第 129 話文化地を掘り水を汲み上げる一つの穴のまわりに、村と町が寄り集まっていった日のこと
〜枯れぬ水を求めて地を掘った者たちは、その穴のまわりに、なぜ家々を寄せていったのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
公園の隅に、手押しのポンプが一本、赤く錆びて立っている。 柄を上げ下げすると、ひと呼吸遅れて、水が吐き出される。 子どもが一人、面白がって、それを何度もやっていた。
あのひと呼吸の遅れに、ボクは値をつけたことがある。塩二俵と、麻布三反。
◇ ◇ ◇
貞応二年(一二二三年)の春。海のほうから塩を担いで上がってくると、相模の在所の辻で、おれはいつも荷を下ろした。道が二つに分かれる、ちょうどよい場所だった。山へ上がる者も海へ下りる者も、ここで一度は足を止める。ただ、水がなかった。
川は近いが、雨が降れば荒れて田を呑み、日が照ればたちまち細る。在所の者は毎朝、遠い谷の清水まで桶を担いで下り、また登った。天秤棒の跡が、年寄りの肩には消えずに残っていた。おれも塩を担いで登った喉を、その谷の水で湿らせた。桶一杯を、塩ひとつかみと替えてもらう。塩を売りにきて、水を買う。辻に腰を下ろしても、人は谷へ下りていくばかりで、塩は昼までにひとつかみも減らなかった。
その年は塩の値がよく、荷を三度運んで、手もとに布と米がたまっていた。おれは辻を見て、算段をした。水があれば、人はここに立ち止まる。立ち止まれば、塩が売れる。
在所の長は、渋い顔をした。
「掘って出なんだら、誰がかぶる」 「おれがかぶる」 「川べりに、昔、掘ったのがある。泥しか出なんだ」
長は、それ以上は言わなかった。おれはその「泥しか出なんだ」を、話半分に聞いていた。
井戸を掘って歩く者らが、春には街道を上がってくる。年かさの男が一人と、若い者が二人。おれは辻で待ち受けて、掘り賃の話を持ちかけた。
「川べりでどうだ。水が近かろう。浅く済めば、値も安かろう」
年かさの男は、返事をしなかった。笠の下から辻を一度見て、それから川のほうへ歩いていった。おれはあとをついていった。
長の言った古い穴は、川べりの葦の根方にあった。縁は崩れて、底に濁った水が溜まり、壁は指で押せば落ちる砂だった。男はしゃがんで、その壁から土をひとつまみ取り、笠を押し上げて鼻先へ運んだ。においを嗅いで、指でほぐして、捨てた。それだけで立ち上がり、今度は辻へ登っていった。辻の、すこし小高い乾いた地面に立って、同じことをもう一度した。足で二度、地面を踏んだ。

「辻なら、一尋で塩ひと升。川べりなら、倍もらう」
おれの知っている井戸は、低いところの、水に近いところに掘るものだった。川のそばなら浅くて安い——その順序が、値のほうから、ひっくり返された。男は理由を言わなかった。言わなかったが、あの砂の壁と濁り水を、おれはいま見てきたばかりだった。
「幾日で出る」 「地の底は、見えぬ」
日は、請け合わぬのだ。塩一俵と布二反を先に渡し、残りは水が出てからと決めた。手もとの塩で払えるのは、六尋まで。七尋めからは、米を切り崩すことになる。おれは指を折って数えた。
◇ ◇ ◇
掘っているところは、見せてもらえなかった。
「縁が崩れる。近寄るな」
若い者に一度どなられて、おれは辻の反対側、自分の塩の荷のそばに腰を下ろして、そこから眺めることにした。見えるのは、穴の口と、そのわきに積み上がっていく土の山と、口のところに立つ年かさの男だけだ。
若い者が下で掘り、もっこに詰め、縄で吊る。上でそれを受けるのが年かさの男で、受けるたびに、笠を押し上げて土に鼻を寄せた。それから、下へ向かって何か短く言う。「掘れ」なのか「石だ」なのか、辻のこちら側までは聞こえない。ただ、石を入れる日には、川原から拾ってきた石が縄で下ろされていき、若い者の一人が穴の口に腰かけて、下りていく石の数を数えていた。
在所の者が、谷へ下りる行き帰りに立ち止まって、穴をのぞいた。出るものか、と言う者がいて、出たら塩屋の儲けだ、と言う者がいた。長は立ち止まらなかった。おれは塩の荷の前に座って、減らない塩を眺めていた。
土の山は、はじめの三日、乾いた茶色だった。四日め、上のほうだけ色が変わった。五日めには、山が穴の口より高くなった。若い者が上がってくるたび、下から浴びた土で、背中が一色になっていた。おれは毎朝、塩の荷の縄を締め直しては、また解いた。海へ下りて次の荷を担いでくる日が、もう来ていた。
六日めの朝、もっこの土が黒かった。ぬれて、重そうで、若い者が受け取りそこねて土がこぼれた。底に水が来たのだ。谷帰りの者が桶を下ろして、出た、と言った。おれもそう思った。

おれは残りの塩と布を担いで、辻を横切った。水が出れば、井戸はできたものだと思っていた。
年かさの男は、布を見なかった。もっこの土を嗅いで、下へ「掘れ」と言った。
それから二日、土の山は黒い泥から、ぬれた砂利に変わった。砂利が上がるあいだ、川原の石がずいぶん下ろされた。八日めの昼に、縄の上げ下げが止まった。男が桶を吊るして、底へ下ろす。上がってきた水は、泥で濁っていた。男はそれを地面にあけて、桶を穴のわきに伏せ、若い者を連れて辻の木陰で寝た。
あくる朝、もう一度、桶が下りた。上がってきた水は澄んで、桶の底の木目が透けた。男はひと口飲んで、口の中でしばらく転がし、それからようやく、おれのほうへ手を出した。
塩一俵と、布一反。おれが渡すと、男は肩に担ぎ、若い者二人と街道を下っていった。鍬ももっこも縄も、来たときと同じ数だった。名を聞くのを、おれは忘れた。
汲んでみた。縄をたぐると、桶は思ったより深いところから上がってきた。あの川べりの穴より、二尋は深い。谷の清水より冷たく、塩を担いだあとの喉には、かえって甘かった。長が来て、黙って一杯飲み、桶を伏せて帰った。
翌る朝、おれは荷を担いで海へ下りた。
◇ ◇ ◇
次の春、同じ道を上がってくると、辻には家が一軒、増えていた。谷のそばから、井戸の近くへ移ったのだという。その次の春には、二軒めが建っていた。
朝、井戸のまわりに桶が並ぶ。縄を手繰って汲み上げ、こぼさぬように桶へ移す。順を待つあいだに、女たちは声をひそめて笑い合った。
「今年の苗は、どうだね」 「あの家の婆さまが、ようやく床上げなさったと」 「それはよかった。あたたかい水を飲ませてやりなされ」
おれの知っている井戸端が、ここにも一つ、できあがっていた。塩は昼を待たずに空になった。
井戸のいちばん近くに住む女が、毎朝、井戸端を掃くようになっていた。落ち葉をはらい、こぼれた水を流し、桶のへりを布で拭く。誰に頼まれたわけでもない。
「在所の者がそろって使う水場が汚れておっては、在所が汚れたようで、いやだもの」
女はそう言って、前掛けで手を拭いた。
辻の角には、椀や桶を並べる者が出た。塩の隣に、干し魚を広げる者も来た。順を待つ男が一人、塩を買いながら、あれは幾らで掘った、と尋ねた。
「塩二俵と、布三反」
男は、天秤棒の跡の薄れた肩を、手のひらで二度撫でた。長は相変わらず渋い顔で、ときどき桶を伏せて帰った。
◇ ◇ ◇
井戸の口を囲った石は、あの辻で、丸く据わっている。
もっこが上がるたび、笠を押し上げて土に鼻を寄せていた、あの所作は、男と一緒に街道を下りていった。掘る先を決めていたのは鼻で、値を決めていたのは足の裏だった。
塩二俵と麻布三反で買ったのは、水よりも先に、布を肩に担いで下りていった、あの丸めた背。
参考文献・もっと詳しく
※ 地を掘って地下の水を汲み上げる掘り井戸は、各地の集落で暮らしの水を支え、人々が水場のまわりに住まいを寄せて村や町を形づくる芯になっていったとされる。井戸端での寄り合い・交流が村の暮らしを結んでいったと伝わる。井戸掘りの手順・掘り賃・在所の人物と会話は、中世の掘り井戸の像の範囲での創作。貞応二年は一二二三年(貞応は一二二二〜一二二四年)。※本文の人物・会話・情景は創作。
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