円座——売る一枚と、継ぎ接ぎだらけの一枚第 116 話道具
道具平安のころ・京・西の京読了 約6分

円座——売る一枚と、継ぎ接ぎだらけの一枚

〜円座を編み続けた老女は、なぜ自分の一枚だけを継ぎ接ぎのまま使い続けたのか〜

はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。

 駅のベンチに一枚、丸いクッションが置き忘れられている。表面はすっかり色褪せて、隅がわずかにすり切れていた。

◇ ◇ ◇

 長和ちょうわ三年(一〇一四年)の冬のはじめ、われは京の西の京、朱雀大路すざくおおじから少し西に入った一帯で、しばらく人の世話になっていた。借りていた客殿には、まだ座るための敷物が足りず、板の間に幾人も客を迎えるたび、みな尻を浮かせるようにして座っていた。差配役を任されていたわれとしては、これは早々に片づけねばならぬ用向きだった。年の暮れには、遠方から親類が幾人も泊まりに来る手はずになっていた。板の間に座らせて、尻を凍えさせたままもてなすわけにはいかない。少なくとも五枚は要ると、われは踏んでいた。

 近くの内職女の編む円座えんざが、目方は軽いのに長持ちすると評判だと聞き、われはその軒先を訪ねた。名を、よもぎといった。背の曲がった、口数の少ない人だった。歳のころは、七十を過ぎていよう。市の物売りに聞けば、同じ大きさの円座でも、よもぎの手のものは他所のものより一文か二文高く値がつくという。それだけの仕事だということだった。

 「五枚欲しい。ひと月のうちに、間に合うか」

 われがそう切り出すと、よもぎは指を折って数え、「五枚なら、二十日はいただこう。菅すげの混じるものなら、いくらか早う仕上がるが、その分、値は下がる」と答えた。われは、客殿に敷くものだからと、菅を混ぜぬ一枚を望み、値もそれで決めた。二十日、五枚、値は米にして幾升。「近ごろは藁も値が張ると聞くが」と、われが水を向けると、よもぎは、「今年は不作でな。菅を混ぜねば、割に合わぬ値になる」とだけ返し、それ以上は譲る気配もなかった。われは、それならばと、言い値のまま話をまとめた。よもぎは、それだけを確かめると、あとは何も聞かなかった。われは、いくらかを前金に置いた。

 土間の隅には、編みあがった円座がいくつも積まれていた。市へ出す分だという。傍らの太い柱に、古びた縄が一本、輪にして掛けてあった。近づいてよく見ると、縄のところどころに、小さな結び目がびっしりと連なっている。円座を一枚売るたびに、ひとつ結ぶのだという。縄の端に近いほうの結び目は黒ずんで硬く締まり、近ごろの結び目ほど藁の色が残っていた。棚の隅には、柄のすり減った竹の棒も幾本か転がっていて、どれも先が丸く鈍っている。使い古して割れたものから、新しいものへと替えてきたのだろう。結び目の連なりと、鈍った竹の棒の山が、そこに積もっていた。われは、縄を端から端まで、目で追って数えてみた。ざっと五十は超えていて、途中で数えるのをやめてしまった。だが、その結び目のどれ一つとして、自分のために編んだ一枚を示すものは無かった。よもぎがどれほどの月日を、この土間で費やしてきたか——それを語るのは、よもぎの口ではなく、その縄の結び目と、鈍った竹の棒だった。

挿絵:土間の隅には、編みあがった円座がいくつも積まれていた

 われはその日、二十日後にまた来ると告げて、軒先を辞した。外に出ると、風が土間の中よりなお冷たく、われは襟をかき合わせて客殿への道を急いだ。

◇ ◇ ◇

 二十日ののち、われが訪ねると、五枚の円座はすでに仕上がっていた。径はどれも揃い、渦の目もきれいに巻かれて、へりに指を這わせても、ざらつきひとつなかった。五枚を並べて日にかざし、色むらも撚りの太さも揃っているのを確かめる。約束の日を違えず、値に見合う仕事だった。これなら客殿に出しても恥ずかしくない、とわれは思った。米で払った値のぶんは、たしかに仕事に返っていた。

 支払いを済ませ、五枚を包んでもらっているとき、土間の隅に、ほかの品とは色の違う一枚が目にとまった。新しい藁の淡い金色ではなく、すっかり飴あめ色に焼けて、渦のあちこちに、継ぎ足された藁の跡が幾重にも重なっている。へりの一部は擦り切れて、下地の縄がのぞいていた。売り物の山には無い一枚だった。近づくと、古い藁の乾いた匂いに混じって、幾年もそこに敷かれ続けた者だけがまとう、ほのかな体温のような匂いがした。市に並ぶどの一枚からも、この匂いはしなかった。

 「それは」と、われが指すと、よもぎは手を止めて、「わしのだ」とだけ言った。

 継ぎの跡を数えれば、幾年も使い込まれたと知れた。売る一枚は、いつも新しい藁でまっすぐに巻く。だが自分の一枚だけは、古い継ぎの上にまた継ぎを足して、使えるだけ使い切っていた。縄に結ばれていく数が、市へ渡った円座の枚数だとすれば、この一枚だけは、その結び目のどこにも数えられずに、ずっと土間の隅にあり続けたことになる。

挿絵:継ぎの跡を数えれば、幾年も使い込まれたと知れた

 よもぎは包みを縛りながら、「冬場は、これがあるとないとで、ずいぶん違う」と、独り言のようにこぼした。

 ——われは、そばの板の間に、てのひらを当てた。冷えは、さっきと寸分違わなかった。

 われは、五枚の代のほかに、もう一枚を編んでもらうよう、あらためて米を足した。よもぎのための一枚だと言うと、よもぎは驚いた顔をして、それから、皺の寄った目もとを、袖でそっと拭った。

 「新しい藁で、まっすぐに巻いてくれ。継ぎ接ぎでなくていい」

 われがそう頼むと、よもぎは、少し困ったように笑って、「それでは、勝手が違う」と言った。長年、自分のためには継ぎ足すことしかしてこなかった手に、はじめから真っすぐな一枚を編ませるのは、存外むずかしいことらしかった。

 「十日で編もう。ただし、値は取らせてもらう。もらいものにしては、あとが悪い」

 よもぎがそう言い張るので、われは素直に米を渡した。値切る理由は、それ以上どこにも見当たらなかった。よもぎは、その米を、真新しい藁束の上に、そっと置いた。われは五枚を包みにして背負い、十日後にまた来ると約して、軒先をあとにした。市の通りでは、他所の店先に、菅の混じった安値の円座が並んでいるのが見えた。よもぎの手のものとは、渦の締まり方からして違っていた。

 客殿に戻ると、われはさっそく五枚を板の間に敷いて回った。年の暮れに着いた親類たちは、腰をおろすなり、口々に「これは良い座り心地だ」と言った。誰も、それを編んだ手のことまでは尋ねなかった。それでよいのだと、われは思っていた。値と、届く日と、座り心地——われが確かめてきたのは、結局そのすべてが揃っていたということだった。

 十日ののち、われが再び訪ねると、六枚目の円座が仕上がっていた。新しい藁でまっすぐに巻かれ、継ぎ目はどこにもない。よもぎは、それを土間の隅の古い一枚の脇に並べて、しばらく黙って見比べていた。それから、古い一枚を丸めて、竈かまどのそばの薪の束に立てかけた。継ぎだらけの渦は、そこでも形を崩さず、ひとまわり小さく見えた。われは、その古い一枚に、いくらの値もつけようがないことに気づいた。

◇ ◇ ◇

 縄には、売った円座の数だけ、結び目がひとつずつ増えていく。だが、よもぎが幾年、板の冷たさだけを堪えてきたか、その日数を結ぶ目は、どこにも無い。

 六枚目の円座が仕上がった日、土間は、いつもより少しだけあたたかかった。数の上では、なにも変わっていないはずだった。

参考文献・もっと詳しく

※ 円座(えんざ・わろうだ)は、藁・菅・藺草などを綯った縄を渦巻き状に巻き、縫いとめて作る円形の敷物とされる。板敷の住まいで、冷えや座り心地をしのぐために用いられ、平安の貴族社会では座具として広く使われたと伝わる。のちに茶席や寺院の座にも受け継がれ、各地で形を変えながら今日の座布団・敷物の源流のひとつになったとも言われる。長和三年は一〇一四年(長和は一〇一二〜一〇一七年)。西の京は平安京の右京にあたる地名として用いた。本話の人物・会話・情景は創作。

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