九枚の絵を綴じて里へ納める、手彩色の薄い一冊第 137 話文化
文化室町のころ・京と近郊の里読了 約6分

九枚の絵を綴じて里へ納める、手彩色の薄い一冊

〜炉端でひらかれた、小さな手の中の一冊〜

はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。

 電車の座席で、幼い子が絵本をひろげていた。頁を一枚めくるたび、人さし指が絵のなかの熊にとんと触れて、小さく「いた」と言う。見慣れた光景だ。

 ボクは吊り革につかまって、その指を眺めていた。

◇ ◇ ◇

 文明十六年(一四八四年)の冬、背の油紙の包みが歩くたびに肩へ食いこんだ。京の西のはずれの紙屋から里まで二里半、その道をおれは歩いていた。包みの中は薄い一冊。里の乙名おとなに頼まれた納めの品で、綴じたのはおれだった。

 長いいくさのあとの京には、紙を求める客がめっきり減った。紙屋の仕事場から職人が二人、三人と去って、残ったのは主と絵師とおれの三人になっていた。文を写すのは主の役で、筆も主が執った。朝は水桶の氷を割るところから一日がはじまる。誰も口をきかない日がつづいた。

 この冊も、そんな冬の注文だった。乙名の母御が秋に亡くなり、その人が孫娘に語って聞かせていた話を、薄い一冊にしてやりたいという。乙名が覚えている母御の語り口を口うつしに告げ、主がそれを短くまとめた。文は仮名ばかりで、左の丁に二、三行。向かいの右の丁には絵が一つ。絵は九つで、文の紙とは別の紙に描く。絵師は朱だけを差し、あとは墨の線で済ませた。色を増やすほど値が上がり、乙名の払える分はそこまでだった。

 絵師は膠を湯でとかして、朱の粉をすこしずつ練った。粉は高く、小皿の底をなめるように使う。朱の小皿は日に日に底が見えてきて、絵師は筆先を舌でそろえるように使った。鬼の角に朱がのるたび、仕事場がほんのいっとき明るくなった。おれは隣で紙を折り、折り目を爪でしごいて、ひとつずつ丁をそろえていた。二つ折りにした紙の背へ穴をあけ、麻の糸で、穴を飛ばさず、一目ずつ通していく。絵の乾くのを待つあいだ、おれの仕事はそれだけで、日に何度も手を火にかざした。誰も何も言わず、筆の先と、紙を折る爪の音だけが板の間にあった。

 長い話は、主が筆を入れるたびに短くなった。小さな子が針を刀にして椀の舟で川をさかのぼる件は丁寧に残り、都のお屋敷での暮らしは三行に畳まれた。そのぶん、鬼とのやりとりに丁がまわった。主は仮名の一字ごとに筆を止めて、息をととのえた。聞き書きだけに、母御の言いまわしをそのまま置いてあって、「それから」という間の字が、ところどころに挟まっていた。

挿絵:長い話は、主が筆を入れるたびに短くなった

 納めの前の晩、風が障子の破れを鳴らして、乾かしていた九枚の絵が板の間に散った。拾い集めたのはおれだ。燈明の油は底に近く、手もとは暗かった。かがんで拾うたびに、腰が音をたてた。鬼と小さな子が描かれた絵が二枚あって、よく似ていた。どちらも赤い鬼の脇に、針を持つ小さな人が立っている。おれは、鬼のそばに槌の落ちた一枚を先に置いた。文の丁は仮名を読んで順に確かめたのに、絵の紙の順は見た目で決めてしまった。糸を通し終えたとき、障子の向こうが白んでいた。指先がかじかんで、糸の結び目がうまく締まらなかったのを覚えている。

 それでも、日が高くなるころには、おれは油紙の包みを背に紙屋を出ていた。京のはずれの道は、焼け跡の土が霜でかたく凍っている。里へ入る橋のたもとには、去年まで茶屋だった柱だけが立っていて、その根もとで犬が丸くなっていた。通りがかったおれを見あげたが、立つ気配もなく、また鼻を尻尾のあいだへ埋めた。

 乙名の家は、里のはずれの茅屋だった。炉端に通されて、乙名は包みを解き、一枚ずつめくりながら声に出して読んだ。仮名を指で追う、ゆっくりした読みだ。孫娘のおちかは、八つほどだろうか。父の膝の脇にちょこんと座って、字ではなく絵ばかりを見ていた。炉端の向かい、藁の座の一つが、空いている。母御がいつも座っていた場所なのだろう、そこだけ藁の色が濃かった。炉の脇には、乙名の妻が出してくれた白湯の椀が置かれたが、手を出す気になれず、冷めていくのを眺めていた。

 「鬼は口を大きくあけて、小さな者をのみこみました」

 読みながら、乙名は向かいの丁の絵に目をやった。鬼は槌を投げ出して、もう逃げていくところだった。乙名は眉をよせた。

 「文と絵が合わぬ。のみこんだと書いてあるのに、絵の鬼はもう槌を捨てて逃げておる。絵のほうが先へ行きすぎておる。絵師の手違いじゃな。代は残らず払う約束じゃぞ」

挿絵:「文と絵が合わぬ

 おちかは、返事をしなかった。膝のうえの冊を、かたときも放さない。その二枚の絵の丁のかどを指でつまんで、ぱたり、ぱたりと、前後にひっくりかえしていた。それから顔をあげた。

 「ちがう。槌は、逃げるときにおとすの。ばあさまは、いつもそう言うた」

 絵師の手違いではなかった。綴じ違えたのは、おれだ。

 「おれが、順を違えて綴じました」

 乙名は、おれの顔を見て、それから薄い冊に目を落とした。何も言わず、立って、牛の餌をやりに外へ出ていった。

 おれは荷から針と糸を出して、糸を切り、抜いた。穴はあけ直さない。同じ穴に針をくぐらせれば、紙がむだに痛まずにすむ。折り目にはもう昨夜の癖がついていて、直すたびに紙がかすかに抵抗した。九枚の絵を、おちかが膝のうえに順に並べた。のみこまれる絵が七つめ、槌の絵が八つめ。指でそっと置く手つきに、迷いはなかった。

 「ここがはじまり。お爺さんとお婆さんが、お宮にお願いにいくの」

 おちかは、一枚ずつ指でたどりながら、小さな声でつづけた。おれは口を挟む余地もなく、糸を持つ手を止めて聞いていた。

 針が紙をくぐるたび、ぷつり、と小さく鳴った。結び目を締めて、解き、また締めた。外では風が出て、茅の屋根が低く鳴りはじめている。糸が張るたび、紙のかどが、おれの親指の腹に冷たく食いこんだ。

 綴じ終えると、おちかは冊を受け取って、膝のうえで丁をひらいた。そして、ばあさまの声をまねて、「ばあさま、かたるよ」と小さく言った。

 外から戻った乙名は、炉端に腰をおろした。おちかの声が、一枚めくるたびに、すこしずつ節をおびていく。「それから」と、まるで誰かに問われたように、ひとりで言う。乙名は目を閉じて聞いていた。炉の火が、空いた藁の座のうえに、ゆらゆらと影をつくった。

 乙名は懐から銭の束を出して、残りの代を数えた。数え終えると、もうひとつ、小さな束を足した。「手間賃じゃ。直してもろうたぶんだ」。おれは首をふったが、乙名は束を、おれの手に握らせてしまった。手のひらが重かった。

 おれは荷をまとめて、戸口を出た。帰りの道は、行きより長かった。日は低く、霜の上におれの影が細くのびていた。背の荷は軽くなったはずなのに、足が思うように前へ出ない。おれは歩幅を広げた。

 紙屋に着いたのは、とっぷりと暮れてからだった。火鉢のそばで、絵師が筆を洗っていた。おれが荷を下ろして銭の束を並べると、絵師は手をとめて、数えもせずに目を細めた。

 「手違いは、どっちだ」

 「おれです」

 それきり、絵師は筆に目を戻した。おれは裏の井戸端へ出て、誰もいない闇のなかで、冷えきった水で指を洗った。水は針の跡にしみて、しばらく動けなかった。針をにぎりつづけた指先に、糸の跡が、うすく赤い線になって残っていた。

◇ ◇ ◇

 いまの絵本も、頁の順は一つに決まっている。その順を決めた手は、たいてい名を残さない。

 あの日、おちかの口から出た節は、どの綴じ本にも写されなかった。

 ボクがたずさえてきたのは、針が紙をくぐるたび鳴った、ぷつり、という音。

参考文献・もっと詳しく

※ 御伽草子は、室町時代から江戸初期にかけてつくられた、短編の絵入り物語の総称とされる。雅やかで長大な王朝の物語にくらべ、筋が短く平易で、絵を多く伴うものが多く、字の読めぬ者でも絵をたよりに筋を追えたため、貴族の手を離れて町や里の人々にまで広く享受されていったと伝わる。語って聞かせる「語り」の文化とも結びつき、後の昔話や絵本の源流のひとつにもなったと伝わる。文明十六年は一四八四年(文明は一四六九〜一四八七年)。※本文の人物・会話・情景は創作。

当サイトは Amazon アソシエイト・プログラムの参加者です。上記リンク経由の購入で当サイトに収益が発生する場合があります。

この話が続いてほしいと思ったら、心ばかりの応援をしていただけます。見返りのない、任意の支援です。

このサイトを応援する →
同じテーマの話
文化京のある家で、冠を納める箱には傷が五つあった文化月は、まっすぐ見ないものだった、盃のなかでは文化柘榴口の暗がりをくぐって、湯屋の二階へ上がる
同じ時代の話
宗教西国三十三所、旅人たちが道々に残した草鞋の山食三輪の里の縄に結ばれた印は、何を数えていたのか宗教銀杏の枝に掛けられた、旅の尼の地獄絵と極楽絵