渦に巻いた藁ひと枚で、板の間はやわらかな居場所になった——円座という、座るための小さな工夫のこと116道具
道具平安のころ・京・西の京読了 約7

渦に巻いた藁ひと枚で、板の間はやわらかな居場所になった——円座という、座るための小さな工夫のこと

冷たい板の上に置かれた、藁の渦ひと枚を、老いた女はなぜあれほど嬉しそうに撫でたのか

 座る、というのは、案外むずかしいことだった。

 今の暮らしなら、腰をおろす場所には、たいてい何か敷いてある。やわらかな椅子があり、毛足の長い敷物があり、尻の下が痛いなどとは、ふだん誰も考えもしない。座る場所はあらかじめやわらかいもの、と決まってしまっている。

 けれど板を張っただけの家では、そうはいかなかった。冬の板敷は、ただ冷たい。底から這いのぼってくる冷えが、尻を、腰を、じわじわと芯まで凍えさせる。夏は夏で、汗ばんだ尻に板が貼りつく。長く座っていれば、骨の当たるところが痛んでくる。座るというただそれだけのことが、人の体には、思いのほかこたえるものだった。

 そこで人が考えついたのが、わらすげを、ひとすじの綱のようにって、それをくるくると渦に巻いて、円い一枚の敷物に仕立てることだった。円座えんざ、と呼ばれていたらしい。わろうだ、とも言った。板の上にひとつ置けば、そこだけが、ふっとやわらかな居場所になる。冷たさをしのぎ、骨の痛みをやわらげる。たった藁ひと枚の、けれど確かな工夫さ。

 ボクが見てきたのは、その藁の渦が、人の尻の下で、暮らしを少しだけやさしくしていく、そういう日々のことだ。

◇ ◇ ◇

 長和ちょうわ三年(一〇一四年)の冬のはじめのことだった。われは京の西の京、朱雀大路すざくおおじから少し西に入った、古びた小家の軒先を借りて、しばらく雨露をしのいでいた。

 その家には、よもぎ、という名の老いた女がひとりで住んでいた。背の曲がった、口数の少ない人で、若いころは宮仕えの女房のもとで雑仕女ぞうしめをしていたと、ぽつりと話した。今は内職に、藁や菅を綯って、円座を編んでいる。それを市の物売りに渡しては、わずかな米や塩に替えて、その日その日を細々と暮らしていた。

 軒先は北に向いて、朝も昼も日が回らなかった。風の通る土間に座ると、足の裏から冷えがのぼってきて、われは膝を抱えてやり過ごした。家のうちは薄暗く、乾いた藁の匂いが、いつもかすかに漂っていた。日に干した草の、ぬくもりを抜いたあとの匂いだ。よもぎの指先は、その匂いの芯にいた。

 藁が足りぬときは、菅も使った。水辺に生える細い草で、藁より粘りがあって折れにくいと、よもぎは言った。菅で綯った縄は、藁より青みが長く残って、座り心地もしなやかになるのだという。手に入るものを、そのときどきで綯いまぜる。それがこの内職の、暮らしに寄り添ったやり方らしかった。

 はじめてその手元を覗いたとき、われは、なんと根気のいる仕事かと思った。

 まず、よく干した藁を、湿らせてはつちで叩き、しんなりとやわらかくする。固いままでは折れてしまうし、ささくれて尻を刺すからだ。槌が藁を打つたび、ぱし、ぱし、と乾いた音が土間に弾けて、こまかな藁屑がうす日のなかに舞った。叩かれた藁は色を沈め、握るとひやりと湿って、青い草の匂いを薄く立てた。それから幾すじかをりあわせて、長い長い一本の縄に綯っていく。手のひらの上で藁がきゅっと締まって、縄になっていくさまは、見ていて飽きなかった。

 縄ができると、よもぎはその端を、まんなかでくるりと小さく巻いた。そこを芯にして、縄を渦の外へ外へと巻きつけていく。ただ巻くだけではない。巻きながら、別の細い藁すじで、内の輪と外の輪とを、ひと針ひと針、縫いとめていくのだ。そうしないと、渦はたちまちほどけて、ばらばらの縄にもどってしまう。

 縫う針は、よく磨いた竹の細棒だった。よもぎはそれを、藁と藁のあいだに、すいと差しこんでは、向こうへ抜く。指の腹で出口を探り、棒の先を迎えにやって、また引きこむ。内の輪へ一針、外の輪へ一針、そうやって二つの輪を抱きあわせていく。手早いようでいて、目はけっして雑にならない。縫い目の間が空きすぎれば、そこから渦がゆるむ。詰めすぎれば、藁が割れて、尻を刺すささくれになる。ちょうどよい間合いというものを、よもぎの指は、もう数えるまでもなく覚えているらしかった。

 手が止まるのは、ほつれた藁の端を歯で噛みきるときだけだった。残った藁屑を、よもぎは膝の上で払って、また竹の棒を握りなおす。曲がった指の節が、寒さで赤くふくれていた。

 「藁は、生きておるときと同じでな。締めすぎても、ゆるめても、長うはもたん」

 そう言いながら、よもぎは縫う手を止めなかった。渦の目を、てのひらでときどき押さえては、平らかかどうかを確かめる。少しでもうねれば、座ったときに尻がかたむく。だから一周ごとに、掌で押し、目で確かめ、また一周を巻く。地味で、果てのない繰りかえしだった。

 「ほどけぬように、縫うてつなぐ。これをけちると、すぐにばらける」

 よもぎは曲がった指で、縫い目を一つひとつ確かめながら、そう言った。渦が大きくなるにつれ、縫う手間も増えていく。外の輪はそのぶん長く、ひと巻きするのに藁をいくすじも継ぎ足さねばならない。継ぎめは、決して目立たぬように、前の藁の尻に新しい藁の頭をそっと重ねて綯いこんだ。円い一枚を仕上げるのに、半日では足りなかった。

 日がな一日、われはその手元を眺めていた。藁の渦は、ゆっくりと、しかし確かに大きくなっていく。一周ごとに、敷物は外へ太り、平たい円になっていった。外の藁屑を掃いた土間に、夕日が低く差しこむころには、渦はもう、てのひらふたつぶんほどに育っていた。

◇ ◇ ◇

 ある朝のことだ。よもぎが、ようやく一枚を編みあげた。

 径は、座った人の尻がちょうどおさまるほど。藁の色は、淡い金色に乾いて、渦の目がきれいに揃っていた。へりに指を這わせると、こまかな目が、波のように律儀に並んでいるのがわかった。よもぎはそれを、冷えきった板の間に、そっと置いた。そうして、その上に、ゆっくりと腰をおろした。

 骨ばった老いた体が、藁の渦に沈んで、ほうっと息をついた。板に直に座ったときの、あの底冷えの突きあげが、藁ひと枚を挟んだだけでやわらいで、体の力がほどけていくのが、傍で見ていてもわかった。

 「板はな、冬は身を切る。この歳になると、こたえてかなわん」

 そう言って、よもぎは敷物のへりを、いとおしむように、てのひらでそっと撫でた。皺ばんだ指が、藁の目を、ひと巻きひと巻きなぞっていく。長いこと内職に編んできて、自分のために一枚も残しておかなかった、その手だった。

 われは、不思議に思って尋ねた。これだけ編めるなら、なぜもっと早く、自分のぶんを一枚こしらえなかったのか、と。

 よもぎは、すこし笑った。口のはたの皺が、ふかく寄った。

 「売れば、米になる。米にならぬ一枚を、尻の下に敷くのは、もったいのうてな」

 冷たい板の上で、幾冬も尻を凍えさせながら、それでもこの人は、編んだそばから渦を手放してきたのだ。市へ出れば、そのへりを名も知らぬ誰かが撫でて、ああやわらかい、と腰をおろす。寺の僧が読経どきょうの座に敷くのかもしれぬ。どこぞのの女房が、冷えた板間に控えるおりに、そっと尻の下へ寄せるのかもしれぬ。よもぎの編んだやわらかさは、いつも、他人の尻の下にあった。

 その朝、よもぎが初めて自分のために残した一枚の上で、ほうっと息をついたとき——われは、なんと言っていいか分からず、ただ、よかったな、とだけ言った。

 それから、われはもう一枚、よもぎに頼んで編んでもらった。借りた軒先の礼にと、米と塩を多めに渡して、自分のぶんも、よもぎのぶんも、ともに編んでもらったのだ。藁を打つ音が、それからしばらく、朝な夕なに土間で鳴った。

 二枚の藁の渦を板に並べて、二人して腰をおろすと、冷たかった板の間が、そこだけ、ふっとあたたかな居場所になった。座ると、藁のかすかな匂いが下から立って、尻の下で目が少しきしんだ。沈みこむでもなく、ただ冷たさと骨の痛みだけを、そっと隔ててくれる固さだった。よもぎは藁の目をなぞりながら、若いころ仕えた女房のこと、夜更けにつぼねで円座を勧められて泣きそうになったことを、ぽつり、ぽつりと話した。冷えた板に長く控えていた下仕えの身に、上の人がそっと一枚を寄越してくれた——ただそれだけのことが、忘れられぬのだという。やわらかな一枚は、冷えだけでなく、こういう昔語りまで、ゆっくりと引き出すらしかった。

◇ ◇ ◇

 円座は、それからも長いこと、人の尻の下にあった。

 貴人の座にも、寺の床にも、茶の湯の席にも、藁や菅や藺草いぐさの渦は、かたちを変えながら敷かれつづけた。板の冷たさをしのぐという、たったそれだけの願いが、幾百年も、人の手で渦に巻かれてきたのだ。

 ほどけぬように、縫うてつなぐ——よもぎの言葉を、ボクは今でもときどき思い出す。一本の縄をただ渦に巻くだけでは、すぐにばらける。内と外とを、ひと針ひと針、縫いとめてゆくからこそ、円い一枚はかたちを保つ。座るための小さな工夫の底に、そういう地道な手間が、ひと巻きずつ畳まれていた。

 今では、腰をおろす場所は、はじめからやわらかい。尻の下を、わざわざ藁で編む人も、もう少ない。

 それでも、と思う。冷たい板に、やわらかな一枚を置く——あの、そこだけが居場所になる小さなあたたかさは、今の座布団の一枚にも、たしかにまだ畳み込まれている。

 藁の渦のへりを、いとおしそうに撫でた、あの老いた女のてのひらを、ボクはまだ覚えている。

参考文献・もっと詳しく

円座(えんざ・わろうだ)は、藁・菅・藺草などを綯った縄を渦巻き状に巻き、縫いとめて作る円形の敷物とされる。板敷の住まいで、冷えや座り心地をしのぐために用いられ、平安の貴族社会では座具として広く使われたと伝わる。のちに茶席や寺院の座にも受け継がれ、各地で形を変えながら今日の座布団・敷物の源流のひとつになったとも言われる。長和三年は一〇一四年(長和は一〇一二〜一〇一七年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。西の京は平安京の右京にあたる地名として用いた。本話の人物・会話・情景は創作。

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