一軒の屋根を葺くために村じゅうが寄り合った、あの草の重なりのこと130文化
文化室町のころ・北の山あいの村読了 約8

一軒の屋根を葺くために村じゅうが寄り合った、あの草の重なりのこと

一軒では決して葺けぬ屋根を、なぜ村は一日で葺き上げてしまえたのか

 茅葺かやぶきの屋根というのは、ただ草を重ねて雨をふせいだ、一枚の大きな笠だ。

 もとは、なんということもない草だった。秋の野に銀色に揺れるすすきや、刈り残しのかや。誰のものでもない、踏みつけられても惜しまれぬ、ありふれた草さ。それを束ね、軒からむねへと厚く葺き重ねていくと、雨は草の筋を伝って流れ落ち、家のなかへは一滴も入らぬ。冬は雪の冷えをはじき、夏は日のほてりをやわらげる。草が、人の寝起きする場を、まるごと包んでくれる。屋根の用など、はじめはその程度のものだった。

 ところがその草の屋根が、いつのころからか、一軒の家のものではなくなっていく。あまりに厚く、あまりに広く葺くものだから、ひとりやふたりの手では、とても葺き替えられぬ。どうしても、村じゅうの手が要る。そうして人々は、互いの屋根を順ぐりに葺き合うようになった。屋根が、人と人とを結びはじめたのだ。

 ボクが見てきたのは、その草の重なりが、ただの雨除けから「村の助け合いそのもの」へと育っていく、その移り変わりだ。一枚の屋根の下に、村じゅうの手が編み込まれていった、そのあたりのことさ。

◇ ◇ ◇

 文亀ぶんき二年(一五〇二年)の秋のことだ。おれは北の、山あいのちいさな村に住む、ただの百姓だった。

 その年、おれの隣に住む老爺——みなが茂助どのと呼ぶ、腰の曲がった年寄りの屋根が、いよいよ傷んでいた。棟のあたりがへこみ、雨のたびに草の隙間から水がしたたる。軒先の草はとうに黒ずんで、指で押せばずぶずぶと沈むほどに朽ちていた。雨の夜には、土間に並べた椀のなかへ、ぽつ、ぽつと水の落ちる音がするのだと、茂助どのは寂しげに笑っていた。妻に先立たれ、子もなく、ただひとりで暮らす年寄りだ。あの屋根を、ひとりで葺き替えられようはずもない。

 刈り入れがすんだ朝のことだ。霜のおりたあぜに白い息を吐きながら、村の肝煎きもいりが、家々を一軒ずつ回って声をかけた。

 「あすは茂助どのの屋根を葺くぞ。みな、出てくれ」

 おれは正直なところ、首をかしげた。己の田の始末もある、刈った稲も干さねばならぬ。空はいつ時雨れてもおかしくない。なにも、隣家の年寄りの屋根のために、村じゅうが手を止めることもあるまい。そう思ったのさ。

 ところが翌朝、まだ霧の晴れぬうちから、村の者がぞろぞろと茂助どのの家の前へ集まってきた。肩に梯子はしごを担いだ者、鎌や縄を腰に下げた者、背に萱の束を負うた者。男は梯子をかけ、古い草を剥がしにかかる。女は刈り置いた萱を抱えてきて、軒下に山と積み、を打って縄をなう。打たれた藁が、ぱしんぱしんと小気味よい音を立てた。年寄りは陽だまりに座って草を選り分け、長いものと短いものとを器用により分けていく。子らは束を抱えて運んでは、足にもつれて転んで笑った。誰が割り当てたわけでもないのに、めいめいが己の持ち場を心得て、もう手を動かしはじめていた。集まった者の数を見て、おれはすこし気おされた。これだけの手が、ひと声で集まるものなのか、と。

◇ ◇ ◇

 おれも、しぶしぶ梯子をのぼった。

 古い草を剥がすと、下からは長年のすすと埃が舞い、目も開けていられぬ。囲炉裏の煙を吸いつづけた草は、手のひらが真っ黒になるほど煤けて、えたような匂いがした。なかには、葺いたときに紛れ込んだのか、鼠の巣の跡や、干からびた虫の殻が出てきて、子らが下で大騒ぎをした。剥いだそばから、新しい萱の束を、軒のほうから棟へと、少しずつ重ねて葺き上げていく。刈りたての萱は青い匂いがして、束を抱えると、ひやりと露の名残が腕に冷たい。茎は思うより硬く、握りしめると、手のひらの皮にうっすらと筋がつく。一段葺いては縄で結わえ、また一段。下にいる者が「ほいよ」と束を投げ上げ、屋根の上の者が腕をのばして受けて並べる。声をかけ合わねば、束ひとつ受け損なって、足もとから転げ落ちる。なれぬおれは、はじめのうち、何束も取りこぼしては笑われた。

 「そっちへもう一束」「縄が足りぬぞ、寄こせ」

 屋根の上と下とで、声が飛び交う。気づけばおれは、隣の若い衆と肩を並べ、汗をかきながら草を葺いていた。屋根の上は風が通って、額の汗をすっと冷ましていく。眼下には、刈り田の黄金と、色づきはじめた山の端が、ぐるりと見渡せた。さっきまでの渋りが、嘘のように消えていた。

 葺くにも、ただ草を載せればよいというものではなかった。軒のほうから順に重ねていき、上の段が下の段の根もとを押さえる。穂先を下へそろえ、根もとを内へ隠す。そうして葺いていくと、雨は草の穂先を伝って、いちばん下の軒先から、すっと地へ落ちる。束ねが甘ければ風にあおられて飛び、重ねが薄ければ雨が漏る。村でいちばん屋根に詳しい弥三郎どのが、棟のてっぺんに馬乗りになって、おれたちの手元を一段ずつ見おろしては、声を張って直してまわった。

 「そこは穂を下へ向けよ。逆さに葺けば、水を吸うて腐る」

 言われるままに束を返すと、なるほど草の流れがそろって、屋根の面が一枚の滑らかな斜めになっていく。弥三郎どのは大きな木槌で、葺いたばかりの段の小口を、とんとんと叩いてそろえた。打たれた草は、はじめはばらばらと逆立っていたのが、しだいに一方へ寝て、雨の流れる筋になる。長年のうちに村が覚えこんだ知恵が、こうして年寄りから若い者へ、屋根の上で口移しに継がれていくのだと、おれはそのとき気づいた。書きつけたものなど、どこにもない。手と目と、声だけで継いでいくのさ。

 昼になると、女たちが握り飯と汁を運んできた。屋根の下にむしろを敷いて、みなが車座になって食う。汗をかいた体に、味噌汁の湯気がありがたい。塩のきいた握り飯が、ことのほかうまかった。腹が空いていたのもあろうが、大勢で同じ釜のものを分けて食う飯には、ひとりで黙々と食らうのとは別の味があった。指についた飯粒をなめながら、誰かが葺きかけの屋根を見上げて、もう半分はいったな、と言った。茂助どのは椀を両手で押しいただくようにして、何度も、すまぬのう、と頭を下げていた。誰かが、水くさいことを言うな、と笑い、年寄りの背を軽く叩いた。

 おれの隣で、白髪の老婆が、汁をすすりながら言った。

 「こうして寄り合うて葺くのを、ゆいというのさ。わしらが若いころも、こうして葺いてもろうた。次はおぬしの屋根を、みなで葺く番がくる」

 結——人の手を、貸し借りする取り決めだ。今日おれが茂助どのの屋根に半日を割けば、いつかおれの屋根が傷んだとき、村じゅうがおれのために半日を割いてくれる。銭のやりとりはない。帳面につける貸し借りでもない。ただ、手と手とを、順ぐりに回していく。屋根が大きすぎて一軒では葺けぬからこそ、人は互いを当てにし合うほかなかったのさ。一軒の難儀が、村ぜんたいの難儀になる。だから誰も、隣の屋根を他人事と思わぬのだ。

 午後、屋根はみるみる葺き上がっていった。日が傾くにつれ、新しい萱が、金色に光る厚い屋根となって、茂助どのの家を覆っていく。剥き出しだった棟に最後の草が伏せられ、押さえの竹が渡されると、あちこちから「おう」と声があがった。屋根の上から見おろすと、地面のあちこちに古草の山が積まれ、その向こうで子らが転げ回っていた。

 茂助どのは、葺き上がった屋根を見上げて、しわだらけの目から、ぽろぽろと涙をこぼした。新しい萱の匂いが、夕の風に乗って、あたりに青くただよっていた。

 「これで、この冬も越せる。みなのおかげじゃ」

 おれは、ふと思った。茂助どのは子もなく、独りきりだ。けれどこの屋根の下で眠るかぎり、ひとりではないのだと。村じゅうの手が、その頭の上を覆っている。雪が降ろうと、風が吹こうと、村の誰かの手が葺いた草が、年寄りの夜を守る。屋根とは、そういうものだったのか、とおれはようやく腑に落ちた。半日まえまで渋っていた己が、すこし恥ずかしくもあった。

 誰も大したことをした顔をしていなかった。あたりまえのことをしたまでだ、という顔で、めいめい己の梯子や鎌を担いで、夕闇のなかへ散っていく。おれもまた、その列にまじって、刈り田のにおいのする畦道を帰った。背中で、葺きたての屋根が、まだほんのりと夕日を照り返していた。

◇ ◇ ◇

 草を厚く葺き重ねた屋根が、一軒では葺けぬほど大きなものとなり、村じゅうの手を順ぐりに回す「結」の助け合いを宿すようになったのは、世が乱れ、人がいっそう寄り添うて生きねばならなかった、このころのことだ。ボクは、その移り変わりを、いくつもの山あいの村で見てきた。

 屋根の草は、十年も二十年もすれば朽ちる。だから村は、幾度でも葺き替えねばならぬ。そのたびに、人は互いの家の前へ集まり、声をかけ合い、握り飯を分けて食った。屋根を葺くということは、雨をふせぐと同じだけ、人と人との縁を葺き直すことでもあったのさ。一枚の屋根の下に、村じゅうの手が、幾重にも編み込まれていった。

 今では、屋根に草を葺く家は、めっきり少なくなった。瓦が載り、鉄の板が張られ、屋根は一軒の職人がひとりで葺き替えるものになった。村じゅうが寄り合うて、半日を分け合うようなことも、もう、そうは見かけぬ。

 それでも、とボクは思う。

 どこかの山里で、いまも金色の茅葺き屋根が陽に光っているのを見たら、その草の重なりを、ただの古い雨除けと思わずにいてほしい。一束ずつ草を投げ上げ、声をかけ合い、汗を分け、握り飯を分けた人々がいた。己の田を後回しにして、隣の年寄りの屋根へ梯子をかけた者がいた。あの草の一筋一筋に、村じゅうの手のぬくもりが、幾重にも葺き込まれている。

 茅葺きの屋根は、ただ草を重ねただけのものだ。風が吹けば、さらさらと鳴るばかりさ。それでも、その一枚の大きな笠には、互いの暮らしを支え合い、縁を葺き直しながら生きていった者たちの、たくさんの手が映っている。ボクは、そういうものが、好きなんだ。

参考文献・もっと詳しく

草を厚く葺き重ねた茅葺きの屋根は、薄・萱・葦などの身近な草を用いた住まいの覆いであり、雨や雪、暑さ寒さをふせぐものであったとされる。その葺き替えには多くの人手を要したため、村人が互いの労力を貸し借りして助け合う「結(ゆい)」と呼ばれる共同の慣行が各地に育ったと伝わり、屋根葺きはその代表的な場であったという。文亀二年は一五〇二年(文亀は一五〇一〜一五〇四年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。※本文の人物・会話・情景は創作。

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