうな顔で、自分の三頭の縄の結び目を、ときどき振り返っては見ていた。
道は細く、片側は谷で、底から見えない沢の水音がのぼってくる。先頭の馬の鈴が、ちりん、ちりんと間延びして鳴り、その音に合わせて七頭が歩いた。
峠のなかばで雨が落ちた。はじめは木の葉を叩く粒の音で、すぐに地を打つ重い音に変わった。縄が黒ずみ、俵の筵が水を吸って、荷がずしりと重くなる。
三頭目の俵が、濡れた筵の上を片側へずるりと滑った。水を吸った荷は、重さが片寄って落ちる。馬が脚を止める。後ろの四頭は、前の尻に鼻をぶつけて、道の真ん中でぴたりと止まった。
勘太が走ってきて、結び目に爪を立てた。縮んだ縄は、石のように固かった。爪が割れて、指先に血がにじむ。それでも勘太は、泣きそうな顔で、同じ場所を掻きつづけた。
おれは五頭目の縄の端をつまんで、すっと引いた。輪が抜けて、縄がゆるむ。俵をひと揺すりして、元の位置へ戻し、縄をかけ直して、また輪を残す。縄が水を吸いきって縮む前に、輪の口をゆるめておくためだ。六頭目も、同じようにした。七頭目の縄の端を握ったところで、勘太の割れた爪が目に入り、手がふと動かなくなった。濡れた藁の匂いだけが、鼻へのぼってきた。
勘太がこちらを見ていた。おれは肩に掛けた予備の縄で輪を作り、その端を、わざとゆっくり、勘太の目の高さで引いてみせた。輪がほどけて、縄が蛇のように地面をすべった。勘太は唾をのみこんだが、何も訊かなかった。
雨は、まだやまない。後ろの四頭は、ぬかるみに蹄を沈めたまま、じっと立っていた。谷から吹き上げる風が、濡れた首すじを冷やしていく。

六造が戻ってきた。三頭目の俵と固まった結び目を見て、腰の小刀を抜いた。縄は、ぷつりと切れた。
「縄が一本、損や」
勘太は、割れた爪を隠すように、両手を後ろへ回していた。六造はその手を黙って引き寄せ、腰の手拭いを裂いて、指先に巻きつけてやった。叱りもしなかった。
六造は新しい縄で俵を巻きなおし、それから後ろの四頭を端から端まで目で数えた。何も言わなかった。列はふたたび歩きだした。
雨で足が止まった分だけ遅れ、山を下りきったのは午を回ってからだった。京の入口の関では、六造が荷の数を告げて、関銭を払った。関銭は、馬の数ではなく荷の数で取られた。六造は銭の袋の口を、指二本で押さえるようにして払った。払い終えた背中が、峠で雨に打たれたときよりも、少し丸く見えた。関の木戸の脇では、別の列の荷が縄を解かれ、俵の数を改められていた。列のうしろで待つあいだ、勘太はずっと、割れた指先の布を押さえていた。
関を抜けると、道の両側に家が詰まり、人の声と、荷車のきしむ音が、いちどに耳へ流れこんでくる。湖のほとりの宿場とは、音の数がちがった。
京の米屋の蔵で米俵を下ろしたのは、日の高いうちだった。米屋の小者が、縄の端を持って、ひと引きした。おれの縄は、するりと解けた。解けた縄は、そのまま巻いて腰に下げられた。勘太の残りの二本には、小者が三人がかりで、しばらく取りついていた。
米屋の主は、馬ごとに米の数を声に出して数え、そのたびに小者が俵を肩へ担ぎ上げた。十四俵が、蔵の暗がりへ吸われるように消えていく。駄賃は、七頭ぶんをまとめて六造の手へ渡された。
その晩、おれたちは米屋の軒下で、馬の脚を一本ずつ持ち上げて、蹄の裏を確かめた。七頭がそろって、雨のなかを歩いてきた脚だった。
翌朝、蔵の前で帰りの荷の俵が積まれた。米を運んだ馬は、この日は別の荷を背に湖へ帰る。俵は米より目が細かく、ずっしりと沈むように重い。そして水に濡れると、中身の目が減る荷だった。俵の上へ筵をかけ、その上から縄を回す。
六造は、七頭ぶんの縄の山を指して言った。
「今日は、七本とも、あの輪を残して結べ」
勘太は縄の端を折り返し、輪を作った。端が、結びの下へうまく入らない。二度、三度とやり直す。
「もう一寸、手前で折れ」
勘太は言われたとおりにした。輪の口が、俵の上できれいに開いた。端が、拳ひとつぶん、外へ垂れた。
おれの雇いは、そこまでだった。駄賃を受け取って木戸で列を見送ると、先頭の鈴が、遠ざかるほどに、ちいさくなって聞こえた。
◇ ◇ ◇
資源ごみの朝、雨が降りだした。古新聞を縛った束を肩に担いで、集積所まで運ぶ。
束の紐は雨を吸って、結び目が小さな石のように固い。ただ、端だけは、拳ひとつぶん外へ垂れていた。ボクはいつも、紐の端を一度折り返して、輪をひとつ残す。収集の人が、ひと引きで解けるように。
集積所の台に束を下ろす。紐が肩口から首すじへ、細く濡れた線を引いていた。紐の冷たさが、うなじに一本。
参考文献・もっと詳しく
※ 馬借は、馬の背に荷を負わせて運んだ中世の運送業者で、近江の坂本・大津など水陸の継ぎ目となる宿駅を拠点に、年貢米をはじめとする物資を京などへ運んだとされる。陸路の運送を担った馬借や車借の活動は、市の発達や物資の広域流通を支えたと伝わり、米価の高騰や負担への不満から、馬借が土一揆の口火を切ることもあったと伝わる。永享は一四二九〜一四四一年、二年は一四三〇年。馬借が帰りに塩などの荷を運んだとも伝わる。※本文の人物・会話・情景は創作。
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