第 120 話道具車輪が軋んだ大路で、耳をすませていたのは小さな手だった
〜楔ひとつを選ぶのに、大人と子どもで、何が違ったのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
小さな楔が一つ、掌の上にある。
親指の先ほどの、細長い木片。片方の端は太く、もう片方は薄く尖っている。長く握られてきたものらしく、太いほうの角はまるく削れて、脂で黒くつやを帯びていた。振ると、乾いた木の音がする。端に、細い亀裂が一本、走っていた。
轄という。ボクはこの一つを、行きずりの一日だけ、あずかったことがある。
◇ ◇ ◇
治暦二年(一〇六六年)、賀茂の祭の日。京の大路は、朝から車で埋まっていた。物見の人垣が両側に幾重にも並び、太鼓の音と、車輪が石を踏むぎいぎいという音が、埃っぽい風のなかで重なっている。われはちょうど、荷を担いでその大路を通りかかっただけだった。
先頭のほうでは、御幣を捧げ持つ社の者たちが、しずしずと歩みを進めていた。見物人の輪から、ときおり感嘆の声が上がる。祭の熱気のなかを、われは人の背をかき分けながら、ゆっくりと進んでいた。
行列の途中、一台の牛車が、斜めに傾いていた。片方の車輪が、軸からわずかに浮いている。供の男たちが数人、車のまわりで慌てていた。ひとりが轅を担ぎ上げようとして、牛が驚き、足を踏み替える。もうひとりは懐から出した木片を軸の穴に差し込もうとして、二度、三度と取り落としていた。
牛が、驚いて後ずさった。荷を積んだべつの車が、すんでのところで追突しかけ、供の者たちの怒声が飛ぶ。土埃が舞い上がり、われは思わず袖で顔をおおった。
「退け、退け」うしろから、べつの車の供が声を張り上げる。「祭がすむ前に、日が暮れてしまうわ」
行列が止まり、大路の先で誰かが舌打ちをした。傾いた車の簾が、大きく揺れる。周りの見物人が、束の間、静まりかえった。日差しは強く、地面からの照り返しで、大路全体が白く霞んで見えた。牛の背には、汗が幾筋も光っている。
その脇に、十ばかりの童が一人、しゃがみこんでいた。牛飼童だろう、麻の単衣に土埃をかぶり、腰に小さな道具袋を提げている。童は、騒ぐ大人たちには目もくれなかった。耳を車輪にぴたりと押し当て、息を止めて、何かを聞き分けている。まわりの怒鳴り声も、牛の唸りも、童には届いていないかのようだった。それから顔を上げ、軸の穴に指を差し入れて、奥の深さを確かめるように、二度、三度と探った。

男が差し出す木片を、童は一度も手に取らなかった。かわりに、道具袋のなかを指先で探る。大小いくつもの楔と、小さな石槌、砥石らしきものが、布に包まれて並んでいた。そこから、指の太さほどの楔を、迷わず一つ選び出す。腰の水袋から、指先ひとしずくの水を、その先にだけ落とす。軸の穴に、先端をそっと当ててみて、それだけで、これだと決めたらしい。
供の男のひとりが、童に向かって「そいつは小さすぎよう」と口を挟んだ。童は、ちらとも顔を上げない。もうひとりが「餓鬼に任せて大事ないのか」と、声を落として言った。それでも、童の手は止まらなかった。
われは、気づけば手を伸ばしていた。童が楔を打ちこもうとする、その車輪を下から支える位置に、迷いなく肩を入れていた。誰に言われたわけでもない。轅の重みが、肩に食いこむ。木の肌はざらついて、汗ばんだ肩に貼りついた。それでも、支える手をゆるめる気にはならなかった。牛の目のふちに、蠅が一匹たかっている。われはそれを、手の甲でそっと払った。牛は大きな目でちらとわれを見ただけで、また静かになった。
童が、腰の石槌で、楔の頭を軽く三つ叩く。こつ、こつ、こつ。乾いた音が、大路の喧騒の下から響いた。車輪が、かすかに沈み、軸にぴたりと収まる。牛が、大きく息を吐いて、それきり足を止めた。
童は、車輪を軽く揺すって、具合を確かめた。ぐらつきは、もう無い。額の汗を腕でひとぬぐいしただけで、童はすぐに腰を上げた。
供の男たちは、口を半分あけたまま、童の手もとを見ていた。誰も、何も言わなかった。童のほうも、誰かに褒められるのを待つふうもなく、もう次の車輪へ目を移している。われの肩には、まだ轅の重みの名残りがあった。袖には土埃がこびりつき、指の先が、かすかに痺れていた。それでも童の横顔には、汗の玉が浮くほかは、何の変わりもなかった。行列の後ろのほうで、誰かが安堵の声を上げた。物見の人垣にも、ざわめきが戻ってくる。何ごともなかったかのように、遠くの太鼓が、また鳴りはじめた。
誰の車が先に立つか、その一事で、供の者たちは声を荒らげ合っていたのに、車輪ひとつ壊れれば、身分も何もあったものではなかった。

◇ ◇ ◇
牛車はまもなく、何ごともなかったように動き出した。簾の内から、誰かがのぞいた気配はない。乗る人には、車輪が浮いたことも、収まったことも、伝わらなかったのだろう。行列はまた、もとの遅さで大路を進みはじめる。
童は、外した古い楔を、地面に放るように置いた。ひびが深く、もう使いものにならない。われがそれを拾い上げると、童は、ちらとこちらを見て、小さくうなずいただけだった。名も、生業も、たずねはしなかった。
「よく分かったな、いまのが要ると」
われがそう言うと、童は肩をすくめただけだった。応える気配もなく、袋の紐を締め直し、次の牛のほうへ駆けていく。道理を言葉にする気は、はじめから無いようだった。ただ、駆け去る前に一度だけ、われの手のなかの古い楔を見て、口の端をわずかに動かした。笑ったのかどうかは、分からなかった。
行列は、埃を巻き上げながら遠ざかっていく。車輪の音、牛の蹄の音、供の者たちの声が、少しずつ、大路の喧騒に紛れていった。見物の人垣も、いつのまにか、いつもの往来に戻っている。われは、その後ろ姿を見送ると、拾った楔を懐にしまい、もと来た道を、われも歩き出した。荷は、まだ肩に重い。日は高く、大路の土埃が、ひどく白く見えた。
道々、祭りの帰りらしい人々とすれ違った。荷を担いだ物売りが、声を嗄らして呼び込みをしている。日はまだ高いのに、朝からの人いきれで、大路全体がひどく暑かった。
大路が二つに分かれるところで、行列は祭の続くほうへ、われは商いの町のほうへ、それぞれ違う道を取った。分かれ道の角に立つ木の陰は、思いのほか涼しかった。
商いの町に入ると、軒先に並ぶ品々の匂いが、埃っぽい空気に混じった。干し魚、油、藁——町ごとに違う匂いを、われはいつも道すがら覚えている。
しばらく行くと、道端の井戸に、水を汲む女たちが列をなしていた。われも一杯所望し、喉を鳴らして飲んだ。水は思いのほか温く、それでも渇いた喉には、ありがたかった。桶のふちに触れた指先だけが、ひやりと冷たかった。
懐の楔が、歩くたびに、こつりと胸に当たる。誰の目にも留まらぬ、ただの木片だった。それでも、その重みだけは、たしかにそこにあった。日はまだ高く、われの影は短いままだった。振り返っても、祭の行列はもう見えなかった。二度と、あの童にも、あの車にも、会うことはなかった。
◇ ◇ ◇
その楔は、いまもボクの手もとにある。
木の脂は、とうに乾いてしまった。それでも指で挟むと、朝の陽に置いておいた日はほんのり温かく、雨あがりの晩に取り出すと、骨まで沁みるように冷たい。木は、ただそのときどきの気温を映しているだけだ。分かっていて、それでも指先に伝わる冷たさや温もりに、あの日の大路の、埃っぽい熱を思い出すことがある。
亀裂の入った古い楔は、いまはもう、掌の上でただ軽い。握るたびに、木の乾いた重みだけが、指のあいだに残る。
参考文献・もっと詳しく
※ 牛車(ぎっしゃ・うしぐるま)は、牛に轅をつないで曳かせた乗り物で、平安期には貴族の主要な乗り物として広く用いられたとされる。車の様式や装いには厳しい格式があり、唐車・檳榔毛車・網代車などの別が乗り手の身分を表したと伝わる。賀茂祭などの物見では場所の取り合いが起こり、車の前後をめぐる「車争い」が後世の物語にも描かれたという。車輪は轅とともに軸に組まれ、外れ止めの楔(轄)で留められた。牛の世話や車の扱いは牛飼童と呼ばれる従者が担ったとされる。治暦二年は一〇六六年(治暦は一〇六五〜一〇六九年)。本話の人物・会話・情景は創作。
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